上 下
178 / 509
第五章

第百七十八話 フォルティシモとクレシェンド 決裂

しおりを挟む
「前回の大氾濫では、百名以上のプレイヤーが脱落いたしました」

 フォルティシモの質問には答えずに話の続きを口にするクレシェンドへ、多少の苛立ちは覚えたものの、その内容に驚いたため文句は言えなかった。

「そしてその中で、ほとんどのプレイヤーは神の名を持つクラスを持っていなかったのです」
「クラスを持っていなかった?」
「神戯参加者ではないプレイヤー。神となるべき才覚を持たないと言うべきでしょうか。ですが、重要なのはその点ではありません。お客様ならご理解頂けるでしょう」

 神戯では他のプレイヤーを殺すことで神クラスのレベルが上がる。それをカンストさせるのが、神戯の勝利条件だと言っていた。だったらそれを持たないプレイヤーは何なのか。

 それは、殺されるために異世界へ転移させられたとしか思えない。魔女は子供を太らせてから食べる、という考えが可愛く思える。人間を餌としか考えず、大量に異世界へ呼んで、己が勝たせたい神戯参加者に殺させる。それが神々にとって、この遊戯の遊び方なのだろうか。

「まるで生け贄だ。ファーアースの神は、本当に、クソ野郎だな」
「ええ、同意いたします」

 フォルティシモはキュウやエルミアの涙を見た時に感じたものを、より一層強く思う。

 クレシェンドは他にも神々がどんなに非道なことをしてプレイヤーを殺したり、異世界ファーアースの人々を苦しめていたのかを話す。そもそもモンスターという存在自体が、人々を苦しめて何かに縋らせるための舞台装置だとまで言い切った。

 MMORPGなのだから、人の生活する場所が狭くてモンスターが多いのは当然である。しかしそこが現実だったら、そこに住む者たちは本当に苦しんでいるのだ。神々にとっては遊戯ゲームだから関係ないのだろうか。

 フォルティシモは強張った拳から力を抜くため、大きく息を吐いた。ただ力を抜いて落ち着いても、不快感までは抜けてくれない。フォルティシモの異世界ファーアースの神に対する印象は最悪だ。

 何とか気持ちを落ち着けて、この場はまだ見ぬファーアースの神ではなく、クレシェンドへの対応に集中する。

「そして、それだけではないのです」
「まだあるのか」
「お客様はカリオンドル皇国をご存知でしょう?」

 カリオンドル皇国については、もちろん知っていた。何せベータテスト時代からあるファーアースオンラインの大きな国だ。アクロシア王国の東に位置するエルディンの更に東部の広い範囲を治めている。

 特徴は亜人族の国であること。設定上は一つ一つの種族では人口の少ない亜人族が、他の種族に脅かされないよう集まって作った国家で、今やアクロシア王国に匹敵する国力を持っている。

 ベータテスト時代に実装された時には、多くの種族アバターが同時実装されたものだ。犬人族や猫人族など人気のあるものから、馬人族や兎人族など、そして狐人族。

 異世界ファーアースのカリオンドル皇国には、まだ行ったことはなかった。設定上は国力が大きいとは言え、所詮はベータテスト時代に実装されたフィールドであるため、経験値もドロップも碌な物ではない。

 何よりもキュウのことを考えると、あまり近寄りたくなかった。カリオンドル皇国は亜人族の国で、狐人族も住んでいる設定だったから、彼女の故郷が、彼女を奴隷として売った家族がいるかも知れない。もしもキュウの家族が今更キュウに縋り付こうとでもしたら、フォルティシモは自分でも何をするか分からない。

「カリオンドル皇国の始祖はプレイヤーです」
「エルディンを作ったのもプレイヤーだった。驚くことじゃない」
「そしてその伴侶は」

 クレシェンドが一拍置いた。それがクレシェンドの話術だと分かっているのだが、どうしても息を呑んで次の言葉を待ってしまう。

「神です。カリオンドル皇国は、プレイヤーと神の間に生まれた子孫が支配する国家なのです」

 フォルティシモが驚いたのを見たクレシェンドは、笑みを深めていた。手玉に取られているようで面白く無い。

「彼の国は大氾濫でも、余り大きな被害を出しておりません。前回の大氾濫、アクロシア王国はあれほどの被害を受けたにも関わらず、カリオンドル皇国は皇族の一人さえ失っていません。さて、この神戯ですが、誰のための神戯で、誰が勝つように仕組まれていると思われますか?」

