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エピローグ

第四百六十三話 時に忘れられた神々

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 そこは喫茶店だった。

 等間隔で並んでいる小さい円形照明は、現代のオフィスの灯りと比べると少し薄暗い。読み書きや仕事をするのには適さないけれど、穏やかで強くない照明は、店内に流れるクラシック音楽と相まって心を落ち着かせてくれる。

 店内の客席は十人ほど座れるカウンターに、テーブル席が十三あり、個人経営の喫茶店からすると大きな部類だろう。そしてそんな店内は満席で、客たちは思い思いの時間を過ごしていた。

 店内の掲示板は客たちの寄せ書きなどで所狭しと埋め尽くされていて、この店がどれだけ愛されているのかが分かる。

 カウンターの奥には食器棚が置かれ、そのカウンターでは喫茶店の主人がコーヒーを注いでいた。喫茶店の主人はいかにも定年後に趣味で喫茶店を開いたような年老いた男性だったけれど、立ち振る舞いは気品を感じさせるほどしっかりしたものだ。

 店内に入るための出入口のドアが開かれると、チリンとドアベルが鳴る。

 新しい客は銀髪で金と銀の瞳を持ち、高すぎない長身ながらすらりとしたモデル体型で、これでもかと整った顔立ちという、やり過ぎなくらい中二病全開の容姿をしていた。

 他でも無いフォルティシモだ。

 店内にいた客の一人が、新しい客フォルティシモへ話し掛ける。

「待ってたよ、フォルさん。こっちこっち」

 待ち合わせをしていた客トッキーが、待ち人であるフォルティシモの姿を確認して手招きをした。



 フォルティシモは店内の雰囲気をざっと見回して、客たちを確認する。見知った顔は一つもないが、全員が只者ではないことは一目で分かった。

 ここは『最強の世界』ではない。別の神が支配する世界であり、相手のホームグラウンドへやって来たことになる。

 だがフォルティシモは最強だ。フォルティシモを罠に掛けるつもりなら、正面から返り討ちにするだけ。

 フォルティシモがトッキーの座っているテーブルまで行くと、そこには入れたばかりのコーヒーが湯気を立てていた。

「フォルさん、コーヒー好きなんだって? ここの美味いから、飲んでよ。俺の奢りだぜ」
「罠かと思って俺一人で来たんだがな」
「ひでーな。俺、フォルさんを騙したことはないっしょ。まあ正体を隠してたから、信じて貰えないのはしょうがないけど」

 フォルティシモはトッキーの正面に座って、用意されていたコーヒーを口にする。

 そして一口舌で味わっただけで目を見開いた。

「美味っ。なんだこれ、美味すぎだろ。あの店主、何者だ?」
「コーヒーの神様」
「そう呼ばれてるって比喩じゃなくて本物か。俺も信仰しそうだ」

 フォルティシモはカウンターこそが我が領域だと主張する喫茶店の主人を見て、後で勧誘しようかと考えた。

「勧誘なら止めておいた方が良いぜ。偉大なる神々の中でも、誰が彼を派閥に入れるか血を血で洗う戦争が起きたって話だから」
「普通に高待遇で引き抜くって選択肢はないのか」

 フォルティシモはトッキーの冗談に笑みを零して、再びコーヒーの味を楽しむ。あっという間に一杯目を飲み終わり、空になってしまったコーヒーカップを見つめる。

「お替わりいかがですか?」

 喫茶店のコンセプトに合わせたシックな制服を着ている店員は、フォルティシモに恐れることなく笑顔で話し掛けて来た。フォルティシモは当然、コーヒーのお替わりを頼む。

「新たな偉大なる神、最強の神威を持つ偉大なる神、コーヒーのお替わりを注がせて頂きますね」

 去って行く店員を見送った後、フォルティシモは思わず呟く。

「本当に、神々の喫茶店なんだな」
「そうだよ。マリアに聞いて来たんでしょ? ここでは一切の闘争は禁止。ただコーヒーと軽食と店と会話を楽しむ場所だ」

 ここは<星>や<時>など神々の勢力図に関わらない、永世中立国ならぬ永世中立神たちが経営する喫茶店なのだと言う。

 マリアステラとトッキーが結託して、フォルティシモを罠に掛けている可能性が残されていたので警戒していたが、どうやら杞憂だったらしい。

 それからフォルティシモはVRMMOファーアースオンラインでの思い出話をしながら、二杯目のコーヒーを充分に楽しんだ。

「さぁ、本題に入ろうぜ。俺に用事ってなんぞ?」
「お前ら<時>は、俺に救って欲しいんだろ?」
「俺たちは、このままだと滅びるしかない。俺たちは悪だと分かっていても、悪神と言われても、存在するために戦わなければならなかった」
「言い訳を聞きたいんじゃない。お前らの事情もどうでも良い」
「ひでぇ」

