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アフターストーリー
第四百七十四話 密航者
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フォルティシモの視界に入る光景が変わる。
そこはしっかりと手入れされた庭で、『浮遊大陸』にある屋敷の庭園に似ていた。細かい池の数とか植物の種類とかは違うのだろうけれど、建築にあまり興味のないフォルティシモからすればそっくりと表現して差し支えない情景をしている。
ここは近衛姫桐が近衛天翔王光から逃れて、夫やAIたちと隠れ住んだ場所。つまり近衛翔の生家である。異世界からやって来る状況を人目から避けるため、転移の行き先はここを選択した。
そして現代リアルワールドへやって来たフォルティシモは、自分の従者たちが無事に全員揃っていることを確認する。
ゼノフォーブフィリアの話では、異世界転移に横やりを入れる技術を持つ集団もいるらしい。万が一、キュウが連れ去られたら正気で居られないだろうから、キュウだけは肩を寄せて抱きかかえたけれど、他の従者が拉致された場合も、必ず追い掛けて奪還するつもりだった。
そんな心配はフォルティシモの杞憂であり、連れて来た十一人は無事に周囲を見回している。
「キュウさん、魔力を感じられますか?」
「い、いいえ、土や空気に対しては、まったく感じられません。ラナリアさんも、でしょうか?」
「私も同じです。事前に魔術のない世界だとは聞いていましたが、こういうものなのですね。五感の一つが塞がれてしまったかのようです。普段、当たり前に使っている感覚が塞がれると、意外と戸惑いますね」
キュウとラナリアは異世界人の間でしか分からない、魔力談義を始める。
キュウと出会った頃から知っていることだが、異世界ファーアース人たちは“魔力”なる力を感じ取る感覚器官を持っているらしい。今のところフォルティシモがそれを感じ取ることはできていない。
それからフォルティシモは、誰よりも戸惑っているだろうピアノへ話し掛けた。
「ピアノ、平気か?」
「本当に、私は、リアルワールドに戻って来たのか?」
ピアノは呆然としながらも、その瞳と頬にたしかな熱を帯びている。
フォルティシモはVR病で尊厳死を選択した彼女を、こうして健康な身体で現代リアルワールドへ帰還させた。
それはゼノフォーブフィリアの嫌う秩序の破壊である。しかしフォルティシモはこれだけは譲れなかったため、ゼノフォーブフィリアへ交換条件を出し、譲歩を引き出していた。
もうこれは、ピアノを転生させて助けたマリアステラを超えただろう。親友の想いを救った上にマリアステラに勝った満足感がある。
「それではぁ。私はぁ、元の仕事に戻りますねぇ」
一通り現代リアルワールドに来た感想を言い合い、これからの話が終わると、セフェールがひらひらと手を振りながら光の粒子になって消えた。現代リアルワールドでやったら大騒ぎになりそうな行為だったけれど、この場に驚く者はいない。
「お前らはあれを使って良いぞ」
フォルティシモは屋敷の外に停車している三台の自動車を指差す。
従者たちの移動のため完全自動運転のAIタクシーを貸し切っていて、屋敷の門扉の前にはタクシーが三台停車していた。
「ではフォルさん、まずはファーアースから持ち込んだ貴金属を換金したいんですけど、どこか良い場所は知りませんか? エンさんに聞いたほうが確実ですかね?」
「持ち込むならバレないようにやれって言っただろ。何のためにその背中をスルーしてやったと思ってる」
ダアトは自分の身長よりも大きなリュックサックを背負っていた。その異様は現代リアルワールドへ来る前から気が付いていたが、ダアトのために気付かない振りをしていたのだ。
「何事もお金がないと始まらないでしょう? それともフォルさんは、私が現代リアルワールドで事業を始めるのに反対ですか?」
ダアトはとても冷静な口調で、さも当然の如く聞き返してきた。
「異世界同士で交易したいって話じゃなかったのか」
「ええ、交易はフォルさんの許可が必要だと思ったので言いましたが、現地で事業を始めるのは私の自由ですよね?」
「ダアが俺の考える範囲を飛び越えようとしてる」
「ではフォルさんはもう考えないで良いので、私の言う通り動いてください」
「お前の創造主は俺だぞ」
ダアトを現代リアルワールドに解き放ったら、何か取り返しのつかない状況になりそうだったけれど、フォルティシモは考えるのを止めた。
信頼する従属神がそう言うのだから、もう面倒なことは任せることにする。本当にマズイ状況になるようであれば、エンシェントやセフェールなど、他の誰かが止めてくれるだろう。
フォルティシモは最強だけれど、政治や経済などは苦手だ。
「フォルさんとキュウは、こちらの神様に会いに行きやがるんですよね? ということは、残り二台を使ってかまわねーってことですか?」
キャロルは紐でまとめられた便箋を片手に、フォルティシモへ確認を取っていた。その便箋の束は、お土産リストなんて可愛いものではない。彼女が現代リアルワールドに来た理由だ。
