上 下
422 / 509
第九章

第四百二十一話 最強再会 前編

しおりを挟む
 VRMMOファーアースオンラインのホーム画面、星空の元で最強フォルティシモ母なる星の女神マリアステラは三度目の邂逅を果たした。

 一度目はキュウを誘拐した―――マリアステラの主張によれば、玄関から入ってキュウに挨拶した上、マグナにも断ってから連れ出した―――から問答無用で叩き切った。キュウはフォルティシモのもので、フォルティシモに無断でキュウを誘い出したのだから、叩き切った決断に何の後悔もない。

「魔王様は愛が重いなぁ。キュウの愛も重いけどね」
「そうなのか? 軽すぎて気が付かなかった」
「キュウの愛が足りなかった?」
「そんな訳があるか! キュウの愛なら、どんな重量だろうが軽々と受け止めてやるって意味だ!」

 二度目はピアノが連れて来た。ピアノはマリアステラによって難病で寝たきりだった前世を救われているから、彼女へ好感を抱くのも理解できるし、頼みを拒否できないだろう。フォルティシモも親友ピアノを生き返らせてくれた点には感謝していたから、真面目に交渉の話し合いをして、追い返した。

「魔王様に冷たいって言われて傷付いちゃったよ」
「あの程度で傷付くならインターネットを止めろ」
「私、魔王様の親友を救ってるんだよ?」
「そうか。それが善意だったら感謝して、友人になりたいくらいだ」

 そして三度目は、フォルティシモ自身が望んだ。ただし、これを望んだのはフォルティシモであってフォルティシモではない。

「招待されたって言ったな? 俺がお前を招待した覚えなんてないぞ」
「もちろん本物の魔王様じゃないよ」

 マリアステラは首から下げていた懐中時計を外して、フォルティシモの目の前へ掲げて見せた。

 VRMMOファーアースオンラインのガチャアイテム、刻限の懐中時計。一日一回デスペナを回避できるアイテムで、異世界ファーアースでは自称竜神最果ての黄金竜さえも蘇生させる効果を持っていた。フォルティシモが初めてキュウにあげたプレゼントでもあり、元々気に入っていたデザインが一層輝いて見える。

「刻限の懐中時計なんて貰っても、いくらでも倉庫に―――」

 フォルティシモはマリアステラに掲げたそれを見て、驚きに目を見開いた。

 この刻限の懐中時計は、他には二つと無いフォルティシモがキュウにプレゼントした刻限の懐中時計だったからだ。VRMMOファーアースオンラインでは、使わないアイテムが汚れたり壊れることはない。けれど異世界ファーアースではアルティマが望郷の鍵を壊したように、持ち続ければ汚れるし傷も付く。

 キュウはフォルティシモがプレゼントした刻限の懐中時計をとても大切にしていたけれど、いつも持ち歩いているから傷や汚れはどうしても溜まっていく。キュウは気にして頻繁に掃除をしたり布に包んだりしていたけれど、フォルティシモにはその傷や汚れが、フォルティシモとキュウが積み重ねた時間のようで、嬉しかった。

「なんで、お前が、持ってるんだ………?」

 キュウが死んで、その遺品をマリアステラが持ってきた。最悪の想像がフォルティシモの脳内を駆け巡る前に、その声が聞こえてくる。

 聞き覚えのありすぎる声。誰であろうフォルティシモの声だった。

『おい、本体の俺! キュウを放って置いて、何してんだ! PKするぞ!』

 VR空間でアバターを動かす際、現実の身体を動かすのと最も違うのは、自らの“声の聞こえ方”だろう。自分の声を録音して聞いたことのある人ならば経験があるだろうが、声というのはしゃべっている本人に聞こえる音質とはまったく違っている。

 その点、VR空間では自分も他人も同じ声が聞こえるようになっていた。キュウだったらどう聞こえてるのか気になるので、いつかキュウにVRダイバーを使わせてみたい。

「お前、『マリアステラの世界』に送った、俺か?」

 フォルティシモはキュウがマリアステラとケペルラーアトゥムに連れ去られた時、自分を魂のアルゴリズムでコピーしてAIフォルティシモを造り出した。そのAIフォルティシモへ信仰心エネルギーを与えて、『マリアステラの世界』へ送ったのだ。

 キュウの話によれば、AIフォルティシモは己の役割であるキュウの救出を完遂して、太陽神ケペルラーアトゥムの神威の前に殺されたはずだった。

『ああ、そうだ。だが、ようやく同期できるのかと思えば、キュウを置いて、自分だけ安全地帯か! クソだな!』
「そんな訳あるか! 爺さんの策略に嵌められたんだよ! 戻る算段も付けてた。だが、爺さんと、トッキーの準備は想像以上だった。このまま戻っても、フォルティシモは最強じゃない」

 フォルティシモはAIフォルティシモと戦うという、あまりにも不毛なやりとりをすぐに中断する。

「お前こそ、なんでマリアステラと一緒にいる? 俺の癖に裏切りか」
「私は魔王様たちの敵じゃないよ。ファンだよ」
『俺はキュウに、最強のプレイヤーとして異世界召喚された』
「自慢か。PKするぞ」
「無視されるのは、なかなか無い経験だね」

