上 下
276 / 509
第六章

第二百七十五話 サンタ・エズレル神殿の状況 後編

しおりを挟む
「これはぁ、よくない状況ですねぇ」
「ああ、フィーナたちも草花に変えられている可能性がある。俺の【解析】に表示されなかったのがそのせいだったとしたら、探す方法がない。それに、元に戻せるのはクレシェンドだけかも知れない」

 御神木の時はテディベアという熊のぬいぐるみへ魂のアルゴリズムを移動させたけれど、あれはあくまでも御神木がバラバラにされてしまった緊急事態だったからだ。

 魂のアルゴリズムはざっくり言ってしまえば、その人間の脳を完璧にコピーしたデータを別の媒体へ移し替える技術である。

 魂のアルゴリズムを移し替えた人間が、同じ人間なのかはフォルティシモにも答えられない。だから本音を言うと、少しだけエルミアやテディベアに後ろめたい気持ちを覚えていて、魂のアルゴリズムの移し替えを無闇矢鱈に使うつもりはなかった。

 また、【解析】に表示されなかった理由が既に<青翼の弓とオモダカ>が死んでいる可能性もあるとは、あえて口にしなかった。

「しかし主殿、こうしてしまうとクレシェンド本人にも見分けが付かないのじゃ。元に戻すつもりは無いということかの?」

 アルティマが周囲の睡蓮を見回して 意外と本質を射貫いているような指摘をした。クレシェンドが最初から植物から人間へ戻すつもりがない、または―――元に戻す方法がない可能性も考慮しなければならない。

「アルの言う可能性もある。クレシェンドは人を人とも思わずに奴隷を扱う商売をしている人間だ。人間を使い捨てにすることに躊躇は覚えないだろう」
「フォルも奴隷いっぱい」

 リースロッテの突っ込みは無視。エルディンのエルフ、元奴隷たち、鍵盤商会の従業員は、あくまでも自主的に協力してくれているし、自分たちの仕事や居場所のために働いている。少なくともフォルティシモは彼らを動けない姿に変えたり、物として扱ったことはない。

 奴隷という時点でどうかという、無視したはずの突っ込みに対する反論である。

「だが、簡単に元へ戻せないなら、フィーナたちは草花にされていないだろう」

 このサンタ・エズレル神殿の占拠がクレシェンドの策略かどうかは別にして、フォルティシモの知り合いは何らかの取引材料に使える。

 以前にクレシェンドが提案して来たフォルティシモと同盟を組むつもりなら、フィーナたちだけを逃がしてフォルティシモへ恩を売るはずだ。

 敵対するのであれば。

「フィーナを人質にしてキュウを誘い出すことを考える。キュウへは、俺に伝えたらフィーナを殺すとか言ってな」

 クレシェンドがフォルティシモを打倒しようと考えてキュウを狙ったと考えると、フィーナの従魔シルバースワローの行動に納得がいく。あれはキュウを誘き出すための策略の一つと見るべきだろう。

 フォルティシモの言葉にキュウは頭を左右に振って答える。

「………いいえ、ご主人様。私は、そう言われても、絶対にご主人様へお伝えします。フィーナさんは大切なお友達です。ですが、それが私を使ってご主人様を害そうとしている。それならば、例えフィーナさんの命が懸かっていても、私は何よりも最初にご主人様へ相談します」

 キュウからの全幅の信頼。そしてキュウは続ける。

「フィーナさんも、それを望むはずです」
「キュウ、あれだ。今は真面目な時だ」
「はい」
「なんで誘うんだ?」
「はい。はい?」

 フォルティシモはセフェールにハリセンで頭を叩かれた。

「とにかくデーモンの目的も、クレシェンドの目的も不明。可能なら知りたいところだが、まずはキュウ、フィーナたちを―――」

 探せるか、と問い掛けようとした時、聞いたことのない声が響いた。

「なんだ、やっぱりプレイヤーが来てやがるんじゃねぇかよ」

 槍を肩に担いだデーモンの男が、フォルティシモたちへ向かって歩いて来る。



 フォルティシモたちへ近付いて来たデーモンの槍使いは、外見年齢二十代、髪を逆立ている筋肉質の体型だった。甲冑と呼ばれる鎧に身を包んでいて、槍というよりは矛を肩に掛けている。

