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第三章

第百六話 フォルティシモの従者たち

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 フォルティシモはいつか食事をしたのと同じ部屋に案内されると、以前と同じ席に座った。キュウに右隣に座るように促すと、キュウはセフェールに背中を押されながら席に付き、その隣にセフェールも座った。フォルティシモの左隣の席を巡って、アルティマとリースロッテが掴み合いを始めようとしたところで、エンシェントがアルティマを座らせた。衝撃を受けているリースロッテを連れて、エンシェントは向かいのラナリアの隣に腰掛けた。

 真っ白なテーブルクロスが掛けられたテーブルに並べられた食事は、キュウがお呼ばれした時のアミューズから始まるようなコース料理ではなく、サンドイッチなどすぐに食べられるような軽食類だった。

 何か肩透かしのような気分になりながらも、フォルティシモが手に取って食べると、従者たちも次々と手を伸ばした。

 ラナリアは食事を始めてすぐに給仕たちを下がらせたので、この食堂にはフォルティシモの従者たちとピアノしか居ない。

「しかし、あれだけの数を相手に戦うというのは初めてなのじゃ。誰が一番倒すか競争せぬか?」
「戦わずに降伏させるって話だったろ」
「何を言っているのじゃ主殿! 奴らには徹底交戦しか道はないのじゃ!」
「アルティマさんのご想像通りでしょう。あの場では貴族たちの手前、私も恩情を願いましたが、実際彼らは止まれません。ベッヘム公爵の一族郎党の打ち首は確実で、後ろ盾を失ったベッヘム派の末路がどうなるかは言うまでもありませんし」

 ラナリアの肯定に驚いたのはフォルティシモだ。フォルティシモはテーブルに並べられた料理の数々を指差して尋ねる。

「そうだったのか? じゃあ、これは戦いに行く前の腹拵えだったのか。だから軽食だったんだな」
「え? いえ、これは、コックたちは食事の時間に合わせて下拵えをしていますので、いつかのような料理が出せなかっただけです。フォルティシモ様がお望みであれば急いで作らせますが、お味は以前のようにいかないことをお許し頂きたいです」
「しなくて良い。むしろこういう食べ慣れた料理を作ってくれたほうが、前の時より好みだ」

 サンドウィッチ一つ取ってもパンの焼き加減や具材の仕込みや配分など、どれもが一流の料理人の仕事だ。フォルティシモがリアルワールドでコンビニで買っていた惣菜とは一線を画している。すぐに食べられるおにぎりやサンドウィッチについては、少々以上によく食べたフォルティシモは、その味に詳しいと自負している。コンビニ限定だが。

 目の前のサンドウィッチは異世界に来てから食べたどの料理よりも美味しくて、次から次に手を伸ばしてしまう魅力がある。

「ではまず、私から皆さんにお願いがあります」
「なんだ?」
「自己紹介をしませんか? 先ほどお名前を呼ばれていましたが、どなたのことなのか私には分かりかねましたので」

 従者たちの紹介であれば彼女たちを創り出したフォルティシモが行うべきだろうと、口を開き掛けた瞬間にエンシェントから止められた。

「こういう場合は誕生順だ。名前とクラス、そして役割。何か言いたければ付け加えていい」

 自己紹介はエンシェントが仕切る。誕生順と言うと、この中ではエンシェントが最初になるため、自分を優先したように思えるが、エンシェントは“フォルティシモの決めた順番”としたことで他の従者たちの不満を止めている。だから優位性が発生しない順序の場合、誕生順にするのがフォルティシモの従者たちの常套だ。

「キュウとラナリアは、主に仕えた順番だ。良いな?」
「は、はい」
「構いません。キュウさんが先で、私が最後になります」

「エンシェント、【影法師】と【幻術師】だ。基本的に、主が居ない場合の指揮系統を担っている。また情報収集および交渉も行う」

 歴史的芸術作品を参考に造られた造形の銀髪の美女。

 エンシェントはフォルティシモが最初に作った三人の従者の一人。種族はホムンクルス。【影法師】は従者専用のクラスで、万能とも言える高い汎用性を持つ強力な従者だ。AIの設定値としては、彼女のそれは外部に頼っていてファーアースオンラインのAIを超える知性を備えている。

「セフェールですよぉ。【救世主】と【修復師】ですぅ。昔は毎日随伴させてくれたのにぃ、今は強敵の時にしか呼ばれないぃ、とぉっても暇な従者ですよぉ」

 薄桃色の髪をした少女。

 セフェールも最初に作った三人の従者の一人だ。フォルティシモと全く同じ種族、天使と堕天使のハーフ。【プリースト】系統の覚醒クラス【救世主】であり、火力はないが回復性能は他の追随を許さない。だからこそカンストまで到達したフォルティシモはあまりセフェールを連れて歩かなくなった。AIの設定値はエンシェントと同じく外部頼りで、知識超偏重型。