「いや、俺とキュウの移動手段は別で用意した。だからあの三台は好きに乗り回して良い。行き先で喧嘩するなよ。次回はちゃんと一人一台使えるようにするから」
「もちろんなのじゃ。ふむ。ならばキャロは一人で一台使うと良いのじゃ。妾はリースを連れて、ダアを目的地まで送る。ラナリアは、ピアノ殿とマグを送って欲しいのじゃ」
今までであれば、こう言った従者たちの取り纏めはエンシェントの役割だったけれど、アルティマが率先してやって見せてくれた。
「私は主とキュウへ付いていく。これまでの情報から大きな問題が発生することはないと思うが、もし現代リアルワールドの神との間に何らかの緊急事態が発生した場合はすぐに連絡する」
エンシェントの言葉に一同が頷いた後、フォルティシモが不安を覚えて付け加える。
「お前ら、問題を起こすなよ? 我慢しろとか何としても避けろって意味じゃない。問題が起きそうなら、できるだけ早く情報共有しろって意味だ」
彼女たちからは色好い返事があった。ダアトとリースロッテは少々心配だけれど、何だかんだ言って彼女たちは頭が良く計算高い。
ここでゼノフォーブフィリアの不興を買うような行動は取らないだろうと、自分に言い聞かせて安心させた。
◇
最強神フォルティシモが大勢を巻き込んだ異世界転移術を使うのは、実質的に今日が初めてだった。
もし幾度も異世界召喚を行った経験があれば、すぐに“それ”に気が付いただろう。
フォルティシモたちの異世界転移に紛れた密航者がいることに。
もちろん黄金の耳を持つキュウが、密航者の存在に気が付かないはずがないが、フォルティシモには最大最高の弱点があった。
コミュ障魔王とまで呼ばれた、絶望的なコミュニケーション不全である。
簡単に言えば、キュウは密航者に気付いていたけれど、フォルティシモが連れて来た相手だと判断し、密航者だと考えなかったのだ。
だってその密航者は、フォルティシモの味方であり、神戯で何度も助けてくれた。他の従者たちと楽しくおしゃべりする間柄でもなく、むしろ話し掛けられるのを嫌うタイプで、フォルティシモ以外とはまともに会話しない、というかならない。さらにこの間の会談にも参加したため、現代リアルワールドへ転移する約束があったと勘違いしても仕方がないだろう。
そしてそれはダアトの背負ってきた大きなリュックサックが、タクシーのトランクに仕舞われた瞬間を狙って、こっそりと飛び出す。
それはドラゴンのぬいぐるみだった。
ドラゴンのぬいぐるみは、誰も居なくなった近衛翔の生家で、黄金の粒子を纏いながら空中に浮かび上がる。
「ゼノフォーブ、今こそ最強の竜神として相まみえん」
そこはしっかりと手入れされた庭で、『浮遊大陸』にある屋敷の庭園に似ていた。細かい池の数とか植物の種類とかは違うのだろうけれど、建築にあまり興味のないフォルティシモからすればそっくりと表現して差し支えない情景をしている。
ここは近衛姫桐が近衛天翔王光から逃れて、夫やAIたちと隠れ住んだ場所。つまり近衛翔の生家である。異世界からやって来る状況を人目から避けるため、転移の行き先はここを選択した。
そして現代リアルワールドへやって来たフォルティシモは、自分の従者たちが無事に全員揃っていることを確認する。
ゼノフォーブフィリアの話では、異世界転移に横やりを入れる技術を持つ集団もいるらしい。万が一、キュウが連れ去られたら正気で居られないだろうから、キュウだけは肩を寄せて抱きかかえたけれど、他の従者が拉致された場合も、必ず追い掛けて奪還するつもりだった。
そんな心配はフォルティシモの杞憂であり、連れて来た十一人は無事に周囲を見回している。
「キュウさん、魔力を感じられますか?」
「い、いいえ、土や空気に対しては、まったく感じられません。ラナリアさんも、でしょうか?」
「私も同じです。事前に魔術のない世界だとは聞いていましたが、こういうものなのですね。五感の一つが塞がれてしまったかのようです。普段、当たり前に使っている感覚が塞がれると、意外と戸惑いますね」
キュウとラナリアは異世界人の間でしか分からない、魔力談義を始める。
キュウと出会った頃から知っていることだが、異世界ファーアース人たちは“魔力”なる力を感じ取る感覚器官を持っているらしい。今のところフォルティシモがそれを感じ取ることはできていない。
それからフォルティシモは、誰よりも戸惑っているだろうピアノへ話し掛けた。
「ピアノ、平気か?」
「本当に、私は、リアルワールドに戻って来たのか?」
ピアノは呆然としながらも、その瞳と頬にたしかな熱を帯びている。
フォルティシモはVR病で尊厳死を選択した彼女を、こうして健康な身体で現代リアルワールドへ帰還させた。
それはゼノフォーブフィリアの嫌う秩序の破壊である。しかしフォルティシモはこれだけは譲れなかったため、ゼノフォーブフィリアへ交換条件を出し、譲歩を引き出していた。
もうこれは、ピアノを転生させて助けたマリアステラを超えただろう。親友の想いを救った上にマリアステラに勝った満足感がある。
