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第七章
第三百三十三話 賤民神
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「ふふっ」
クレシェンドは狐の神タマが微笑んだのに首を傾げた。
「いや何、可哀想なことをしたと思うてな。しかし、最も安全な場所でもある」
「ファーアースに安全など有りはしないでしょう」
狐の神タマはクレシェンドに事実を告げられ、肯定も否定もせずに扇子で口許を隠す。
「それよりも、そちらの準備は良いのかえ? こちらは皆、尻尾を高くして待っている」
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> 『***』を作成しました
……………………………………………
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> 『セルヴァンス』を作成しました
……………………………………………
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> 『クレシェンド』を作成しました
「いつでも」
◇
『浮遊大陸』にある新エルディンでは、拠点攻防戦開始と共に警戒態勢が敷かれた。当初の予測では、苛烈な攻撃がエルフや元奴隷たちに襲い掛かると言われていて、厳しい防衛戦が想定されていたのだ。
しかし蓋を開けてみれば、エルディンは静かそのものだった。ずっと警戒しているのも無理があるため、巡回警備を主にして守備部隊も交代制になっている。
「ふわぁ」
そんな中で自主的に哨戒中のエルミアは、思わず欠伸をしてしまった。一度は失われたエルフたちの街エルディン、もう二度と失いたくない。そう考えたエルミアは、この一週間寝る間も惜しんで必死に準備をして来たのだ。それなのに何もない時間が丸一日続いてしまえば、疲れが出てしまうのも仕方がない。
『クリスタルの確保が成功して、<暗黒の光>は各地から撤退してる。少しくらい寝ていても大丈夫じゃないかな?』
テディベアは御神木の姿だった時もそうだったけれど、基本的に睡眠が不要らしい。この特性を利用して、敵へ単独強襲するピアノに同道する案も出たくらいだ。
「だ、大丈夫よ。私たちを油断させる作戦かも知れないわ」
『作戦で心臓を差し出すことはないと思うけど、あまり無理はしないようにね』
弛緩した空気はエルミアだけのものではない。アクロシア王国やカリオンドル皇国こそデーモンたちとの戦いになったものの、新エルディンはまったく平穏なもの。やはり『浮遊大陸』は絶対安全な場所なのだと思ってしまい、エルフも元奴隷たちも緊張が抜けてしまっている。
そんな時、何やら揉めている一団と出くわした。ハイエルフの美青年が幾人かのエルフに取り囲まれている。エルミアは新エルディンでは滅多に見られない暴力による揉め事かと思い割り込んだ。
「ちょっと、何があったのかは知らないけど、大勢で一人を威嚇するのは良いことじゃないわ」
「エルミア? そうだ、お前なら。ちょっとこいつを見てくれ」
エルミアはエルフに促されてハイエルフの美青年を確認した。自然と、エルミアの頭の上に乗っているテディベアも彼を確認することになり、次の瞬間にテディベアの悲鳴にも似た絶叫が響き渡る。
『そんなはずがない! だって僕は此処にいる! どうして、僕がそこにも居るんだ!?』
「始祖セルヴァンス。伝説にあるお姿そのものだ」
エルミアにとって始祖セルヴァンスは、御神木で今はエルミアの頭の上の愛らしいぬいぐるみテディベアだ。
少し前、黄金狐キュウの偽物が現れたと聞いた。その後で聞き込みをしてみれば、黄金狐キュウの偽物は頻繁に現れていて、皆が偽物と気が付かずに厚遇し素通りさせていたのだと言う。フォルティシモにあれだけ愛されている黄金狐キュウに対して、「規則なので」とか「お待ちください」なんて言えるエルフや元奴隷たちはいない。
だから目の前の始祖セルヴァンスの姿をしたハイエルフの美青年も、偽物に違いない。
「誰か知らないけど、テディさんの姿を騙るなんて許せないわ!」
