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第四章

第百七十一話 最初の神戯参加者の正体

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 エルミアは雪が止んだ中を魔法の絨毯を使って進んでいた。それと言うのも、<リョースアールヴァル>の仲間の一人が唐突にパーティを抜けると宣言して飛び出してしまったからだ。仕事を途中で放り出すのも有り得なければ、何故今のタイミングでそんなことを言い出すのかも分からなかった。

『インベントリに、あれは魔法の箒だ。彼女、プレイヤーだったんだ』

 テディベアが<リョースアールヴァル>のエルフをそう断じる。

 箒と絨毯は、どうやら箒のが速度が出るらしく、追い掛けて事情を聞こうとしたエルミアはすぐに取り残されてしまった。しかし頭に載せたテディベアが、仲間のエルフが向かった先を教えてくれる。

 フォルティシモに変な目で見られたテディベアを頭に載せる理由は、両手を自由にしつつ、エルミアとテディベアが一心同体となって戦うための戦闘スタイルだった。最初はちょっと恥ずかしかったものの、テディベアはスキルやアイテム、知識によってエルミアを助けてくれるので、すぐに慣れてしまった。

『これ、はっ。待つんだ! これ以上進んだら、ダメだ!』
「え? それってどう言う………」

 テディベアの制止を聞こうとして、エルミアは逆に魔法の絨毯を進めてしまった。

 その先に、血の海があったからだ。真っ白な樹氷と雪を染め上げる赤。鮮やかすぎる赤と鉄のような悪臭。エルミアの仲間である<リョースアールヴァル>の女性エルフが雪の上に横たわっていた。

 デーモンの男は、エルミアを見て表情に笑みを浮かべる。

「プレイヤーではない、が」

 デーモンの男は冷たい瞳でエルミアを見ていた。

『それ以上、近付かないで貰えないかい? プレイヤーでも、神の試練でもない彼女を害する意味なんて無いはずだ。それとも、いつの間にか加虐趣味にでも目覚めたかい?』

 デーモンの男は笑みを張り付けたまま、視線をエルミアの頭の上のテディベアへ移動させる。しばらくその姿を観察し、顎に手を当てて首を傾げた。

『僕だよ。クレシェンド』

 デーモンの男は表情にこそ出さなかったが、しばらく動きを止めたことから、テディベアの言葉に戸惑ったのが分かる。

「これは驚いた。本心だ。君を殺して久々に悲しみを覚えたけれど、こんなに早く再会できるとは」
『今度は思い出話にでも花を咲かせるかい? 君に文句を言う機会に恵まれたんだ。言いたいことは山ほどあるから、一晩中の付き合いじゃ足りないくらいだよ』
「そうだろうな。しかしその姿は、いったいどういうことだ? そのエルフが、君の権能を隔世遺伝で発現したとしても、そんなことになるとは思えないが」

 エルミアが何も言えない内に、テディベアは頭の上から降りて雪の地面に着地した。

『さて、なんでだろうね。僕も状況を完璧に理解しているとは言い難いんだ。知りたいなら彼に直接尋ねてみると良い』

 テディベアは虚空に向かって、ぬいぐるみの腕を突き出していた。テディベアやフォルティシモが使う、情報ウィンドウという彼らにだけ見える窓を使ったのだ。

『どれだけの死体の山を築き上げて、ここまで達したのか知らないが、ここで終わりだ。彼に敗北すると良い』

 テディベアのすぐ傍に、光の渦が現れた。

 エルミアも一度だけ見たことがある。かつてエルディンで御神木だったテディベアと会話していたフォルティシモが、会話途中で突如として焦りだしたのだ。それはピアノという彼の友人からの救援要請を受けたためだった。彼は最果ての黄金竜と戦い危機的状況だった友人を救うために光の渦を使った。テディベアは彼と友人関係を結んでいるから、同じことができるらしい。

 光の渦から彼が出て来た。樹氷と雪の世界にいて、世界を黒く染め上げるような圧倒的な存在感を放ちつつ、彼は不機嫌そうな顔をしていた。

 それでもフォルティシモはエルミアとテディベアを助けるために現れた。

「救援要請は使うなって言っただろ。今回は依頼を請けたエルミアが仕事を放り出したらしいから来てやったが」
『フォルティシモ! 彼がクレシェンドだ! ここで彼を倒してくれ!』

 雪の上に両足を着けたフォルティシモは、テディベアの言葉を受けてデーモンの男を見ると、途端に戸惑った様子を見せた。

「クレシェンド? こいつが、お前と同じ最初の神戯参加者で、仲間を裏切って全滅させたプレイヤーなのか?」
『そうだ! 彼さえ倒せば、君の勝利は確実だ! 従者を連れていない今がチャンスだ!』

 救援要請によってこの場に現れたフォルティシモは、デーモンの男を見て明らかに狼狽していた。エルミアもフォルティシモの様子が普通でないことに気が付く。

 その様子は、知り合いを見たかのようだった。

 デーモンの男は懐からモノクルを取り出して掛けて見せた。

「私は確かに申し上げたはずです。私はこの投資に自信がある。私の勘が告げています。あなたは、今この場で御代を頂く以上の利をもたらしてくれると」
「なるほど、嘘は、吐いてない」

 フォルティシモとデーモンの男が会話を始めると、エルミアもテディベアも驚きに支配される。

「同類の臭いを嗅ぎ取ったと申し上げました」
「あの時は嗅覚が狂っていると思ったが、それも正しかったらしいな」

 フォルティシモとデーモンの男の遣り取りは、まるで旧知の仲だった。

「俺も間抜けだ。異世界では作られないM級ポーションとエリクシールの価値を、お前は理解していた」
「ええ。まさか堂々とプレイヤーであることを宣言する者がいるとは、驚きました」

 まるでという言葉が不適当なのは分かる。フォルティシモはデーモンの男を知っている。そして決定的な言葉を放つ。

「奴隷屋、お前がクレシェンドだったとはな」
「天空の王、あなたがこれほどのプレイヤーだったとは驚きでございます」

 エルミアの見ている前で、フォルティシモが虚空から真っ黒な剣を引き抜いて全身に魔力を漲らせる。フォルティシモがこれほどに力を高めたのは、最果ての黄金竜と戦った時以来だ。

「最強の俺と、戦うか? 準備が必要なら待ってやるぞ」
「おや待って頂けると? 私は神戯が開催された日より参加しているのですよ。どちらが有利なのか、理解できない方ではないと思っていましたが」
「ああ。だが、前も言ったように、俺も多少の義理は感じてる。全力で戦うなら、こんな奇襲じゃなくて正面から受けて立ってやる」

 フォルティシモの言葉に、デーモンの男は笑い出した。

「ふふっ、ふふふふふふ。さすが女神に気に入られるだけのことはあります。それではこの場は見逃して頂きたい。ああ、もちろん慈悲だけに甘んじるつもりはありません。それは末端とはいえ商人としての矜恃に傷が付きますので、とても、あなたにとって代えがたい情報を提供いたしましょう」

 エルミアから見て、デーモンの男の笑いの質が変わった。人間の寿命以上に生きたエルミアだから分かる。悪意に満ちた笑い。咄嗟にフォルティシモへ言葉を投げ掛けようとしたが、間に合わなかった。

「サンタ・エズレル神殿に居る黄金の狐人族が、神に踊らされています。私などに構っている場合ではないでしょう?」
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