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第七章

第三百二十三話 奴隷面高 解放

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「カイル!!」

 カイルはエイダの悲鳴をどこか遠くで聞いていた。一瞬の隙を突いたサリスの剣がカイルの心臓を貫いていて、それは疑う余地もなく致命傷だった。

 痛みを感じるはずの頭は麻痺して、自分の失態を反省する。戦いの最中に他のことに気を取られた自分が悪かった。敵が偶然待ってくれるなんて有り得ない。一呼吸さえも隙になる世界で、誰かに語りかけるなんて愚かな行為だ。

 カイルは全身に力が入らず、膝を突いたことも後になって気が付いた。

「がふっ………!」

 口から言葉が出ない。カイルが最後に見た光景は、笑みを浮かべるサリスと、泣き顔のエイダ。

 これがカイルの終わり。

 そんなはずがない。



蘇生リザレクション!」



 倉庫のドアの方向から声がした。

 ギルドマスターガルバロスの背後に、もう一人。その人影は修道女のような衣服に身を包み、見覚えのある杖を掲げた少女。<青翼の弓とオモダカ>最後の一人フィーナだった。

 ギルドマスターガルバロスが、カイル、エイダ、デニスよりも遅れてきたのは他でもない。フィーナを呼びに行っていたからだ。

 そのフィーナが【蘇生】スキルを使い、カイルの命を文字通り救った。

「はっ!? フィーナ!? え!?」
「フィーナ?」

 サリスとノーラが戸惑いの声を上げた。【隷従】の知覚的限界と知識的限界、人間を生き返らせる【蘇生】スキルを、フォルティシモという常識外れの一派ではなく、幼い頃から知るフィーナが使ったことに動きを止めてしまう。

「サリス、ノーラ、私も覚悟した。自分の目的のためなら、魂も売らなきゃいけないって」

 人間対人間の戦いの場合、【プリースト】系統クラスの人物を狙うのが当然の作戦となる。回復役を最初に抑えるのは常道中の常道。

 だからサリスとノーラは、フィーナを認識した後は彼女へ攻撃を仕掛けた。

「ハイソードエッジ!」
「エナジーボルト!」

 剣と魔術でフィーナへ襲い掛かるサリスとノーラ。カイルたちはフィーナを守らない。

 フィーナはサリスの剣を右手の杖で受け止め、ノーラの魔術を発声さえもない【障壁】で防いだ。

「え!? えええ!? ちょ、ちょっとフィーナ!? なんで【ハイプリースト】の、後衛のフィーナが私の剣を受け止められるの!?」
「【障壁】もそう。【蘇生】を使えたことと言い、この力、まるで」
「セフェールさんみたい?」

 フォルティシモの腹心の中で、あらゆる傷や病を癒やし、死からも救う聖女セフェール。いや実際に本人と会話すると聖女とは程遠い人物なのだが、アクロシア大陸ではそう呼ばれている。

 フィーナはセフェールがフォルティシモの従者と知る前から、彼女のことを尊敬していた。だからこそ出た言葉だろうけれど、それは威圧となってサリスとノーラを警戒させる。

『回復役がやられたらぁ、パーティが終わりなのでぇ、色々と対抗策があるんですよぉ』

 そう言ったのはキュウに対してか、彼女の口癖か。

 カイルは笑みを浮かべた。本当に魔王に魂を売るというのは、彼女のことを言うのだろう。

 サリスとノーラの動きが見るからに鈍った。彼女たち二人にどんな命令が下されているかは不明だけれど、フィーナの確保が二人にとって優先されていると思われた。

 しかし今のフィーナはレベル、装備、スキル、魔技、魔術、魔法道具、その他の様々なバックアップを受けており、【レベル変更】と装備を提供されたサリスとノーラが二人掛かりでも傷一つ付けられない。

「聖マリア教以外での洗礼!? フィーナ! 分かってるの!? そんなことをしたら、聖マリア教は、もうフィーナをっ!」
「サリス、私が女神様を信仰していたのは、女神様が与える治癒と医療の力が、この大陸には必要だから。そう思っていたから、私は冒険者になっても中途半端に聖マリア教の教義に従ってた」

 フィーナはサリスの剣を弾く。

「でも今は違う。フォルティシモさんやキュウさんたちと一緒に、この世界を、勝ち取る!」

 【隷従】スキルには、決して逆らえない。世界中で奴隷たちが【隷従】に抵抗しようとして絶望している。どれだけ強力な想いがあっても【隷従】には逆らえない。どれだけ想っても林檎が木から落ちるのを止められないように。

