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第九章
第四百四十六話 姫桐vs天翔王光 後編
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鳶が鷹を生むということわざがある。平凡な親から優秀な子供が産まれてくることを例えたことわざだ。
近衛天翔王光にとって、姫桐はまさにそれだった。近衛天翔王光の現代リアルワールドでの妻は、華族の流れにある名家の次女で、見目は良くできた女だ。彼女は夫を立てるように幼い頃より教育され、決して近衛天翔王光の邪魔をしなかったし、自分の立場をよく分かっていた。
近衛天翔王光の人生には大勢の人間が関わっているけれど、その中で役立った人間を五人挙げていったら、妻の名前をあげるくらいには気に入っている。彼女を妻にして良かったと思うし、人生をやり直すことがあったら、再び彼女を妻にするだろう。
しかしそのすべては、娘に比べたらゴミみたいなものだ。
そう、娘以上の存在などいないのだ。娘と比べて良い存在などいないのだ。比べられる存在などいないのだ。
姫桐は近衛天翔王光の才能と妻の容姿を継ぎ、究極の人工知能によって生まれた瞬間から一分一秒も外れることなく完全に管理育成された教育を受けた。遺伝子も環境も栄養も投薬も運動もすべてにおいて、地球さえもシミュレートできる亜量子スーパーコンピュータが育て上げた、人類の到達点。
もし最後の審判なんてものが実在するのであれば、真っ先に選ばれるのは娘であろう。いや審判へやって来た神が、娘へ平伏すに違いない。
ちなみに、これはあくまでも近衛天翔王光の偏見に塗れた価値観であり、事実であるとは限らない。
近衛天翔王光は異世界ファーアースからファーアースオンライン・バージョン・フォルティシモとなった世界の空で、姫桐の一刀を無防備に受けた。
心より愛する娘の思いを真正面から受け止められない二流三流の父親ではないため、無防備にすべてを受け入れるのは確定事項である。
さらに近衛天翔王光は娘を褒めることを忘れない。
「さすがは我が娘! こことは別の神戯で、見事に勝利を収められたのは、お前のたゆまぬ努力に違いない!」
近衛天翔王光はオウコーの身体が上半身と下半身がサヨナラしているのを気付いていたけれど、娘を優先した。
「儂の娘は三千世界一可愛い上に、こんなに凄いんだぞと、パパは自慢できるぞ!」
「お父様は子供との関わり方を勉強するべきね」
「儂の子はお前だけだ。他のことなど関係あるまい。さぁ、ハグしていっぱい頭を撫でてやろう」
姫桐が近衛天翔王光へ向かって手を突き出してきた。姫桐を模しているアバターだけあって、指先から爪、指紋や手相まで美しい。
「領域爆裂!」
姫桐の手から放たれた爆発が近衛天翔王光を襲う。
近衛天翔王光は上半身と下半身が別れてしまったため、離れないように下半身を掴んだ。下半身がどこかへ飛ばされてしまったら、格好が付かない。娘の前では格好付けるのが父親というものだ。
そして爆風が止んだ後、近衛天翔王光のアバターオウコーは上半身と下半身がくっつき、何事もなかったように綺麗な状態に戻っていた。
「一応、一つの神戯の勝利者として言わせて貰うけど、お父様は異常だから」
「姫桐、儂はお前を愛している。心よりな。理解して欲しいとは言わん。だが、お前の意志に反して、お前が必死になるのは、止めて欲しい」
「私の意志に反してる?」
娘が幸せになることは最優先事項だが、娘が辛い目にあったり笑顔になれない問題への優先度は高い。
「まさか、この後に及んで、私が望まずお父様の前に立ち塞がっているって思ってるの?」
「当然だろう? 世界一愛しているパパに刃を向ける、お前の心の痛みが伝わってくる」
「私が死んでも愛しているのは、翔だけ。だいたい、なんでクレシェンドがお父様の命令を無視して、私たちを匿えたと思ってるの? 私が、クレシェンドに命令したからでしょ!? 私がお父様を嫌って、お父様を拒否したの! なんで、こんな簡単なロジックが理解できないの! 本当に天才なの!?」
