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アフターストーリー

第四百七十七話 神の会談<デート

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 紅眼黒髪の少女ゼノフォーブフィリアは上下左右を機械に囲まれた薄暗い部屋の中、システムチェアの上で膝を抱えて思考の海を泳いでいた。その瞳は虚空をぼんやりと見つめていて、まるでここではない何処か、未だに見えない何かを見つけ出そうとしているようだった。

 やがてゼノフォーブフィリアの周囲に、3Dホログラムディスプレイが浮かび上がる。それから彼女を取り囲むようにして現れたディスプレイ群を一瞥して、口許を緩めた。

 ディスプレイに表示された内容は、神々の最大派閥の一つ<星>とその頂点に立つ女神の情報。ゼノフォーブフィリアはフォルティシモとの会談の前に、派閥の神や同盟の神に声を掛けて可能な限りの情報を集めていた。

 すべては母なる星の女神マリアステラ打倒のため。

「吾はあの神戯の雪辱を果たす」

 ゼノフォーブフィリアは一人しかいない部屋の中で宣言する。それは誰も居ない部屋で独り言を口にしたように見えた。

「フォーブ、言うまでもないことだけど、まーの能力は強大。ここまでの動きは筒抜けだ」

 しかし紅眼黒髪の少女ゼノフォーブフィリアの呟きに対して、フォルティシモと会談をした紅眼黒髪の男性ゼノフォーブフィリアの返答があった。男性の姿は部屋にはないけれど、声だけがそこに居るかのように室内に伝わる。

「フィリアには分からない。吾がまーに掛けられた呪いの重さが」
「理解しているよ」

 沈黙が場を支配したところへ、二人の間を取り持つように電子音が鳴った。

「フォルティシモがこちらの世界へ来たようだ。きっかり時間五分前、約束や時間にうるさいって評判は本当らしい。もう数刻もしない内に来るだろう」

 男性の安堵を含んだ声に対して、女性の視線は鋭さを増す。これからやって来る最強の神は、同盟こそ結んだものの決して味方ではない。しかしゼノフォーブフィリアには、どうしても彼らの力が必要だった。

 この会談は重要だ。神々の勢力図を塗り替える<最強>の派閥。そのツートップである最強の神と黄金の狐の力は、必ず引き入れなければならない。

「今度はまーに勝てる」

 その言葉は、女性と男性どちらのゼノフォーブフィリアから発されたものか。もしくは両方だったのかも知れない。

 その後、すぐにやって来るだろう最強の神と黄金の狐を待つ。

 一時間。二時間。三時間が経った頃、待てど暮らせど現れない最強の神へ、紅眼黒髪の少女ゼノフォーブフィリアは形の良い眉毛を曲げる。

「遅い」
「こちらの世界の移動方法に合わせてくれたから、渋滞に巻き込まれたのかも知れない。彼はあまり都心の事情に詳しくないだろうし、こちらへ来たのは間違いないんだから、時間を置かずに現れるはずだ」
「………………違う予感がする。探させる」



 ◇



 フォルティシモの運転するスーパーカーは、都内ビルの駐車場へやって来た。もうこの頃には、フォルティシモの手はハンドルを握ってもいない。その代わりに、いつもは最強だと豪語するフォルティシモでも緊張を隠せておらず、表情を強張らせていた。

「行くぞ、キュウ」
「はい、ご主人様」

 フォルティシモがキュウを促すと、フォルティシモの緊張が伝わったのか、キュウも表情を引き締めて車を降りる。車から降りたキュウはもふもふの耳を二、三度動かして首を傾げた。それから頭を振って、また耳を動かした。

「この近くにゼノフォーブフィリア様がいらっしゃるのでしょうか? 私には見つけられなくて」
「いや、居ないぞ」
「え? 居ないのですか?」
「とにかく来てくれ」

 フォルティシモは戸惑うキュウと一緒に、ビルの二階に入っている高級衣料品店へ向かう。慣れない場所だったが、エンシェントにナビゲートして貰っているので迷うことはない。

「商品の受け取りに来た。キュウ、更衣室を借りるから着替えてくれ。これから行く所にはドレスコードがある」
「は、はい。ご用意頂き、ありがとうございます」
『耳は目立つから帽子で隠すと良い』