 何よりも目が行くのは、動物の角が頭から生えている点。それはデーモンの特徴に他ならない。

「クレシェンドの仲間か?」

 フォルティシモがデーモン族だと聞いているクレシェンドの仲間かと問い掛けると、何故かそれだけでデーモンの槍使いから敵意が消え、気怠そうに溜息を吐いた。

「なんだよ、またクレシェンドの客かよ。敵か味方か知らねぇが、今、あいつは忙しい。用事があるなら………」

 デーモンの槍使いの視線は、キュウとアルティマを交互に見比べた。見比べた後、驚くことに槍を落として慣れていなさそうな営業スマイルを浮かべのだ。

「ああ、もしかして、狐の神さんの遣いかい? 悪いんだが、見ての通り俺たちは忙しいんだ。こんな所まで来るアンタらは相変わらずだが、今日は帰ってくれ」

 フォルティシモは瞬時にアルティマへ視線を投げる。アルティマは心得たもので、堂々と頷いて見せた。

「せっかく妾たちが来てやったと言うのに、何もせずに帰れと言うのかの? 主殿に失礼なのじゃ」

 上から目線のアルティマの言葉に、フォルティシモが内心で焦ったけれど、デーモンの槍使いの反応は意外なものとなる。

「そういうことは、クレシェンドの領分だ。俺たちは忙しいんだから、帰ってくれとしか言えない。大体アンタら、その神出鬼没をどうにかしてくれないか?」
「ふんっ。妾たちがどこに現れようと、妾たちの自由なのじゃ。それよりも、妾たちの主殿に無礼を働いてまで、何をやっているのじゃ?」

 フォルティシモはここまでのやりとりを聞いて、デーモンの槍使いの対応に異常さを感じていた。

 今のアクロシア大陸で、フォルティシモを知らない者が居るのだろうか。この中二病全開と言われたフォルティシモのアバターは、かなり特徴的なはずだ。大陸の空では『浮遊大陸』が我が物顔で領空侵犯しているし、先日は大陸中に魔王の太陽と呼ばれるスキル設定を撃ち込んだ。あれは大陸のどこに居ても見て取れたはず。

 フォルティシモは有名になりたいのではない。あくまで最強になりたいだけなので、フォルティシモを知らない者が居ても別に怒らない。異世界に来て初めての頃、フォルティシモを知らない男たちを前に苛立って、動画を見たことないかと言った上にPKを宣言した気もするが、あれは忘れた。

「当然」

 デーモンの槍使いはアルティマの質問に答える。

「女神殺しだ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

修行マニアの高校生 異世界で最強になったのでスローライフを志す

佐原
ファンタジー
毎日修行を勤しむ高校生西郷努は柔道、ボクシング、レスリング、剣道、など日本の武術以外にも海外の武術を極め、世界王者を陰ながらぶっ倒した。その後、しばらくの間目標がなくなるが、努は「次は神でも倒すか」と志すが、どうやって神に会うか考えた末に死ねば良いと考え、自殺し見事転生するこができた。その世界ではステータスや魔法などが存在するゲームのような世界で、努は次に魔法を極めた末に最高神をぶっ倒し、やることがなくなったので「だらだらしながら定住先を見つけよう」ついでに伴侶も見つかるといいなとか思いながらスローライフを目指す。 誤字脱字や話のおかしな点について何か有れば教えて下さい。また感想待ってます。返信できるかわかりませんが、極力返します。 また今まで感想を却下してしまった皆さんすいません。 僕は豆腐メンタルなのでマイナスのことの感想は控えて頂きたいです。 不定期投稿になります、週に一回は投稿したいと思います。お待たせして申し訳ございません。 他作品はストックもかなり有りますので、そちらで回したいと思います

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~

石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。 ありがとうございます 主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。 転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。 ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。 『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。 ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする 「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

ギルドから追放された実は究極の治癒魔法使い。それに気付いたギルドが崩壊仕掛かってるが、もう知らん。僕は美少女エルフと旅することにしたから。

yonechanish
ファンタジー
僕は治癒魔法使い。 子供の頃、僕は奴隷として売られていた。 そんな僕をギルドマスターが拾ってくれた。 だから、僕は自分に誓ったんだ。 ギルドのメンバーのために、生きるんだって。 でも、僕は皆の役に立てなかったみたい。 「クビ」 その言葉で、僕はギルドから追放された。 一人。 その日からギルドの崩壊が始まった。 僕の治癒魔法は地味だから、皆、僕がどれだけ役に立ったか知らなかったみたい。 だけど、もう遅いよ。 僕は僕なりの旅を始めたから。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

処理中です...