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アフターストーリー

第四百八十二話 ある新聞記者と魔王

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 文屋ふみや一心ピュアはフォルティシモを裏社会の黒幕として見定めた後、すぐにルー・タイムズの雑居ビルへ戻り、今は自分のデスクに座っている。一心のデスクは他の記者の机に比べ、本や紙の書類が雑多に積み上げられており、ごちゃごちゃとした印象があるものの、本人はこれが良いのだと思っていた。

 ちなみにドラゴンのぬいぐるみは社内の応接室に置いて、帰り道でコンビニで買ったお茶とお茶菓子を出しておいた。スマートフォンの中にあるヘルメス・トリスメギストス社のCEOの連絡先を取り出すから待ってくれと言ってある。

 しかし、その作業は行わない。一心は竜神が待っている間、大学時代の友人や記者仲間の伝手を使い、ここ数年の行方不明事件の情報を集め別観点から精査していた。

「まるでジェームズ・モリアーティね」

 一連の天才行方不明事件の黒幕がフォルティシモなる犯罪界のナポレオンだという観点から調査していけば、次々に新たな事実が現れていった。

 決して証拠を残さない完全犯罪。拉致された者が報道されないメディアの操作。拉致と共に注目度の高いニュースが他に報道される世論の誘導。一心の交友関係や情報網では見つけることもできない隠蔽まで含めれば、小説の登場人物が現実に現れたような気分になる。

 それでも一心には、他の者にはない情報があった。兄がストーカー女から薦められて始めたゲームと、今日出会ったドラゴンのぬいぐるみだ。

 そのゲームの名前は、VRMMOファーアースオンライン。

「どういう仕組みかは分からないけど、このVRMMOゲームで、才能ある人を選別していた? これね。近衛天翔王光の論文『魂のアルゴリズム』。人間の脳をスキャンして魂をデータ化すると言われた技術。倫理的問題で国際的な議論になってる。これで合致した人間を選別していたとしたら、もしかして十年以上前の事件! あれで、娘さんと孫を人質にして、近衛天翔王光にVRMMOを作らせたの!? なんて卑劣なの、フォルティシモっ」

 一心は近衛天翔王光が悪魔崇拝に傾倒し、狂ったのだと記事にした。今ではあの記事を書いたことを後悔し、止めてくれた編集長へ感謝したい。近衛天翔王光は悪魔崇拝をしていたのではない。魔王に娘と孫を拉致され、従属を余儀なくされていたのだ。

「ファーアースオンラインは、つい先日フォルティシモの名前で運営開発会社の経営権が奪取されてる。もう隠す必要もなくなったってことなの? 行方不明にされていた人たちを解放するつもり? いえ、用済みになったら殺されるかも。手段を選んでいられない」

 ちょうど近衛天翔王光の爆発事故を追っていたお陰で、これらの情報はさして時間が掛からずに集めることができた。他の事件を追っていく時間はないけれど、おそらく同じような経緯に違いない。

 一心は戦うための情報を集めていく。

「とにかく大勢に、この事実を知ってもらわないと。ただ発表しただけだと検閲されるかも知れない。警察も頼りにならない。魔王フォルティシモの悪行を、国外、世界中へ向けて発信する」



 お茶とお茶菓子を食べ終えた竜神が、ぷかぷかと一心のデスクへやって来た。お茶とお茶菓子がドラゴンのぬいぐるみの身体のどこへ消えたのかは謎だったが、先輩記者が目をごしごしと拭き、ドラゴンのぬいぐるみを注視している。

『まだ開かんのか、召使い!』
「開きました! どうぞ!」

 一心はこれ以上の時間稼ぎは不可能だと判断し、兄のスマートフォンを竜神へ突き出し、起動した。その画面からは3Dホログラムディスプレイが浮かび上がっていて、ホーム画面に兄のキメ顔が壁紙として表示されている。

「アサ兄………」

 兄が自分の顔を自分のスマートフォンのホーム画像に使うことへ、ナルシズムを感じずにはいられなかったけれど、今はその自意識過剰ぶりが懐かしい。

 一心がロックを解除できたのは、兄のスマートフォンに一心の生体認証も登録されているためだった。

 あの兄を放置すると、とんでもないことをSNSなどへ書いて炎上させかねないため、一心が制限を掛けていたのだ。一心が報道に興味を持った切っ掛けと言えるかも知れない。なお、このキメ顔写真を撮ったのも一心である。

『窓に似ているな。あの神戯を作ったのがゼノフォーブならば、当然か』

 ドラゴンのぬいぐるみの手が、慣れた動作でスマートフォンの3Dホログラムディスプレイを操作していた。スマートフォンという端末は知らなかったのに、それから投射された3Dホログラムディスプレイは熟知しているらしい。

「あの、竜神様、兄は、どうしてスマホを竜神様へ預けたのでしょうか? もしかして、フォルティシモ様から逃れるため、竜神様へ託したのでしょうか?」

 この質問は兄が生きているのかどうかも含まれるため、質問するのに勇気が必要だった。

『矮小なる人の事情など知る由もないわ! だが、召使いの仕事に酬いるのが人間だとも理解してやった。なんて言っていたか………。僕の偉大さを知れば、ラナとルナ、黒髪の君や狐の子たちを奴隷から解放するはずだ、とか言っていたぞ』
「奴隷の、解放っ!?」

