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第六章

第二百四十九話 女皇へ向けて ルナーリス編

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 ルナーリスは会議の場に出るためのドレスに着替えさせられ、キャロルの先導でアクロシア王城の一室に入った。室内では大勢の人間が机を囲んで話し合っている。キャロルは一方の机に座る天空の国フォルテピアノの者たちの方向へ進んだので、ルナーリスも彼女の後を追った。

 ルナーリスへの視線が強くなったのには気が付かない振りをする。

 議長席にはアクロシア王国の国王デイヴィッドが座っていて、天空の国フォルテピアノの反対側には、大陸東部同盟に参加した国の代表者である亜人族たちの姿がある。亜人族たちは怯えている者が半数、もう半数はルナーリスを睨み付けていた。

 亜人族たちがルナーリスを睨み付けているのは、会議に遅刻したことを咎めているのではない。こんな小娘がカリオンドル皇国の女皇となり、自分たちの上に立つのが気に入らないのだ。大陸東部同盟が発足されたことからも、東部では初代皇帝の影響力が色濃く残っていて、カリオンドル皇国を宗主国と扇ぐ国が多いことが分かる。

「このような重要な会議に遅れてくるなど、とても皇位を任せられる器ではない」

 誰かが直接的にルナーリスを批判する。ルナーリスが逃げ出したのは確かだけれど、前カリオンドル皇帝の口車に乗せられて戦争を始めた上、勝てないと分かってあっという間に降伏した国の代表には言われたくなかった。

 ルナーリスは憤りを感じて何か反論をしようとしたが、思いがけない人物が口を挟んだ。

「何が重要なんだ?」

 天空の王フォルティシモ陛下。会議場の中心、いや世界の中心にいる最強の男が質問を投げ掛けていた。ルナーリスを批判した東の国の代表者は顔を真っ青にしている。

 この会議の主旨を極端に言えば、天空の国フォルテピアノへ戦争を仕掛けた国々が、その圧倒的な戦力の前に降伏し、アクロシア王国に話し合いの仲介を頼んだというものだ。

 天空の国フォルテピアノから見れば、虫けらが命乞いをして来たように感じるだろう。こんな会議は彼にとっては何も重要ではない。気に食わなければ、国ごと滅ぼせば良いだけ。あの太陽を一つ産み出せば、逆らう国は地上の焦土と化すに違いない。

「い、いえ、そ、それは、その」
「それは?」
「そ、そ、それは………も、申し訳ございません!」

 フォルティシモ陛下は土下座した亜人族を見下ろしながら、何も言わなかった。

 ルナーリスはルナーリスを馬鹿にした相手が恐るべき天空の王に跪くのを見て、良い気味だと思って内心で嘲笑う。

「ルナ、あなたは私の隣に座りなさい」

 美しく才気に溢れたアクロシア王女ラナリアに笑顔を向けられて、ルナーリスは背筋をぴんと伸ばして表情を引き締める。

「ラナ、私はキャロルさんの隣に」
「私の隣に座りなさい」
「分かりました」

 天空の国フォルテピアノでも重臣と呼ぶべき地位を得ているラナリアに、ルナーリスが逆らえるはずがなく、大人しく彼女の横に空いている席に腰掛けた。

 ラナリアはフォルティシモの真横の席に着いていて、つまり隣の隣はフォルティシモ陛下だ。

 フォルティシモ陛下からのプレッシャーは、他の人のそれとは次元が違う。彼はルナーリスがほんの少しでもミスをすれば、この世の地獄を味合わせた上で殺すと、視線で教えてくれている。もちろん逃げることも許されない。逃げようものなら、世界の果てまで追い掛けて必ず見つけるのだと視線で宣言されていた。

 気がする。

「我々はこの条約に基づき、***国、***国、***国の降伏を受け入れます。フォルティシモ陛下、よろしいでしょうか?」

 ルナーリスの目の前で、何度も見た光景が繰り返される。天空の国フォルテピアノは、降伏した国にそれほど酷い条件を突き付けない。

 現政府を全員処刑するとか、戦力を駐屯させて実効支配するとか、何百年も返せないような負債を背負わせるとか、国そのものを潰す施策は行わない。主要な産業を奪ったり、軍や影響力の強い組織の解体を迫ることもない。

