上 下
147 / 509
第四章

第百四十七話 プレイヤーたちの怒り

しおりを挟む
 そのドワーフは自らのアバターとしてドワーフを選んだ。何故かと言うと、彼のリアルワールドでの仕事は刀匠資格を持つ刀工で、自分のアバターならばドワーフだろうと考えたためである。

 彼がゲームを始めたのは、刀で物を斬る感覚はどんなものだろうと気になったからで、ゲームの中でまで槌を振るうつもりはなく、【鍛冶】スキルのレベルは一つたりとて上げていなかった。ファーアースオンラインを選んだのは、物理エミュレータが優れていると言う噂を耳にしたからだ。

 予想以上の世界に、そのドワーフも魅せられてしまう。もっともっと、この世界を見て回りたいと思った。

 しかしながら、そのドワーフにはリアルワールドでの仕事がある。四六時中ゲームをやっている訳にもいかないし、刀匠資格を持つから彼には弟子だっている。

 だからレベルや装備だけでなくログイン頻度を気にせず、その日集まったプレイヤー同士で楽しむようなチームに所属した。そのドワーフはベースやスキルのレベル上げもしなければ、課金することもなく、ログインボーナスもまともに受け取らないようなプレイヤーだったが、そのチームでは嫌な顔一つされない。

 居心地の良い仲間たちと一緒に、たまの旅をするのがすっかり彼の趣味になった。

 それが突然異世界へ飛ばされて、どうしたら良いか分からなくなった。他のチームメンバーたちもバラバラになってしまい、ドワーフは一人アクロシア王都に取り残された。

 そんな彼に声を掛けて拾ってくれたのが、今の彼の仕事場である工房長だ。工房長は刀工としてのドワーフの知識を気に入ってくれて、一緒に働かないかと誘ってくれた。

 殺し殺されるなんて恐ろしい異世界へやって来て、チームメンバーたちは解散寸前、たった一人で途方に暮れていたそのドワーフは、工房長の言葉に涙して感謝した。

 それから何年も工房で鍛冶師として働いている。異世界であっても刀工の知識を生かすことはできて、ドワーフはメキメキと腕を上げて周囲から認められるようになった。認められるようになると、同じ鍛冶師の仲間も増えて、いつしかお見合いで嫁を貰うまでになる。すっかり異世界での生活に順応した。

 その日、アクロシア王都がエルディンに攻め込まれた。たしかにドワーフは、リアルワールドの頃から人殺しの道具である刀を打ち、異世界に来ても戦いの道具を生み出し続けている。それでも本当の戦闘に巻き込まれるなんて、考えてもいなかった。すぐに自宅へ戻って嫁と一緒に震えている内に、すべては終わっていた。

 終わらせたのが恐怖の顕現だと知るのは、しばらく経ってからだ。天空のプレイヤー、その力をドワーフは嫌でも見せつけられる。空を大地が覆い尽くした日、彼はアクロシア王都に居たのだから。

「おい、天空の鍛冶師に会いにいける。お前も来い」

 工房長にそう言われた。それだけ工房長に認められていたのは嬉しいが、そのドワーフは知っている。天空の国にいるのはトッププレイヤーの一人で、出会ってしまえば殺されかねない。

 天空のプレイヤーは逃亡しようとしたプレイヤーを追い立てて、逃げる先の街へ大地を墜とすぞと脅した。違法取引を行い、百人以上の人間の尊厳を踏みにじった。

 結果として、殺されることはなかった。いや生命は殺されなかったと言い換えるべきで、鍛冶師としての命は徹底的にまで砕かれてしまった。リアルワールドでの刀工としてのプライドと、異世界での鍛冶師としてのプライドが同時に完膚無きまでに粉々にされた。

 特にリアルワールドでのプライドが重態だ。彼女は従者、つまりAIで、彼女に負けを認めるということは、伝統ある刀匠に唾を吐きかける行為に等しいとさえ思えた。

 それは工房長も同じだった。彼らは先祖代々脈々と受け継いできた誇りを砕かれて、無気力な酒浸りになってしまったのだ。

 自分をここまで追い詰め、チームメンバーを脅し、恩人にそんな姿をさせた天空のプレイヤーへ、言い知れない怒りが湧いてきた。その感情が大きくなった時、彼は情報ウィンドウからメッセージを送っていた。



 ◇



 アクロシア王都の裏路地に、人目を避けながら早足で歩く男がいた。フードを目深に被りいかにも怪しい風貌の男は、ごくたまにすれ違う住人に怪訝な顔をされながらも、目的の場所へ向かって歩みを進める。

 やって来たのは小さな教会で、建物は経年劣化が目立つし、壁はボロボロ、窓にはヒビが入っている。辛うじて雑草は刈り取られているが、そうでなければ廃墟と言って差し支えない。表通りの一等地に堂々と建っている巨大な神殿と比べたら、天と地の差があった。

 男はそこでも周囲を見回し誰にも見られていないのを確認してから、小さな教会の中へ入る。教会の中はきちんと片付いていて、我慢すれば祈りを捧げることや祭事に使うこともできるだろう。