「既に紹介済みじゃが、アルティマ・ワンなのじゃ! 【魔王】と【剣聖】、主殿と全く同じクラスであり、妾こそが誰よりも主殿を上手くサポートできるのじゃ!」

 キュウにそっくりな黄金の毛並みを持つ紅眼の少女。

 アルティマ・ワンはPvP大会の賞品として作成できた従者だ。当時は従者の上限が五人までだったため、彼女を作成できたのは大会優勝後になる。キュウにそっくりな黄金の耳と尻尾を、これでもかというほど動かしている様子がなんだか可愛い。言わずと知れた最強のフォルティシモを最強たらしめるために育てた従者だ。

「キャロルです。【開拓者】と【調教師】やってるせいで、ほとんど【拠点】にいねーです。素材やモンスターの収集担当だと思ってくれりゃいーです」

 雪のような髪に白い耳と尻尾を持つ少女。

 キャロルは素材収集能力の高いクラスに就いており、多くの場合は単独行動でひたすらフォルティシモが集めるのが面倒な素材収集をさせていた従者だ。虎人族から進化させた種族で、真っ白な虎耳と虎尻尾を持っている。クラス特性から対モンスターの能力は最高に近く、ボスモンスター以外であれば殲滅力はフォルティシモに匹敵する。

「………リースロッテ。お前らにフォルは渡さないっ!」

 横に座っていたエンシェントが、すかさずリースロッテの頬を抓った。

「リース、真面目にやれ」
「お、おーけー、ぼす」

 リースロッテのボスはフォルティシモのはずだが。

「【御使い】【射撃手】。プレイヤーキラー」

 空色の髪の幼女。

 リースロッテはフォルティシモが最後に作った従者であり、対人戦のみを主眼においてAI設定とスキルを極限まで尖らせている。フォルティシモが対人において最も信頼する従者だ。彼女と正面から対戦して勝利できるプレイヤーは、指で数えられる程度だろう。

 改めて自分の従者たちを見ると、この場に居ない三人を含めて酷く趣味に走っていて恥ずかしくなってくる。

 全員の視線がキュウに集まる。

 キュウは目を見開いて、耳と尻尾の毛を立てていた。あれはかなり緊張している仕草だ。どうにかフォローしてやろうと考えて、結論が出るよりも先にキュウがしゃべり出す。

「きゅ、キュウです。【グラディエーター】に、なったばかりです。私、ご主人様や皆さんに、助けられて、ばかりですけど、よ、よろしくお願いします」

 ここで何か言おうと思う。フォルティシモがキュウを大切に思っていることを伝えるのだ。そうすればこれから先、キュウが彼女たちと過ごしていくのが楽になるはず。

 フォルティシモがどう言えば良いか考えている内に従者たちが次々と発言する。

「気にする必要はないのじゃ! 皆、最初は弱い! 妾たちはキュウが強くなるようにサポートするゆえ、安心するが良い」
「そうですよぉ。フォルさんも、エンさんも私もぉ、当時は今のキュウよりもずっと弱かったんですよぉ」
「お前の存在は主の役に立っている。決して卑下することはない」

 キュウはアルティマとセフェールとエンシェントの言葉を受けて、恥ずかしそうにはにかんだ。

 何も言葉にできなかったフォルティシモは、鶏肉が挟んであるサンドイッチを大人しく口に運ぶ。焼き加減が絶妙でパンの間で噛み応えを主張しないながらも絡み合う素晴らしいものだった。とても美味い。

「ラナリア・フォン・デア・プファルツ・アクロシアです。【ウィザード】なのですが、フォルティシモ様にクラスチェンジを相談させて頂いています。ご存知の通り、アクロシア王国の王女になります。皆様におかれましてはフォルティシモ様の従者として若輩者であるがゆえに、ご指導ご鞭撻のほどお願いいたします」

 全員が食事の手を止めてラナリアを見ている。

「さすがに、皆様から無反応となるのは、堪えますね」

 この状況でそう言えるだけでも、ラナリアの大物ぶりが分かる。実際、大国の王女という大物であるが。

「キュウから間接的に聞いている。とりあえず聞きたかったことを聞く。主は国を治められるような頭をしていないぞ?」
「おい、ちょっと待て」
「待とう。皆も待ってくれ。なんだ主? 国を治めたかったのか? 政治の世界に入るか?」
「すまなかった。続けてくれ」

 フォルティシモは自主的に黙ることにした。

「なぁ、私からも一つ聞きたいんだが、そのベッヘムって公爵が反乱を始めたのって、やっぱ私がエルフを連れてきたからだよな?」

 ここに居る全員と面識―――男アバターの話なので面識と言えるかは置いておく―――があるピアノが自己紹介が終わったのを見計らって質問を投げかけた。

「それは単に切っ掛けに過ぎないと思いますよ」
「そうは思えないんですけど………」
「あれだけの規模の公爵軍を展開したのですから、相当前から準備を進めていたはずです。それこそ何年も前から」
「そのなんとかって公爵のことについてだが、俺に考えが―――」

 フォルティシモが話している最中に、食堂の扉が勢いよく開け放たれる。

「ラナリア様! 至急、会議室へお戻りください!」

 ラナリアの護衛らしき女性騎士が焦った様子で叫んだ。

「無礼は許可します。内容を言いなさい」

 ラナリアは不機嫌を隠さない硬い命令を下す。

「ベッヘム公爵軍が進軍を開始しました!」
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