上 下
92 / 509
第三章

第九十二話 ヒヌマイトトンボ

しおりを挟む
 王城に現れて、王女ラナリアを訪ねて来た怪しい男に対して、【解析】スキルを使おうという気持ちは理解できる。フォルティシモだって、身分証明書としてギルドカードの提示を求められると考えていたのだ。

 しかし、帰り際に使うのが怪しい。フォルティシモは【解析】を広範囲へ打ち込んだ。

識域エクステンソ分析アナリシス

 ヒヌマイトトンボ
 BLv:9999+
 CLv:9999
 HP :12,581,128
 MP :1,546,296
 SP :4,862,444
 STR:2,125,685
 DEX:1,685,955
 VIT:2,586,994
 INT:198,354
 AGI:1,555,681
 MAG:268,396

 ファーアースオンラインの頃を考えるとそこそこ高レベルプレイヤーだ。ある程度の課金かプレイ時間を費やさなければ、ここまで到達することはできなかっただろう。装備と【拠点】の補正、【従者】の補助を含めれば、ピアノの従者のステータスを超えている可能性もある。フォルティシモの従者は超えていないが。

 遠巻きに見ていた貴族たちの中から、一見して若い男が歩み寄ってきた。

 身長は高くてすらっとしたモデル体型、乙女ゲームの王子様キャラかと見紛うサラサラの金髪碧眼、表情は柔らかでもフォルティシモから決して視線を逸らしていない。

「イトトンボ=ヒヌマと申します。初めまして」

 すっと出して来た手をフォルティシモは見つめるだけで応対はしない。

「フォルティシモ様、彼は」
「シャルロット護衛隊長、説明は不要ですよ。彼も、私も、よく理解していますから」

 確かに相対的に見て高レベルプレイヤーでも、フォルティシモからすれば十把一絡げの特出することのないレベルだ。こんな奴に関わっているよりも、キュウを探しに行くことのが何千倍も大切だ。

「どうですか? 少しお話をしませんか? 余人を交えずに」
「今忙しい」

 断られるとは思っていなかったのか、ヒヌマイトトンボは驚いた顔をした。

「い、忙しいですか? 罠を警戒しているのであれば、今回は私の独断ですから、本当に一人ですよ」
「いいか? 俺は今忙しい。話は後で聞いてやるから、後にしろ」
「なんか、想像していた人と違うな」

 小さく呟いたつもりだろうけれど、フォルティシモにもちゃんと聞こえている。

「フォルティシモ様」

 シャルロットが耳打ちしてくる。

「もしも、彼らがキュウ様を攫った勢力であった場合、ここで彼を無視するのはリスクが高いです。ここはピアノ様を交えた場を設けて、ヒヌマ卿の話を聞くのが得策かと具申致します」

 キュウを連れているのはエンシェントとセフェールであることは、ほぼ確定であっても、ゼロではない可能性を無視はできないと思い、フォルティシモはシャルロットの提案を考えてみる。ただしピアノを待つつもりはない。

「分かった。話を聞いてやるから付いて来い」



 フォルティシモがヒヌマを連れて来た場所は、王城に最も近い公園だった。貴族たちが様々な目的で歩くために作られたこの場所は、周囲に話が聞こえないようにそこそこの広さがあり、銅像が飾られている広場は視界を遮る障害物がほとんどなくて見晴らしが良い。日が高い時間帯でも人の姿はまばらだ。ベンチを始めとした座れるオブジェクトもいくつか設置されていて、その中の一つにフォルティシモは腰掛けた。

 随伴を申し出たシャルロットにはラナリアの所へ戻るように言ってある。戦闘になった場合にシャルロットを守りながら戦うのが難しいからだ。

 ヒヌマイトトンボは座らないつもりなのか、フォルティシモは彼を見上げる体勢だ。

「で?」
「あなたがカイルですか?」
「はぁ?」

 予想外の言葉に思わず間抜けな声で聞き返してしまった。こちらは移動系と防御系のスキルを準備していたのに、今の瞬間に攻撃されたら一撃貰ってしまっただろう。まあステータス的にダメージは入らなかっただろうけれど、油断していた自分に活を入れて気を引き締める。

「………違うのですね。それでは、あなたはプレイヤーと従者のどちらでしょうか?」

 ヒヌマイトトンボの放った【解析】への【隠蔽】は成功しているため、フォルティシモの名前すら分からなかったはずだ。

「俺はフォルティシモだ。お前のアバターはヒヌマイトトンボで良いんだな?」
「ええ。その言い方からすると、プレイヤーですね。それもかなり高レベルだ」

 フォルティシモの気のせいでなければ、ヒヌマイトトンボとの距離がわずかだけ開いた感覚があった。

「そうだ」
「あの、殺気は放たないでくださいませんか?」

 殺気を感じ取るなんて、こいつのリアルは殺し屋か何かだったのだろうかと不思議に思う。改めて観察しても絵に描いたような若年貴族で、何か特別なものを感じない。

「見つかったからサシでやり合おうじゃなかったのか」
「私はあなたの名前も知らなかったのですが。あなたの感覚では、いきなりそういう話になるのですね」

 近づいて来るプレイヤーの九割は、フォルティシモをPKするのが目的だったためである。

「城にいらっしゃるピアノという女性とカイルという冒険者はお知り合いですか?」

 先ほどからカイルが話題にあがる理由が分からない。カイルはどう考えても低レベルだし、プレイヤーでも従者でもない、この異世界の住人だ。

 それでも問われているのが知り合いであるか否かであるため、答えは肯定になる。

「そうだが」
「つまり、あなたたちも私たちと同じ考えなのですね。私たちも志を同じくするプレイヤーたちで協力関係を結んでいます」

 シャルロットの進言も馬鹿にできない。冷静に話を聞いてみるものである。ヒヌマイトトンボはチームの一員らしい。言葉でうまく誘導すれば、ヒヌマイトトンボたちの勢力の人数くらいは分かるかも知れない。

