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第五章

第百九十五話 カリオンドル皇国との会談

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 場所はアクロシア王城の王族が個別の会談に使う一室。伝統あるアクロシア王国が他国を迎え入れるための最高級の部屋であり、今回は特別に借り受けた。フォルティシモは豪奢な椅子に腰掛けて、カリオンドル皇国の者たちは立ち並んでいる。フォルティシモの背後にはエンシェントが控えていた。

 カリオンドル皇国の者たちには大使館襲撃で負傷した者も含まれていて、何人かは身体に包帯を巻いたままである。フォルティシモが特に襲撃事件について詳しく聞きたいと言って会談を申し込んだせいか、療養中の者まで引っ張り出して来たのかも知れない。

 この会談、珍しくラナリアが同席していない。アクロシア王国とカリオンドル皇国の関係を考えての配慮らしいのだが、本当に配慮なのか、同席拒否という意思表明なのかは知らない。当然アーサーが同席することもない。アーサーは監視付きで軟禁してある。

 カリオンドル皇国の者たちは、フォルティシモの不興を買うのを恐れているようで、部屋に入ってすぐに一斉に頭を下げた。何故頭を下げたのかと言えば、同盟と共に婚約を申し込んだにも関わらず第二皇女が行方不明になってしまった事実を詫びているからだ。

 この大陸において国家から申し込んだ婚姻を一方的に断ることなんて不可能に近い。その申し出は国家政策であり外交条約とも言える。平等な平和条約など結べるはずもない弱い国が、強国に対して取れる戦争回避策である。それを弱い国側から断ったら、やはり戦争しても良いと言っているのに近い。

 カリオンドル皇国の立場としては、フォルティシモが申し込んだ会談は死刑宣告にも等しかった。いつまで経っても第二皇女を連れて来ないカリオンドル皇国に痺れを切らした天空の国フォルテピアノが、カリオンドル皇国を責め立てるための場を設けたように見える。

 もちろんフォルティシモにそんな意思はない。彼らは第二皇女を拉致されて大使館を燃やされて警備を何人も殺されたのだ。そんな悲惨な事件が起きているのに、ここまで頭を下げて許しを請わなければならないのは哀れにも思えてくる。

「本来であれば何よりも先にご挨拶と謝罪をしなければならないところを、ここまでお待たせしてしまい、大変な無礼を承知しております」
「既に本国へ伝書を送り、代わりの皇女の選出を急がせております」
「元から婚姻を結ぶつもりはない」

 同盟は結んでも良いが、皇女の意思を無視して結婚はしない、と言ったつもりだった。しかしカリオンドル皇国の者たちからすれば、カリオンドル皇国とは同盟を結ばないと聞こえたかも知れない。いや今の状況を考えれば、戦争を始めると言われたのだと勘違いしてもおかしくない。

 フォルティシモも言ってしまってから失敗に気が付いたが、出した言葉は引っ込められない。背中にエンシェントの「言葉が足りない」という小言が突き刺さった気がする。

「ど、どうか! それだけは!」
「すぐに賊を見つけ出し、第二皇女を連れて参ります!」
「フォルティシモ陛下」

 焦っているカリオンドル皇国の者たちの中で、一人だけ冷静にフォルティシモを呼んだ男がいた。大陸会議にも参加していた蜂人族の大使、名前と顔は覚えていなかったけれど、蜂人族という珍しい種族だったので、あの時の男に間違いないだろう。

「幼少の頃よりラナリア様のご友人である第二皇女殿下を守れなかった我々に対するお怒りは尤もでございます」

 フォルティシモはラナリアとカリオンドル皇国第二皇女が幼馴染みだったなんて話を、今初めて聞いた。そのため眉を動かして、蜂人族の大使を見つめてしまう。

 フォルティシモはラナリアと身の上話をするような機会を持ったことがないので、彼女の交友関係を知らないことに不思議はない。けれど幼馴染みの友人が行方不明になったのに、ラナリアはフォルティシモに助けてくれの一言も伝えて来なかった。

 ラナリアから信頼されていないのだろうか。キュウに信頼されていなかったと知ったら、今すぐ会談を止めてつうかエンシェントに愚痴を聞いて貰うところだが、相手がラナリアだったので別の感情が湧き上がって来る。

 まだフォルティシモを信じていなかったのかという苛立ちだ。異世界ファーアースに来てから、キュウの次に付き合いの濃いラナリアに裏切られたような気持ちになる。彼女とは信頼関係を築けたビジネスパートナーだと思っていた。

