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第四章

第百四十六話 鍛冶師の矜恃 砕けぬもの

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 エイルギャヴァは鍵盤商会から一族の工房までの道のりを、右手と右足を同時に出しながら歩いていた。彼女の背後にはドワーフと狐人族が付いて来ていて、頻繁に振り返っては二人の姿を確認せずにはいられない。

 あの後、エイルギャヴァが呆然としている間に、何故か二人を工房に案内する流れになってしまった。

「うちの工房は汚れていて掃除をするので、少しの間待って頂きたいのですけ。あ、あと、お茶とお茶菓子も最高の物を用意してくるのけ、それからっ」

 赤毛の女性―――マグナは間違いなく天空の国の鍛冶師。エイルギャヴァが参考にしていた弟子の作品の剣より、遙かに優れた武具をあっという間にいくつも作り上げてしまったのだ。

 目の前でその技術を見せられたエイルギャヴァは、また一つ父親たちが鍛冶師の道を諦めた理由を知った気分になりつつ、そんな人と歩いている緊張感で何が何だか分からなくなっていた。

 雲の上の人物を、酒の臭いが染みつき始めた工房に招き入れるなんてしても良いのか。それ以前に工房のあちこちに酒瓶が転がっているはずで、急いで掃除をしなければならない。しかしエイルギャヴァの身体は一つしかないので、道案内をしていたら掃除もお茶の準備もできない。

「要らんよ。お客様として行く訳じゃない」
「それでは私の気が済まないのけ!」

 結局は説得できず、エイルギャヴァの工房へ近付くと、カンカンという槌を叩く音が外まで聞こえていた。天空の国の鍛冶師を連れているというのに、思わずそれを忘れて足を止めてしまった。

「え?」
「工房を閉めると決めても、仕事は最後までしてるのか。真面目だ」
「い、いえ、そんなはずない、のけ………」

 工房のみんなは、とっくに酒浸りになって槌など握らない。この工房で最後まで槌を振るっていたのはエイルギャヴァだけで、酒盛りの場所が変わった後は父親くらいしか足を踏み入れなかったはず。

 エイルギャヴァは駆け出した。

 工房のドアを開けた先、そこには見慣れた、否、もう見られないと思っていた光景が広がっていた。鍛冶師たちが必死の形相で武具を作る姿。熱い。それは炉の放つ熱以上に、鍛冶師たちの熱気が感じさせる熱さだ。

「み、みんなっ」
「あん? エイルギャヴァ、いきなり飛び出しやがって。心配したんだぞ」
「汗だくで槌を持ったまま言わないで欲しいのけ」

 エイルギャヴァの口からは文句が出たけれど、顔が綻んで仕方がない。同時に目から溢れそうになる涙を堪えながら、父親へ状況を尋ねる。

「みんな、戻って来てくれたのけ?」
「まあな。あんなもん見せられたら、嫌でもやる気が湧いてくらぁ。今非番のも呼びに行ってる」
「あんなもんって何なのけ? 私にも見せて欲しいのけ」

 父は笑って、ある方向を指差した。そこには鍵盤商会で買った三本の剣と、床に無造作に散らばったエイルギャヴァの試作品がある。

「馬鹿。お前が買って来た剣と、お前が打った剣に決まってるだろうが。あれが教えてくれたぜ。儂たちゃまだ弟子入りしたばかりのひよっこだ。今からいくらでも鍛えていけるってなぁ」

 自分の行動が無駄ではなかったと知ると、堪えていた涙が零れてしまった。急いで拭ってから、力強く宣言する。

「私たちが、受け継いだ技術を更に高めるのけ!」
「おうよ! 槌を持ちな! お前から話を聞きてぇって奴も居るんだ。まずは見せてくれや」

 エイルギャヴァも気合いを入れて「応!」と答えようとして、背中から扉の開く音がした。

「盛り上がってるところ悪いんだけど、こっちの用事を先に済ませて良い?」
「誰だか知らねぇが、今うちの工房は止められねぇぞ――――――げえええぇぇぇ---!」
「ラナリアが連れて来た鍛冶師の中に居た奴か? あの中にマシな奴は居ないって確認したつもりだったんだが」

 エイルギャヴァの父親が槌を放り出して床に座り込み、土下座までした。さっきの勢いや熱さが完全に死んでいる。

「お、お父!? どうしたのけ!?」
「お、お前ら! 頭を下げろ! 天空の妃様と筆頭鍛冶師様だ!」

 これに驚いたのはエイルギャヴァだ。エイルギャヴァの連れて来た人物は二人、父親の言葉を信じれば一人は王妃で、もう一人は筆頭鍛冶師、つまり天空の国の鍛冶師の頂点。

 前者は何故か尻尾を振り回しながら周囲を確認していたが、後者は堂々とエイルギャヴァたちを見つめている。

 エイルギャヴァも父親に習って土下座をした。

「話しにくいからそんな事しなくて良いんだけど」
「で、でで、では、あああなたたたた様が」

 マグナこそがエイルギャヴァの父親や工房の人たちの前に立ちはだかった嘆きの壁なのか、エイルギャヴァはそんな様な問い掛けをしようとして上手く舌が回らなかった。

 マグナは工房の鍛冶師たちをぐるりと見回して、彼らが打っていた武具を一つ一つ観察していった。エイルギャヴァの父親を含めた工房の鍛冶師たちは、誰一人言葉を発さず緊張した様子でマグナの行動を眺める。そして最後にエイルギャヴァが鍵盤商会で買った新入荷の剣に目を向ける。

「なるほど、そういうことか」

 マグナがエイルギャヴァを見る。正しく鍛冶神とも呼ぶべき存在に見つめられ、エイルギャヴァは思わず固まってしまった。しかし続く言葉はエイルギャヴァの頭を真っ白に吹き飛ばす。

「良い目を持ってる。完成品から逆算してビルド、鍛錬の方法まで編み出すってのは私にだって簡単にできることじゃない」

 褒められた、のだ。エイルギャヴァの勘違いでなければ、今たしかに鍛冶神から褒められた。胸が痛いほど熱くなるのを感じる。

「ダアトにはああ言ったが、エイルギャヴァ、私の弟子になるつもりはないか?」
「―――は? な、何の冗談のでありますかのけ?」
「冗談じゃない。エイルギャヴァを気に入ったから、仕込んでやる。代わりに仕事を肩代わりして貰うけどね」
「よ、良いのですかけ?」

 エイルギャヴァの声は震えていた。エイルギャヴァの一族が伝えてきた技術が、鍛冶神に認められたかのような気持ちになる。

「誘ってるのはこっちだ」
「ご、ご指導ご鞭撻のほどお願い申し上げますのけ!」

 土下座しながら勢い良く頭を下げたため、工房の床に額を打ち付けてしまったけれど、その痛みも今は気にならない。

 一族の誇りと未来、そして鍛冶神の期待を背負ったのだ。これから何度も何度も挫折は味わうだろう。苦しいこともあるだろう。けれどエイルギャヴァは、決して折れるつもりはない。

 ちなみにその後、エイルギャヴァが筆頭鍛冶師様に認められたんだと、父親が周囲の工房や友人に触れ回り、飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎをして結局二日間は工房が使えなかったのは、恥ずかしくてとても言えなかった。
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