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第七章

第三百五十六話 戦いの後 妖精と悪魔

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 エルミアはすっかり元通りになった天空のエルディンの大通りに、呆然として立っていた。今のエルミアは珍しくテディベアを頭に載せておらず、パーティーメンバーも一緒ではないので一人きりである。テディベアは狐の神なる存在との会合に参加させると言われて、フォルティシモに連れて行かれた。

 天空のエルディンは強大な魔物たちに襲われ、地上のエルディンと同じように燃えてしまったにも関わらず、今や何事もなかったかのようにいつもの街並みを見せていた。

「まるで夢の中の出来事だったみたいに、何もかも元通りになってるわ」

 エルミアにはよく分からなかったけれど、件のフォルティシモは『バックアップ』とか『リストア』なんて単語を使って説明してくれた後、エルディン全土を戦争前の状態まで戻したのだ。エルミアが夢か幻を疑ってしまうのも仕方がない。

 エルフや元奴隷たちもフォルティシモの常識外れの力に慣れていたはずなのに、まだまだ認識が不足していたらしい。

「エルミアさん! フォルティシモさんは建物なんかを戻しただけなので、怪我人や………命を落とされた方は戻っていません! 急いでフォルティシモさんの像の前に集めてください! 私が、やります!」

 すべて終わった気持ちになっていたエルミアへ活を入れたのは、冒険者パーティ<青翼の弓とオモダカ>のフィーナだった。彼女はあの黄金の狐人族の友人で、そのお陰でフォルティシモから相当な優遇を受けている。その優遇っぷりは、フォルティシモたち以外で唯一の【蘇生】スキルを習得させた事実だけで一目瞭然だろう。

 元々は聖マリア教の大司教の娘で将来を嘱望されていたようだが、その将来を投げ捨ててフォルティシモへ協力を申し出たらしい。

「全員をあなたが対応していたら魔力が保たないでしょう? あなたは死者だけに注力して。重傷者は私たちで何とかするわ!」

 フィーナはエルミアの言葉にこくりと頷き、一人でも多く救うために駆け出して行った。

「ここまで、全部、あいつの思惑通りなのかも」

 エルミアはその後ろ姿を見ながら、ふと頭に浮かんだ考えを口にした。

 魔物に襲われない『浮遊大陸』という安全地帯を手に入れたエルフや元奴隷たちは、一年も経たずにフォルティシモへの感謝を忘れていたと思う。

 一部の熱狂的な者たちや頻繁にフォルティシモたちと顔を合わせる者を除けば、いくらお祭りが開催されたとしても、いつまでもフォルティシモを信仰するのは難しい。これが何世代も習慣化して宗教まで至れば別だけれど、この短い間にフォルティシモ信仰に目覚めるはずがなかった。

 しかし安全のはずの『浮遊大陸』も、いつ強大な魔物に襲われるかも分からないと思い知らされた。それを守るのはフォルティシモしかいないと、そして破壊されてもフォルティシモの力で元通りになると見せ付けた。

 このフォルティシモの領域に住む者たちは、フォルティシモを想わずにはいられないだろう。フォルティシモは魔王のような計算で、信仰心エネルギーという力を手に入れるため、住民の心を操っているのかもしれない。

「………………ないわね」

 エルミアは自分の疲労を自覚して溜息を吐いた。

 フォルティシモは本当に神の如き力を持っているけれど、策略を巡らせ人心を掌握するタイプではない。いつも傍に置いている黄金狐の少女の心さえ、察せられなくて右往左往しているほどだ。

 何にしろ今後のエルフたちは、フォルティシモたちと生きていく。それが人として信じられそうな相手であることへ、感謝するべきなのかも知れない。



 ◇



 地下世界にあるデーモンたちの街ホーンディアンは、様々な感情に包まれていた。

 <暗黒の光>と<フォルテピアノ>の拠点攻防戦。デーモンたちにとって最大の危機かと思われたその戦いは、犠牲者極小という結果に終わった。重傷者は出ているものの、すべて魔術や治療薬で後遺症も残らないもの。大多数の非戦闘員たちは、皆が無事だったことを喜んだ。