エルミアは左右の手から別々の魔術を同時発動させる。一般的に別々の属性を持つ魔術は防御が難しい。あくまでも一般的にという話で、フォルティシモたちには鼻で笑われるものだが。
炎の弾と氷の槍がハイエルフの美青年へ向かう。
ハイエルフの美青年は、エルミアの魔術をチラリと一瞥しただけ。それだけで、エルミアの魔術が消え去った。相殺されたのとも違う、不自然な消え方。
『僕の権能まで使えるのか!? マズイ! エルミア、逃げるんだ!』
エルミアがテディベアの言葉を実行する前に、炎の弾と氷の槍がエルミアの身体を貫いていた。
「あっ………?」
『エルミア!』
重傷を負ったエルミアは考える。この場所なら自分は死んでも構わない。フォルティシモたちは二十四時間以内であれば【蘇生】という大魔術を使える者が複数いる。最近ではちょっと可愛い冒険者にまで習得させていた。冒険者エルミアの常識では何とか生き延びて情報を持ち帰るべきだが、天空の民エルミアは命を捨てて情報を得るのが最善。
『そんな、レイドボスモンスターを従魔にするなんて、そんなことが、できるのか?』
空から悪夢が降り注ぐ。
密林の純白虎、海淵の蒼麒麟、地維の翠玄武、山塊の紅朱雀、原野の群青龍等々。
エルミアの瞳には、それらの絶望的なレベルが映る。降ってくる魔物のすべてがレベル六〇〇〇〇から八〇〇〇〇。
フォルティシモやテディベアの言うところのレイドボスモンスターが次々と『浮遊大陸』へ降り立つ。その数は数十にも上る。一匹一匹が出現しただけで、大陸全土を滅ぼせるような悪夢の力を持つ強大な魔物。高レベルプレイヤーと呼ばれる者たちが徒党を組んで討伐するような圧倒的な脅威が降り注ぐ。
何か強大な勢力が『浮遊大陸』を滅ぼすべく降りてきたのだ。
アクロシア大陸では見たこともない強大な魔物の出現に、エルフや元奴隷たちも堪らずに逃げ惑い始めた。協力して立ち向かおうと考える者たちも一部は居たけれど、彼らが戦える魔物ではないのは確実だった。
エルミアは仲間たちに退避を伝えようとして止めた。エルミアは知っている。この世界は残酷だ。逃げることが許されるのは奇跡に等しい。己よりも圧倒的に強力な存在と出会ったら終わりなのが世界の常識。
それを覆すためにやるべきことは、最強を呼ぶことだ。
「緊急、事態よ!」
何度もフォルティシモと連絡を取った板状の魔法道具。もうすっかり使い慣れたはずのそれが、エルミアの思う通り動いてくれなかった。
「どうして!? 文字も送れない!?」
『特殊イベント扱い、なんだ。チャットを含めた情報ウィンドウの機能が制限されてる。助けは、呼べないっ』
テディベアが始祖セルヴァンスへ向かって叫ぶ。
『君は僕なのか!?』
「僕は君なのか?」
始祖セルヴァンスはエルミアの頭に乗るテディベアとじっと見つめ合う。
「なるほど、これがクレシェンドの、権能の力なんだね。人を造り出す。まさに神に等しい力だ。クレシェンドは誰よりも神戯の勝利者に相応しいのかも知れない」
『NPCもプレイヤーも、コピーして生み出せるのか? そんなのまるで、創造主だ。そんなことができるなら、この神戯は最初からクレシェンドのために用意されたようなものじゃないか!』
「そうなんだろう。これは神戯、神々の遊戯だ。遊ぶのはプレイヤーではなく、神々だ。神々が最初から勝利者を決めていたのかも知れない」
エルミアは始祖セルヴァンスとテディベアの会話を聞きながら、その隙にフォルティシモから貰った課金アイテムなる治療薬を使い、動けるよう回復させた。
「私たちを、エルディンのみんなを攻撃するなら敵よ!」
始祖セルヴァンスはエルミアの攻撃を軽くいなす。レベルも装備もかつてとは比較にならないエルミアだったけれど、始祖セルヴァンスの前には赤子同然だった。
始祖セルヴァンスはエルミアの顔を見て、振り上げた拳を止める。
「彼女の面影がある。僕と彼女の子孫なのかな。彼女は最後まで幸せだったかい?」
『ああ。でも、今の君を見たら悲しむだろう』
「それは仕方ない。分かっているだろうけど、戻って来たのは僕だけじゃない。今までクレシェンドが殺して来た、いや、ある程度関わった人は、賤民神クレシェンドが救ってくれたんだ」