「マウロも仲間か?」
「ええ。マウロには困っていますが」
「人数は?」
「三人だけではない、とだけ申しておきます」
「目的は?」
「あなたたちの目的を話して頂けるのであれば、こちらもお話しましょう」

 ラナリアを同席させるべきだったと後悔した。自分がコミュニケーション能力に絶望的な欠陥があることくらい、これまで生きて来て十二分に理解している。とりあえずこの場は誤魔化すことにした。

「つまり、俺たちの敵になりたいのか?」

 フォルティシモがヒヌマイトトンボを睨み付けるたが、彼はわずかに眉を動かしただけだ。

「どうでしょう。私たちと協力をしませんか? あなたがどこまで神から聞き出したかは分かりませんけれども、元の世界へ戻るためには、協力したほうが都合が良いですよ」

 口を滑らせたのか「元の世界へ戻る」という言葉で、ヒヌマイトトンボたちの目的が推察された。彼は異世界から元の世界へ戻るために帰るために行動している。

 つまりそれは元の世界への帰還を望んでいないフォルティシモとは相容れない。

「お前が帰りたいなら、勝手に帰るんだな。俺には興味がない」

 この場でこいつを倒してしまうという選択肢もある。しかし、それをすればこいつの仲間たちを引っ張り出す機会を失ってしまう。

 それに何の小細工もせずに、フォルティシモの前に直接現れたヒヌマイトトンボは見逃しても良いと思っている。その点は、どんな理由であれキュウを襲ったマウロというプレイヤーとは違う。フォルティシモは最強の己に正面から挑む者には寛容だ。

「興味がないって、それだけの力を得たなら、あなたにもあったでしょう? 元の世界に残して来た人や、地位や、財産や………家族が」
「待ってる人間なんか、居ない」
「そうですか。でも私たちは必ず元の世界へ戻ります。そのためなら、この国だって利用しますから」

 フォルティシモはヒヌマイトトンボとそれ以上は話したくなくて、彼を残して公園から出た。

 ヒヌマイトトンボというプレイヤーの言葉に、熱い怒りとは違う苛立ちを感じている。今更、近衛翔の両親が鬼籍に入っていることなど指摘されても何も感じないはずなのに、何故か心がざわついていた。

 早くキュウに会いたい。

 そう考えた時、フォルティシモは使うまいと思っていた手段を使うことを決意した。情報ウィンドウからフレンドリストをタップし、そこに二つだけ表示されている名前の片方にメッセージを送る。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

修行マニアの高校生 異世界で最強になったのでスローライフを志す

佐原
ファンタジー
毎日修行を勤しむ高校生西郷努は柔道、ボクシング、レスリング、剣道、など日本の武術以外にも海外の武術を極め、世界王者を陰ながらぶっ倒した。その後、しばらくの間目標がなくなるが、努は「次は神でも倒すか」と志すが、どうやって神に会うか考えた末に死ねば良いと考え、自殺し見事転生するこができた。その世界ではステータスや魔法などが存在するゲームのような世界で、努は次に魔法を極めた末に最高神をぶっ倒し、やることがなくなったので「だらだらしながら定住先を見つけよう」ついでに伴侶も見つかるといいなとか思いながらスローライフを目指す。 誤字脱字や話のおかしな点について何か有れば教えて下さい。また感想待ってます。返信できるかわかりませんが、極力返します。 また今まで感想を却下してしまった皆さんすいません。 僕は豆腐メンタルなのでマイナスのことの感想は控えて頂きたいです。 不定期投稿になります、週に一回は投稿したいと思います。お待たせして申し訳ございません。 他作品はストックもかなり有りますので、そちらで回したいと思います

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~

石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。 ありがとうございます 主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。 転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。 ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。 『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。 ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする 「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

ギルドから追放された実は究極の治癒魔法使い。それに気付いたギルドが崩壊仕掛かってるが、もう知らん。僕は美少女エルフと旅することにしたから。

yonechanish
ファンタジー
僕は治癒魔法使い。 子供の頃、僕は奴隷として売られていた。 そんな僕をギルドマスターが拾ってくれた。 だから、僕は自分に誓ったんだ。 ギルドのメンバーのために、生きるんだって。 でも、僕は皆の役に立てなかったみたい。 「クビ」 その言葉で、僕はギルドから追放された。 一人。 その日からギルドの崩壊が始まった。 僕の治癒魔法は地味だから、皆、僕がどれだけ役に立ったか知らなかったみたい。 だけど、もう遅いよ。 僕は僕なりの旅を始めたから。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

処理中です...