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第八章
第三百八十話 神へ到る技術 後編
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狐の神タマとの話し合いの場が持たれた日、フォルティシモはキュウこそが“到達者”なのだという告白を受けた。
最果ての黄金竜やクレシェンドが探していた“到達者”は、世界の法則限界に達した者だと言う話で、フォルティシモの最大の敵になると考えていた。
その正体がキュウ。しかし考えてみれば、その兆候はあったのだ。キュウの黄金の耳は、出会った頃から異質だった。現代リアルワールドの物理法則を完全に無視していたし、異世界ファーアースのシステムにもそんな力は存在しない。
世界の法則に縛られない、別次元の法則を持ち込む者。神戯の目的、神に到達するという目標を最初から達成できる者。神戯参加者に狙われるはずだ。
まあそれは良い。最果ての黄金竜には黙っておくし、クレシェンドはもう倒した。
問題は“到達者”という存在が、神戯とは別の法則で神に到達する点。
フォルティシモはこう考える。
“到達者”と同じことができれば、神戯なんて面倒なことをせず、神へ到れるのではないか。
これまでの神戯の意味とか苦労とか、どうでも良い。
フォルティシモは強くなれるなら、神戯だろうが到達者だろうが、どっちでも良い。
◇
キュウは主人に言われて、その状況から片時も集中を切らさなかった。それでも驚愕の感情は止められない。
「到達者」
その瞬間、キュウの耳は主人の、存在とも呼べる何かが膨れ上がるのを感じる。主人はこれまでとは違う何かになったのだ。
「真・究極・打撃」
主人の拳が、太陽神ケペルラーアトゥムを正面から打ち抜いた。
太陽神ケペルラーアトゥムは初めて、主人の拳を防御するために両腕を交差させる。それでも威力は殺しきれなかったようで、砂浜を二歩下がった。
主人の放った一撃は、太陽の女神を後退させたのだ。たったの二歩だけれど、それがどれほどの偉業か、今のキュウには理解できてしまう。
「真・究極・打撃・乱打!」
連続して放たれる拳撃。
太陽神ケペルラーアトゥムは主人の連撃に合わせて、流し、受け止め、反撃まで行った。
太陽神ケペルラーアトゥムの拳がかすった主人は、砂浜を四、五メートルほど吹き飛んで着地する。主人は無事ではなく、主人の脇腹付近が抉り取られていた。指摘するまでもなく大怪我であるが、そこから血は出ていないし、痛みを感じている様子もなかった。
「ある程度は予想通りだが。この威力は目茶苦茶だろ」
そんな主人に対して、太陽神ケペルラーアトゥムは不快そうに眉を歪めていた。
「到達者なるスキル設定。あの神戯を、どこまで読み取った?」
「神戯なら、爺さんが解析してたぞ。俺はそのデータを貰って、ちょっと応用と発展させてみただけだ」
「近衛天翔王光は人類の中では天才だが、それでこれが実現できるものではない。質問を変えよう。神戯を、いや“神成る儀式”を読み取り、スキル設定に落とし込んで実行したとでも言うのか?」
「まあ、さすがの俺もそこまでは無理だ。………だから誤魔化さないで答えてやる。キュウだ」
キュウは突然名前を呼ばれて、何だか分からなくて主人と太陽神ケペルラーアトゥムを交互に見回してしまう。
「俺は色んな奴に、家族にまで最強厨だって言われてる。それは認めるところだが、最強厨の強さってどこにあると思う?」
「貪欲に強さを追い求めるところだろう。特に周囲の反感を買いやすい行動でも進んで行い、そのためのリスクや代償も迷わず支払う」
「まあ他人から見ればそんなところか」
「美点を挙げるならば、柔軟性と学習能力。誰かが見つけたものだとしても既存概念に囚われず検証し吸収する。必要なら今を捨ててでも乗り換え、極めようとする」
「………お前って俺が出会った中で、一番仲良くなれそうな神だったらしい」
主人はキュウをチラリと確認する。その視線に何の意味が込められているのか、さすがのキュウも聞き取ることができなかった。
「俺は俺より先へ行く者を許さない。たとえキュウであってもだ」
キュウを否定するような言葉。
しかしキュウは主人の言葉にまったく驚かない。だって主人はずっと言ってくれていた。
