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第三章
第七十話 新人冒険者マウロ
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冒険者登録も一筋縄ではいかなかった。狐人族の少女はギルドカードを作ったは良いが、それを見せたくないと言い出したのだ。もちろんそれでは冒険者として登録などできない。冒険者登録を担当していたギルド職員は根気良く狐人族の少女を説得しようとしたものの、狐人族の少女は頑なにギルドカードを見せるのを拒んでいた。
「よお、カイル、どうした?」
カイルが狐人族の少女と話していると、背後から声を掛けられた。筋骨隆々の身体に軽鎧を着た、厳つい顔立ちをした初老の男だ。
「ギルバートさん! お久しぶりです!」
カイルはその顔を見て、思わず腰を曲げて礼をする。
彼はアクロシアギルドに登録している冒険者の一人でAランク冒険者。最高の冒険者を挙げていけば、確実に彼の名前も入るほどに有名である。
「おいおい、騎士様じゃねぇんだから、そういうのやめろって」
「いえ、これは世話になった人へのお礼ですから」
ギルバートはカイルたちがアクロシアに来た時に、右も左も分からないカイルたちをパーティに入れて、冒険者として基本的なことを覚えさせてくれた恩師だ。今でもこうして見かければ声を掛けてくれる。
ギルバートは狐人族の少女のところで視線を止める。
「ギルバートだ。カイルの可愛いお仲間さん」
「妾はこやつの仲間じゃないのじゃ」
狐人族の少女はむすっ、とした表情でそっぽを向く。ギルバートは驚いたような顔を見せるが、不快な様子は見せていない。アクロシアの高ランク冒険者として様々な種類の人間を相手にして来ている経験から、小さな女の子にそっぽを向かれる程度は笑って済ませられるものだ。
見た目から怖がられたり避けられたりするのに慣れているだけかも知れないが。
「すいません。その子は冒険者じゃないんです」
「ああ、依頼主だったか。そいつは失礼した」
「そのようなものです」
ギルバートの背後から黒髪の少年が現れて、彼の真横に立った。年齢は十代前半、身長は狐人族の少女と同程度だ。装備は腰にナイフを下げており、冒険者ギルドで販売されている安価な服を身に着けている。
「ギルバートさん、お知り合いの方ですか?」
「こいつはマウロだ。ついさっき冒険者登録したばかり、レベル一だな。マウロ、こいつらはお前の先輩だ」
「こんにちは、マウロです。カイルさんでよろしかったでしょうか?」
マウロという少年は人懐っこい笑みを浮かべる。冒険者になるには早すぎる年齢に思えるが、それぞれ事情はあるので聞いてはいけない。
「俺たちも半年くらい前に冒険者になったばかりなんだ。よろしくな」
「はい、よろしくお願いします!」
「ちょうど良い。『コラブス鉱山』のキャンプまで行くつもりだ。お前らもどうだ?」
ギルバートが言ったキャンプというのは、実入りの良い迷宮の前に集まった冒険者たちが作っている集落のような場所で、そのダンジョンを攻略する冒険者たちが宿泊したりアイテムの売買を行ったりする。それを目当てに商人たちも集まっているので、アクロシア王都よりも良い物が安く置いてあることがある。
また王都から『コラブス鉱山』までは馬車で三日ほど掛かってしまうため、冒険者たちはキャンプで身体を休めてから『コラブス鉱山』という迷宮へ挑む。
「妾は『コラブス鉱山深層』へ行きたいのじゃ」
恩師に誘われて、助けようとした少女の希望であれば同道する以外の選択肢はない。
ギルバートのパーティメンバーはギルバートと中心にしたAランク冒険者十人に、新米と荷物持ちを加えた十五人だった。そこにカイル、デニス、エイダ、狐人族の少女を加えた合計十九人で街道を進んでいく。
整備された道ではなくてもギルバートたちは手慣れたもので、新米冒険者たちに様々な含蓄を教えながらも順調に進む。途中の行く手を阻む魔物の中で危険の少ないものはカイルたちに譲ってくれて、そこでも魔物の特徴などを教えて貰う。
狐人族の少女はと言うと、マウロという新米冒険者の少年に頻繁に話し掛けられて鬱陶しそうにしていた。
「こらマウロ! せっかく先輩が戦ってんだから、真面目に見ておけよ!」
「はーい、分かってますよ、ギルバートさん」
マウロはこの年齢で冒険者になったとは思えない軽い少年で、ギルバートに何度も注意されても懲りることなく狐人族の少女に話し掛けていた。
日も落ちて馬車を止めてテントを張り、焚き火を中心にして食事を取る。カイルたち三人はギルバートから教えられたこともあり、ギルバートが野宿する際の準備や注意点は心得たものだ。
カイルは食事に手を付けていない狐人族の少女の元へ向かった。
狐人族の少女は未だにレベルやクラスは疎か名前すら名乗っていない。その態度はさすがにギルバートのパーティメンバーからよく思われていない。なので彼女に話し掛けるのは、マウロという少年とカイルくらいなもので、そのことが連れてきてしまった手前心苦しかった。
「えっと、食べないの?」
「何用じゃ?」
狐人族の少女の横に座る。彼女はつまらなさそうにカイルを見つめるだけだ。
「余計なこと、しちゃったかな、って思ってさ」
「どういう意味かの?」
「君は、たぶんかなり強いんだろ? だから、俺たちの付き合いなんかせず、もっと別の方法もあったと思って」
「気にしておらん。むしろ感謝しよう。妾も頭が冷えたのじゃ」
狐人族の少女の態度は、ギルドに現れた時に比べれば落ち着いている。
