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第七章

第三百三十一話 狐の戦入り 後編

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 <暗黒の光>の【拠点】神社内にある茶室で、狐の神タマとクレシェンドが向かい合っていた。茶を点てたのも菓子を用意したのもクレシェンドで、狐の神タマはそれらを作法を無視して楽しんでいる。

「オブジェクトでは止められませんでしたが、デーモンたちへの対応で母なる星の女神の駒は動けなくなりました」

 クレシェンドはピアノを破壊不能オブジェクトで囲んで動きを止めようとした。しかし、その策略はピアノ本人によって破られてしまった、かのように見える。

 クレシェンドにとってピアノの動きを止めることができれば、破壊不能オブジェクトでも、デーモンでも、その要素は何でも良かったのだ。もちろん優先順位がない訳ではないが、完全ばかりを求め過ぎると小さな失敗で作戦が破綻しかねない。

「そうか。なら、これよりわての眷属が戦場からフォルティシモを消す。神ならぬ身にて脱出はできないゆえ、およそ二十四時間は保つだろう」
「ええ、お願いいたします。私は近衛翔の従者と近衛翔を慕う者たちを奪う準備が整いました。もちろん“アレ”の準備もしていますし、いざとなれば使います。ああ、それよりも近衛翔はデーモンを全滅させる可能性が高い。この街からは退避しておくべきでしょう」

 クレシェンドの言葉には、クリスタルが制圧されて大混乱に陥っているデーモンたちへの気遣いは一言もない。

「そうだな。わても一つ、警告をしておこうかえ」
「神の警告ですか。まさしく神託となりますね」
「あまり感情的になるな。お前がこの世界で勝ち続けてこられたのは、誰よりも理性的だったからだ」
「それは無理というものです。私が千年もの時間、勝ちたいと思い続けてこられたのは、あの方への想いがあったからなのですから」



 ◇



 キュウは拠点攻防戦が始まる前に里長タマと再会してから、里の知り合いと戦うことを覚悟していた。主人と里長タマは狐人族を殺さないための約定を結んだ。それは狐人族が主人へ向かって来るという意味である。

 怨敵クレシェンドとデーモンたちは、サンタ・エズレル神殿での戦いで主人に勝てないことを理解しているから、主人に立ち向かって来るのは狐人族だろうとも聞かされている。だから八人の狐人族が侵入して来ても驚かなかった。

 その狐人族八人へ声を掛けた理由は、キュウがキュウになる前の知り合いの姿を見て、戦いたくないなんて甘い考えではない。主人はこれから怨敵クレシェンドや里長タマとの激しい戦いが待っている。ここを話し合いで解決できたら、主人の負担を減らせると思ったからだ。

「戦う前に、これだけは伝えておく。私と六鴈むつかりは、あなたとは初対面。あなたが知っているのは、おそらく、先代だ」

 キュウは暖かで柔らかい橙色の毛並みを持つ建葉槌たけはずちの言葉に動揺を覚えてしまう。全力で耳に意識を集中させる。

 建葉槌に嘘はなかった。彼女はキュウの知っている建葉槌ではない。キュウの動揺を察したように、キュウの腰に回された主人の手に少しばかり力が込められた。キュウはそれだけで動揺を押さえ込める。

「まさか、たった八人で最強のフォルティシモへ挑むとはな。覚悟はできているか?」

 キュウの行動は主人のためにある。

 キュウは狐人族八人の心音や血流と言った音から、彼女たちの次の行動を聞き取った。

「四人、来ます!」

 キュウが主人に対して叫ぶと同時に、狐人族たちの中の四人が主人へ向かって飛んだ。

 キュウの耳は誰がどんな行動に出るかまで察したけれど、それを伝えるには言葉では足りない。言葉にもどかしさを感じる。

四閃クワトロ峰打ミニモ打撃ペガル

 主人が魔技を発動すると、主人の右手から光が放たれ狐人族四人へ向かう。

 主人が放った光に対して狐人族四人は、ある者は腕で防いで壁まで飛ばされ、ある者は回避したせいで体勢を崩して床に転がり、ある者は後方に大きく下がることでダメージを軽減し、ある者は正面から受けてその場に留まった。