 ラナリアを性の対象として見ると宣言しておいて、信じてくれないから苛立つなんてとても身勝手な感情だったので、ラナリアには軽い八つ当たりで済ませるつもりだ。

 まさかラナリアが本気でフォルティシモに惚れていて、複雑な感情から遠慮しているとは夢にも思わない。フォルティシモが他人の心情を慮るのが苦手なのに加えて、ラナリアは本心を隠すのが上手すぎた。

「俺は、今回の事件でお前たちを責めるつもりはない」

 亜人族は一般的に感情が動物的特徴の部位に出るようで、フォルティシモが咎めないと口にすると、彼らの耳や尻尾から面白いくらいに力が抜けた。この場にいるのは全員男なので、男の耳や尻尾など触りたくもないし、何なら見たくも無い。

「だが俺がそこへ行った時、俺たちを攻撃して来た奴は許さん。お前たちを襲撃し、第二皇女を攫った奴らについて、知っている限りのことを話せ。アクロシア王国に話していないこともだ」

 恫喝したつもりも【威圧】を使ってもいなかったけれど、カリオンドル皇国の者たちは震え上がっていた。

「お前たちを襲った忍者とデーモンは、何だ? お前たちは大国なんだろ? 事前情報も何も得られず、いきなり襲撃されて第二皇女を攫われたのか?」



 カリオンドル皇国の者たちは顔を見合わせる。話すべきなのか、話したいけれど彼らに話す権限はない、と言う雰囲気だった。彼らは忍者軍団かデーモンの女武者について何かを知っているけれど、話せば国で処分は免れないのだろう。

 やがて意を決したのか、蜂人族の大使が口を開いた。

「陛下も、【忍者】クラスをご存知なのですね?」

 フォルティシモの【魔王】と同じ、普通の方法ではクラスチェンジできない特殊クラス【忍者】。蜂人族の大使はそれを正確に口にした。

 フォルティシモは初代皇帝と同じくファーアースオンラインから来たからと説明しそうになって、それを止めた。アーサーがカリオンドル皇国に嫌われていることを思い出すと、同格でも初代皇帝と比較するべきでないと思ったからだ。

「ああ、よく知っている」

 とりあえず実装された当時、クラスレベルとスキルレベルをカンストさせて、仕様の限界までそれらを試した程度には知っている。【忍者】をメインに据えてずっとプレイし続けているプレイヤーには感覚は敵わないだろうが、仕様を調査した知識ならば誰にも負けないだろう。

「我が国における忍者は―――」

 蜂人族の大使の説明によれば、【忍者】は初代皇帝の時代からカリオンドル皇国の諜報部を担ってきたらしい。特殊クラスを取得する方法と、その条件を満たすためのレベル上げやアイテム集めの方法を長い間伝えて来た。

 それ自体は何の不思議もない。クレシェンドの話から初代皇帝がプレイヤーだと聞いているので、その知識で【忍者】を後世に伝えたのなら、続いていても有り得ない話ではない。

 しかし蜂人族の大使は、カリオンドル皇国でも一部の上層部しか知り得ない【忍者】が、アクロシア王国でこんな大事件を起こすはずがないと言う。忍者軍団は時の皇帝でしか動かせない、外部に秘匿している諜報部隊。

「お前らは身内に襲われたのか?」

 そう言った時、唐突に部屋に笑い声が響いた。

「想像以上に狸だな、天空の王。いやこの場合は狐と言うべきか」

 カリオンドル皇国の者たちの中の一人が、笑い出したのだ。蜂人族の大使が男の名前を呼んで黙るように言ったが、男は一瞬にして忍び装束に身を包む。

 忍者の一人がカリオンドル皇国の外交団の中に紛れ込んでいたらしい。他の者たちの反応を窺うに、それらは知らなかったようだ。

 その事実に対して、フォルティシモは大した驚きを感じなかった。諜報部とは、色んな場所に入り込んでいるものだと思っている。

「俺が狐だと? どういう意味だ?」
「フォルティシモ、貴様の大切にしている狐人族は預かった。返して欲しければ、こちらの要求に従って貰う」

 現れた忍者はフォルティシモの質問には答えず、一方的な言葉を叩き付けていた。それを聞いたフォルティシモは脊髄反射で音声チャットを開く。

 人質。

 このフォルティシモに対して人質を取った。よりにもよってキュウを。

「キュウ! 応答しろ!」
『はい。ご主人様、何でしょうか?』
「ん?」
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