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第六章

第二百七十話 悪魔の見せる悪夢

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  デーモンの男性が再び槍を構える。次にあの槍が振るわれれば、<青翼の弓とオモダカ>は全滅する。

「はあぁぁぁ!」

 圧倒的強者のプレッシャーに負けることなく、自分から攻撃を仕掛けたのはサリスだった。鍵盤商会で買える剣では満足できず、フォルティシモやキュウへ失礼千万を繰り返し、会長ダアトに投げられて、それでも諦めなかった末に手に入れた、鍛冶神マグナの一品。

 あらゆる魔物を切り裂く<青翼の弓とオモダカ>最強の一撃が、デーモンの男性へ襲い掛かる。だが、根本的に速度が違う。例えサリスの剣にデーモンの男性を傷付ける力があったとしても、当たらなければ効果がない。

 サリスの剣は空を切り裂き、体勢を崩したサリスは床に転がってしまった。

「エクスプロージョン・ストライク!」

 サリスの攻撃に合わせたのは、ギルドマスターの娘ノーラ。彼女は彼女で、エルフや親衛隊には魔術を教えているのに、自分には教えられないのか、とフォルティシモへ迫った。

 ノーラは以前の信仰心の依頼の時に魔術の教授を断られたと言っていたのに、まったく諦めなかったのだ。そうしてフォルティシモからいくつかの、ノーラ専用魔術を貰った。

 それがこの、フォルティシモがフィーナたちの前で見せた領域インテリオル爆裂エクスプロシオンによく似た【爆魔術】。

 フィーナたちから見たら突然身体の内部から大爆発を起こす、魔術以外では防御不可能な魔術である。

 サリスの攻撃を回避したところに、ノーラの魔術が炸裂した。

「ぐっ!?」

 デーモンの男性が呻き声を上げる。フォルティシモから伝授されたノーラの魔術は、圧倒的強者であるデーモンの男性にも通用していた。

 その隙を逃す、<青翼の弓とオモダカ>のパーティリーダーカイルではない。

「トリプル・バッシュ!」

 <青翼の弓とオモダカ>最高レベルであるカイルの攻撃が決まる。

 カイルの攻撃を受けたデーモンの男性は床に転がった。ノーラの魔術とカイルの魔技を受けて立ち上がれる者など、フォルティシモの関係者以外にはいない。

「ふざけやがって、なんだこの攻撃力と魔術は。てめぇらプレイヤー並みじゃねぇかよ」
「今の内に逃げるんだ! 作戦は失敗! 今は自分たちの命を優先にするんだ!」

 デーモンの男性はそれでも立ち上がった。

 立ち上がっただけではない。

 デーモンの男性の槍が煌めいたかと思った次の瞬間、サリス、ノーラ、カイルが、身体を深く切り裂かれて床に倒れ込んだ。彼女たちは床に血溜まりを作っている。

「っ!」

 声に成らない悲鳴を上げるフィーナ。

 根本的にレベルが違い過ぎる。デーモンの男性の動きを捉えることさえできなかった。

 このままではサリス、ノーラ、カイルは確実に死ぬ。回復役を任されているフィーナであれば、三人の傷を癒やすこともできるけれど、目の前のデーモンの男性がそれを許すはずがない。

 <青翼の弓とオモダカ>がサンタ・エズレル神殿奪還部隊へ参加してくれたのは、人質となった者の中にフィーナの母親が居たからだ。

 だが今、奪還作戦は失敗し、<青翼の弓とオモダカ>は死の岐路に立たされている。ここで幼馴染みを、仲間を救えなければ、フィーナは何のために冒険者になったのか分からない。

「待ってください! どうしてデーモンの方が、サンタ・エズレル神殿を占拠し、聖職者を殺そうとするのですか!? 私たちは、大陸の人々の幸福を願っているのです!」

 フィーナの質問に対して、<青翼の弓とオモダカ>の前衛へトドメを刺そうとしていたデーモンの男性の動きが止まった。くるりとフィーナへ向き直り、フィーナを真っ直ぐに見つめる。