 教会へ入ってすぐ、窓から離れた椅子に座っていた若いシスターが立ち上がって声を掛けてきた。

「すいません、ここは」
「僕だよ」

 男がフードを取ると、そこには顔に笑みを浮かべた金髪の青年が現れる。青年の顔を見ると、シスターは喜色満面の様子で彼に飛びついた。

 誰が見ても親しい間柄の二人は、ひとしきり愛を囁き合って口づけを交わす。

 二人の出会いはありふれたもので、青年が大怪我を負って教会に運ばれた時、その治療を担当したのがシスターだったというものだ。

 シスターはレベルそのものは高くなかったけれど、治癒の魔術の才能があると言われ、他の神官よりも強い治療を施せた。そのお陰で青年の命は助かり、それから青年とシスターは急接近していった。

 少し問題があったのは、彼はアクロシア王国の貴族で、他国からやって来たシスターとは身分が違う。二人にはいくつも障害があって、まだすべての障害を乗り越えたとは言い難い。けれども二人は、必ずやその障害を乗り越えて結婚しようと約束していた。

 シスターは青年の顔がいつもより暗いことに気が付くと、何でも話して欲しいと言った。彼女は、今はアクロシア王都に昔の仲間が来ていて、もしかしたら問題を解決してくれるかもと伝える。

「僕の家門は、ベッヘム公爵派だったんだ………。だから、もう」

 近くの椅子に腰掛けて、頭を抑える青年。

 シスターにアクロシアの貴族情勢の話など、ほとんど分からない。しかしベッヘム公爵の話は、あの天空の大陸と関わりがあり、王都中の者が目撃したそれと絡めて市井の噂にならないはずがなかった。

 何とか彼を助けたいと願う。すべては天空のプレイヤーが悪いのだ。あんな物を持ち出して、婚約者の青年の人生を、それと寄り添うはずだった自分の人生を滅茶苦茶にした。

 天空のプレイヤーさえいなければ。



 ◇



 みんなで集まった隠れ家的酒場の隅で、数名のチームメンバーが身体を震わせていた。アクロシア王都から逃げてトーラスブルスへ行こうとした時、天空の大陸に追い掛けられてトンボ返りして来たメンバーたちだった。

 彼らは酒で恐怖を紛らわせながら、天空のプレイヤーがいかに悪辣非道なのかを語る。トーラスブルス行きを諦めて、アクロシア王国の領内に入るまで天空の大地は追ってきた。自分たちはまな板の鯉で、天空のプレイヤーに弄ばれているだけなのだと。

「ところであの人に連絡は取れたの?」

 最初の神戯参加者に関する話題になった。連絡先を交換してあったので、随分前にメッセージを送ってある。けれども最初の神戯参加者から返信はなかった。

 チームメンバーに落胆が広がる。

 色んなプレイヤーを撃退してきた経験が、最初の神戯参加者にはあるのだ。

 神戯が始まった時からずっと、何年か何十年か、彼は勝ち続けている。そんな彼なら、きっと天空のプレイヤーだって倒せるだろう。

 これまでのプレイヤーと同じように、倒せるはず。そう“これまでのプレイヤー”と同じように。

「あっ!」

 チームメンバーの一人が声をあげる。何だ何だとみんなから問われて、彼は情報ウィンドウを見せて叫んだ。

「返信が来た! 天空のプレイヤーを倒すために力を貸して欲しいって!」

 そのメッセージを読んだ時、チームメンバーたちは小躍りを始めた。これで希望が見えて来たのだと。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

修行マニアの高校生 異世界で最強になったのでスローライフを志す

佐原
ファンタジー
毎日修行を勤しむ高校生西郷努は柔道、ボクシング、レスリング、剣道、など日本の武術以外にも海外の武術を極め、世界王者を陰ながらぶっ倒した。その後、しばらくの間目標がなくなるが、努は「次は神でも倒すか」と志すが、どうやって神に会うか考えた末に死ねば良いと考え、自殺し見事転生するこができた。その世界ではステータスや魔法などが存在するゲームのような世界で、努は次に魔法を極めた末に最高神をぶっ倒し、やることがなくなったので「だらだらしながら定住先を見つけよう」ついでに伴侶も見つかるといいなとか思いながらスローライフを目指す。 誤字脱字や話のおかしな点について何か有れば教えて下さい。また感想待ってます。返信できるかわかりませんが、極力返します。 また今まで感想を却下してしまった皆さんすいません。 僕は豆腐メンタルなのでマイナスのことの感想は控えて頂きたいです。 不定期投稿になります、週に一回は投稿したいと思います。お待たせして申し訳ございません。 他作品はストックもかなり有りますので、そちらで回したいと思います

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~

石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。 ありがとうございます 主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。 転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。 ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。 『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。 ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする 「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

ギルドから追放された実は究極の治癒魔法使い。それに気付いたギルドが崩壊仕掛かってるが、もう知らん。僕は美少女エルフと旅することにしたから。

yonechanish
ファンタジー
僕は治癒魔法使い。 子供の頃、僕は奴隷として売られていた。 そんな僕をギルドマスターが拾ってくれた。 だから、僕は自分に誓ったんだ。 ギルドのメンバーのために、生きるんだって。 でも、僕は皆の役に立てなかったみたい。 「クビ」 その言葉で、僕はギルドから追放された。 一人。 その日からギルドの崩壊が始まった。 僕の治癒魔法は地味だから、皆、僕がどれだけ役に立ったか知らなかったみたい。 だけど、もう遅いよ。 僕は僕なりの旅を始めたから。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

処理中です...