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第三章

第九十六話 王都に広がる緊張

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 夜が明けて木々が朝露に濡れる頃、キュウの乗る馬車はアクロシア王都を囲む壁の関所へやってきた。いつも使っている門とは異なるため、眠そうな顔の兵士たちに見知った者の姿はない。

 キュウはアクロシア王都を空から見たことはあっても、詳しい地形までは把握できていないので、どの辺りかまでは分からない。しかしキュウが主人と一緒に宿泊している宿の場所は二人に伝えてあったので、少なくても反対側ということはないだろう。

 関所の職員たちは馬のような生物に驚きつつも、すぐに手続きを行ってくれた。主人の話だと、この壁はあくまで魔物を押し留めるためのもので、人の通行はほとんど管理していないらしい。キュウのギルドカードを提示したら、あっさりと通して貰えた。

 馬車に乗ったまま、まだ人の姿もまばらな大通りを行く。空中を疾走し、馬では考えられないほどの速度を出すセフェールの操る馬車も、今はゆっくりと蹄の音を鳴らしながら通りを歩いていた。

「キュウ、お前はアクロシアで指名手配されていたりするか?」

 もうすぐ主人が居る宿へ戻れると思って安心していたところに、エンシェントから話しかけられた。内容も穏当なものではない。

「い、いえ。アルさんは、されてたみたいですけど、私は、ないです。どうかしたのでしょうか?」

 キュウは左右に首を振って答えながら、エンシェントの視線の方向を一緒になって見つめてみる。

「尾行されている。キュウに心当たりがないなら、奴らの仲間か」
「探ってみます。どこですか?」
「探る? 馬車をおそらく徒歩で追ってる。今、背後の白い建物の影に移動した」

 キュウは耳に力を集中させた。

 鎧が擦れる音がする。これは王国騎士が着用している汎用的な鎧に使われている金属が擦れる音だ。足音を消し切れていないので、こういうことに慣れていないのだと思われる。さらに耳へと力を込める。

「どうだ?」
「南東区画へ向かっています。シャルロット様へ通達を」
「分かった。確認まで足止めしろ」
「了解」

 キュウは鎧の話と会話内容を、エンシェントとセフェールの二人へ話した。

「………」
「………」
「あ、あの、やっぱり怪しいでしょうか?」

 二人が何も答えてくれなかったので、心配になってしまう。

「いえぇ、キュウの力に驚いただけですよぉ。エンさん、同じことできますぅ?」
「こんな便利な力があったらとっくに使っている。キャロだってできないはずだ」

 考えてみれば、キュウの耳の良さには主人も驚いていたし頼りにしてくれていた。そう思うと嬉しくて、恥ずかしい。思わず耳が動いてしまう。

「はぁ、相変わらず運は良いですねぇ」
「幸運の魔王と言われるだけはあるな」
「それ言うとフォルさん怒りますよぉ。特に爆死直後はぁ」
「爆死はない。出るまで回すからだ」

 エンシェントは咳払いをして雰囲気を変える。

「おそらくはラナリアという従者が、黄金狐の魔王が現れた場合は手を出さずにシャルロットという女騎士に報告するように命令していたのだろう。アルのことを知り、その命令を解こうと思ったものの、キュウが行方不明となってしまい、命令を解いて現場を混乱させるよりは、キュウを黄金狐の魔王という扱いにして探した方が良いと考えた」

「キュウが敵勢力に捕まった可能性を考慮すればぁ、敵勢力の動きを牽制できぃ、私たちであれば私たちの居場所を特定できると考えたわけですねぇ。命令伝達の誤差時間も考慮すれば解除よりも都合が良いかもぉ。それに、元々キュウがアルと間違えられることも考えていたのでしょうかぁ」

 ラナリアも主人のために色々と頑張っている。いつも楽しそうな彼女だけれど、楽しいだけでは決してないはずだ。

「とりあえず、どうしますかぁ? それでも敵勢力よりも先にフォルさんが私たちを知る可能性は五分五分って感じですけどぉ」
「いや、想像以上にラナリアは優秀そうだ。このまま主とキュウが宿泊していた宿へ向かう」
「そうですかぁ、では進めますよぉ」
「キュウ、ラナリアの印象をもう少し詳しく教えて欲しい」
「は、はい。でも、私も、その何と言うか」
「思ったことを素直に教えてくれれば良い」



 一直線に宿へ戻ろうと思ったけれど、途中で検問などが張られていて迂回を余儀なくされ、馬車が通れる広い大通りを選ぶのは少し時間が掛かった。王都では最近色々なことが起きているので、そういうこともあるだろうと思う。しかしキュウが二人の同乗者の顔色を窺ってみたところ、あまり愉快な表情をしていなかった。

「兵士や騎士に緊張がある。尾行も消えた。何かあったようだな」
「そうですねぇ。ただぁ、市民は普通に生活しているようなのでぇ、お上の問題ではぁ。貴族様が裏切ったとかぁ」
「念のため姿を消して徒歩で向かおう」
「エンさん、そんな心配性でしたっけぇ?」

 エンシェントは何も言わずキュウを見た。キュウは首を傾げる。エンシェントは人間とは思えない規則正しい、正しすぎる鼓動をしているため、彼女の心情は聞き取れない。

 馬車から降りたセフェールは馬車を引く生物ごと、主人と同じインベントリというスキルで虚空へ収納した。会う人会う人がみんなインベントリを使うので、段々とレアスキルではなくなってきた気がする。

「隠形」

 その後、エンシェントが何かのスキルを使う。

 その効果は尋ねるまでもなく、キュウの身体に現れていた。キュウの手足を含めた服装までが無色透明となっており、エンシェントやセフェールの身体も同様に視界から消えてしまい、どこに居るか分からない状態になってしまったのだ。

「こ、これっ」
「いわゆるハイドですねぇ。エンさんのレベルだと、ほとんど看破されないですし、このまま宿まで行きましょう。あ、フォルさんはすぐ分かるので平気ですよぉ」

 聞きたいこととは少し違ったものの、自分の身体が透明になって、野良猫にも気付かれないというのは不思議な感覚だった。

 手の平を前に出して、通りの向こうを見てみる。キュウの指は完全な無色透明で、どれだけ注意して見ても先の風景しか見えてこない。しかし足下を見てみると、足跡も足音も残っている。

「良い着眼点だ。動くとバレる可能性が高くなる。声も同じだ」
「それからスキルを使うと解除されてしまうので、使わないようにしてくださいねぇ」

 頷いてから、ふと不思議に思う。キュウの身体は透明になってしまっていて見えないはずなのに、彼女はキュウが下を向いていたことに気付いていた。

「エンさんには見えているんですか?」
「スキルの発動者には見える。だからキュウが先導だ」
「でも、それだとセフェさんがはぐれてしまわないでしょうか?」
「私は大丈夫なのでぇお気になさらずにぃ」
「セフェには隠蔽系スキルへ大きな耐性がある。私の姿も見えているはずだ」
「ヒーラーが暗殺されたら洒落にならないのでぇ、対策が多いんですよぉ」

 つまり見えていないのはキュウだけ。途端に不安になったので、やっぱり馬車で行きませんか、という言葉が喉まで出掛かった。キュウは意を決して、息を潜めながら歩き出す。
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