 ドラゴンのぬいぐるみの言葉に、一心は拳を強く握り締めた。

 あの変人でちょっと理解し辛いけれど天才の兄が、悪の帝王だからと言って好き放題されるはずがない。戦っているのだ。今でも。兄は奴隷解放のために戦っている。

 戦っている理由は、たぶん美しい自分が汚い奴隷制度を見過ごせないとか、女性が自分に惚れて助けを求めている(勘違い)とか、かなり自分本位な理由ではあるだろう。

 それでも一心は兄妹の絆を感じ、フォルティシモの悪行を世界中に公表して奴隷たちを救うことへ、背中を押された気がした。

 決意を新たにした直後、伝手で連絡していた知り合いから、フォルティシモなる人物が都内で開催されているオーケストラのコンサートを鑑賞しているとメッセージが届く。

 一心が魔王の悪行を糾弾するために、写真は欲しい。

 新聞に載せるとしても、犯人の顔が掲載されているか否かは重要だ。改ざんできないほど大勢の人に、魔王フォルティシモの顔を印象付けたい。

「竜神様はCEOと連絡をしていてください。私は報告のためフォルティシモ様の下へ行って参ります」

 一心が最初に吐いた嘘、フォルティシモの召使い設定は、今も有効に使っている。

『我のことは伝えるなと言ったはずだぞ!』
「竜神様のことは隠して、フォルティシモ様からゼノフォーブフィリアCEOとの予定などを聞き出して来ます」
『………フォルティシモの動向を知るのは重要か。ならば召使いに、フォルティシモの状況を調査する任を与える』
「お任せ下さい!」

 一心はドラゴンのぬいぐるみを置いていくことへ、若干の憂慮を感じていたけれど、あの目立つぬいぐるみを隠すのは難しい。そして見つかったら一巻の終わりだ。魔王フォルティシモに顔の知られていない一心だけで近付くべきだった。

 一心はネリーの運転で都内の有名なコンサートホールへやって来て、講演が終わっていないことに安堵した。そうして、ここまで突っ走った一心は、肝心なことに気が付く。

 そもそも魔王フォルティシモの顔を知らない。

 一心は己の迂闊さを叩きたくなり、さすがに焦り過ぎていたと反省する。しかしそれは、すぐに無意味な後悔だと知った。

 コンサートが終わりホールから身なりの良い者たちが出て来る。その中で得意な二人組の片割れ、物語の中から飛び出して来たような銀髪で、金と銀の虹彩異色症を持ち、目の覚めるような美形の男性。

 一心の天才ジャーナリストとしての直感が、絶叫を上げていた。間違いない、彼が魔王フォルティシモだ。



 その後、一心は勇気を振り絞ってフォルティシモへ話し掛け、連れている女の子にケモミミのコスプレをさせていることが気になった。こんなお堅くて料金の馬鹿高いコンサートにコスプレ少女を連れて来るなんて、晒し者にしているようなものだ。

 この狐のコスプレをさせられている女の子も、魔王フォルティシモに買われた奴隷に違いない。インタビューでは恋人のように振る舞っていたけれど、強制されているのだ。一心は彼女も絶対に助けると心に誓った。

 そして現代における魔王の姿を写真に納めた一心は、社用車を走らせながら震えの止まらない己の身体を抱き締める。狐のコスプレ奴隷少女を見た義憤のお陰で押さえ付けられていたものが、吹き出したのだ。

『ピュア? 顔が真っ青よ。心臓の動きも激しい。まずは深呼吸をして、落ち着かせて』
「あ、あんな、あんな人間が居るなんて」

 一心がフォルティシモから感じた、畏怖。

 本当はもっと冷静に近付いて、天性の直感により話題を選びながら、言葉巧みに取材を行うのが一心の強みだった。しかしあのフォルティシモという男性の姿を見た瞬間から、一秒でも早くその場を立ち去りたくて仕方がなくなった。

『たしかに人間離れした容姿だったわ。ただ、あの容姿について、ネットワーク上にちょっと気になる情報があって―――』
「ネリー、たぶん、あの人も“同じ”だと思う」
『同じ? それは、ピュアの直感が絶対に成功する人物だと言ったけれど、行方不明になったり、死亡したりした人たちと同じってことね?』

 一心は社用車の運転席で、バックミラーを覗き込む。そこには都内の道路が映っているだけで、先ほどまで居たコンサートが開催されたビルはどこにもない。

「その中でも一番。他の人なんて、比べられないくらい。あまりに大きくて、私は、あれを、追い掛けるの? アサ兄は、あんなのと戦ってる」

 記者としての仕事で産まれて初めて弱気を見せた一心に対して、問いかけられたサポートAIネリーは何も答えてくれなかった。

 一心はルー・タイムズの入る雑居ビルへ近付くと、社用車を停めるのをネリーへ任せ、自分はビルの玄関へ飛び込んだ。

 あまりにも現実感のないフォルティシモ人物を追っていたせいか、一刻も早くルー・タイムズの編集長や先輩記者の顔を見て現実に戻りたい気持ちを覚える。

 それに自称竜神であるドラゴンのぬいぐるみも心配だった。竜神はフォルティシモの動向を気に掛けていたので、その動向を探ってくると言った一心を待ってくれているとは思う。しかしドラゴンのぬいぐるみの短気っぷりを思い出すと、何か問題を起こしていないか気にもなる。

 一心が古びた雑居ビルのエレベーターの遅さに逸る気持ちを抑えながら、ルー・タイムズが入っている階へ登った瞬間、思わず柱へ身を隠すことになる。

 何故なら黒スーツの男たちが、ルー・タイムズの入り口を塞いでいたからだった

「メン・イン・ブラック!?」
『ピュア、それはただの都市伝説でしょ』
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