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第五章

第百九十話 vsアーサー 後編

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「一応確認しておくが、お前の言うチート能力は、HPが減らなくなったり、攻撃が絶対当たったりする類いか?」

 ファーアースオンラインのシステムは驚くほどアンチチート機能が優れていたが、完璧なシステムなど存在しない。実際のところチーターは存在したので、アーサーがチーターであることを警戒する。本当にチーターなら、絶対無敵と豪語するのも納得できるからだ。

「ふっ、僕が女神と出会って与えられた新しいクラスの力だ!」

 それはチートではなく新システムだ。与えられたクラスと権能はそれぞれ異なるが、ゲームでユニットの性能が異なってるのは当たり前なので、強いクラスだからチートとはならない。表現するとしたらバランスブレイカーなどが適当だ。

「………権能を使って来て欲しかったから、いいんだがな」

 フォルティシモは権能と戦った経験が少ない。

 異世界ファーアースに来て初めて出会った両手槍の男ヴォーダンは、キュウのことがあったのでよく分からない内に抹殺してしまった。

 次に出会ったピアノはフォルティシモと同じくらい無知で、権能を持っている様子もなかった。

 御神木ことテディベアは、神戯の敗者となって権能を使えない状態だった。

 アクロシアで暗躍していたヒヌマイトトンボたちとは、ほとんど交流を持てなかった。

 マウロが唯一と言って良い戦闘経験だ。それも【即死】というものらしく、ヒヌマイトトンボたちを抹殺したものの、フォルティシモたちへは一度も刃を届かせていない。

 『樹氷連峰』で出会ったプレイヤーたちは、権能を持っているのかどうかも疑わしい。

 だからフォルティシモの考える権能とは、己の使う【領域制御】とマウロの使う【即死】の二つで、そこから想像するしかなかった。

 アーサーは仁王立ちになって両拳を握り締めた。

「はあああぁぁぁーーーぼうらっ!?」

 アーサーが何やら雄叫びを上げた次の瞬間、フォルティシモの拳はアーサーの顔面を打ち抜いていた。アーサーは完全に油断していたようで、受け身も取れずに地面を転がる。

「使うのに時間の掛かるタイプか」
「おいフォルティシモ! 使って来いとか言っておきながら、キャスト中に奇襲攻撃とかないだろ!?」

 ピアノに文句を言われたが、正々堂々とした決闘の最中なのだから奇襲攻撃ではないはずだ。敵を目の前にして隙を見せるほうが悪い。フォルティシモは何も間違っていないと胸を張って言える。

「いえピアノ様、今ので使う前に倒してしまえば問題ないこと、使用までが隙だらけであること、結論としてフォルティシモ様の敵ではないと分かりました」
「なんか最近、あいつが何かやらかす度にすかさずフォローが入りますね」
「そんなことはありませんよ?」
「主殿! トドメを刺してやるのじゃ!」

 アーサーがぶるぶると身体を震わせながら起き上がる。アルティマの言う通りにトドメを刺したい衝動を抑えて、追撃はせずに立ち上がるまで待っていた。

 この機会にアーサーの権能を確認しておきたいのも本当だ。だから今の攻撃も魔王剣による斬撃ではなく、拳による攻撃に抑えた。

 立ち上がったアーサーは、フォルティシモを睨み付けた。

「うぐっ、卑怯な!」
「お前、自分は絶対無敵とか言ってなかったか?」
「その通りだ!」

 フォルティシモはテディベアから聞いた、正確にはテディベアが異世界へ転移する際に狐の神様から説明された権能について振り返る。

 権能にはファーアースオンラインのゲームシステムとは異なっている部分がある。クレシェンドが口にしていたように、権能は“神に至る才能”の発露なのだ。だからどんなプレイヤーも才能の延長線上の力しか使えない。

 たとえば人類の歴史を塗り替えるような絵画の才能がある者には、描いたものが現実に動き出す権能が。あらゆる者の心を動かす音楽の才能がある者には、音で大勢の感情を操る権能が。医学賞を何度も受賞した外科医には、人体を理解して自在とする権能が。

 天才が天を突き抜けた先まで才能を開花させた力。それが権能だ。

「そんなに僕のチート能力が怖いらしいな!」
「とりあえず、チートって言葉を改めないか? 課金者としては、その単語が出て来る度にイラッとするんだ」
「………そうだな。僕もチーターは嫌いだった。えっと、何だったか。けん、のう、権能だな」