主人よりも強くなりたいという願いでなければ、何を言っても怒らないと。
キュウにそのつもりはなかったから、まったく気にしなかったけれど、今のキュウの力は主人を超えようとするものになってしまっている。
だから主人は、キュウよりも先へ行ったのだ。
キュウの頭から尻尾の先までがぶるりと震えた。
「キュウが“到達者”だって聞いてから、キュウを解析して、爺さんの残した神戯と異世界ファーアースのデータを合わせて作った。それが神とか言う存在へ到達するスキル設定到達者だ」
「素晴らしい」
太陽神ケペルラーアトゥムは手放しの称賛を口にする。
「その技術は感嘆に値する。“神成る儀式”の更なる汎用化だ。だが問題もある。膨大なFPを消費しているだろう?」
「そうだな。けど俺は、お前を倒すために信仰心エネルギーを集めている。今以上の使い道はない」
「信仰を己のため、大局を見ずに使う。人はいつまでも愚かだ」
信仰心エネルギーFPは、救世のために必要だ。神々が遊戯盤と呼ぶ世界が存在するためには、信仰心エネルギーFPが不可欠。
「信仰を消費すれば、神戯の後には何も残らない」
「【最後の審判】で俺に倒されるお前は、何も心配しなくて良い」
「お前の言うとおりだ。【最後の審判】で消えるお前には関係無かったな。プレイヤーフォルティシモ、神戯参加者でしかないお前が到達した力、我が光へ向かって飛ぶことを許す」
キュウの目の前で始まった戦いは、魔王神と太陽神という神々の戦いにしては地味なものだった。
主人と太陽神ケペルラーアトゥムは、お互いに武器も持たずに拳の応酬を始めたのだ。
キュウは、主人は天を切り裂く魔技や広範囲を爆砕する魔術を使い、太陽神ケペルラーアトゥムは太陽の顕現や神の杖を放って、この一帯が消し飛ぶような戦いを想像していた。
それなのに現実は、酒場の喧嘩でもありそうな光景である。
それでも太陽神ケペルラーアトゥムの拳が主人を打ち抜く度に、キュウの耳と尻尾はビクッと逆立ってしまう。先ほどのように吹き飛ばされることはないものの、主人は確実にダメージを受けているようで、動きの精彩を欠いていった。
「術式到達者、これが限界か。それとも未完成か?」
「久しぶりだ。攻略法が見つからなくて、苛立つボスは」
主人と太陽神ケペルラーアトゥムの戦いは、戦いになっていない。太陽神ケペルラーアトゥムは、ここで主人がどれだけ攻撃しても絶対に倒せないのだ。
「お前が作った術式到達者は参考になる。今後の神戯は、もっと効率的に行われるだろう」
「まったく嬉しくない情報だ。言っておくが、これで最強のフォルティシモに勝ったつもりか? これはあくまで、AIによる模擬戦闘だ。この程度で感心したなら、この戦いのすべてを聞き取ったキュウが俺の元へ戻ったら、お前は敵じゃないな」
「その挑発は、それほどこの獣が大切ということだな。だが何故それを分かるように伝えた? 私が近衛天翔王光へしたように、獣を人質に取り、お前を脱落させるとは思わなかったか」
「それを最も警戒していた。だがお前はしない」
主人が笑う。
すべて、思惑通りだと言うように。
「いや出来ない」
「戯れ言を。この獣を使い、お前から今の術式を―――ごふっ」
突如、太陽神ケペルラーアトゥムの口から大量の血が吐き出された。
キュウが見ていた限り、太陽神ケペルラーアトゥムはそれほどの傷を負ったようには思えなかった。しかし太陽神ケペルラーアトゥムは砂浜に膝を付いてしまう。
「これは………? どういうことだ?」
「その姿はVR世界で言うところのアバターだな。お前の本体は、一億五千万キロメートル彼方の宇宙に浮かんでる天体。そりゃ爺さんでも倒す方法が浮かばない訳だな」
目の前の太陽神ケペルラーアトゥムは、見るからに体調が悪いものの、本人は何が悪いのか理解できていないようだった。
「何をしたかは分からないが、後でログを見て解析させて貰おう」
「せいぜい頑張ってくれ」
太陽神ケペルラーアトゥムの身体は徐々に血色を失い、死体と見紛う状態になっていく。それにも関わらず、口から血を垂らしながらも余裕がある。
キュウの耳にも、太陽神ケペルラーアトゥムは『瀕死』と『万全』の二つの状態が重ね合わせて聞こえてくる気がした。
「その前に、私から二つ、祝福をやろう」
