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第六章

第二百七十四話 サンタ・エズレル神殿の状況 前編

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 フォルティシモは冒険者の依頼でサンタ・エズレル神殿を訪れた時、【転移】スキルの移動先であるポータルポイント設定を作成した。それはキュウとの樹氷デートに出掛ける際、護衛対象に何かあったらすぐに戻って来られるようにするためだった。

 そのポータルポイント設定は、消さずに残してある。目下フォルティシモの最大の懸念事項は、大氾濫でもクレシェンドでも“到達者”でもなく、女神マリアステラだからだ。

 女神マリアステラはただ一人、現実であるはずの異世界ファーアースでログインログアウトのゲーム概念を用いている。VRMMOファーアースオンラインと異世界ファーアースで最強のフォルティシモでも、未だ攻略の糸口さえ掴めない正しく次元の違う敵だ。

 だから女神マリアステラを信仰する聖マリア教の総本山サンタ・エズレル神殿は、いつか攻め落とすことになるかも知れないと思っていた。

 そんなフォルティシモの作ったポータルにセフェールが入った後、音声チャットを使って様子を聞いた。ポータル周辺に危険はないということで、フォルティシモもポータルへ入る。

 フォルティシモはポータルを抜けて、目に入った光景に驚いて言葉に詰まった。

 それはサンタ・エズレル神殿の入り口付近の一面に、青い花と白い花が咲き乱れていたからだ。草花に詳しくないため花の種類までは分からないが、大きさの違いはあれど極楽浄土にでも咲いていそうな形をしている。

 青い花と白い花は通路や天井、窓や灯りに至るまで無節操に群生していて、まるで文明が植物に陵辱されているかのようで気分の良いものではない。

「なんだこれ」
「ニンファエア・カエルレアとニンファエア・ロツスですねぇ」
「毒花か何かか? 花粉を少し吸うだけで即死するような」
「そんな植物があったらぁ、大問題ですねぇ。これらは睡蓮なのでぇ、特に害もありませんよぉ」

 フォルティシモの質問にセフェールが答えてくれた。フォルティシモはセフェールのデータベースを信頼しているため、睡蓮に飲み込まれたサンタ・エズレル神殿は異常事態だけれど、直ちに危険はないと判断を下す。

 そして【解析】スキルを発動。表示された情報ウィンドウのデータを見て顔を顰める。サンタ・エズレル神殿には、アクロシア大陸では絶滅したとされるデーモン種がいた。それも百人近い人数である。

 リアルワールドにおいて絶滅したと言われる動物が、実は絶滅していなかった例は多少はある。それと同じ現象だと考えるとしても、そこまでデーモンという種族は多くないはず。最小存続可能個体数ギリギリの可能性もある。だとしたらそれが集まっているのだろうか。その考えが間違っていて、これが先遣隊で何万、何十万ものデーモンが居るとは考えたくない。

「デーモンだらけだ。サンタ・エズレル神殿はデーモンに占拠されたらしい」
「テロリストってのはデーモンだったのか? 絶滅したデーモンが、今このタイミングに聖マリア教と敵対したってことか。いやデーモンを絶滅させたのは、カリオンドル皇国だって話じゃなかったか? だったら、カリオンドル皇国と揉めるんじゃないのか?」

 ピアノがフォルティシモの【解析】結果を聞いて疑問を口にする。ピアノの疑問はフォルティシモも同じように感じていて、そして同じように答えを持たなかった。

 ただテディベアから聞かされて、実際に『樹氷連峰』で出会ったクレシェンドの種族は、デーモンだった。エルミアへデーモン捜索の依頼を出したところ、デーモンが大陸で悪魔崇拝をしている組織<暗黒の光>に接触した情報を告げられた。

 そしてこれもテディベアからの情報で、<暗黒の光>はクレシェンドのチーム名なのだと言う。これを教えてくれた時のエルミアは、やけにやり遂げた表情をしていたので間違いない。フォルティシモも礼を言ってエルミアの冒険者パーティ<リョースアールヴァル>の装備やアイテムの面倒を見たのだ。

 デーモン、<暗黒の光>、クレシェンド、テロリスト、サンタ・エズレル神殿占拠、フォルティシモの知り合いの<青翼の弓とオモダカ>、キュウの友人フィーナ。

 すべてを偶然だと思えるほど、フォルティシモは楽観主義者ではない。

「まず、【解析】の結果を確認するから少し待て」

 フォルティシモはカイルたちのデータがあるかどうか、情報ウィンドウの表示をスクロールして確認していく。

「カイルたちの所在は分からない、か。【隠蔽】か別の要素か。とにかくキュウ、リース、ポータルを使ってこっちに来い」
『参ります』
『おーけー』



 【転移】のポータルから現れたキュウとリースロッテは、一面を睡蓮に支配された光景を見て言葉を失っていた。いや、正確に言えば二人の思考には差異がある。

 リースロッテは戦場だと思っていた場所が草花で飾られていたことに驚きと戸惑いを覚え、その事実がこれからの戦闘にどんな影響を及ぼすのか冷静に計算しているのだろう。

 キュウは耳をピクピクと激しく動かして、尻尾を逆立て目を見開いている。顔色が悪くなって、耳と尻尾が萎れた気がする。

「キュウ、どうした? 体調でも悪いのか? 花の匂いが嫌いだとかか?」
「はい。体調は大丈夫です。香りも大丈夫です。ですが、声が、酷くて」
「声………声って、もしかして花から人の声がするのか?」
「はい、ご主人様。たぶん、マンドラゴラみたいな魔物と同じだと思うのですが、悲鳴が止めどなく流れています」
「………そうか」

 フォルティシモは腕を組んで相づちを打った。

「花から、人の声、え? ご主人様、もしかして」

 キュウも気が付いたようにフォルティシモを見る。できれば気が付いて欲しくなかったけれど、さすがにキュウも分かってしまった。

「御神木、今はテディベアは、人間だったが植物に変えられた。このサンタ・エズレル神殿にある花は元人間で、キュウはその声を聞いている、可能性が、高いんだろうな」

 テディベアこと御神木は、プレイヤーだったから樹木になっても音声チャットやオープンチャットで話すことができた。しかし異世界ファーアースに住む人々はそうはいかない。フォルティシモには彼らの声は届かない。それを聞き取ることができるのは、異次元の聴覚を持つキュウだけだ。

 キュウは顔を真っ青にして花々を見回した。己が聞いている声が魔物の唸り声ではなく、草花に変えられた人間の悲鳴だと知ってどんな気分になったのだろうか。
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