「良いか、姫桐」
近衛天翔王光は何よりも愛している娘から「嫌い」という言葉が出て来たけれど、穏やかな心で対応することができた。AI孫が使っていた言葉とはまったく違い、これは他の誰かが娘を語った言葉ではない。
娘が父へ本音を投げ掛けた。
つまり愛。
「儂もお前を愛してる」
娘は無表情になって、情報ウィンドウを起動した。
「あー、翔? 翔? かーけーる? ……フォル、聞こえる? ええ、私。やっぱりダメ。お父様は説得不可能だし、異次元に生きてる」
「父と娘の会話に割り込むとは、まったく孫は犯罪的に無能じゃな」
「たった今、私から翔へ音声チャットを送ったんだけどね」
近衛天翔王光は娘へ優しく微笑み掛ける。
近衛天翔王光は娘の言葉を理解していないのではない。理解した上で、彼女の未来と幸福を願って、最も良い言葉を投げ掛けているのだ。
「優しく慈愛に溢れた姫桐のことじゃ。孫のため、儂の足止めに来たのだろう? お前を無能にする訳にはいかん。お前が来てから、儂は一切の作業を止めて、お前だけに集中している。姫桐は儂、天翔王光のすべてを止められた。三千世界で唯一、偉大なる神々でも不可能だったことを、姫桐だけは儂の並列処理のすべてを止めることができた。それは事実だ」
娘が首を横へ振る。
「今の翔を倒すなんて、いくらお父様にだってできないでしょう?」
近衛天翔王光は微笑みを崩さない。
近衛翔が何かをしたとしても、所詮は半身がクソで出来ている孫だ。何をやるにも時間が必要で、そのための時間を近衛姫桐が稼ぎに来たのだろう。
だったら近衛天翔王光は、近衛姫桐に目的を達成させた上で、近衛翔のすべてを砕く。
「安心しろ。星の女神も、時の男神も、すべて終わらせて、姫桐こそが絶対神となる世界が来る」
次の瞬間には、娘を模したアバターが光の粒子に包まれる。VRMMOファーアースオンラインで望郷の鍵などを使用した時、セーブポイントへ戻るエフェクトだった。
「姫桐、お前は安全な所で見ておれ」
近衛天翔王光は、近衛姫桐を強制的にセーブポイントへ帰還させる。
「な、なんで、今この世界は、翔の世界なんじゃあ? まさかっ!?」
「ファーアースオンラインを作成し、ファーアースを解析する過程で、神戯も見た」
勘の良い娘は、気が付いたらしい。表情に驚愕を浮かべた。
フォルティシモは『現代リアルワールド』において、神戯のシステムを解析しようと試みた。しかし神戯のシステムは完璧で、彼が手を出せるようなものではなかったのだ。そんな中で最強神フォルティシモが誕生したのは、キュウステラという反則的な存在の助けがあったからである。
だが、天才近衛天翔王光は―――。
「神戯の元となった“神儀”か。名前までは知らなかったが、神戯を解体すれば、おのずと何が作りたかったのか見えて来る。不完全な神戯を、完全な神儀へ再構築するのは、儂でも苦労したがな」
己の身一つで、神のシステムをハッキングした。
「千年、長かったが、ようやくお前の願いを叶えてやれる」
「………どうせ私の願いじゃないだろうけど、何を叶えてくれるの?」
「儂は“父なる神”などという存在を超えたのだ」
いくつかの宗教では最高神を“父なる神”と呼称する。
つまり天地創造の神は、近衛姫桐の父親を名乗る不届き者であった。
近衛天翔王光だけが唯一無二、近衛姫桐の父親にして、最高のパパでなければならない。
そこに現れた神戯、それを解析した先にあった“神儀”。
近衛天翔王光は偉大なる神へ到達した。
> 【全知全能神】を獲得しました
「これで自分のパパは最高だと胸を張って言って良いぞ」
「お父様は最低」
近衛姫桐は光になって安全な場所へ消えていく。
これで、これからこの異世界で何が起きようとも、娘は安全だ。
近衛天翔王光は大いに満足し、全知全能の力を振るった。
光、あれ。
―――――――――――
いつも本作をお読み頂き誠にありがとうございます。
更新予定につきまして、次の更新(四月十二日)より本編完結まで毎日投稿をさせて頂きます。