 デーモンの戦士たちで構成される<暗黒の光>は、自分たちが歯牙にも掛けられていなかったと理解する。天空の王フォルティシモは、デーモンの戦士たちと戦ってさえいなかった。デーモンたちの感情は、そんな天空の王フォルティシモに対する敵愾心が大多数を占めていた。

 だが天空の王フォルティシモが太陽の女神を封じ込めたことを知ると、がらりと変わった。天空の王フォルティシモならば太陽の女神を倒せるかも知れないという論調が一気に優勢になる。それが優勢になってしまえば、拠点攻防戦前にそれを主張していたグラーヴェの発言力が一気に増す。

 そこへ狙いを済ましたかのように、天空の王フォルティシモの盟友ピアノがホーンディアンへ訪問して来た。

「グラーヴェ」
「ピアノ殿!」

 グラーヴェはピアノが姿を見せたと聞くと、真っ先に幾人かのデーモンを連れて歓迎した。グラーヴェはピアノと少し見つめ合った後、お互いに右手を出して固い握手をする。

「助かった。グラーヴェがいなかったら、もっと犠牲者が出てた」
「何を言う。ピアノ殿がいたからこそ、この戦いは、これほど少ない被害で済んだのだ」

 グラーヴェは敢えて「少ない」と言う言葉を使った。

 この拠点攻防戦の犠牲者はゼロではない。<フォルテピアノ>側に犠牲はまったく出ていないが、<暗黒の光>には犠牲者が出ている。

 クレシェンド、ただ一人。クレシェンド一人だけが、この拠点攻防戦で命を落とした。

 元々クレシェンドが<フォルテピアノ>へ挑んだ戦いで、<フォルテピアノ>にとってクレシェンドを倒すのは必須だっただろう。グラーヴェだってクレシェンドを信頼できないと考えて、裏切ったのだ。

 しかしクレシェンドは、一部のデーモンたちにとっては英雄であり希望だった。それが失われたとなれば、動揺は免れない。

 それでも今こそが、あの天空の王フォルティシモが太陽の女神の力を抑え込んだ事実のある今こそが、デーモンたちに何よりもの希望を与えているはずだと、グラーヴェは考えている。

「ピアノ殿、何用で来られたか? 今は各地の復興や対応に忙しいのではないか?」
「あ、ああ、そういうのは得意なダアとかラナリアさんとかがやってくれる。それに、フォルティシモが前面に立つ必要があるから、私が出るのは、あいつに悪い」

 戦いの時は自信に満ちあふれていたピアノは、明後日の方向へ視線を彷徨わせていた。

「ふむ。では我らへの要請、取り分け、かの女神を滅ぼすための話があるということだな?」
「話が早いな」

 特殊な魔法道具を使用しているのだろうピアノの次の言葉は、デーモンの街ホーンディアンへ響く。

「次の大氾濫、フォルティシモと私は、お前たちからこの大地を奪った女神、太陽神を倒す! だから私たちに協力してくれ! 太陽の女神を倒すには、信仰心エネルギーが重要だ! 一人でも多くが、私たちを信じて想ってくれるなら、必ず太陽の女神を倒してみせる!」



 ◇



 一見すれば上手くいっているエルフとデーモンという種族たち。

「偉大なる女神に背き、大勢を殺した悪魔め」
「私たちのチームを皆殺しにした、デーモンと、手を組む? 巫山戯ないで、絶対に、絶対に認めない」

「クレシェンド様を、どうして、ああ、許せない。魔王フォルティシモ、裏切り者グラーヴェ!」
「太陽の女神を倒すために、魔王と手を組む? 次は魔王に支配されろとでも言うつもりか!」

 火種はフォルティシモたちの知らぬところに育っている。
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