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第九章

第四百十一話 残された者たち 後編

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「ピアノさん、無事だったんですね!」
『ああ、だいたいの状況は、フォルティシモとセフェからメッセージを受け取ってる。キュウちゃんとラナリアさんを頼むって書いてあった』
「メッセージを? それはフォルティシモ様は、この事態も予測されていたということでしょうか?」

 キュウもラナリアの質問と同様の期待を覚えて胸を高鳴らせる。この状況さえも主人の策略の範疇で、キュウたちが何もせずとも主人が帰還してくれる、そんな英雄物語どころか夢物語な話があるかもしれないと思ってしまう。

『予測、ってほど明確じゃないと思います。そこまで考えてたなら、皆に話しておいただろうし。たぶん、数千万人に一人の奇病に罹るかも知れないくらいの気持ちだったんじゃないかと』

 現実は最悪の想像を超えてくる。主人はそれを理解している親友ピアノにだけメッセージを残した。何となくキュウが信頼されていないような気がして落ち込んでしまう。キュウならどんな可能性が低くても、主人の言葉を胸に刻みつける。

『あー、キュウちゃんもラナリアさんも、私が二人よりもフォルティシモに信頼されてたからじゃない、です』

 音声チャットの声だけなのに、自分の心情を言い当てられて思わず恥ずかしくなる。思わずラナリアと目が合って、お互いに気持ちを共感して苦笑した。

『メッセージを貰ったのは、本当についさっきだ。同時に<フォルテピアノ>のことを操作できる権限が譲られた』
「私もご主人様の【拠点】の管理権限を貰いました」
『そうか。そう、か? ん? キュウちゃんがチームメンバーに居るんだが!?』

 今のキュウはプレイヤーであり、チーム<フォルテピアノ>の一員だ。だから情報ウィンドウでチームメンバーの窓を開くと、キュウの名前が載っている。

 そう、キュウと主人の名前が一緒に載っているのだ。こんな状況でなかったら、キュウは一日中情報ウィンドウを開いたり消したりして、この窓を覗いてはニヤニヤしていただろう。

「はい、私は、つうさんにプレイヤーにして頂きました」
『何? どういうこと? プレイヤーにして貰ったって、まったく意味が分からない。フォルティシモの奴、つうにそんなものを仕込んでたの?』

 ピアノにとって主人の従者つうは、情報ウィンドウで作成されたNPC従者の一人。だから主人の仕込みだと勘違いしたようだった。

 “つう”はおそらく主人の母親で、近衛天翔王光が愛してやまない娘。彼女が残っていたら、オウコーとの交渉も選択できたはずだ。

 兎にも角にも、今のキュウとピアノは主人や主人の従者たちが長い時間を掛けて集めた、究極の魔法道具のすべてを使う許可が与えられた。

 鍵盤商会会長ダアトが異世界より前に金にものを言わせて集めた物品も、鍛冶神と呼ばれるマグナが全力で作った武具も、主人が課金という代償行為で集めた神器も、キュウたちが自由に使えるのだ。

「わ、妾には来てないのじゃ!?」
『その声、アルか? なんでアルがいるんだ? フォルティシモがファーアースオンラインから連れて来た従者は、みんな消えたんじゃないのか?』
「なんでみんな妾を消そうとするのじゃ!? 妾は居るのじゃ!」

 アルティマは不満を表すため、キュウと同じ黄金色の尻尾をブンブンと振り回した。

「セフェさんもいるそうです。今はシャットダウン状態というお話です」
『セフェもか。なんかもう予想外の事態ばかりだ。予想外の幸運なのが救いだけど』
「ピアノ様、私たちは何よりもフォルティシモ様の帰還を望んでいます。何か情報があれば開示頂けますか?」
『正直、私は神戯についてはさっぱりです』

 ピアノが神戯から距離を置いていたのは知っている。彼女が色々と協力してくれていたのは、親友である主人が頼んだからだ。

『ただ、倒さなきゃならない相手は、どうやら分かり易いみたいですね』

 ピアノは詳しい事情を聞かずとも、オウコーを倒そうと言ってくれた。



「それでは、この中では非戦闘員となってしまう私が、指揮を執らせて頂きます」

 立場を考えればピアノ、序列で言えばアルティマ、託された意味ではキュウが中心となっても良いけれど、満場一致で指揮はラナリアへ任せることになった。

 彼女自身、軍略は素人だと言っていたけれど、この中で盤面を考えて的確な指示を出せるのはラナリアしかいない。

「目的はフォルティシモ様の帰還。基本方針はケペルラーアトゥム様を支援しながら、オウコーを追い詰めることです」

 キュウ、アルティマ、ピアノが一斉に頷く。

「まずケペルラーアトゥム様にこちらが味方だと認識して貰う必要がありますので、面識のあるキュウさんが戦いに割り込んで、ケペルラーアトゥム様とコンタクトを取ってください」
「は、はいっ」