 意外と素直な奴だったので、さっきの一撃を謝ろうか迷ってしまう。

「僕の権能を使わせて貰おう!」
「よし、俺に勝つつもりなら、権能を使って来い」

 アーサーは先ほどと同じ体勢を取り、雄叫びを上げた。

 コントのようなやりとりをしてしまったものの、アーサーの権能はその能力問わず油断できない。アクロシア大陸で十年以上、大氾濫の英雄として君臨したFPは膨大なものになっているはずで、単純な消耗戦が可能なようであれば誰にも負けない。アーサーと消耗戦を戦えるのは、初期から神戯に参加しているクレシェンドくらいになるだろう。

 アーサーの元に光が集まる。光はアーサーの身体を包み込み、やがて彼の全身が光に包まれて輪郭さえ見えなくなる。

 光が収まった時、アーサーの装備が、フォルティシモでさえ見た事も無いアイテムに変わっていた。黄金の剣に鞘、見事な意匠の鎧。さらに装備どころか顔や体格まで変わっている。それまでは青年と言える若い男だったのに、今は壮年の男性になっていた。

 アバターの変更アイテムを一瞬で使った、とは思えない。

「伝説の再現、これがの権能だ」

 こいつも間違いなく神戯参加者“神に至る才能”を持つ者だ。



 アーサーがフォルティシモへ向かって剣を振るってきた。正面から真っ直ぐに向かって来る。その動作を見たフォルティシモは、舌打ちをしてしまった。

 構えや武器だけでなく、攻撃の速度そのものが違う。フォルティシモのAGIには遠く及ばないものの、戦いの技術とも言うべきものが格段に向上しているせいで、実際の速度よりも速く感じて回避が難しい。

「見事也! 我が剣をも超える速度とは、手練れと見える!」

 アーサーの言葉は、先ほどまでと同一人物とは思えないものだった。

「貴殿が剣士であるため、伝説の剣士を選んだが、こうなるとは考えもしなかったぞ!」

 フォルティシモの魔王剣とアーサーの黄金剣がぶつかり合った。ファーアースオンラインやファーアースのシステムであれば、黄金剣は砕け散るはずにも関わらず、火花を散らして拮抗しているようにしか見えない。

 フォルティシモの従者たちが横やりを入れようとする雰囲気を察して、視線で彼女たちを抑える。

 フォルティシモは力任せにアーサーを突き飛ばした。アーサーは体勢を崩されながらも、フォルティシモへ斬撃を繰り出して来る。それでも根本的な速度が違うため、あっさりと回避できた。

「速い! どうやら伝説の剣士では難しいようだ。―――ならこれでならどうよ?」

 またアーサーの動きだけでなく、武装や体格が変化していた。先ほどまでは如何にも物語の中から抜け出して来た騎士と言った風貌だったのに対して、今度は小柄な体格の両手にナイフを持った少年だった。

 そして速度が先ほどまでよりも速い。しかし、それでもフォルティシモには笑う余裕があった。フォルティシモはあらゆるステータスがカンストしている。速さだって負けることはない。

 フォルティシモは魔王剣を使わず、敢えて拳で少年となったアーサーを殴りつけた。アーサーは呻き声を上げて吹き飛ぶ。それでもアーサーは地面に叩きつけられる前に身体を翻し、平然と着地をする。

「こののスピードに付いてきやがるとは、やるじゃねぇか」
「なるほど、権能、ある程度は想像通りだ。お前は、役者か何かだったんじゃないか?」

 変装とも考えられたが、どちらかと言うと演技の才能が特出して、あらゆるものを再現できるようになったと考える。

「なんだおたく、メディアは見ない派か? 俺ぁ毎期十社以上とCM契約してたんだけどな」

 まずアバターだから本人の容姿を知る方法はないし、名前もリアルワールドの本名は確かめようがない。まあフォルティシモはテレビやソーシャルメディアなどはあまり利用しなかったので、たとえアーサーが本人の容姿で本名を名乗ったとしても、たぶん分からなかっただろう。

 アーサーはフォルティシモ的には馬鹿である。理路整然とした会話とは程遠くて、考えなしとしか思えない。VRMMORPGファーアースオンラインであれば、トッププレイヤーと呼ばれる層にも昇ってこないはずの相手だと思う。それでも彼の才能、“神に至る才能”はこうして最強との戦いを可能にしていた。

 フォルティシモはそんなアーサーと戦えたことに対して、笑みを浮かべ感謝した。
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