「祝福だと? ………なんだ?」
「一つ、異世界ファーアースでの【最後の審判】で、我が偉大なる神に認められた力を示せ」
「どこが祝福なんだ。今すぐサポートAIに祝福という言葉を調べて貰え」
太陽神ケペルラーアトゥムは笑った。キュウに見せた笑みとはまったく違った笑みだった。
「二つ、そのAIはここで消滅せよ」
その瞬間。
砂浜に、光の腕が現れた。
「は? おい、まさか、本気ならピンポイントでいつでも太陽を顕現させられるのか? それは反則だろ」
キュウは辛うじて腕だと認識したけれど、本当は違ったかも知れない。一瞬にして、光の腕とキュウの間に、主人が割り込んだからだ。
圧倒的な光量を持つ物体が出現した。
ほんの一瞬、電光朝露のような時間。
それでも確かに、あらゆる生命の存在を許さない光と熱が、主人を貫いた。
主人だけを貫いたのだ。
そして主人の身体から光の粒子が立ち上る。キュウが良く知る、魔物が消滅する際に見せる光だ。
キュウは主人が消えようとしているのだと理解した。
この主人は、本物の主人ではない。けれど、キュウを守ってくれた主人だ。それに絶対に敗北しない主人が消えるところなんて、有り得ないはずなのに、今、その光景が目の前に広がっている。
主人が、消える。
キュウはその光景を震えながら見守った。
そして主人は、キュウの目の前で、消えた。
消えてしまった。
> クエスト『イカロスの翼』を達成しました
「どうして、ですか?」
それはキュウを見逃すことについてか、もしくはここまでの太陽神ケペルラーアトゥムの行動すべてについてか、主人が自分の身を犠牲にしてキュウを守ってくれたことについてか、キュウ自身も分からない質問だった。
「近衛天翔王光に警戒しておけ。未成熟なお前では、まだ観測できないようだが、お前の最大の敵は近衛天翔王光だ」
続いて、太陽神ケペルラーアトゥムの化身だった女性も光の粒子になって消滅した。
キュウはただ一人、砂浜に残された。照りつける太陽、蒼い海、美しい砂浜、波の音、そして泰然と主張する光の扉。
目の前で愛する人を失ったキュウは思う。
これまで何度も感じたけれど、キュウは弱い。だから、強くならなければならない。
どこまで強くならなければならないかと言うと。
―――最強まで。
最果ての黄金竜やクレシェンドが探していた“到達者”は、世界の法則限界に達した者だと言う話で、フォルティシモの最大の敵になると考えていた。
その正体がキュウ。しかし考えてみれば、その兆候はあったのだ。キュウの黄金の耳は、出会った頃から異質だった。現代リアルワールドの物理法則を完全に無視していたし、異世界ファーアースのシステムにもそんな力は存在しない。
世界の法則に縛られない、別次元の法則を持ち込む者。神戯の目的、神に到達するという目標を最初から達成できる者。神戯参加者に狙われるはずだ。
まあそれは良い。最果ての黄金竜には黙っておくし、クレシェンドはもう倒した。
問題は“到達者”という存在が、神戯とは別の法則で神に到達する点。
フォルティシモはこう考える。
“到達者”と同じことができれば、神戯なんて面倒なことをせず、神へ到れるのではないか。
これまでの神戯の意味とか苦労とか、どうでも良い。
フォルティシモは強くなれるなら、神戯だろうが到達者だろうが、どっちでも良い。
◇
キュウは主人に言われて、その状況から片時も集中を切らさなかった。それでも驚愕の感情は止められない。
「到達者」
その瞬間、キュウの耳は主人の、存在とも呼べる何かが膨れ上がるのを感じる。主人はこれまでとは違う何かになったのだ。
「真・究極・打撃」
主人の拳が、太陽神ケペルラーアトゥムを正面から打ち抜いた。
太陽神ケペルラーアトゥムは初めて、主人の拳を防御するために両腕を交差させる。それでも威力は殺しきれなかったようで、砂浜を二歩下がった。
主人の放った一撃は、太陽の女神を後退させたのだ。たったの二歩だけれど、それがどれほどの偉業か、今のキュウには理解できてしまう。
「真・究極・打撃・乱打!」
連続して放たれる拳撃。
太陽神ケペルラーアトゥムは主人の連撃に合わせて、流し、受け止め、反撃まで行った。