賤民神。それがクレシェンドの神クラスの名前で、この神戯において神に至る才能だと認められた称号。
賤民とは下民と同義である。貴族が平民を虐げる歴史とはまた違う。平民とさえ認められず、平民からも差別される者が賤民である。始祖セルヴァンスは、己を賤民に例えた。
クレシェンドは狐の神タマが微笑んだのに首を傾げた。
「いや何、可哀想なことをしたと思うてな。しかし、最も安全な場所でもある」
「ファーアースに安全など有りはしないでしょう」
狐の神タマはクレシェンドに事実を告げられ、肯定も否定もせずに扇子で口許を隠す。
「それよりも、そちらの準備は良いのかえ? こちらは皆、尻尾を高くして待っている」
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「いつでも」
◇
『浮遊大陸』にある新エルディンでは、拠点攻防戦開始と共に警戒態勢が敷かれた。当初の予測では、苛烈な攻撃がエルフや元奴隷たちに襲い掛かると言われていて、厳しい防衛戦が想定されていたのだ。
しかし蓋を開けてみれば、エルディンは静かそのものだった。ずっと警戒しているのも無理があるため、巡回警備を主にして守備部隊も交代制になっている。
「ふわぁ」
そんな中で自主的に哨戒中のエルミアは、思わず欠伸をしてしまった。一度は失われたエルフたちの街エルディン、もう二度と失いたくない。そう考えたエルミアは、この一週間寝る間も惜しんで必死に準備をして来たのだ。それなのに何もない時間が丸一日続いてしまえば、疲れが出てしまうのも仕方がない。
『クリスタルの確保が成功して、<暗黒の光>は各地から撤退してる。少しくらい寝ていても大丈夫じゃないかな?』
テディベアは御神木の姿だった時もそうだったけれど、基本的に睡眠が不要らしい。この特性を利用して、敵へ単独強襲するピアノに同道する案も出たくらいだ。
「だ、大丈夫よ。私たちを油断させる作戦かも知れないわ」
『作戦で心臓を差し出すことはないと思うけど、あまり無理はしないようにね』
弛緩した空気はエルミアだけのものではない。アクロシア王国やカリオンドル皇国こそデーモンたちとの戦いになったものの、新エルディンはまったく平穏なもの。やはり『浮遊大陸』は絶対安全な場所なのだと思ってしまい、エルフも元奴隷たちも緊張が抜けてしまっている。
そんな時、何やら揉めている一団と出くわした。ハイエルフの美青年が幾人かのエルフに取り囲まれている。エルミアは新エルディンでは滅多に見られない暴力による揉め事かと思い割り込んだ。
「ちょっと、何があったのかは知らないけど、大勢で一人を威嚇するのは良いことじゃないわ」
「エルミア? そうだ、お前なら。ちょっとこいつを見てくれ」
エルミアはエルフに促されてハイエルフの美青年を確認した。自然と、エルミアの頭の上に乗っているテディベアも彼を確認することになり、次の瞬間にテディベアの悲鳴にも似た絶叫が響き渡る。
『そんなはずがない! だって僕は此処にいる! どうして、僕がそこにも居るんだ!?』
「始祖セルヴァンス。伝説にあるお姿そのものだ」
エルミアにとって始祖セルヴァンスは、御神木で今はエルミアの頭の上の愛らしいぬいぐるみテディベアだ。
少し前、黄金狐キュウの偽物が現れたと聞いた。その後で聞き込みをしてみれば、黄金狐キュウの偽物は頻繁に現れていて、皆が偽物と気が付かずに厚遇し素通りさせていたのだと言う。フォルティシモにあれだけ愛されている黄金狐キュウに対して、「規則なので」とか「お待ちください」なんて言えるエルフや元奴隷たちはいない。
だから目の前の始祖セルヴァンスの姿をしたハイエルフの美青年も、偽物に違いない。
「誰か知らないけど、テディさんの姿を騙るなんて許せないわ!」
エルミアは左右の手から別々の魔術を同時発動させる。一般的に別々の属性を持つ魔術は防御が難しい。あくまでも一般的にという話で、フォルティシモたちには鼻で笑われるものだが。
炎の弾と氷の槍がハイエルフの美青年へ向かう。
ハイエルフの美青年は、エルミアの魔術をチラリと一瞥しただけ。それだけで、エルミアの魔術が消え去った。相殺されたのとも違う、不自然な消え方。