「愚者共め。本当に何も知らずに、盲目で“女神”を崇めているのだな」
「それは、どういう?」

 フィーナの質問が逆鱗に触れたのか、デーモンの男性はフィーナを睨み付けた。

「女神が、この大地を奪ったのだ!」

 たしかに聖マリア教の教義は、他の宗教と比べて少し異なる点がある。

 それはカリオンドル皇国の建国神話で顕著に語られる。“女神マリアステラと同じように”、こことは違う場所から降臨した初代皇帝と。

 女神マリアステラの降臨前には既に大地があり、そこに住む人々が女神の降臨に立ち会った。

 つまり聖マリア教には、創世神話が無いのだ。

「貴様らが悪魔と呼ぶ我らの悲願、邪魔はさせん。お前たちがどんなプレイヤーの差し金かは、もはやどうでも良い。己の原罪を抱いて死ね」

 デーモンの男性がフィーナたちを抹殺するべく動く。次の瞬間には、<青翼の弓とオモダカ>は全滅してしまう。

 だがその未来は訪れない。

 デーモンの男性の槍を、別のデーモン―――デーモンの女武者が止めたからだ。彼女は羊の角を持ち背丈は男性のように高い、腰に付けた刀と纏った鎧は国宝や聖宝と呼ばれる品々を越える一品である。

 そんなデーモンの女武者はデーモンの男性の槍を掴み、感情を読み取らせない表情で立っていた。

「プレスト! 何故邪魔をする!?」
「私のお客様だからですよ」
「く、クレシェンド!? お前の客だと!? どういうことだ!?」

 クレシェンド。フィーナはその名前を聞いている。尊敬する彼と親しい友人が戦っている、敵。

 クレシェンドと呼ばれた紳士然とした男は、デーモンの男性とデーモンの女武者の二人を抑えてフィーナの前に立った。

「初めまして。私はクレシェンド。聖マリア教の未来を担うフィーナ、あなたと出会えたことへ、この上ない喜びを覚えていますよ」
「あなたが、テロリストを率いているのですか? でしたら、今すぐサンタ・エズレル神殿を解放してください」

 フィーナの物言いに対して、クレシェンドは口許に手を当てて笑みを作った。

「ははは、なるほどすべてがズレている。何も理解していない。あなたは、天空の王フォルティシモにも、黄金狐のキュウにも、まったく信頼されていないのですね」
「………え?」
「あの二人にとって、あなたはどうでも良い人間のようだ。そうと分かると少々、私の計画が狂います」

 クレシェンドはフォルティシモとキュウにとって、フィーナは無価値な人間だと言っている。

 フィーナはフォルティシモのことを尊敬している。初恋も体験したことのないフィーナにはそれが恋愛感情かは分からないけれど、少なくとも彼がフィーナの願う場所に立っていて、その力をフィーナが敬うような使い方をしているのは確かだ。

 だがキュウは違う。フィーナとキュウは、良い友人だと思っている。いつ命を失うかも知れない冒険者になって、これまでフィーナの後ろ盾しか見られなかった自称友人とは違い、考え方も感性も似ている親友。少なくともフィーナはそう思っていた。

 その彼女に信頼されていない、と言われて、頭が真っ白になった。

「まあ牽制の一手として試してみますか、奴隷制度制定イナクト・スレイブリー

 フィーナがその思考に答えを得る前に、それは発動した。

 主の許可なく思考することさえ許されない【隷従】が、あの日と同じようにフィーナの身体を縛り付けていた。薄れ行く意識の中で、フィーナは一つの後悔を覚える。

 もし自分に覚悟があって、ここに来る前に“彼”と“彼女”へ頼むことができたなら、こんな結果にはならなかっただろう。

「さて仕事をしてもらいましょう」
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