 フォルティシモ自身は立体感のあるダークスーツで、キュウは黒を基調としたクラシックワンピース。異世界ファーアースで用意することもできたけれど、せっかくなのでブランド品で二人一緒にコーディネートして貰った。統一されたデザインで鏡の前に並ぶと満足感がある。

「ご主人様、どちらへ向かわれるのでしょうか?」
「今からリアルワールドへ来た目的を果たす。ほら、最初からキュウとのデートのついでに、ゼノフォーブフィリアとの会談をするって話だっただろ」
「ぎゃ、逆ではないでしょうか、ご主人様」
「順だ」

 キュウの耳と尻尾がパタパタと動いていた。フォルティシモはキュウの仕掛けたミスディレクションに引っ掛かって、自分が何を言っているのか分からなくなってくる。

「エン、キュウとのデートなんだから、あんまり邪魔するなよ。キュウはデートの際もサポートAI同伴って言う、リアルワールドの常識に慣れていないからな」
『本当にそれが望みなら、私は一切口を出さないが、それで良いか主』
「俺が困ったらすぐフォローしてくれ。ただし困ってなかったら、邪魔しないよう見極めてくれ」

 フォルティシモの要求は難しい注文だったけれど、フォルティシモのサポートAIエンシェントであれば、上手くやってくれるだろう。



 フォルティシモがキュウを連れて来たかった場所は、現代リアルワールドのオーケストラのコンサートだった。

 八十パーセントの観客は自宅や安い映画館で見るよりも良い音だと楽しむ。

 十九パーセントの観客は鋭敏な感覚で素晴らしい音に歓喜する。

 コンマ九パーセントの観客は絶対音感を持っていたり、プロとしての経験から心から身を震わせる。

 そのどれにも当たらない天才は、人類の叡智を結集した音へ涙する。

 と言う、観客に喧嘩を売っているのかと疑う触れ込みのオーケストラのコンサートが、これから始まる予定である。

 フォルティシモは予約しておいたS席へ、キュウを連れて座る。ちなみに神々の至宝である黄金の耳は帽子によって隠されているけれど、せっかくのオーケストラを帽子越しに聴かせる訳にはいかないので、席に着いた後は取って良いと言ってあった。

「これから楽団の方が演奏されるのでしょうか」
「ああ、ただ、アクロシアよりもかなり音が良い、はずだ。短絡的な話なんだが、キュウは耳が良いから、こっちの音楽を楽しんでくれるんじゃないかと思った」
「ありがとうございます。演奏者の方々の心音まで、しっかり聞き取ります」

 フォルティシモの意図が伝わったような伝わっていないような、微妙な気分になっているとコンサートが始まった。

 現代リアルワールドのコンサートホールは、長い間人類が培った建築技術と音響技術をAIが学習、洗練と検証を繰り返した末、観客たちへ究極の音を届ける。

 しかしながらAIがVR空間で行うAIオーケストラに比べて、こうした人間のオーケストラは下火だった。人間の可聴領域を限界まで使い、息継ぎや腕の本数が無制限のAIが奏でる完璧なオーケストラには敵わない。

 一部ではそう言われているけれど、決してそんなことはないと、今日、理解した。一人の天才が世界を変える神戯では、決して有り得ない光景、天才たちが集まって奏でるオーケストラ。

 フォルティシモの隣では、キュウが身を乗り出していた。

 目を見開いて、耳をピンと張り、尻尾が音に合わせて動いている。

 キュウは自分の好きなものを遠慮していた。蜂蜜もそこまで喜んで貰えなかったし、本は知識を得るツールと判断しているところがある。料理も暇があれば積極的にやっているけれど、フォルティシモが初めて出会った頃のキュウへ言ったからだ。掃除や庭園の管理も、つうから任されたから。キュウが好きなことではない。

 けれど今、キュウが心から好きなものが、たしかに見つかった。

 フォルティシモはキュウを連れて来て良かったと思い、オーケストラのコンサートにキュウの気持ちが奪われたような気がして少々嫉妬したけれど、キュウが耳を可愛く動かして聞き入っているのを邪魔はできなかった。



「ご主人様、ありがとうございますっ! すご、かったです。本当に凄くて、“声”が跳ねて光っていて、私は、こんな綺麗なもの、見た聞いたことありませんでした!」

 コンサートが終わり興奮したキュウを見ると、フォルティシモは現代リアルワールドへ転移した目的を果たしたのだと実感する。

「リアルワールドにはもっと凄い音楽を奏でる奴らもいるらしい。また一緒に行こう」
「はいっ! あっ、で、ですが、ご主人様は退屈ではないでしょうか」
「いや、思ったより楽しめ………そうだな。その分、キュウが俺を楽しませてくれ」
「は、はい、ご主人様がお望みであれば」