『僕の権能まで使えるのか!? マズイ! エルミア、逃げるんだ!』
エルミアがテディベアの言葉を実行する前に、炎の弾と氷の槍がエルミアの身体を貫いていた。
「あっ………?」
『エルミア!』
重傷を負ったエルミアは考える。この場所なら自分は死んでも構わない。フォルティシモたちは二十四時間以内であれば【蘇生】という大魔術を使える者が複数いる。最近ではちょっと可愛い冒険者にまで習得させていた。冒険者エルミアの常識では何とか生き延びて情報を持ち帰るべきだが、天空の民エルミアは命を捨てて情報を得るのが最善。
『そんな、レイドボスモンスターを従魔にするなんて、そんなことが、できるのか?』
空から悪夢が降り注ぐ。
密林の純白虎、海淵の蒼麒麟、地維の翠玄武、山塊の紅朱雀、原野の群青龍等々。
エルミアの瞳には、それらの絶望的なレベルが映る。降ってくる魔物のすべてがレベル六〇〇〇〇から八〇〇〇〇。
フォルティシモやテディベアの言うところのレイドボスモンスターが次々と『浮遊大陸』へ降り立つ。その数は数十にも上る。一匹一匹が出現しただけで、大陸全土を滅ぼせるような悪夢の力を持つ強大な魔物。高レベルプレイヤーと呼ばれる者たちが徒党を組んで討伐するような圧倒的な脅威が降り注ぐ。
何か強大な勢力が『浮遊大陸』を滅ぼすべく降りてきたのだ。
アクロシア大陸では見たこともない強大な魔物の出現に、エルフや元奴隷たちも堪らずに逃げ惑い始めた。協力して立ち向かおうと考える者たちも一部は居たけれど、彼らが戦える魔物ではないのは確実だった。
エルミアは仲間たちに退避を伝えようとして止めた。エルミアは知っている。この世界は残酷だ。逃げることが許されるのは奇跡に等しい。己よりも圧倒的に強力な存在と出会ったら終わりなのが世界の常識。
それを覆すためにやるべきことは、最強を呼ぶことだ。
「緊急、事態よ!」
何度もフォルティシモと連絡を取った板状の魔法道具。もうすっかり使い慣れたはずのそれが、エルミアの思う通り動いてくれなかった。
「どうして!? 文字も送れない!?」
『特殊イベント扱い、なんだ。チャットを含めた情報ウィンドウの機能が制限されてる。助けは、呼べないっ』
テディベアが始祖セルヴァンスへ向かって叫ぶ。
『君は僕なのか!?』
「僕は君なのか?」
始祖セルヴァンスはエルミアの頭に乗るテディベアとじっと見つめ合う。
「なるほど、これがクレシェンドの、権能の力なんだね。人を造り出す。まさに神に等しい力だ。クレシェンドは誰よりも神戯の勝利者に相応しいのかも知れない」
『NPCもプレイヤーも、コピーして生み出せるのか? そんなのまるで、創造主だ。そんなことができるなら、この神戯は最初からクレシェンドのために用意されたようなものじゃないか!』
「そうなんだろう。これは神戯、神々の遊戯だ。遊ぶのはプレイヤーではなく、神々だ。神々が最初から勝利者を決めていたのかも知れない」
エルミアは始祖セルヴァンスとテディベアの会話を聞きながら、その隙にフォルティシモから貰った課金アイテムなる治療薬を使い、動けるよう回復させた。
「私たちを、エルディンのみんなを攻撃するなら敵よ!」
始祖セルヴァンスはエルミアの攻撃を軽くいなす。レベルも装備もかつてとは比較にならないエルミアだったけれど、始祖セルヴァンスの前には赤子同然だった。
始祖セルヴァンスはエルミアの顔を見て、振り上げた拳を止める。
「彼女の面影がある。僕と彼女の子孫なのかな。彼女は最後まで幸せだったかい?」
『ああ。でも、今の君を見たら悲しむだろう』
「それは仕方ない。分かっているだろうけど、戻って来たのは僕だけじゃない。今までクレシェンドが殺して来た、いや、ある程度関わった人は、賤民神クレシェンドが救ってくれたんだ」
賤民神。それがクレシェンドの神クラスの名前で、この神戯において神に至る才能だと認められた称号。
賤民とは下民と同義である。貴族が平民を虐げる歴史とはまた違う。平民とさえ認められず、平民からも差別される者が賤民である。始祖セルヴァンスは、己を賤民に例えた。
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