 クレシェンドの話に違和感はある。だからこれは相手へすべての情報を渡さず、危機感を煽って誤った解答へ誘導しようとする詐欺でよくある手法だ。

「もうすぐ大氾濫の対策のため、大陸中の国家からアクロシアへ人々が集まって来ます。その中には、他のプレイヤーだけでなく、カリオンドル皇国の姿もあります。彼らの狙いは、天空の国を見せているあなたとなるでしょう」

 だから早く同盟を結ぼうと言う。

「話は分かった。だが、ここまで聞いても、俺と神を潰し合わせて、お前が漁夫の利を得ようとしているようにしか聞こえない。お前は神を批判しながら、神とは戦わず、お前自身の手でプレイヤーを抹殺してる」

 プレイヤーが一丸となって神を倒す必要があるのであれば、クレシェンドが仲間を裏切ったり、プレイヤーを騙し討ちしているのに説明がつかない。

 相変わらずクレシェンドに動揺は見られない。ゴーレムでは表情や仕草をいくら観察しても無駄だった。

「だが良い情報だった。お前みたいなプレイヤーに注意しろって言うのは理解できた」

 フォルティシモは席から立ち上がる。

「残念です。しかし大氾濫の時までに、お気持ちが変わるかも知れません。私の提案を御心に留めて下さいませ」
「何を言われても、俺の答えは変わらない。本当はお前の話なんか、最初からどうでも良かった。呼び出しに応じてやったのも、たった一つの目的があったからだ」
「目的ですか。つまりそれを達成できれば、私の話に耳を傾けて頂けると言うことでしょうか」

 フォルティシモがクレシェンドの呼び出しの手紙に応じた理由を表にする。

「キュウから何を奪った?」

 言葉に力を込めてクレシェンドを睨み付ける。

「さて、何のことやら」

 フォルティシモはインベントリから魔王剣を引き抜き、クレシェンドのゴーレムを一刀両断にした。

 ゴーレムは身体が真っ二つになっても動くようで、床に転がったクレシェンドの上半身がくるりと上を向いて、フォルティシモを見つめる。

「激情家とは思いませんでしたな」
「キュウのことで惚けるなら、もうお前は俺の敵だ」

 フォルティシモは【爆魔術】でゴーレムを消し去る。

 キュウから何かを奪ったのが確定したなら、優先順位が変わってくる。ノアの方舟の物語に例えられた大氾濫も越えるし、カリオンドル皇国への対応も行うし、プレイヤーたちには勝利し、神戯に介入してくる神も返り討ちにする。そしてクレシェンドを倒す。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

修行マニアの高校生 異世界で最強になったのでスローライフを志す

佐原
ファンタジー
毎日修行を勤しむ高校生西郷努は柔道、ボクシング、レスリング、剣道、など日本の武術以外にも海外の武術を極め、世界王者を陰ながらぶっ倒した。その後、しばらくの間目標がなくなるが、努は「次は神でも倒すか」と志すが、どうやって神に会うか考えた末に死ねば良いと考え、自殺し見事転生するこができた。その世界ではステータスや魔法などが存在するゲームのような世界で、努は次に魔法を極めた末に最高神をぶっ倒し、やることがなくなったので「だらだらしながら定住先を見つけよう」ついでに伴侶も見つかるといいなとか思いながらスローライフを目指す。 誤字脱字や話のおかしな点について何か有れば教えて下さい。また感想待ってます。返信できるかわかりませんが、極力返します。 また今まで感想を却下してしまった皆さんすいません。 僕は豆腐メンタルなのでマイナスのことの感想は控えて頂きたいです。 不定期投稿になります、週に一回は投稿したいと思います。お待たせして申し訳ございません。 他作品はストックもかなり有りますので、そちらで回したいと思います

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~

石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。 ありがとうございます 主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。 転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。 ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。 『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。 ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする 「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

ギルドから追放された実は究極の治癒魔法使い。それに気付いたギルドが崩壊仕掛かってるが、もう知らん。僕は美少女エルフと旅することにしたから。

yonechanish
ファンタジー
僕は治癒魔法使い。 子供の頃、僕は奴隷として売られていた。 そんな僕をギルドマスターが拾ってくれた。 だから、僕は自分に誓ったんだ。 ギルドのメンバーのために、生きるんだって。 でも、僕は皆の役に立てなかったみたい。 「クビ」 その言葉で、僕はギルドから追放された。 一人。 その日からギルドの崩壊が始まった。 僕の治癒魔法は地味だから、皆、僕がどれだけ役に立ったか知らなかったみたい。 だけど、もう遅いよ。 僕は僕なりの旅を始めたから。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

処理中です...