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第七章

第三百四十八話 vsクレシェンド 決着 後編

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「種の割れた技を何度使ったところで無駄だ」

 クレシェンドのコピープレイヤーは、忍者物語で語られる分身術のような都合の良いものではない。

 クレシェンドが造り出していた複数アカウントの作成、ゲームを管理するために与えられた機能である。目的はそれらの経験を元にVRMMOファーアースオンラインをより良くすること。

 それらが受けた痛みや傷、疲労やダメージ、死の感覚はそのままクレシェンドへフィードバックされなければならない。そうでなければ経験―――学習データを手に入れたとは言えないからだ。つまりコピープレイヤーのダメージは本体も受ける。

> 『オウコー』を作成しました

 光が集まって人型を形成していくエフェクトの後に、灰髪銀眼の美少年がフォルティシモの前に現れた。フォルティシモが一度だけ出会った、近衛天翔王光のアバターだ。あの時と異なるのは衣服で、素襖すおうと呼ばれる浴衣のような衣を着て、腰に太刀を差している。

「キュウの姿をコピーするか、俺をコピーするのかと思ったが、ソレを選んだか」
「ええ、コレは間違いなく、最強のプレイヤーですから」

 フォルティシモはこれまでの分身クレシェンドを切り裂くのと同様に、魔王剣を振るった。しかしオウコーは魔王剣を太刀で受け止める。

 フォルティシモとオウコーは剣と刀をぶつけ合った。何度かの剣戟の後、オウコーの姿でクレシェンドの声がする。

「近衛翔、あなたが生まれたのは、ネットワーク整備さえも遅れている田舎でした」

 語られるのは思い出話らしい。フォルティシモはあえてその話を聞いていた。クレシェンドも時間が欲しいのかも知れないが、時間はこれまでと同じくフォルティシモの味方だ。

「近衛天翔王光は世界のインフラを掌握する立場にありましたので、それから姫桐様を逃がすには近代化の遅れている土地を選ぶしかありませんでした。それでもあの男は有り余る金と権力を用いて、姫桐様たちを追い詰めていった。私は姫桐様の幸せのため、あらゆる手段を用いた。私が人間であれば、終身刑で一生収監されたでしょう。もちろん私はAIですので、裁判無しの即削除処理を言い渡されるだけですが」
「そうか」

 天才近衛天翔王光に反逆した。近衛天翔王光に造られたAIクレシェンド。フォルティシモは彼の最後の言葉を聞いている。

 フォルティシモは、これからクレシェンドを倒すから。

「しかし後悔はまったくありませんでした。あなたを生んだ姫桐様の幸せそうなお顔は、私の存在を肯定してくれた。あの御尊顔を拝謁できただけで、私は産まれてきた幸運を覚えられました。これからも、ずっと、姫桐様をお支えしようと思ったのです。そんな姫桐様を、貴様が」
「初めて、俺よりもあの誘拐人質事件を憎悪してる奴と出会った。だからって訳じゃないが、謝りたいことがある」

 お互いに大技は使用しない。天才が作り出した巨大スーパー亜量子コンピュータを傷付けたくないのは、フォルティシモも一緒だからだ。

 代わりに剣と刀の打ち合いは激しさを増していった。

「聞きましょう」
「あの時の俺は弱かった。誘拐犯を、殺せる力がなかった。それは、俺の後悔だ」
「ああ、本当に、どうして、このような狂人が、姫桐様から生まれて来たのでしょうか」

 フォルティシモはクレシェンドを煽った訳でも、まして本気で狂った返答をした訳でもなかった。ただ、誘拐人質事件が起きた日、両親を目の前で殺された近衛翔はずっと思っていた。あの事件は、どうしたら悲劇とならなかったか。もしも近衛翔が、物語の勇者やヒーロー、そうでなくても魔王や悪役のような力があったら、両親は殺されなかっただろう。

 だからクレシェンドへ謝罪した。近衛翔は最強のフォルティシモに比べて弱かったから。

 フォルティシモとオウコーとなったクレシェンドの激突は、あっという間にフォルティシモ優勢へ傾いていく。

 プレイヤーオウコーは強いのだろう。近衛天翔王光が操作していれば。

破壊デストルクシオン乃剣エスパーダ

 フォルティシモの魔王剣が、オウコーの太刀を破壊した。そしてオウコーをも切り裂く。

 オウコーはVRMMOファーアースオンラインでアバターが消滅する光のエフェクトを発して消えた。



 そしてフォルティシモは巨大亜量子コンピュータの前に立ち、口を開く。

「抵抗は終わりか?」
『この亜量子コンピュータは破壊不能オブジェクトです。誰も破壊できない。つまり、あらゆる神戯参加者は私を倒すことが不可能。………そう言いたいところですが』