 不毛なやりとりが中断していなかったことに気が付いて、目の前の情報ウィンドウからガチャを引いた。落ち着くまで引き続けて、落ち着いた。

『その後、太陽神を攻撃したが、そこで力尽きた。そこに』
救いの女神が現れた」
マリアステラクソ野郎が弱ったところに付け込んできた』

 マリアステラとAIフォルティシモが真逆の感想を述べる。フォルティシモは迷うことなく後者を支持した。

「消えるくらいなら、マリアステラクソ野郎と取引して生き存えたのか。俺なら酷く不利な取引はしなかっただろうから、この近衛翔のホームに招待することが取引内容か?」

 AIフォルティシモは刻限の懐中時計に宿っている。

 フォルティシモが最初の神戯参加者セルヴァンスを魂のアルゴリズムでコピーして、テディベアというぬいぐるみに納めたように、マリアステラはAIフォルティシモを刻限の懐中時計へ書き込んだのだ。

『いや、それだけじゃない』
「それ以外にも取引したのか? マリアステラこいつはクソ野郎だぞ? 俺が分かっていないはずがないだろう?」
マリアステラこいつはクソ野郎ってのは、俺だから分かってる。だが俺たちには、もっと大切なものがある。キュウのためだ。本体の俺には、キュウの悲鳴が聞こえないのか!』

 フォルティシモはAIフォルティシモに言われて、後悔が浮かぶのを止められなかった。

 気付いていた。気付いていて、あえて目を逸らしていた事実。

 キュウは今頃、泣いているに違いない。

 キュウのような耳がなくても、キュウの泣き声が今にも聞こえてきそうだった。きっと【拠点】の片隅で隠れながら、襲われることへ恐怖し、最強のフォルティシモを待ち望んでいるはずだ。今すぐ駆けつけてキュウの涙を拭いてやりたいけれど、彼女が望んでいるのは最強のフォルティシモであって、今のフォルティシモではない。

 キュウを泣かせたこと、キュウの望む最強のフォルティシモでいられなかったこと、すべてが後悔に繋がっていく。AIフォルティシモへ言い返せなかった。

「まあまあ、本物の魔王様、AIの魔王様、私がクソ野郎なのはその通りだよ。でも、私たちはキュウのためって目的で協力できる。そうでしょう?」
「お前、かなり高位の神で、太陽神を始めとして大勢の神々を従えてるんだろ。自分をクソ野郎だとか言って良いのか」
「私は直接人間への恩恵を与えるような神でもないからね。人間から見たら、私はクソ野郎に違いない」

 マリアステラのその発言は、あまりにも重大な真実を告げている。

 マリアステラは信仰心エネルギーを求めていない。おそらく“偉大なる神々”にとっては、信仰心は重要ではないのだ。太陽神や勝利の女神、竜神などが最重要と位置づけている信仰が不要。

 だとすると、色々な前提が覆る。

 最強フォルティシモにとって都合の良い方向へ。

「おい、AIの俺」
『なんだ、本体の俺』
「俺はフォルティシモを最強にする」
『時間が必要なんだな?』
「キュウを頼む」
『頼まれるまでもない』
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

修行マニアの高校生 異世界で最強になったのでスローライフを志す

佐原
ファンタジー
毎日修行を勤しむ高校生西郷努は柔道、ボクシング、レスリング、剣道、など日本の武術以外にも海外の武術を極め、世界王者を陰ながらぶっ倒した。その後、しばらくの間目標がなくなるが、努は「次は神でも倒すか」と志すが、どうやって神に会うか考えた末に死ねば良いと考え、自殺し見事転生するこができた。その世界ではステータスや魔法などが存在するゲームのような世界で、努は次に魔法を極めた末に最高神をぶっ倒し、やることがなくなったので「だらだらしながら定住先を見つけよう」ついでに伴侶も見つかるといいなとか思いながらスローライフを目指す。 誤字脱字や話のおかしな点について何か有れば教えて下さい。また感想待ってます。返信できるかわかりませんが、極力返します。 また今まで感想を却下してしまった皆さんすいません。 僕は豆腐メンタルなのでマイナスのことの感想は控えて頂きたいです。 不定期投稿になります、週に一回は投稿したいと思います。お待たせして申し訳ございません。 他作品はストックもかなり有りますので、そちらで回したいと思います

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~

石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。 ありがとうございます 主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。 転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。 ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。 『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。 ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする 「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

ギルドから追放された実は究極の治癒魔法使い。それに気付いたギルドが崩壊仕掛かってるが、もう知らん。僕は美少女エルフと旅することにしたから。

yonechanish
ファンタジー
僕は治癒魔法使い。 子供の頃、僕は奴隷として売られていた。 そんな僕をギルドマスターが拾ってくれた。 だから、僕は自分に誓ったんだ。 ギルドのメンバーのために、生きるんだって。 でも、僕は皆の役に立てなかったみたい。 「クビ」 その言葉で、僕はギルドから追放された。 一人。 その日からギルドの崩壊が始まった。 僕の治癒魔法は地味だから、皆、僕がどれだけ役に立ったか知らなかったみたい。 だけど、もう遅いよ。 僕は僕なりの旅を始めたから。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

処理中です...