上 下
458 / 509
エピローグ

第四百五十七話 青の翼を持つ弓

しおりを挟む
 アクロシア大陸における最後の大氾濫が終わった後、冒険者パーティ<青翼の弓とオモダカ>は解散した。

 <青翼の弓とオモダカ>という冒険者パーティは、フォルティシモから貰った魔法道具の襷を信じて使ってくれるメンバーたちで臨時結成された合同パーティだ。それが予想外の効果と、フォルティシモという共通話題があったため長く続いた経緯がある。

 更に<青翼の弓>も<オモダカ>も、大氾濫への思いがあって冒険者になったという事情があった。だからそれぞれの目的のため、大氾濫発生前に解散するはずだったのだけれど、大氾濫の直前<青翼の弓とオモダカ>が悲劇に見舞われてしまう。

 その悲劇から救ってくれたフォルティシモへの恩返しのため解散は保留となり、<青翼の弓とオモダカ>として大氾濫へ臨んだ。

 つまり大氾濫を生き延びて、二度と大氾濫が発生しない世界を手に入れた今、<青翼の弓とオモダカ>の役割は終わった。

 もちろんフォルティシモが望むのであれば、カイルたちはそのまま<青翼の弓とオモダカ>として、フォルティシモのために働いただろう。

 けれどそれは、フォルティシモ本人が望まなかった。その時の会話は、フォルティシモらしく軽いものだったのを覚えている。

「パーティの解散?」
「ああ。もちろんこれからも、フォルティシモに頼まれたら喜んで手伝う。けど、パーティは解散しようと思ってる。俺たちが揃っていたほうが都合が良いなら、解散は取り消すけど」
「カイル、あれだ。俺はお前の友人って言って良いか?」
「それは、俺から思っても良いのかって、聞き返したい内容なんだけど」
「そうか。お前には色々と助けられた。だから後は、この新しい世界でお前が欲しいものを目指せ」
「俺たちの幸せを願ってくれるのは嬉しい。だけど俺たちは、フォルティシモに返せない恩がある。本当に、俺たちにできることはないのか?」
「それはもう十分に返して貰った。まだ返し足りないなら、結婚式に友人代表として呼んでくれ。ご祝儀は出す」
「はは、なんだよ、それ」
「友人として呼ばれた経験がないのを、少し気にしてるだけだ」

 カイルはフォルティシモの気持ちを理解して、<青翼の弓とオモダカ>へそれぞれの道を歩むよう言った。剣士サリスはずっと一緒にやろうと言ってくれたけれど、魔法使いノーラや僧侶フィーナには将来がある。

 だから最終的には、<青翼の弓とオモダカ>を解散することになった。

 そして幼馴染みである斧使いデニスは、ずっと前からあったアクロシア王国の騎士団からのスカウトを受けた。

 もう一人の幼馴染みで、カイルが村を出て冒険者になろうと決意させた女性エイダは―――。



 ◇



「カイル! ってまた寝てたの!?」

 カイルは窓から明るい光が差し込む部屋の中、ダブルベッドの上で、部屋の扉を開けたエイダの叫びによって目を覚ました。今の今まで夢の中にいたことを自覚し、現状を理解しようと努める。

「エイダ? 今、起きたけど」

 カイルが右腕を振るうと、虚空に光の窓が開いた。窓の中には様々な文字が並んでいたので、その中の一つ、時刻を見て今度は光の窓ではなく目を見開く。

「うわっ、もうこんな時間なのか!?」

 カイルは慌ててダブルベッドから身を起こした。

「もう! 私が起きる時、起こしたでしょ!」
「昨日、遅くまで資料を作ってたから、二度寝したみたいだ」
「それで遅刻したら本末転倒でしょうが! ほら、早く着替えて!」

 お腹が膨らんだエイダに急かされながら、身支度を調えていく。

> ですから、叩き起こすべきだと言ったのです

 エイダの肩に乗っている小さな妖精がカイルへ呆れた感想を漏らした。

「カイルが疲れてるだろうから気を遣ったのに」
「ごめん」
> 素直に謝れることは良い夫婦関係に必須です。マスターの夫カイルは、良い夫と言えるでしょう。今後も精進してください

 この妖精はエイダのサポート妖精である。ファーアースオンライン・バージョン・フォルティシモが始まった日、カイルたちの目の前に現れたサポート妖精。それは【課金】さえすれば、膨大な知識と学習能力でプレイヤー人間を助けてくれるものだ。

 カイルは妊娠中のエイダの生活を補助するため、サポート妖精へ【課金】を決意した。このサポート妖精は知識やメンタルだけでなく、物理的補助まで二十四時間一秒も目を離さないで助けてくれる。