 当然ある最低限の賠償に加え、定期的な査察団の受け入れや、今後天空の国フォルテピアノで開催される国際会議への参加などが盛り込まれているだけだ。細かいことを言うと、鍵盤商会の支店や税金優遇とかもねじ込まれているが、事実上の敗戦国への要求としたらこの上ない優しいものだった。



 会議は一つでは終わらない。今の時勢で天空の国フォルテピアノに、それを象徴する最強の天空の王フォルティシモとの謁見を望む国や人や組織はごまんと居る。

「ラナ、お手洗いに」
「さっき行ったでしょ。役割をこなしなさい」
「キャロルさんは」
「商会の仕事へ行ったわ」
「え、エルミアさんに今朝のことを謝らないと」
「後で良いでしょう?」

 次に部屋へ入ってきたのは、ルナーリスも知る人物だった。

 大氾濫対策の大陸会議のため、カリオンドル皇国から派遣された特使、カリオンドル皇国の大使たちだ。

 カリオンドル皇帝の所業を考えれば、この使節団は捨て駒に使われた。だからこそ、カリオンドル皇国でも勢力が弱くて差別の対象になりがちな虫型の亜人族が多い。彼らは実力で選ばれたと思っていただろうけれど、そうではなかったと落胆しているだろう。

「フォルティシモ陛下、我々は、ルナーリス皇女殿下の女皇戴冠のため、全力で支援させて頂く所存であります」

 カリオンドル皇国の大使たちは威勢良くフォルティシモ陛下へ宣言をしていた。前カリオンドル皇帝に斬り捨てられた者たちの必死さは分かる。

 しかしルナーリスを女皇にして、カリオンドル皇国が安定し発展していくと本気で思っているのだろうか。

 ルナーリスの逃げた理由はそこにもある。ルナーリスは他の多くの皇族よりも物覚えが良いので知識だけはある。けれど、だからと言って大国に安定と発展をもたらせるとは思えない。市民たちから見れば、復讐ばかりに囚われていて未来を掲げられないルナーリスが皇位を継ぐのは、良いとは言えないはずだった。

 ただ現実はままならないもので、ルナーリスの戴冠話は着々と進んでいる。

「まずは各地の竜人族の有力者を集めるのが良いでしょう。ルナーリス皇女殿下の呼び掛けであれば、多くを集めることができます」
「まずとか言ってる時間はない。一気に全員集めろ。来ない奴はそれで良い」
「はっ! すぐに伝書を飛ばし、偉大なる天空の王フォルティシモ陛下が招集された旨を周知させます!」
「とにかくルナーリスを女皇としてさっさと戴冠させろ。文句があるなら俺が聞くと言え」
「かしこまりました」

 フォルティシモ陛下からは、白竜となっていた時に王后キュウを危険に晒してしまったことで恨まれている。だから出会った時以上に恐怖を感じるはずなのに、どうしてルナーリスの後援というか、前面に立って推し進めようとするのか。

 これは“あれ”しかない。

 天空の王フォルティシモ陛下は、初代皇帝オウコーの実の孫。つまりルナーリスから見れば遠い親戚、のようなもの。

 天空の王フォルティシモ陛下の親戚。バラ色の人生が待っている予感がしなくもない。

「移動系スキルと【転移】を覚えさせたダアの従者を付ける。早く話をまとめろ」

 まさしく全面協力と言ったフォルティシモ陛下の言葉に驚きを隠せないカリオンドル皇国の大使たち。大使たちは何か恐ろしいものを見る視線でルナーリスを見つめている。

 フォルティシモ陛下の御言葉がルナーリスの影響力だと思っているのだろう。今まで皇族のルナーリスを大使が馬鹿にしていた構図が覆って気分が良い。大使たちを鼻で笑った。

 ただ一人、カリオンドル皇国の大使の中で蜂人族ニコラスだけは、まるで睨み付けるような冷めた瞳でルナーリスを見つめていた。
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