 フォルティシモも初めてのオーケストラのコンサートを、キュウの興奮に釣られるように楽しめた。

 かつての近衛翔として観覧しに来たのだったら、演奏途中で席を立ったかも知れない。しかし今は、キュウが心から楽しそうにしているのが嬉しくて、コンサートが良いものだと思う。

 フォルティシモとキュウは、これから異世界ファーアースにも同じレベルの演奏ができる楽団ができたら良い。ダアトも言っていた異世界交流は、まずは文化から始めようなどと話しながらコンサートホールを後にした。

「初めまして! ルー・タイムズの者です!」

 そんなフォルティシモが駐車場までの廊下をキュウと一緒に気分良く歩いていると、レディーススーツを着た子供が話し掛けてきた。身分を証明するため、投射型スマホから電子名刺を掲げて見せる。そこには文屋一心という名前が表示されていた。

 フォルティシモは成人女性らしいことに少しの驚きを覚える。リースロッテ並みとまでは言わないが、かなり小柄な女性だった。

『主、ルー・タイムズは発行部数十万部ほどの中規模新聞社だ。決算内容を見るに経営は厳しいが、発行する新聞はしっかりとした取材を行った上で書く堅実な新聞社で、社会的評判は悪くない。個人番号も合致しているから本人だろう』
「何か用か?」
「今回のコンサートの取材をしています! 美男美女の恋人の感想などを尋ねてもよろしいでしょうか?」

 取材を受けるつもりはなかったけれど、ちょうど気分が良かったし、美男美女の恋人なんて言われて悪い気はしない。

「悪くなかった。これを聞かなかった奴は、人生を損してるな」
「そんな人生にあって然るべきコンサートへ連れて来て貰った彼女さんは、どんな心境でしょうか!」
「え? は、はい。こんなに、綺麗なものがあるなんて、夢にも思いませんでした。本当に、楽しかったです」
「最高のデートになったようですね! 良い記事が書けそうです。写真を良いでしょうか!? 撮っちゃいました!」

 フォルティシモは反射的に写真を撮られることへ抵抗感を覚え断ろうとした。しかし、その返答をする前に文屋一心の持つ一眼レフカメラからシャッター音が鳴り響く。

「ありがとうございましたー!」

 ルー・タイムズの記者文屋一心は、フォルティシモが何かを言う前に御礼を口にして一目散に立ち去ってしまった。

 さすがに不快感を覚えたものの、ここまで高速道路を走り都心のど真ん中を闊歩したのだ。ドライブレコーダーや監視カメラに映り放題だったので、今更姿を撮影されたくらい大したことはないし、キュウの前で器の小ささを見せるのは嫌だった。

「ご主人様、今の人、嘘だらけなのに嘘じゃなかったです」
「何か気になったってことか?」
「あ、その、そう感じただけなのですが、アーサーさんが“演じている時”に似ています。アーサーさんが舞台で愛を囁くとき、それは真実なんですけど、偽りみたいな」
「それって、今の奴がアーサー並みの才能を持っているって感じたのか?」
「そこまで言えるかどうかは………」

 異世界ファーアースで開催された神戯において、フォルティシモに協力してくれたプレイヤーアーサー。勝利の女神に認められ、近衛天翔王光と同じように神と共に神戯へ参加した天才。認めるのが苦痛だが、アーサーは間違いなく歴史に残るような天才だ。

 もちろん、そんな天才アーサーも、最強のフォルティシモには手も足も出ずに敗北した訳だが。

 今の変な記者がそのアーサーと同等だと言うのであれば、今の出会いに何か意味はあるのだろうか。フォルティシモが考え込んでいると、懐に入れた携帯コンピュータからメッセージの着信音が鳴る。

 メッセージの送信者は、ゼノフォーブフィリアだった。

『はよ来い』

 フォルティシモはゼノフォーブフィリアからのたった四文字のメッセージに迷いなく返信する。

「この後レストランを予約してあるから、キュウと食事をしてから行く」
『ぶち殺すぞワレ』
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