 あまりにも便利過ぎて、子供が産まれた後も【課金】を継続させられそうだった。

 ちなみにファーアースオンライン・バージョン・フォルティシモにおける【課金】とは、信仰心である。

 最強神フォルティシモを想えば想うほど、その力は貯まっていき、サポート妖精や様々な恩恵を受けることができる。

 信仰はたしかな力と見返りを持つようになった。

 それが【課金】という名称なのは、よく分からないが。



 カイルが急いで出勤した場所は、アクロシア王国の冒険者ギルドだった。

 ここが今のカイルの仕事場だ。

 アクロシア大陸最大の冒険者ギルドは、大氾濫前と比べればすっかり寂しくなっている。初めて冒険者ギルドを尋ねて来た新人を迷わせる五階建ての建造物はそのままだけれど、四階と五階は倉庫という名の空きスペースになってしまった。

 それも仕方がないだろう。

 この大陸の冒険者という職業は、誰よりも先頭で危険を冒す者だった。

 食物連鎖の頂点は人間ではなく魔物であり、人間は魔物に襲われないように決められた場所に籠城することで生きて来た。その危険を一つでも減らすのが冒険者の仕事。それが大陸の人類の歴史で産まれた冒険者という職業だった。

 しかし大陸に生きる人類がプレイヤー化したため、魔物に怯える必要がなくなった。大氾濫は無くなり、外敵はすべて最強の神が撃退してくれる。大陸の不幸は確実に減っただろう。

 そんな中、もう冒険者は不要になったかに思えたけれど、冒険者ギルドは別の側面を持つようになった。

 この最強の神が創造した世界ファーアースオンライン・バージョン・フォルティシモは、努力した者が強くなるようにできている。

 生まれつき足の速い者よりも、レベルを上げてAGIが高い者のが速く走れる。

 学者のような頭の良い者しかなれない職業も、レベルを上げてINTを高くすればなれる。

 己の容姿に自信がなくても、【課金】によって理想の見た目になれる。

 【料理】も【鍛冶】も【調合】も【細工】も【裁縫】も【魔術】も【剣技】も何もかも、同じだ。

 ファーアースオンライン・バージョン・フォルティシモでは、努力は人を裏切らない。

 そのすべてのベースとして、レベル上げがある。

「知っている人も居ると思うけど、元<青翼の弓とオモダカ>のリーダーカイルだ」

 カイルは冒険者ギルドの一室で、冒険者になったばかりの十数人の前で挨拶をした。カイルの目の前にいる少年少女たちは、カイルの言葉を真剣に聞いている。

 少なくない少年少女たちから、カイルへの憧憬を感じられた。

 <青翼の弓とオモダカ>は有名だ。<青翼の弓とオモダカ>は最強ではなかったかも知れないけれど、間違いなく最高の冒険者パーティだったから。

「みんなが一人前になるまで、一所懸命にやっていくつもりだ。みんなは色んなことを聞いていると思う。でも一つだけ安心して欲しい」

 新人冒険者の教育担当。それが今のカイルの仕事である。

 努力するレベルを上げることが成果に結びつく世界で、今までとは違って野心に燃えた若者たちが冒険者の門を叩くようになっていた。

 そんな彼らが一人前になるまで面倒を見るのは、毎日手探りで苦労する。

「この世界は、必死に頑張れば必ず報われる。ここは、そんな世界だ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

修行マニアの高校生 異世界で最強になったのでスローライフを志す

佐原
ファンタジー
毎日修行を勤しむ高校生西郷努は柔道、ボクシング、レスリング、剣道、など日本の武術以外にも海外の武術を極め、世界王者を陰ながらぶっ倒した。その後、しばらくの間目標がなくなるが、努は「次は神でも倒すか」と志すが、どうやって神に会うか考えた末に死ねば良いと考え、自殺し見事転生するこができた。その世界ではステータスや魔法などが存在するゲームのような世界で、努は次に魔法を極めた末に最高神をぶっ倒し、やることがなくなったので「だらだらしながら定住先を見つけよう」ついでに伴侶も見つかるといいなとか思いながらスローライフを目指す。 誤字脱字や話のおかしな点について何か有れば教えて下さい。また感想待ってます。返信できるかわかりませんが、極力返します。 また今まで感想を却下してしまった皆さんすいません。 僕は豆腐メンタルなのでマイナスのことの感想は控えて頂きたいです。 不定期投稿になります、週に一回は投稿したいと思います。お待たせして申し訳ございません。 他作品はストックもかなり有りますので、そちらで回したいと思います

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~

石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。 ありがとうございます 主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。 転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。 ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。 『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。 ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする 「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

ギルドから追放された実は究極の治癒魔法使い。それに気付いたギルドが崩壊仕掛かってるが、もう知らん。僕は美少女エルフと旅することにしたから。

yonechanish
ファンタジー
僕は治癒魔法使い。 子供の頃、僕は奴隷として売られていた。 そんな僕をギルドマスターが拾ってくれた。 だから、僕は自分に誓ったんだ。 ギルドのメンバーのために、生きるんだって。 でも、僕は皆の役に立てなかったみたい。 「クビ」 その言葉で、僕はギルドから追放された。 一人。 その日からギルドの崩壊が始まった。 僕の治癒魔法は地味だから、皆、僕がどれだけ役に立ったか知らなかったみたい。 だけど、もう遅いよ。 僕は僕なりの旅を始めたから。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

処理中です...