エピローグを含めてゴールデンウィーク頃の完結を予定していますので、どうか最後までお付き合い頂ければ幸いです。
近衛天翔王光にとって、姫桐はまさにそれだった。近衛天翔王光の現代リアルワールドでの妻は、華族の流れにある名家の次女で、見目は良くできた女だ。彼女は夫を立てるように幼い頃より教育され、決して近衛天翔王光の邪魔をしなかったし、自分の立場をよく分かっていた。
近衛天翔王光の人生には大勢の人間が関わっているけれど、その中で役立った人間を五人挙げていったら、妻の名前をあげるくらいには気に入っている。彼女を妻にして良かったと思うし、人生をやり直すことがあったら、再び彼女を妻にするだろう。
しかしそのすべては、娘に比べたらゴミみたいなものだ。
そう、娘以上の存在などいないのだ。娘と比べて良い存在などいないのだ。比べられる存在などいないのだ。
姫桐は近衛天翔王光の才能と妻の容姿を継ぎ、究極の人工知能によって生まれた瞬間から一分一秒も外れることなく完全に管理育成された教育を受けた。遺伝子も環境も栄養も投薬も運動もすべてにおいて、地球さえもシミュレートできる亜量子スーパーコンピュータが育て上げた、人類の到達点。
もし最後の審判なんてものが実在するのであれば、真っ先に選ばれるのは娘であろう。いや審判へやって来た神が、娘へ平伏すに違いない。
ちなみに、これはあくまでも近衛天翔王光の偏見に塗れた価値観であり、事実であるとは限らない。
近衛天翔王光は異世界ファーアースからファーアースオンライン・バージョン・フォルティシモとなった世界の空で、姫桐の一刀を無防備に受けた。
心より愛する娘の思いを真正面から受け止められない二流三流の父親ではないため、無防備にすべてを受け入れるのは確定事項である。
さらに近衛天翔王光は娘を褒めることを忘れない。
「さすがは我が娘! こことは別の神戯で、見事に勝利を収められたのは、お前のたゆまぬ努力に違いない!」
近衛天翔王光はオウコーの身体が上半身と下半身がサヨナラしているのを気付いていたけれど、娘を優先した。
「儂の娘は三千世界一可愛い上に、こんなに凄いんだぞと、パパは自慢できるぞ!」
「お父様は子供との関わり方を勉強するべきね」
「儂の子はお前だけだ。他のことなど関係あるまい。さぁ、ハグしていっぱい頭を撫でてやろう」
姫桐が近衛天翔王光へ向かって手を突き出してきた。姫桐を模しているアバターだけあって、指先から爪、指紋や手相まで美しい。
「領域爆裂!」
姫桐の手から放たれた爆発が近衛天翔王光を襲う。
近衛天翔王光は上半身と下半身が別れてしまったため、離れないように下半身を掴んだ。下半身がどこかへ飛ばされてしまったら、格好が付かない。娘の前では格好付けるのが父親というものだ。
そして爆風が止んだ後、近衛天翔王光のアバターオウコーは上半身と下半身がくっつき、何事もなかったように綺麗な状態に戻っていた。
「一応、一つの神戯の勝利者として言わせて貰うけど、お父様は異常だから」
「姫桐、儂はお前を愛している。心よりな。理解して欲しいとは言わん。だが、お前の意志に反して、お前が必死になるのは、止めて欲しい」
「私の意志に反してる?」
娘が幸せになることは最優先事項だが、娘が辛い目にあったり笑顔になれない問題への優先度は高い。
「まさか、この後に及んで、私が望まずお父様の前に立ち塞がっているって思ってるの?」
「当然だろう? 世界一愛しているパパに刃を向ける、お前の心の痛みが伝わってくる」
「私が死んでも愛しているのは、翔だけ。だいたい、なんでクレシェンドがお父様の命令を無視して、私たちを匿えたと思ってるの? 私が、クレシェンドに命令したからでしょ!? 私がお父様を嫌って、お父様を拒否したの! なんで、こんな簡単なロジックが理解できないの! 本当に天才なの!?」
「良いか、姫桐」
近衛天翔王光は何よりも愛している娘から「嫌い」という言葉が出て来たけれど、穏やかな心で対応することができた。AI孫が使っていた言葉とはまったく違い、これは他の誰かが娘を語った言葉ではない。