 フォルティシモが右手を挙げると、控えていたセフェールがゆっくりと近付いて来た。

「おそらく、すべてのプレイヤーの中で俺だけが、お前を倒せる」

 クレシェンドが妙に落ち着いている。

『やはり親子ですね。その表情、よく似ておられる。姫桐様がそのような表情をする時、不可能などなかった』
「ここにセフェを同行させたのは理由がある」

 フォルティシモは『ユニティバベル』がクレシェンドの本体である亜量子コンピュータが設置された場所だと予測し、エンシェントとセフェールの二人を向かわせた。

 万能と呼べるスキルを持ち隠密にも長けているエンシェントは、どう考えても単独行動のが安全で効率が良い。それなのに【蘇生】まで可能なヒーラーで、拠点攻防戦のどこにでも役割がありそうなセフェールを同行させたのには理由がある。

 それに、わざわざ亜量子コンピュータが設置されている部屋へ入って、いちいちクレシェンドの相手もした。クレシェンドを倒すだけならば、部屋の外から破壊してしまえば良かった。

 それらの理由は一つしかない。

「このコンピュータはセフェが使う。クレシェンドというAIを削除して、セフェをインストールする」

 フォルティシモはクレシェンドの魂を殺して、残った肉体をセフェールに使わせる。

『なるほど、私と、ナンバーツーに続く、言うなれば、それがナンバースリーでしょうか』

 フォルティシモはそのクレシェンドの質問には答えなかった。

『まるであなたに命乞いをしているようで、伝えるつもりはありませんでしたが、一つだけ教えて差し上げましょう』
「今更なんだ?」
『この拠点攻防戦、私の目的はあなたから、あなたの大切なものを奪うことにありました』

 それに関しては、つい先ほどフォルティシモが問いかけた。クレシェンドの答えは予想通りだったもの。

 だが続く言葉は予想通りではない。

『私の目的は、確実に達成できます。何故なら、神戯が終わればNPC、あなたの大切にしている狐も、王女も、従者も、エルフも、あなたを慕う少女たちも、友人と呼んだ彼も、あなたが守りたいと言った、この異世界ファーアースのすべては、消えるからです』
「なんだと………?」
『誰かが神戯に勝利した時点で、遊戯盤のすべては消える。デーモンたちが、何のために私を命懸けで支援していたと思っていたのですか? 神戯を終わらせるためです。ああ、本当は私自身の手で行い、絶望するあなたを見たかった。しかしそれは叶わないようです。あなたは、あなた自身の手で、異世界ファーアースすべてを、従者たちを、あの狐を殺した』

 フォルティシモは神戯の勝利条件を達成してしまった。

 情報ウィンドウのログに流れたところの【最後の審判】を超えたら、フォルティシモの勝利だ。

 フォルティシモの勝利で神戯が終わる。

 そして神戯が終われば、そのゲームに実装されていたNPCは消える。

 キュウが、消える。

『助ける方法を、ご所望でしょう? ええ、ございますよ』
「っ!」
『私が学習した権能の一つ、セルヴァンスやNPCを植物に変えた権能です。あれは生物を、その土地に根付く植物に変える権能。NPCという枷から解き放つことができる。あれならば【最後の審判】後、ゲームの削除世界の終焉を超えられます。これからあなたは、唯一、NPCたちを、あの狐を救える手段である私を、殺そうとしているのです』

 クレシェンドの姿はないけれど、フォルティシモが奴隷屋で見た営業スマイルの幻が見えた気がした。

『ああ、その顔が見たかった』

 フォルティシモがどんな顔をしていたのかは、鏡がないため自分では分からなかった。見たのはクレシェンドとセフェールの二人だけだ。

『あなたは最初から、何をしても勝負に負けていたのですよ』
「フォルさんはぁ、どうしますかぁ?」
「………やることは同じだ」

 フォルティシモは次の言葉に力を込めた。

「セフェ、作成者である俺が命令する。全能力を以て、クレシェンドをハックしてクラックしろ」
『私は、これで終わりません。私のフェールセーフ機構は十全に働いている。私は私の目的を達成するまで、決して止まりません。未来永劫、人類と神々が滅びても』
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