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第七章

第三百十六話 拠点攻防戦 デーモンの困惑

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 デーモンたちが考えるに、女神によって世界の法則システムを上書きされた中で、拠点攻防戦は特に悲惨な事象の一つだ。

 拠点攻防戦は言ってしまえば戦争である。特にプレイヤーたちは信仰心エネルギーFPを貯めるため、自らの国を建国するのが定石となってしまえば、その傾向は強まる。

 だが現実の戦争よりも遙かに悲惨な結果をもたらす闘争なのは、仕様を理解すれば自明だった。

 拠点攻防戦敗北チームは全員が死亡する。これは現実の戦争では有り得ない。戦争に負けた国が全員死亡するなど、あってはならない。

 デーモンたちは逆にそれを利用してきた。強力なプレイヤーが現れた時でも拠点攻防戦を利用し、強力なプレイヤー自身を殺すことはできなくても、拠点攻防戦に勝利することで間接的に抹殺してきたのだ。

「攻めて来ない? それはどういうことだ?」

 デーモンたちは<フォルテピアノ>との拠点攻防戦の開始と共に身構えていた。

 拠点攻防戦はデーモンたちが戦って来た知見から言って、開始直後が最も激しい戦いになることが多い。

 その理由はいくつかある。

 拠点攻防戦を長引かせても良いことなど一つもないため、速攻で勝敗を決したいと考える点。

 開始時間までの猶予があるため、最初の攻撃作戦を詰めやすい点。

 開始直後はHPMPSPやアイテムを消費しておらず、遠慮なく全力を集中させられる点。

 最初の攻防で有利を取れば、その後は崩れた相手チームに優位に立てる点。

 だから当然<フォルテピアノ>の天空の王フォルティシモは、開始直後から苛烈な攻撃を仕掛けて来ると予測されていた。しかし、<フォルテピアノ>からは一切の攻撃がなかった。

『こちらも何の変化もない』
『こっちもだ』
「なんのつもりだ? てっきり開始と同時に攻撃が来ると予想していたが」

 デーモンたちはサンタ・エズレル神殿でやられたフォルティシモへ対して最大限の警戒をしていた。最大限の警戒、それはあえて<暗黒の光>のチームメンバーが大陸各地へ散って、時間を稼ぐことである。

 クレシェンドも断言していたが、天空の王フォルティシモと直接戦って勝つことは不可能。ならば誰かが命を賭して天空の王フォルティシモを引き付けて、その間に<フォルテピアノ>のクリスタルを破壊するしか、デーモンたちが生き残る方法はない。

『まさか、拠点攻防戦のルールを知らないのではないか?』
『有り得ない話ではない。あの強さだ。誰もが敬遠して近付かなかったのは納得がいく』
『いいえ、かの天空の王は拠点攻防戦を知り尽くしています。この状況は我々デーモンを欺く策略に違いありません』
「ではどうする? 天空の王は『浮遊大陸』から動いていない。今あそこに攻め入っても、天空の王と対峙するだけだ」
『出て行かざるを得ないように仕向けるしかないでしょう。幸い、こちらには駒も残っています』

 クレシェンドが手に入れた駒<青翼の弓とオモダカ>は、天空の王フォルティシモの常識外れの力で多くが奪われてしまったけれど、剣士の少女と魔法使いの少女はまだ残っている。

 それに天空の王フォルティシモがアクロシア王国や一部の冒険者を守ることは確認されている。加えてアクロシア王女主催の会で、連合国の代表たちに対して自分に従えば守るという主旨の発言をし、様々な国と同盟条約を結ぶ会合を設けていた。

 信仰心エネルギーを考えると、デーモンたちが連合国や大陸東部同盟のどこかを攻めれば、天空の王フォルティシモが防衛行動を取る可能性が高い。

 己の信者を失う訳にはいかない。それが拠点攻防戦におけるプレイヤーの最大の弱点だ。

「少々問いたい」

 デーモンの重鎮グラーヴェが口を挟んできた。

「グラーヴェ翁、あなたは司令部から外されたはずだ。邪魔はしないで貰いたい」
「邪魔となることは承知の上だ。本当に、誰一人襲われていないのか?」

 デーモンたちが戦う天空の王フォルティシモ率いる<フォルテピアノ>は、まったく動きを見せていない。

 そのため拠点攻防戦の開始と同時に虐殺されると思われた<暗黒の光>のデーモンたちは、一人の犠牲者も出さずに無事なままだった。

「ピアノ殿、これが貴殿の答えか。それがしは、貴殿の思いに答えねばならんようだな」

 敵対するデーモンに慈悲を与えるなど、異世界ファーアースで生きて来た者たちにとっては信じられないものだった。現代リアルワールドであれば、人権や人命を尊重するのは当然のように思われているけれど、異世界ファーアースにおいては信じられない行為だ。

 自らの命を脅かしてまで、弱者のために動ける人間がいるなど信じられるはずがない。

 グラーヴェは彼女に答えなければならないだろう。

 そして同時に思う。

 天空の王フォルティシモは、デーモンたちの間に囁かれるような悪鬼羅刹ではなく、友人の願いを聞き入れるような人間味のある存在なのかも知れない。

「グラーヴェ翁、どちらへ?」
「敵が攻めて来ないのであれば、それがしが待機する意味もあるまい。少々出掛ける」
「は!? 何を馬鹿なことを! 今はまだ拠点攻防戦の初期で、こちらの出方を窺っているだけです! これから、すぐにでも攻めて来るに違いありません!」
「戦力として圧倒的にあちらが有利にも関わらず、様子見をしていると言うのか? 大陸への影響を考えても、早く終わらせたいのは向こうだ。それにも関わらず動かない。天空の王フォルティシモは、今はまだ攻め込むつもりはないという証拠だろう」

 グラーヴェは自分でそう言いながら、戦慄を覚える。

 逆に言えば、天空の王フォルティシモはそこまで余裕を見せても、確実に勝利できると考えている。そしてそれを証明するように、サンタ・エズレル神殿で主力のデーモンの戦士たちを殺すことなく無力化して、見逃した。

 デーモンたちの中には、天空の王フォルティシモへの恐怖が蔓延している。

 グラーヴェはそんなデーモンたちに対して、ピアノとの会話を思い出して大きな違和感を覚えていた。千年前に大陸を奪った女神、そして神戯、それらを聞いたピアノは焦燥を感じていなかった。

 普通ならば、異次元の能力を持つ存在、女神に対して恐怖を感じても仕方がない場面である。しかし彼女には、そんな様子は毛筋もなかった。

 ピアノはまるで、どんな神が来ても、天空の王フォルティシモが勝つと確信しているようではないか。

「誰にも負けない………最強の………神」

 グラーヴェはぶるりと寒気を覚えた。

 すべてが最強の神の誕生のため、用意されていたのではないか。そんな疑問が浮かんで来た。
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