太陽神ケペルラーアトゥムの拳がかすった主人は、砂浜を四、五メートルほど吹き飛んで着地する。主人は無事ではなく、主人の脇腹付近が抉り取られていた。指摘するまでもなく大怪我であるが、そこから血は出ていないし、痛みを感じている様子もなかった。
「ある程度は予想通りだが。この威力は目茶苦茶だろ」
そんな主人に対して、太陽神ケペルラーアトゥムは不快そうに眉を歪めていた。
「到達者なるスキル設定。あの神戯を、どこまで読み取った?」
「神戯なら、爺さんが解析してたぞ。俺はそのデータを貰って、ちょっと応用と発展させてみただけだ」
「近衛天翔王光は人類の中では天才だが、それでこれが実現できるものではない。質問を変えよう。神戯を、いや“神成る儀式”を読み取り、スキル設定に落とし込んで実行したとでも言うのか?」
「まあ、さすがの俺もそこまでは無理だ。………だから誤魔化さないで答えてやる。キュウだ」
キュウは突然名前を呼ばれて、何だか分からなくて主人と太陽神ケペルラーアトゥムを交互に見回してしまう。
「俺は色んな奴に、家族にまで最強厨だって言われてる。それは認めるところだが、最強厨の強さってどこにあると思う?」
「貪欲に強さを追い求めるところだろう。特に周囲の反感を買いやすい行動でも進んで行い、そのためのリスクや代償も迷わず支払う」
「まあ他人から見ればそんなところか」
「美点を挙げるならば、柔軟性と学習能力。誰かが見つけたものだとしても既存概念に囚われず検証し吸収する。必要なら今を捨ててでも乗り換え、極めようとする」
「………お前って俺が出会った中で、一番仲良くなれそうな神だったらしい」
主人はキュウをチラリと確認する。その視線に何の意味が込められているのか、さすがのキュウも聞き取ることができなかった。
「俺は俺より先へ行く者を許さない。たとえキュウであってもだ」
キュウを否定するような言葉。
しかしキュウは主人の言葉にまったく驚かない。だって主人はずっと言ってくれていた。
主人よりも強くなりたいという願いでなければ、何を言っても怒らないと。
キュウにそのつもりはなかったから、まったく気にしなかったけれど、今のキュウの力は主人を超えようとするものになってしまっている。
だから主人は、キュウよりも先へ行ったのだ。
キュウの頭から尻尾の先までがぶるりと震えた。
「キュウが“到達者”だって聞いてから、キュウを解析して、爺さんの残した神戯と異世界ファーアースのデータを合わせて作った。それが神とか言う存在へ到達するスキル設定到達者だ」
「素晴らしい」
太陽神ケペルラーアトゥムは手放しの称賛を口にする。
「その技術は感嘆に値する。“神成る儀式”の更なる汎用化だ。だが問題もある。膨大なFPを消費しているだろう?」
「そうだな。けど俺は、お前を倒すために信仰心エネルギーを集めている。今以上の使い道はない」
「信仰を己のため、大局を見ずに使う。人はいつまでも愚かだ」
信仰心エネルギーFPは、救世のために必要だ。神々が遊戯盤と呼ぶ世界が存在するためには、信仰心エネルギーFPが不可欠。
「信仰を消費すれば、神戯の後には何も残らない」
「【最後の審判】で俺に倒されるお前は、何も心配しなくて良い」
「お前の言うとおりだ。【最後の審判】で消えるお前には関係無かったな。プレイヤーフォルティシモ、神戯参加者でしかないお前が到達した力、我が光へ向かって飛ぶことを許す」
キュウの目の前で始まった戦いは、魔王神と太陽神という神々の戦いにしては地味なものだった。
主人と太陽神ケペルラーアトゥムは、お互いに武器も持たずに拳の応酬を始めたのだ。
キュウは、主人は天を切り裂く魔技や広範囲を爆砕する魔術を使い、太陽神ケペルラーアトゥムは太陽の顕現や神の杖を放って、この一帯が消し飛ぶような戦いを想像していた。
それなのに現実は、酒場の喧嘩でもありそうな光景である。
それでも太陽神ケペルラーアトゥムの拳が主人を打ち抜く度に、キュウの耳と尻尾はビクッと逆立ってしまう。先ほどのように吹き飛ばされることはないものの、主人は確実にダメージを受けているようで、動きの精彩を欠いていった。
「術式到達者、これが限界か。それとも未完成か?」
「久しぶりだ。攻略法が見つからなくて、苛立つボスは」
主人と太陽神ケペルラーアトゥムの戦いは、戦いになっていない。太陽神ケペルラーアトゥムは、ここで主人がどれだけ攻撃しても絶対に倒せないのだ。
