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第三章

第百十三話 フォルテピアノ

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 キュウと従者たちの居るのとは別に宿の一室を取り、フォルティシモとピアノは向かい合って座っていた。ここに泊まるつもりはないので一人部屋の狭い一室だ。それでもベッドを片付ければ、テーブルを囲んで二人で話し合いのできるスペースは確保できる。

「さすがのラナリアさんでも、お前からの呼び出しなら許してくれた。もう少しで救援要請を使うところだったから助かったぞ。それで、話ってなんだ?」

 ピアノは会議から抜け出せたことに感謝を述べて、リラックスした様子で持ち込んだミルクを啜っている。対してフォルティシモはリラックスとは対局にある状態だった。腕と足を組み、力を込めていないと暴れ出してしまいそうだ。

「色々あるが、まずエルフたちのことだ。たしか今はアクロシアのどっかで過ごしてるんだろ?」
「あ、ああ。元々エルディンと親交のあった、バルデラバーノ公爵領だ。領地の区分なんて、ファーアースオンラインの頃はなかったから、お前は覚えてないだろうけどな」

 ピアノは気まずそうに続ける。

「今までも良くない立場だったけど、ベッヘム公爵って奴が反乱を起こしたのは、エルディンのエルフたちを庇う弱腰な王国にも責があるとか、まあ、立場が更に悪くなるだろう」

 会議でピアノが何を言われていたのか、聞かなくても想像できる。

「庇護してるのがラナリアさんや私だから、って言うか、お前だからだな。表だっての反対はしないけど、支援はしたくなさそうだ」
「それなんだが、エルフたちを『浮遊大陸』に移住させないか?」
「上陸クエを突破できないだろ。って、お前ならそれくらい分かるか。何かあるんだな?」
「ああ」

 フォルティシモは最果ての黄金竜に頼んで、『浮遊大陸』を囲む積乱雲を突破したこと、突破した時に流れたログ、権能と表示される新システムについて話をする。

> 領域『浮遊大陸』の権利を獲得しました
> 権能【領域制御】を獲得しました

 ピアノはフォルティシモの情報ウィンドウに流れていたログを、瞬きを忘れて食い入るように見ている。

「これは………領域と、その権利。これを手に入れたら、『浮遊大陸』が自由に動かせるようになったのか」
「お、おう」

 フォルティシモに寄りかかるように身を乗り出すピアノの身体が柔らかくて、何を言われているのか理解できなかった。男アバターの頃だったら肩を組むくらい普通にしていたのに、フォルティシモの肩に体重を預けながら情報ウィンドウを覗き込む所作だけでも、やはり女なのだと思う。

「フォルティシモ?」
「あ、ああ。とにかく、これで『浮遊大陸』内にモンスターが出現しない場所も作れる。天候や地形もある程度は自由にできるから、エルフたちが生活に困ることはないはずだ」
「裏は何だ?」

 エルフたちを気遣う発言をしたら、何よりも先に言葉の裏側を尋ねられた。素晴らしい信頼に感動しそうである。その通りだからだ。

「最果ての黄金竜は土地を潰すのが基本戦術みたいなことを言ってた。神戯は領土戦争なのかも知れない。エルディンの御神木にも確かめるが、領域が関連してる可能性が高いだろう」
「領域の奪い合いか」
「それでだ。この権能ってやつ、実は無制限に使えるものじゃない」
「おい、それ弱点になるぞ。言って大丈夫か?」

 ファーアースオンラインの時は、たとえ相手がピアノだろうと自分の手の内を明かすようなことはしてこなかった。フォルティシモは自分でも不思議に思う心境の変化から、ピアノを昔以上に信頼していて、情報開示することに躊躇いは感じない。

「権能共通だと思うんだが、信仰心のようなものがSPMPの役割になってて、そいつを消費して権能が使える。しかも、これは自分の領域内で誰かに祈られないと回復しないようだ」
「祈りって言うのも抽象的だな。お前が居る方角を拝むとかか?」

「祈り、って言うよりは、思われる、って表現のが適切かもな。どんな理由であれ、俺の領域内で俺を思うとポイントが回復する。その感情は感謝でも恐怖でも問わない」
「まさに、“神思うが故に神在り”だな」
「我思うが故に我在りだろ?」
「あれ? 知らないか?」

 フォルティシモは方法序説を読んだことも無ければ、哲学に精通しているわけでもないので、本題とは無関係な話題は置いておく。

「まあ、そういう訳で行く宛の無いエルフたちに、その役目を頼みたい」
「お前がただ慈善事業をする奴じゃないとは分かってたから、むしろ安心した」

 ピアノの言葉に反論したいけれど、言葉が見つからない。

「ただ私の一存じゃ決められない。ラナリアさんとエルフたちと、あと仲間にも相談してみる」
「頼む」
「話はそれだけか?」
「あー」

 フォルティシモは咳払いをする。これからする提案に緊張しているのだ。

「なんで目が泳いでるんだ?」
「ま、まあ待て」

 フォルティシモは、情報ウィンドウ内で一度も使ったことがなくて、一生使うことがないだろうと半ば諦めていたコマンドに手を掛けた。目を瞑り、失敗した時の想像を、キュウの笑顔を思い出して塗りつぶす。フォルティシモには断られてもキュウがいる。

「ピアノ」
「ああ、だからなんだ?」
「このままだと俺一人じゃ全部を守り切れないし、俺の望む最強には届かない」
「熱でもあるのか? じゃあ私が最強を名乗るぞ」
「ぶっ潰すぞ」

 フォルティシモは深呼吸をして己を落ち着ける。今のはしたい話に関係ない。最強にはなるのだ。

 問題は、その道筋を一人で探すかどうか。

「この異世界は分からないことだらけだ。一人じゃ調べるのも限界がある。だから俺と、チームを組まないか?」

 震える指先に気付かれる前に、フォルティシモはそのコマンドをタップする。

> ピアノをチームに勧誘しました

 フォルティシモはファーアースオンラインで最強だった。しかし、異世界ファーアースではそうではない。
 それを認めるのが嫌だった。キュウを危険に晒したのはフォルティシモの責任だ。フォルティシモが弱かったからだ。一人で何もかもできると、それこそが最強の証などと驕った。

 その驕りを捨てたから、初めて出会ってから十年以上の時間が経過して、ようやく親友をチームに誘うことができた。

 ピアノは驚いた顔をしたが、嫌そうな顔は見せない。

「いいのか? 言っちゃなんだが、私は廃課金のお前に付いていけるプレイヤーじゃないぞ?」
「そんなもの、異世界で気にするな。それに、遠慮すんな。俺は、お前を親友だと思ってたんだ。だから、お前からも親友だって言ってくれて、嬉しかった」
「この状況で言われると照れるな」

 フォルティシモはピアノが男アバターの時の癖、頭を掻く動作を見せたことに思わず笑ってしまう。けれども、その仕草がフォルティシモが好きだった、心の中で親友と呼んでいたピアノの所作と重なり、やはり彼女は彼なのだと思う。

「フォルティシモ、これからもよろしく頼む」
「ピアノ、こちらこそ頼む」

 その日、チーム名やチーム施設を考えるため二人は徹夜で激論を交わした。最終的に、フォルティシモとピアノは二人のチームをこう命名する。

> チーム名を<フォルテピアノ>に変更しました

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