「それではぁ。私はぁ、元の仕事に戻りますねぇ」
一通り現代リアルワールドに来た感想を言い合い、これからの話が終わると、セフェールがひらひらと手を振りながら光の粒子になって消えた。現代リアルワールドでやったら大騒ぎになりそうな行為だったけれど、この場に驚く者はいない。
「お前らはあれを使って良いぞ」
フォルティシモは屋敷の外に停車している三台の自動車を指差す。
従者たちの移動のため完全自動運転のAIタクシーを貸し切っていて、屋敷の門扉の前にはタクシーが三台停車していた。
「ではフォルさん、まずはファーアースから持ち込んだ貴金属を換金したいんですけど、どこか良い場所は知りませんか? エンさんに聞いたほうが確実ですかね?」
「持ち込むならバレないようにやれって言っただろ。何のためにその背中をスルーしてやったと思ってる」
ダアトは自分の身長よりも大きなリュックサックを背負っていた。その異様は現代リアルワールドへ来る前から気が付いていたが、ダアトのために気付かない振りをしていたのだ。
「何事もお金がないと始まらないでしょう? それともフォルさんは、私が現代リアルワールドで事業を始めるのに反対ですか?」
ダアトはとても冷静な口調で、さも当然の如く聞き返してきた。
「異世界同士で交易したいって話じゃなかったのか」
「ええ、交易はフォルさんの許可が必要だと思ったので言いましたが、現地で事業を始めるのは私の自由ですよね?」
「ダアが俺の考える範囲を飛び越えようとしてる」
「ではフォルさんはもう考えないで良いので、私の言う通り動いてください」
「お前の創造主は俺だぞ」
ダアトを現代リアルワールドに解き放ったら、何か取り返しのつかない状況になりそうだったけれど、フォルティシモは考えるのを止めた。
信頼する従属神がそう言うのだから、もう面倒なことは任せることにする。本当にマズイ状況になるようであれば、エンシェントやセフェールなど、他の誰かが止めてくれるだろう。
フォルティシモは最強だけれど、政治や経済などは苦手だ。
「フォルさんとキュウは、こちらの神様に会いに行きやがるんですよね? ということは、残り二台を使ってかまわねーってことですか?」
キャロルは紐でまとめられた便箋を片手に、フォルティシモへ確認を取っていた。その便箋の束は、お土産リストなんて可愛いものではない。彼女が現代リアルワールドに来た理由だ。
「いや、俺とキュウの移動手段は別で用意した。だからあの三台は好きに乗り回して良い。行き先で喧嘩するなよ。次回はちゃんと一人一台使えるようにするから」
「もちろんなのじゃ。ふむ。ならばキャロは一人で一台使うと良いのじゃ。妾はリースを連れて、ダアを目的地まで送る。ラナリアは、ピアノ殿とマグを送って欲しいのじゃ」
今までであれば、こう言った従者たちの取り纏めはエンシェントの役割だったけれど、アルティマが率先してやって見せてくれた。
「私は主とキュウへ付いていく。これまでの情報から大きな問題が発生することはないと思うが、もし現代リアルワールドの神との間に何らかの緊急事態が発生した場合はすぐに連絡する」
エンシェントの言葉に一同が頷いた後、フォルティシモが不安を覚えて付け加える。
「お前ら、問題を起こすなよ? 我慢しろとか何としても避けろって意味じゃない。問題が起きそうなら、できるだけ早く情報共有しろって意味だ」
彼女たちからは色好い返事があった。ダアトとリースロッテは少々心配だけれど、何だかんだ言って彼女たちは頭が良く計算高い。
ここでゼノフォーブフィリアの不興を買うような行動は取らないだろうと、自分に言い聞かせて安心させた。
◇
最強神フォルティシモが大勢を巻き込んだ異世界転移術を使うのは、実質的に今日が初めてだった。
もし幾度も異世界召喚を行った経験があれば、すぐに“それ”に気が付いただろう。
フォルティシモたちの異世界転移に紛れた密航者がいることに。
もちろん黄金の耳を持つキュウが、密航者の存在に気が付かないはずがないが、フォルティシモには最大最高の弱点があった。
コミュ障魔王とまで呼ばれた、絶望的なコミュニケーション不全である。
簡単に言えば、キュウは密航者に気付いていたけれど、フォルティシモが連れて来た相手だと判断し、密航者だと考えなかったのだ。
だってその密航者は、フォルティシモの味方であり、神戯で何度も助けてくれた。他の従者たちと楽しくおしゃべりする間柄でもなく、むしろ話し掛けられるのを嫌うタイプで、フォルティシモ以外とはまともに会話しない、というかならない。さらにこの間の会談にも参加したため、現代リアルワールドへ転移する約束があったと勘違いしても仕方がないだろう。
そしてそれはダアトの背負ってきた大きなリュックサックが、タクシーのトランクに仕舞われた瞬間を狙って、こっそりと飛び出す。
それはドラゴンのぬいぐるみだった。
ドラゴンのぬいぐるみは、誰も居なくなった近衛翔の生家で、黄金の粒子を纏いながら空中に浮かび上がる。
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