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第七章

第三百二話 神戯始まりの日

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 それはもう忘れられてしまうような約千年も前の出来事。

 水平線の彼方まで空と海しか見えない空間。雲一つない空と波一つない海は、上下左右すべてを青く染め上げている。

 その空間に八人の人影があった。八人はまるで空中に透明な床があるようにしっかりと空に立っており、誰一人として落下を気にする者はいない。

 八人の種族はバラバラで、ヒューマン、エルフ、ドワーフ、ギガント、エンジェル、デーモン、ドラゴニュートの七人が一人の女性を見つめている。見つめられているのは黄金色の毛並みを持った狐人族の絶世の美女、狐の神である。

「わてからお前たちへ向けた神戯の説明は以上だ。質問があれば、答えられる範囲で答えよう」
「では僕からいくつか質問をさせてください」

 最初に手を挙げたのはエルフの青年で、彼は的確な質問を狐の神へ投げ掛けていく。続けて何人かが質問を口にして、狐の神はその中のいくつかを答え、いくつかを黙秘した。

「さて、聞いての通りだ。僕らはこれから神戯で競い合う訳だけど、最後は誰が勝っても祝福できるようにしたい」

 エルフの意見に反対ばかり表明されたけれど、デーモンだけは違った。

「私は賛成です。特に私は、神戯の勝利を目指しておりません。皆様と争いたくはない。何よりも元の世界に大切な方を残しています。死ぬことだけは回避したい。私の目的は、生きて、元の世界へ帰ることのみ。そう思っている方は、他にもいらっしゃるのではないですか?」

 それは悪魔の囁きではなく、デーモンの本心からの言葉である。

「もちろん、すぐに信じて頂けるとは思いません。ですから、最低限のコミュニケーションは取れるようにしておきませんか? まずはフレンド登録を行いましょう」
「良い考えだよ、デーモンの君。僕らは神戯を競い合う相手だけれど、敵同士じゃない。連絡くらいは、できるようにしておくべきじゃないかな?」

 本心から元の世界への帰還を願うデーモンに、エルフが賛同してその場の全員がフレンド登録を行った。それを見届けてからデーモンは告げる。

「皆様はこの異世界ファーアースの知識をどれだけお持ちでしょうか? 僭越ながら、私はVRMMOファーアースオンラインという神々が用意した仮想世界での経験と知識があります。よろしければ皆様に提供いたします。効率的なレベル上げの方法から、有用なアイテムまで教授させて頂きます」
「良いのかい? それは、デーモンの君にとって強力なアドバンテージになるような情報だけれど」
「エルフの君、私は早く元の世界へ帰りたい。それ以外に望むものはありません。この神戯で誰が勝利しようが、私にはまったく興味がありません」

 その後の七人は、この空と海しかない空間から次々に異世界ファーアースへ向かって行く。彼らの感情は狐の神に話を聞いた当初の敵愾心に溢れるものではなく、同じ競技で競い合う仲間へ向ける感情に変わっていた。

 皆が出発するのを見送った後、デーモンとエルフが最後に残った。エルフは出発の前にデーモンに声を掛ける。

「デーモンの君、いったいどんな方法で、神戯の詳細を知ったんだい? いや、それよりも、君はそれを知りながら惜しげも無く僕たちに知識を与え、あまつさえ神戯の勝利を目指していないと言う。それほどの情報を、おそらくはかなりの労力を使ったはずなのに、無駄にしようとしている」
「神戯の知識の情報源については、申し訳ありませんがお伝えできません。信じる信じないはお任せいたします」
「デーモンの君が元の世界への帰還を最優先にしているのは僕にだって分かる。けど不思議なのは、だったら、最初から神戯の誘いを断れば良かったんじゃないのかい? 僕らへの誘いは断る選択肢だって用意されていただろう?」

 デーモンとエルフは見つめ合う。エルフは神々の遊戯を戦うに、デーモンの人となりを見定めようと全力を尽くしていた。

 当然だろう。デーモンが語ろうとしているのは、まだ誰も知り得ない異世界ファーアースの法則についての話。嘘だったでは済まされない。ババ抜きでババを持っている人間が勝利だとルールを教えられたら、どんな天才たちでも勝利できないのだ。

 そんなエルフの懸念を理解したその日のデーモンは、心からの想いをエルフへ語ることにした。

「私は、私のすべてである大切な御方がおります。その御方の御側に仕えるため、この神戯に参加する必要があったのです。だからこの神戯さえ終われば、またあの御方の御側へ戻れるのです」
「つまりデーモンの君は、本当に神戯を終わらせることにしか興味ないってことかい?」
「ええ、その通りです。むしろ、私は絶対に勝利なんてしたくない。元へ戻りたいだけなのです」

 デーモンの真剣な言葉にエルフが笑う。デーモンはエルフが笑ったことに多少の不快感を覚えたものの、エルフの気持ちに共感できたために苦笑した。

「不思議に思われるのも仕方がありません。それほどに、私にとってあの御方は大切で、すべてなのです」
「いや、すまない。笑ったことは謝罪する。それほどまでに愛する者を持てたデーモンの君は、幸せだな」
「………………幸せ」

 デーモンは驚いて目を見開く。

「分かった。僕もできるだけ早く神戯を終わらせるよう努力しよう。もちろん、他の皆も手強い相手だから、すぐという訳にはいかない。けれど全力を尽くすよ。………どうかしたかい?」
「いえ、そうですね。私は、幸せでした。あの御方と共に存在できて、幸せだったのです」

 デーモンはエルフへ右手を差し出した。

「大変失礼いたしました。まだお名前をうかがっておりませんでした。私はクレシェンドと申します」

 エルフがデーモンの手を握り返す。

「僕はセルヴァンスだ。短い間かも知れないが、よろしく頼む」
「この神戯、あなたのような方が勝利して頂ければ良いのですが」
「デーモンの君の期待に答えられるようにしよう。そして僕が勝利したら、デーモンの君を君の大切な方の元へ戻すと約束する」
「ありがとうございます。そう言って頂けるのであれば、あなたに肩入れせずにはいられませんね」
「それを少し期待したつもりだよ」
「正直なところは好感が持てます」
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