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第九章

第四百十四話 vs世界を焼き尽くす巨神 猛威編

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 泥の巨人に対し、三羽の鳥、二匹のドラゴン、そしてその背に乗る者たちが立ち向かっていた。

「黒髪の君! 狐の君! 僕が道を作ろう!」

 主人が本気になった時、天烏に乗りながらの戦いはしなかったように、ピアノやアルティマも従魔に騎乗しないほうが強い。

 かと言って、二人には主人と同レベルの飛行能力がなかった。スクリプトコードというのが元になっているファーアースの魔術スキル、その中でも【浮遊】スキルはあくまでも決まった方向に飛べるだけのスキルらしい。あんな自由自在に空を飛びながら戦えるプレイヤーは主人だけという話だ。

 だからピアノとアルティマも戦闘能力が下がるのを承知で、天烏に騎乗しながら攻撃する以外に方法がなかった。

 その問題をアーサーが解決する。アーサーから大いなる力が放たれたかと思うと、世界を焼き尽くす巨神の周囲に虹が架かったのだ。

 アーサーの権能【伝説再現】。巨大な敵に向かって掛かる虹の橋。キュウには分からないけれど、おそらく何かの神話の一場面に違いない。

 ピアノとアルティマはすぐに状況を理解して、天烏から虹へ飛び移り、その虹を踏みしめて走り出した。

「天閃!」
巨人ヒガンテ究極スプレモ乃剣エスパーダなのじゃ!」

 白と黒の剣撃が世界を焼き尽くす巨神を切り裂く。

「ルナ! 右足!」
『ぶ、ブレス!』

 竜神ディアナ・ルナーリスの口から白いブレスが放たれる。

「あなたは左よ!」
『黙れエルフ!』

 最果ての黄金竜も負けじと黄金のブレス攻撃を吐き出した。

「止まるな、天閃!」
「当然なのじゃ! 巨人ヒガンテ究極スプレモ乃剣エスパーダなのじゃ!」

 巨竜たちのブレス攻撃が止まったと同時に、再び二人の剣撃が炸裂する。

 ちなみに二人は攻撃と同時に、エリクシールの入っていた空瓶を投げ捨てた。かつてキュウが主人から貰って使うことを躊躇した超回復魔法薬を、まるで水のようにがぶ飲みしている。

『この世界を焼き尽くす巨神がワールドレイドボスモンスターとしてデザインされているなら、強力な攻撃は事前モーションも大きいはずだ。代わりに攻撃を受けたら即死級の攻撃力、攻撃範囲は絶大、モーションを見落としたら回避不可能だと考えてくれ!』

 テディベアは世界を焼き尽くす巨神へ注目し、その一挙手一投足を見逃すまいとしていた。

『来る! 全力で回避!』

 そのテディベアの言葉で、一斉に世界を焼き尽くす巨神から離れる。

 巨人の周囲を消し飛ばす風の魔術。破壊という指向性を持った天変地異が放たれた。ある神話では全知全能の神にさえも勝利した暴風は、すべてを薙ぎ払う。



「みんな無事か!?」
「妾は平気なのじゃ!」
「私も大丈夫です!」

 ピアノやアルティマは、テディベアの合図と共にそれぞれの天烏へ飛び乗り、暴風の魔術の効果範囲外へ逃れることに成功していた。あまり近付いていなかったキュウは言わずもがなだ。

 しかし、最速の天烏でギリギリだった。その巨体ゆえに初速度が遅い二匹のドラゴンは、無傷とはいかない。

『痛い、痛い、よっ』
「ルナっ、治癒魔術は掛けてるけど、魔法薬は飲める!?」
『ぐおおお、これが、人間の作った、人造神だと? まるで本物ではないか!』
「あれだけ威張ってた癖に、怖じ気づいてるの!? 私たちエルフは、あなたから見れば虫けらだったかも知れないけど、立ち向かったわよ!」

 竜神ディアナ・ルナーリスと最果ての黄金竜は、それぞれ手足や翼の一部を失っていた。傷付いた部位から大量の血液を流している。

 そしてこちらが体勢を整える前に、世界を焼き尽くす巨神はその傷をあっという間に治癒してしまった。超攻撃力を持つ剣撃、地形を変えるようなドラゴンブレスを幾度も受け続けたはずなのに、まったく致命傷には至らない。

「なんだよ、このHPの回復速度は、運営の頭、おかしいだろ。これってワールド内の全プレイヤーが、何時間も攻撃し続けるのを想定してないか? どうやって倒すんだ」
『フォルティシモは倒したんだろう? 不可能じゃ、ないはずだ』
「言い直す。運営とフォルティシモの頭、おかしいだろ」

 主人と同じプレイヤーであるピアノとテディベアは、世界を焼き尽くす巨神の力を見て畏れを覚えているのが分かった。

 ワールドレイドボスモンスター世界を焼き尽くす巨神は、プレイヤーが討伐できることを想定していない。

 全知全能の神に似せられたアダムは、同じように全知全能で不老不死。決して倒されてはならない存在なのだ。キュウの主人に倒されたのは、異常事態でしかない。

 キュウたちがいくら努力したところで、世界を焼き尽くす巨神を倒すことなどできはしないのだろうか。



『ピアノ殿! 遅れてすまない!』
『グラーヴェ!』

 キュウたちが世界を焼き尽くす巨神と戦う空間MAPへ現れたのは、老人デーモングラーヴェ率いるデーモンの軍勢だった。エンジェルたちを止めるために命を削る魔法薬を使ったため、その効力で全員が強大な力を感じさせる。

 ピアノからの説得が上手く行った、訳ではないだろう。彼らは主人が太陽神ケペルラーアトゥムを倒してくれるからこそ、命を捨てる決意を持ったのだ。

 その契約を果たしてくれるはずの主人が消えてしまった今、彼らデーモンたちは、無駄に命を散らしたのだろうか。

 そんなことはない。主人は絶対に戻って来る。だからデーモンたちは主人のために協力してくれる。たとえここでデーモンたちの命が尽きようとも、この瞬間に戦ったデーモンたちの願いを、最強の主人が無碍にするはずがないから。

 数百人のデーモンたちは、それぞれが空を駆ける従魔に騎乗していて、世界を焼き尽くす巨神を取り囲む。

『ディレイを考慮し、三列で順次魔術を発動する!』

 デーモンの三段撃ちが一定の間隔で絶え間なく世界を焼き尽くす巨神へ襲い掛かった。千年の研鑽を積んだレベル、一つの目的に向かう連携、命を賭けた課金アイテムの使用、未来のない者たちの最後の集中力。それらは、強大なる巨神にたしかな有効打となっていた。

 しかし、それでも届かない。VRMMOファーアースオンライン、その全プレイヤーが協力して倒すはずだったワールドレイドボスモンスター世界を焼き尽くす巨神。

 究極廃人ピアノ、最強の従者アルティマ、強大なレイドボスモンスター最果ての黄金竜、神の力を持つ竜神ディアナ・ルナーリス、プレイヤーとしてはイマイチでも神戯参加者としては最上級のアーサー、神側で上位の神格を持つ勝利の女神ヴィカヴィクトリア、数百人のデーモンたちの命を賭けた攻撃に晒されても倒れない。

『またあの【風魔術】が来る! 退避してくれ!』

 届かない。もう少し。あと少し。その少しを届かせるのは誰か。主人はいない。

 いるのはキュウだ。
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