 だが。

 その法則を打ち破る“最強”は在る。

 カイルは致命傷どころか死したことを感じさせない動きで、床を蹴った。

遅延起動デスペルタドール!」

 カイルはフォルティシモに事前に掛けられていた魔術の、起動呪文を口にした。

 元々魔術を使うクラスではないカイルには、魔王と呼ばれる魔術の支配者フォルティシモの力は半分も理解できない。しかし言われた通りに発動することは可能だ。

 遅延起動デスペルタドールは先にスキルを掛けておき、効果を任意のタイミングまで遅らせる魔術らしい。カイルが“それ”の効果発動を狙うタイミングは、サリスとノーラのどちらかを効果範囲に入れた瞬間。

 正直に言うと、世界中や人々にこの魔術を掛けておいたら、フォルティシモは自由自在に他人へ対して魔術を発動できる気がしたけれど、もうフォルティシモの力に突っ込む段階は過ぎている。

 カイルはサリスを抱き締めた。

「え!? ちょ、カイルさん!?」

 遅延起動デスペルタドールはあくまでも起動を遅らせるものなので、対象はカイルとなっている。つまりこれから発動させるスキルをサリスに与えるには、カイルとサリスが接触している必要がある。

 遅延されていたフォルティシモとキュウの力が、今になってカイルへ襲いかかる。

発動イグニシオン【理斬り】!」

 解き放たれるのはフォルティシモと、あの日、エルディン戦役の日、唯一カイルが助けることへ協力できた少女―――キュウの神を殺す技。

 カイルは運命の出会いをした。

 あの日、あの時、あの場所で、キュウという少女に出会わなければ、カイルの運命は今とはまるで違ったものだっただろう。

 カイルはキュウを救う一助を担ったことで、フォルティシモに目を掛けて貰えるようになった。

 あの瞬間、カイルの運命に新しい道筋が現れた。

 巨大で輝かしい道だが、魔王の背中が見える道に。



 ◇



 『浮遊大陸』の実験区画と呼ばれる場所。エルフやドワーフたちが頻繁に出入りし、ゴーレム技師や天空の国フォルテピアノの技術を学ぼうとする者たちが住む区画だ。この実験区画の建物はフォルティシモの建造物アイテムばかりが立ち並んでいるため、アクロシア大陸の者たちであれば人の住む場所とは思えない魔法建造物の都市となっていた。

 この都市の人口は天空の国フォルテピアノの同盟国や協力者が増えれば増えるほどに増大していて、かつてエルミアが休暇中に訪れた時と比べて、また建造物アイテムが増えている。

 その中の一つ、フォルティシモたち以外に立ち入りが禁止されている魔法建築物の中に、フォルティシモとキュウの姿があった。

 フォルティシモは異世界ファーアースの技術では決して作れないシステムチェアに腰を掛けて、何枚も起動させた情報ウィンドウを睨み付けていた。

 それに対してキュウは、タブレット端末を手にして懸命に操作をしている。

「ご主人様」
「ちょっと詰まってるから、キュウの尻尾をくれ」
「はい」

 まるでコーヒーを頼むようなフォルティシモ。キュウはタブレット端末を置いて、フォルティシモへ近付いてくる。それから尻尾を自由にしてくれと差し出した。フォルティシモはキュウの尻尾をさわさわして、一息吐いた。

「何かあったか?」
「はい、フィーナさんとカイルさんが、サリスさんとノーラさんを救えたって」
「そうか」

 最悪の場合、フォルティシモは今の作業を中断してアクロシア王都の冒険者ギルドへ赴く覚悟をしていた。フォルティシモとキュウが直接出向けば、確実に二人を救い出せるから。

 しかしカイルとフィーナは、フォルティシモの作戦を上手く実行してくれたらしい。

 フォルティシモは気分が良くなって思わず笑う。

「奴隷戦術なんて、最強のフォルティシモには二度と通用しない」

 フォルティシモとキュウの合体スキル、理斬り。マリアステラからは欠陥スキルと言われてしまったけれど、【隷従】には効果があることが証明されている。

 それを遅延起動デスペルタドールを使って仕込んだ相手なら、誰でもいつでも発動できる。

 フォルティシモの子孫従者の大勢にそれを仕込んだ今、クレシェンドが【隷従】による奴隷を使って来ても、片っ端から解放する作戦も可能だ。

「あのご主人様、フィーナさんたちは」
「ああ、サリスとノーラを連れて『浮遊大陸』のエルディンに退避するように伝えてくれ。『浮遊大陸』は、俺の領域だ。取り戻した、と思った瞬間を狙ってくる可能性もあるから最後まで油断なくな」
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