 再度、狐人族たちが襲い掛かるが、主人にはまともに近付くことさえできない。

「俺の言葉が理解できなかったか?」

 主人が狐人族八人の中心となっている、紫掛かった独特の毛色を持つ女性へ話し掛ける。

「里長より貴様を倒すよう言われている」
「思ったよりも面倒そうだな」



 狐人族八人にはキュウを攻撃する意志はないようで、主人へのみ意識が向かっていた。

 狐人族八人は、主人の力を知りながら神たる里長タマの命令で襲撃を仕掛けて来た。本来侵入不可能な場所に入ってきて、ターゲットと八対二の状況を作り出している。この状況が、既に暗殺者として優秀であると言えなくもない。

 だが主人と戦うと考えたら、このままでは無策と変わりない。神戯の管理者里長タマの使いが、無策で正面から襲撃するだろうか。

「ご主人様!」

 キュウは少し大きな声と共に六鴈を指差した。

 六鴈が主人たちと同じインベントリという虚空から物品を取り出す力を使った。取り出されたのは小さな木彫りの人形で、主人と出会ってからと、つい最近見た覚えがある。

「それか」

 キュウの耳に主人の言葉と共に空気を切り裂く音が聞こえた。続いてバキバキという音が響く。主人の拳が風圧を起こし、六鴈の持っていた木彫りの人形をバラバラに砕いた音だった。

 アイテムと呼ばれる魔法道具は破壊できないと聞いていたけれど、主人はあっさりと破壊して見せた。

「きゃあっ!?」
「無駄だから止めておけ。むしろ状況を悪くするぞ」
「さて、それはどうかな?」

 六鴈の背後で、建葉槌たけはずちが木彫りの人形を構えているのが見えた。

 木彫りの人形は光を放ち、光は空間を埋め尽くしていく。空間は塗り替えられて、主人の仕事場だと言う建物の内部ががらりと変わった。

「え? ここ、は」

 室内にいたはずなのに、外に移動している。合掌造りの家屋、黄金色の田畑、平和で長閑な田園風景。それがキュウの視界に広がった。

 キュウはその光景に見覚えがある。

 他ならないキュウの故郷である狐人族の里。

 そこに主人、キュウ、狐人族八人の姿がある。主人たちの使う【転移】やいきなり主人やキュウたちが瞬間移動した訳ではない。

 キュウはこれと同じ現象を一度だけ体験している。主人が海淵の蒼麒麟という超強大な魔物と戦った時、海淵の蒼麒麟は己の世界、海の中へ主人やキュウを取り込んだのだ。

「ここは私たちの領域。この意味が理解できるプレイヤーであれば、分かるでしょう?」

 建葉槌は主人に対して、勝ち誇ったかのように告げていた。キュウの耳でも建葉槌だけでなく、狐人族八人が余裕を取り戻している。

 キュウは突然身体が重くなった気がする。マグナ製の軽くて丈夫な刀も、今までのような力を感じない。

「ペナルティ有りのイベント戦闘か。ステータス減少、状態異常付与、スキル使用不可、アイテム効果無効、ダメージ制限ってところだな」

 主人は危機的状況にも関わらず、落ち着いた様子できょろきょろと周囲を見回していた。主人は表情にも心音にもまったく焦燥感がなく、余裕さえ感じられる。

「ここがキュウの暮らしてた里か。俺が行った里は、酷い有様だったが、ここは、あれだ。ネットが通っていて、自動運転車と宅配ドローンと殺虫ドローンがあれば良い場所だな」
「何だか分からないけど、褒めてないね、フォルティシモ! でもこの領域に来たからには、どんなプレイヤーでも私たちには勝てない! フォルツァンドさんの仇でめちゃくちゃにしてや―――」

 主人の拳が光ったかと思うと、叫んでいた六鴈の頬を斬った。

「え?」

 六鴈が耳と尻尾を垂れ下げ、ぺたりと座り込む。

「神戯の管理者だって時点で、イベント戦闘で使われたギミックを使ってくるくらい、馬鹿でも予想できる。俺がどれだけギミックを攻略して来たと思ってる?」

 主人は溜息を一つ吐いた。

「キュウの故郷の狐人族だから、もう一度警告してやる。この程度で最強のフォルティシモは倒せない。降伏して俺に尻尾を差し出すなら、痛くしないし優遇してやる」

 最強の主人が狐人族八人へ襲い掛かる。

 ちなみに主人と里長タマの間で交わされた約定は、拠点攻防戦に参加する狐人族を殺さないことだった。それ以外は言及されていなかったので、主人が狐人族八人へ何をしたのかはキュウの頭から排除することにした。
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