「お前が作った術式到達者は参考になる。今後の神戯は、もっと効率的に行われるだろう」
「まったく嬉しくない情報だ。言っておくが、これで最強のフォルティシモに勝ったつもりか? これはあくまで、AIによる模擬戦闘だ。この程度で感心したなら、この戦いのすべてを聞き取ったキュウが俺の元へ戻ったら、お前は敵じゃないな」
「その挑発は、それほどこの獣が大切ということだな。だが何故それを分かるように伝えた? 私が近衛天翔王光へしたように、獣を人質に取り、お前を脱落させるとは思わなかったか」
「それを最も警戒していた。だがお前はしない」
主人が笑う。
すべて、思惑通りだと言うように。
「いや出来ない」
「戯れ言を。この獣を使い、お前から今の術式を―――ごふっ」
突如、太陽神ケペルラーアトゥムの口から大量の血が吐き出された。
キュウが見ていた限り、太陽神ケペルラーアトゥムはそれほどの傷を負ったようには思えなかった。しかし太陽神ケペルラーアトゥムは砂浜に膝を付いてしまう。
「これは………? どういうことだ?」
「その姿はVR世界で言うところのアバターだな。お前の本体は、一億五千万キロメートル彼方の宇宙に浮かんでる天体。そりゃ爺さんでも倒す方法が浮かばない訳だな」
目の前の太陽神ケペルラーアトゥムは、見るからに体調が悪いものの、本人は何が悪いのか理解できていないようだった。
「何をしたかは分からないが、後でログを見て解析させて貰おう」
「せいぜい頑張ってくれ」
太陽神ケペルラーアトゥムの身体は徐々に血色を失い、死体と見紛う状態になっていく。それにも関わらず、口から血を垂らしながらも余裕がある。
キュウの耳にも、太陽神ケペルラーアトゥムは『瀕死』と『万全』の二つの状態が重ね合わせて聞こえてくる気がした。
「その前に、私から二つ、祝福をやろう」
「祝福だと? ………なんだ?」
「一つ、異世界ファーアースでの【最後の審判】で、我が偉大なる神に認められた力を示せ」
「どこが祝福なんだ。今すぐサポートAIに祝福という言葉を調べて貰え」
太陽神ケペルラーアトゥムは笑った。キュウに見せた笑みとはまったく違った笑みだった。
「二つ、そのAIはここで消滅せよ」
その瞬間。
砂浜に、光の腕が現れた。
「は? おい、まさか、本気ならピンポイントでいつでも太陽を顕現させられるのか? それは反則だろ」
キュウは辛うじて腕だと認識したけれど、本当は違ったかも知れない。一瞬にして、光の腕とキュウの間に、主人が割り込んだからだ。
圧倒的な光量を持つ物体が出現した。
ほんの一瞬、電光朝露のような時間。
それでも確かに、あらゆる生命の存在を許さない光と熱が、主人を貫いた。
主人だけを貫いたのだ。
そして主人の身体から光の粒子が立ち上る。キュウが良く知る、魔物が消滅する際に見せる光だ。
キュウは主人が消えようとしているのだと理解した。
この主人は、本物の主人ではない。けれど、キュウを守ってくれた主人だ。それに絶対に敗北しない主人が消えるところなんて、有り得ないはずなのに、今、その光景が目の前に広がっている。
主人が、消える。
キュウはその光景を震えながら見守った。
そして主人は、キュウの目の前で、消えた。
消えてしまった。
> クエスト『イカロスの翼』を達成しました
「どうして、ですか?」
それはキュウを見逃すことについてか、もしくはここまでの太陽神ケペルラーアトゥムの行動すべてについてか、主人が自分の身を犠牲にしてキュウを守ってくれたことについてか、キュウ自身も分からない質問だった。
「近衛天翔王光に警戒しておけ。未成熟なお前では、まだ観測できないようだが、お前の最大の敵は近衛天翔王光だ」
続いて、太陽神ケペルラーアトゥムの化身だった女性も光の粒子になって消滅した。
キュウはただ一人、砂浜に残された。照りつける太陽、蒼い海、美しい砂浜、波の音、そして泰然と主張する光の扉。
目の前で愛する人を失ったキュウは思う。
これまで何度も感じたけれど、キュウは弱い。だから、強くならなければならない。
どこまで強くならなければならないかと言うと。
―――最強まで。
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