 フォルティシモは思い出話のせいで、すっかりVRMMOファーアースオンラインの頃と同じように返事をする。

「お前らが俺たちの役に立つなら、助けてやっても良い。ただ、その前にいくつか聞いておきたい」
「フォルさんの超上から目線はみんな慣れてるから良いけど」

 フォルティシモは三杯目のコーヒーを注文した。今度はお替わりではなく、好きな豆の配合を伝えて頼む。店員は嫌な顔一つせずに請けてくれた。

「フォルさんが守ってくれるなら、フォルさんの配下に加わっても良いって思ってる奴は多いよ。全員じゃ無いけど、元々俺たちも一枚岩じゃないしね。特に竜神や精霊神なんかは好意的だ」
「竜神は何となく分かるが、精霊神とやらはなんでだ? まあいいか。それより最初からすべてを解決できるマリアステラに助けを求めれば良かっただろ」

 <時>の神々は、<星>の神々へ戦争を仕掛けて『世界』を奪おうとした。それがやむにやまれず、というのは分かったけれど、マリアステラの配下に加わるという選択肢もあったはずだ。

 その理由が分からなければ、同じ理由でフォルティシモにも反旗を翻すかも知れない。

 トッキーは苦笑と溜息を同時に行う。

「フォルさんなら、マリアを信じて命を預けられる?」
「絶対に信じない。あいつはクソ野郎だ」
「そうなんだよ。マリアはクソ野郎だ。もう答え分かってね?」

 結局、<時>の神々を救える存在はマリアステラしかいなかった。しかしマリアステラの性格は、倫理的快楽主義者であり、およそ信頼できない人物だ。

 自分たちの死を回避するためなら、戦争をしても良いのかどうか。

 その論理には議論の余地がある。それでも<時>の神々は、戦争を選んだ。

「けど今、もう一つだけ、別の道が生まれた。フォルさんの執念が生んだ」

 トッキーの言葉と同時に、店員が三杯目のコーヒーを運んで来た。フォルティシモは店員に礼を言い、気前の良いチップを渡す。

 ちなみに神々の世界にも通貨の概念はある。それは他でも無い信仰心エネルギーFPで、永世中立神の中にFP交換を可能とする権能を持つ神がいるらしい。

「フォルティシモという最強神と、キュウだな」

 フォルティシモは三杯目のコーヒーを口にしながら、トッキーの言葉に応える。フォルティシモは最強神となるため、偉大なる神、始祖神などと言われる存在と同じかそれ以上に到達した。

 そしてキュウは、マリアステラと類似した才能を持ち、マリアステラと合体までしたことで、近い能力を得ている。

 フォルティシモとキュウが協力すれば、時に忘れられた神々が存在できる、新しい世界を創造し得るだろう。

「神戯ファーアースを始めたのは、マリアステラ、トッキー、爺さんだって話だったな。その神戯で、マリアステラと同じ力を持つ、キュウが生まれた。キュウは<時>の神々を救う可能性を持っている。トッキー、どこまでがお前の計算だった?」
「買い被り過ぎ。俺はマリアみたいな悪辣な策略家じゃない。本気で、オウさんと一緒に『マリアの世界』を侵略して手に入れようと思ってたよ」

 フォルティシモはトッキーの顔をじっと見つめる。残念ながらトッキーの真意を掴むことはできなかった。

「ちょっと話は逸れるんだが」
「何でも聞いてちょ」
「ファーアースオンラインで、どう見ても普通にゲームを楽しんでた奴が混じってなかったか?」
「………は、はっ」

 トッキーは驚きの表情を作り、フォルティシモを見つめ返している。

「どうした?」
「驚いた。フォルさん、興味なさそうで、ちゃんと他人を見てるじゃん。神戯によって人間が神に到達するなら、その逆もあるんだ」
「人が神に成るのとは逆に、神が人に成ることもあるのか」

 あるいはそれこそが<時>という神の派閥の最大の問題なのかも知れない。

 竜神や精霊神など、竜や妖精としての概念は残っていても、それらを神とは思わないような、フォルティシモやキュウがやったのとは全く別の神殺しの方法。

 フォルティシモは三杯目のコーヒーを飲み終え、座席を立った。

「<時>の神々、最強神フォルティシモが救ってやる。もちろんタダじゃないがな」
「あれ? 聞きたかったのはこれだけ?」
「今はな。残りは、そっちの回答次第だ」
「まあつまり、フォルさんの軍門に降れば、救って貰えるってみんなに伝えるよ。性奴隷にされる覚悟を持ってね、って」
「しねぇよ。だがお前らが、ファーアースオンラインや掲示板で、俺の人格否定までしてたことは、絶対に忘れないと伝えておけ」
「あははは!」
「なんで笑う? いいか、トッキー、お前は馬車馬のごとく働かせるからな」
「ああ、贖罪の機会が与えられたって思うさ」
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