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第八章

第三百六十六話 星の女神を求めて 前編

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 キュウは天空の国フォルテピアノの冒険者ギルドにある最高級の応接室で、フィーナと向かい合って座っていた。

 キュウ側はセフェール、リースロッテが一緒で、フィーナ側は<青翼の弓とオモダカ>が勢揃いしているけれど、最高級の応接室は広いので手狭には感じない。

 キュウはフィーナたちをこの場へ呼び出せたのは、フィーナが主人の【隷従】を受け、板状の魔法道具を使って連絡することができるようになったためである。そのことに思うところはあるのだけれど、前よりもフィーナと仲良くなれた気がする。もう彼女に隠し事はしなくて良いのだ。

 そうしてキュウを待っていたフィーナたち<青翼の弓とオモダカ>は、拠点攻防戦でクレシェンドによって【隷従】を掛けられたり、大勢の命を奪おうとしたり、逆にそれを止めるために命を賭けた彼らと同じように、表面上は今までと変わりがない気がする。

 しかしキュウから聞けば、ぎこちない雰囲気が一目瞭然ならぬ一耳瞭然だった。

「それでキュウさんは私たちに何か用事ですか! あと、私もフィーナと一緒にフォルティシモさんの愛人になりたいって言っておいてください!」
「私も、あの時に問われた意味を理解した上で、笑わせる用意ができたって伝えてください」

 フィーナの幼馴染みで親友であるサリスとノーラが笑顔を交えてキュウへ挨拶を交わしてくれた。ただしその内容は穏やかとは程遠いものだ。

 もちろん彼女たちが決して軽い気持ちで言っているのではないと理解できている。彼女たちは【隷従】の恐ろしさを知った上で、本気で覚悟をしていた。【隷従】という人間のすべての尊厳を奪う力を受け入れる覚悟を。

 それが彼女たちがしたことへの罪悪感から来ているのは間違いない。

 余談だが奪う力ではなく“奪える力”であって、キュウは主人から尊厳を奪われたことがない。なんなら自尊心と呼べるものが肥大化している気さえする。キュウは主人に愛されていると、ちょっとくらいは自覚か自惚れても良いはずだ。

「えっと、それは」
「キュウさん、キュウさんの用事は何でしょうか?」

 キュウがサリスとノーラの言葉に困っていると、フィーナが助け船を出してくれて本題へ入ることができた。

「フィーナさん、女神マリアステラ様と話がしたいんです。どうにかならないでしょうか?」
「それは神託を承りたいのではなく、こちらから言葉を投げ掛けたいということですよね?」
「はい。前に教皇という人であれば、できるって聞いていたので」

 フィーナが難しい表情を作った。

「私の母が教皇に就いて、キュウさんの言葉を女神マリアステラ様へ伝えるという案ですね?」

 正直に言えば、そこまで具体的ではないので、目をパチパチしてフィーナの質問をはぐらかした。

「まずは、私の母であれば教皇の地位へ就ける資格があります。そのため、その案は実現可能ではあります」
「問題があるんですか?」
「はい。聖マリア教における教皇は、指名制なのです」
「サンタ・エズレル神殿の人たちは、花に変えられてしまっているので、指名できないんですね」
「いいえ。すいません、そういう指名制ではありません。聖マリア教で教皇に就くには、女神に指名されなければならないんです」

 女神マリアステラへ連絡ができる教皇に就くためには、女神マリアステラの指名を待つ必要がある。

 フィーナが困ってしまった訳だ。手段と目的が逆になってしまっている。

 キュウとフィーナはお互いに困り果てて、二人でじっと見つめ合ってしまった。

「とりあえず、フィーナのお母さんにも話を聞いてみて、あとサンタ・エズレル神殿にも行ってみるのはどうだ? 無人になったサンタ・エズレル神殿には魔物が入り込んでるだろうから、護衛と討伐は俺たちに任せてくれ」

 <青翼の弓とオモダカ>のリーダーで、主人の友人であるカイルが胸をどんと叩いてみせる。

「キュウの護衛は無駄。私の役割はキュウを守ること」

 リースロッテがカイルへ対抗心を燃やしたのか、幼い身体で胸を張っていた。

「いや、まあ、なんというか、フォルティシモと一緒じゃないってことは、それだけ重要な任務なんだろ? 足手纏いにならない範囲で、やれるだけ、俺たちに手伝わせて欲しい」

 <青翼の弓とオモダカ>の面々は本気だった。主人のためなら命も捨てそうなほどの覚悟が聞こえる。

「ご主人様は、皆さんと、また一緒にバーベキューしたいって思っています。だから、その時にもっと美味しいものを用意して貰うため、手伝って貰えますか?」

 <青翼の弓とオモダカ>のカイル、デニス、エイダ、サリス、ノーラ、フィーナの六人は、それぞれ程度の差はあれど笑みを浮かべてくれた。



 アクロシア王国には聖マリア教の教会がいくつもあり、その中でも王都の中心部で貴族たちが住む区画にある教会が最大のものだ。医療を担っている聖マリア教の教会を傍に置いておきたい貴族たちの思惑か、聖マリア教がいつも警備のいる区画を選んだのかは分からないけれど、王都の一般市民には訪れにくい場所である。

 その分、治安の面では最も優れているし、ここまで魔物に侵入された歴史もない。病人や怪我人の治療に集中できる場所とも言えた。

 フィーナの母親であるテレーズ大司教が務めているのが、そのアクロシア王国中央教会だ。

 キュウたちが貴族区画を訪れると、キュウを見た警備兵が膝を突いて頭を垂れた。

「キュウ王后陛下にご挨拶申し上げます!」
「キュウはフォルの居ないところでは、自分をこう呼ばせてる」
「やってません!」

 キュウはリースロッテの得意げな解説を否定しながら、セフェールとフィーナたちの反応を確認する。みんな苦笑している感じで信じていないようなので安堵した。

 警備兵がすぐに馬車を手配してくれて、馬車に乗りながら貴族たちの住む区画を進んでいく。キュウには一生縁の無い場所のはずだったが、今では天空のエルディンのが綺麗だし、天空の実験区画のが凄いし、何よりキュウが暮らしている主人の屋敷には到底及ばない。

 やがて広大な敷地に建てられた一際豪華な建物へ行き着く。主人に会う前だったら、人の手で造られたことが信じられないような豪華で美しい建造物だった。

 キュウたちがアクロシア王国中央教会へ着いた途端、すぐに目的の人物であるテレーズ大司教に迎え入れられる。

「ようこそいらっしゃいました。キュウ王后陛下」
「違います!」

 キュウはまず最初に、リースロッテへするように彼女の言葉を否定した。言ってしまってから、お偉方へ対する態度ではないと思い直す。

 しかし聖マリア教の大司教と、天空の国フォルテピアノの対人最強で拠点攻防戦でもたった一人でクリスタルを完璧に防衛したリースロッテ。

 どちらが偉いのだろうか。リースロッテは今のキュウにとって身近過ぎて、何なら妹みたいな気持ちさえ抱いたことがあるけれど、敬意を払うべきはこの小さな女の子なのかも知れない。

「テレーズ大司教、本日は、こちらのキュウさんからお話があります。突然のお願いで申し訳ありませんが、どうか話を聞いて頂けないでしょうか?」

 周囲の目もあるせいか、フィーナは母親であるテレーズ大司教へ他人行儀な口振りだった。

「どうぞ皆様ご一緒へこちらへ」
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