 キュウが戦うのは、主人の祖父にしてカリオンドル皇国初代皇帝、多くの神々が平伏す天才オウコーだ。恐怖がないと言えば嘘になる。

「その間に、戦力を集中させます。テディベア様、アーサー様とヴィカヴィクトリア様、最果ての黄金竜様には確実に協力を取り付けます。ピアノ様、デーモンとエンジェルの戦況はいかがでしょうか?」

 ピアノはこの大氾濫の作戦において、デーモンたちと共に太陽神ケペルラーアトゥムが連れて来る天使軍と戦っていた。

『世界を焼き尽くす巨神には動揺があって、さっきまで混乱していました。ただそれはエンジェル側も同じです。それに、どうもあのレイドボスを出したのは、デーモンらしくて』
「デーモンが出した? カリオンドル初代皇帝が遺したメッセージ、デーモンがサンタ・エズレル神殿で確保していたという箱、クレシェンドは初代皇帝の奴隷だった、フォルティシモ様が成り代わられた………利用されましたか」
『おそらくは。私が近付いて【解析】を撃ってみたんですけど、どうも、世界を焼き尽くす巨神はオウコーの従魔みたいです』

 主人の従魔だった天烏は高速で空を駆ける巨大な魔物だったけれど、オウコーの従魔らしい世界を焼き尽くす巨神は文字通り桁外れである。

「倒さねばならないようですね。ピアノ様はデーモンたちと共に、エンジェルたちへ世界を焼き尽くす巨神を倒そうと呼び掛けを行ってください。デーモンたちを短期的に説得する方法はありませんので、とにかく今は目の前の脅威、巨神を退治することだけを前面に出して押し切ることになります。あれを放っておけば、彼らの故郷の大地が蹂躙される点の強調を」
『それは、良いんですが、最後にエンジェルは裏切るんですよね?』

 大氾濫で空から現れたエンジェルたちは、太陽神ケペルラーアトゥムの臣民だ。キュウたちは、主人を取り戻すのは最優先だけれど、最後には太陽神ケペルラーアトゥム打倒を目的にしている。

「フォルティシモ様ならこう言うはずです。最後に裏切っても、途中で協力したのだから嘘ではない。むしろ最強のフォルティシモ様へ協力できたのだから感謝するべき、と」
『あいつは絶対言いますね』

 なお後で聞いた話だが、主人は異世界に来た時にまったく同じようなことを考えたらしい。友人を協力させて、最後の最後で全員殺して良いとこ取りをしても許してくれるとか何とか。



「それから、信仰心の維持も必要です。大氾濫が続く中、このままフォルテピアノの者が姿を見せなければ、不信を抱かれます。フォルティシモ様が帰還した後、信仰心を集めるためにも、アルさんに旗印として姿を見せて頂きたいです。アルさんの戦力を前線に使えないのは苦渋の決断なのですが仕方ありません」
「妾も前線のが得意なのじゃ」

 キュウはようやく力を使えそうな話になって、少し前のめりになった。

「ラナリアさんなら、ご主人様の代わりに指示ができますか?」
「そうですね。エンさんが詳細に作戦を詰めてくれましたので可能です。しかし大氾濫で戦う者たちにとって、私はあくまでもアクロシア王国の王女です。彼らが欲しいのは天空の国の言葉であり、私の言葉では動揺を抑えきれません」

 キュウは情報ウィンドウから【フォルティシモの倉庫】を確認した。そこに目当ての魔法道具、いやアイテムを見つける。

「アバター変更があります。ラナリアさんがご主人様に変装して、指示をするのはどうでしょうか?」

 主人は【拠点】にフォルティシモのアバター情報を残してくれた。これとアバター変更アイテムを使えば、誰かが主人の姿に成ることができる。ここではラナリアだ。

「………………………………フォルティシモ様よりも、上手くやってよろしいですか?」
「………………………………え? あの、緊急事態ですし、その、良いのでは、ないでしょうか?」

 ラナリアが満面の笑みでキュウからアバター変更アイテムを受け取ったのが怖いけれど、彼女以上の適任者はいないはずだ。

 主人よりも適任な気がするのには目を逸らす。

「それから」

 キュウはさらに情報ウィンドウを操作する。インベントリから取り出すのは、七体のゴーレムだった。

 主人がキュウに残してくれたものは、フォルティシモのアバター情報だけではない。キュウがゴーレムに埋め込んでいくのは、従者たちのアバター情報に加え、【自動人形】のコード、魂のアルゴリズムもどきだ。

「エンさん、セフェさん、ダアさん、マグさん、キャロさん、リースさんの自動人形ゴーレムを使います」

 さらに【偽装】スキルを使うのも忘れない。

「姿と受け答えと【解析】が同じなら、ほどんとの人は分からないはずです。ご主人様はラナリアさんが、他の方々は、私のゴーレムが補うのはどうでしょうか?」

 ラナリアが力強く頷いてくれたので、キュウも頷きを返す。

『どうなってんだフォルティシモの従者は。キュウちゃんまで、あっち側なんだが。私に頼む必要があったのか?』
「ピアノさんが居てくれて、本当に助かっています!」

 キュウはピアノの呟きへ反論したが、ちょっと言い訳っぽくなってしまった。
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