娘が父へ本音を投げ掛けた。
つまり愛。
「儂もお前を愛してる」
娘は無表情になって、情報ウィンドウを起動した。
「あー、翔? 翔? かーけーる? ……フォル、聞こえる? ええ、私。やっぱりダメ。お父様は説得不可能だし、異次元に生きてる」
「父と娘の会話に割り込むとは、まったく孫は犯罪的に無能じゃな」
「たった今、私から翔へ音声チャットを送ったんだけどね」
近衛天翔王光は娘へ優しく微笑み掛ける。
近衛天翔王光は娘の言葉を理解していないのではない。理解した上で、彼女の未来と幸福を願って、最も良い言葉を投げ掛けているのだ。
「優しく慈愛に溢れた姫桐のことじゃ。孫のため、儂の足止めに来たのだろう? お前を無能にする訳にはいかん。お前が来てから、儂は一切の作業を止めて、お前だけに集中している。姫桐は儂、天翔王光のすべてを止められた。三千世界で唯一、偉大なる神々でも不可能だったことを、姫桐だけは儂の並列処理のすべてを止めることができた。それは事実だ」
娘が首を横へ振る。
「今の翔を倒すなんて、いくらお父様にだってできないでしょう?」
近衛天翔王光は微笑みを崩さない。
近衛翔が何かをしたとしても、所詮は半身がクソで出来ている孫だ。何をやるにも時間が必要で、そのための時間を近衛姫桐が稼ぎに来たのだろう。
だったら近衛天翔王光は、近衛姫桐に目的を達成させた上で、近衛翔のすべてを砕く。
「安心しろ。星の女神も、時の男神も、すべて終わらせて、姫桐こそが絶対神となる世界が来る」
次の瞬間には、娘を模したアバターが光の粒子に包まれる。VRMMOファーアースオンラインで望郷の鍵などを使用した時、セーブポイントへ戻るエフェクトだった。
「姫桐、お前は安全な所で見ておれ」
近衛天翔王光は、近衛姫桐を強制的にセーブポイントへ帰還させる。
「な、なんで、今この世界は、翔の世界なんじゃあ? まさかっ!?」
「ファーアースオンラインを作成し、ファーアースを解析する過程で、神戯も見た」
勘の良い娘は、気が付いたらしい。表情に驚愕を浮かべた。
フォルティシモは『現代リアルワールド』において、神戯のシステムを解析しようと試みた。しかし神戯のシステムは完璧で、彼が手を出せるようなものではなかったのだ。そんな中で最強神フォルティシモが誕生したのは、キュウステラという反則的な存在の助けがあったからである。
だが、天才近衛天翔王光は―――。
「神戯の元となった“神儀”か。名前までは知らなかったが、神戯を解体すれば、おのずと何が作りたかったのか見えて来る。不完全な神戯を、完全な神儀へ再構築するのは、儂でも苦労したがな」
己の身一つで、神のシステムをハッキングした。
「千年、長かったが、ようやくお前の願いを叶えてやれる」
「………どうせ私の願いじゃないだろうけど、何を叶えてくれるの?」
「儂は“父なる神”などという存在を超えたのだ」
いくつかの宗教では最高神を“父なる神”と呼称する。
つまり天地創造の神は、近衛姫桐の父親を名乗る不届き者であった。
近衛天翔王光だけが唯一無二、近衛姫桐の父親にして、最高のパパでなければならない。
そこに現れた神戯、それを解析した先にあった“神儀”。
近衛天翔王光は偉大なる神へ到達した。
> 【全知全能神】を獲得しました
「これで自分のパパは最高だと胸を張って言って良いぞ」
「お父様は最低」
近衛姫桐は光になって安全な場所へ消えていく。
これで、これからこの異世界で何が起きようとも、娘は安全だ。
近衛天翔王光は大いに満足し、全知全能の力を振るった。
光、あれ。
―――――――――――
いつも本作をお読み頂き誠にありがとうございます。
更新予定につきまして、次の更新(四月十二日)より本編完結まで毎日投稿をさせて頂きます。
エピローグを含めてゴールデンウィーク頃の完結を予定していますので、どうか最後までお付き合い頂ければ幸いです。
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