「ねえねえ! そろそろ名前教えてよ! あ、全然食べてないね? 僕が食べさせてあげようか?」
食事を終えたマウロが狐人族の少女に話しかける。
「興味ないのじゃ」
「興味ないとかそういう問題?」
「お前に興味ないのじゃ」
「酷いなぁ!」
マウロは何を言われてもへこたれずに話しかけ続けていた。
カイルはそっと狐人族の少女の元を離れ、ギルバートの元へ行く。焚き火の炎がギルバートの厳つい顔をさらに怖くさせている。
「ちょっと、相談しても良いですか?」
「そんな殊勝なこと言い出すとは、なんかあったか?」
ギルバートは横の地面を叩いたので、カイルは黙って横に座った。
「ギルバートさん、エルディンが攻めて来た時の話は聞きましたか?」
「………ああ。聞いてるぜ」
一瞬の間をおいて、ギルバートは肯定した。彼はそのことを話題にしたくないのか、声音は低いものになっていた。しかし相談があると言い出してしまった手前、ここで終わらせるわけにもいかない。
「俺は東の方に居た。話を聞いた時は、終わった後だ。お前はどっちの被害者だ?」
あの日、大きく分ければ二種類の被害者が生まれた。それは戦争という直接的な被害によって命を落とした者たち。もう一つは【隷従】という力を用いて人の尊厳を奪われた者だ。後者によって何をしてたのか、何をされたのかは人によって異なるが、少なくない数が今も苦しんでいると言う。
「デニスとエイダは、受けてたみたいです。俺は、何もできなかっただけです」
あの場にキュウという高レベルの冒険者が居なければ、カイルも二人に殺されていた。
「お前のせいじゃねぇ。お前が何もできなかったと言うなら、俺はなんだよ。新米なんだから命を拾っただけでも神様に感謝しとけ」
「それは、その………」
「俺も友人が何人かやられた。あいつらも、いつ魔物に殺されるかも分からねぇ冒険者やってたんだ。覚悟はしてただろう」
「仲間に殺されるなんて、考えなかったでしょうけど」
二人共無言になる。視線は自然とデニスとエイダへ向かう。デニスは定期的に焚き火に薪をくべており、エイダはギルバートの仲間と談笑している。
ギルバートはカイルを見ていない。けれども、焚き火に照らされた横顔は強い決意を宿らせたものだった。ギルバートほどの強い冒険者でも己の力不足に悩んでいることが、ほんの少しだけれどカイルの焦燥感にも似た気持ちを和らげてくれた。
「先ほど、神様に感謝って言いましたけど………俺は感謝しません。もしこんな酷い世界を作った神様が目の前に現れたら、思いっきり殴ってやります」
「ははっ、そりゃいいな。そんときゃ俺も一枚噛ませろ」
ギルバートはカイルの言葉にいつもの朗らかな笑顔を浮かべていた。
「よお、カイル、どうした?」
カイルが狐人族の少女と話していると、背後から声を掛けられた。筋骨隆々の身体に軽鎧を着た、厳つい顔立ちをした初老の男だ。
「ギルバートさん! お久しぶりです!」
カイルはその顔を見て、思わず腰を曲げて礼をする。
彼はアクロシアギルドに登録している冒険者の一人でAランク冒険者。最高の冒険者を挙げていけば、確実に彼の名前も入るほどに有名である。
「おいおい、騎士様じゃねぇんだから、そういうのやめろって」
「いえ、これは世話になった人へのお礼ですから」
ギルバートはカイルたちがアクロシアに来た時に、右も左も分からないカイルたちをパーティに入れて、冒険者として基本的なことを覚えさせてくれた恩師だ。今でもこうして見かければ声を掛けてくれる。
ギルバートは狐人族の少女のところで視線を止める。
「ギルバートだ。カイルの可愛いお仲間さん」
「妾はこやつの仲間じゃないのじゃ」
狐人族の少女はむすっ、とした表情でそっぽを向く。ギルバートは驚いたような顔を見せるが、不快な様子は見せていない。アクロシアの高ランク冒険者として様々な種類の人間を相手にして来ている経験から、小さな女の子にそっぽを向かれる程度は笑って済ませられるものだ。
見た目から怖がられたり避けられたりするのに慣れているだけかも知れないが。
「すいません。その子は冒険者じゃないんです」
「ああ、依頼主だったか。そいつは失礼した」
「そのようなものです」
ギルバートの背後から黒髪の少年が現れて、彼の真横に立った。年齢は十代前半、身長は狐人族の少女と同程度だ。装備は腰にナイフを下げており、冒険者ギルドで販売されている安価な服を身に着けている。
「ギルバートさん、お知り合いの方ですか?」
「こいつはマウロだ。ついさっき冒険者登録したばかり、レベル一だな。マウロ、こいつらはお前の先輩だ」
「こんにちは、マウロです。カイルさんでよろしかったでしょうか?」
マウロという少年は人懐っこい笑みを浮かべる。冒険者になるには早すぎる年齢に思えるが、それぞれ事情はあるので聞いてはいけない。
「俺たちも半年くらい前に冒険者になったばかりなんだ。よろしくな」
「はい、よろしくお願いします!」
「ちょうど良い。『コラブス鉱山』のキャンプまで行くつもりだ。お前らもどうだ?」
ギルバートが言ったキャンプというのは、実入りの良い迷宮の前に集まった冒険者たちが作っている集落のような場所で、そのダンジョンを攻略する冒険者たちが宿泊したりアイテムの売買を行ったりする。それを目当てに商人たちも集まっているので、アクロシア王都よりも良い物が安く置いてあることがある。
また王都から『コラブス鉱山』までは馬車で三日ほど掛かってしまうため、冒険者たちはキャンプで身体を休めてから『コラブス鉱山』という迷宮へ挑む。
「妾は『コラブス鉱山深層』へ行きたいのじゃ」
恩師に誘われて、助けようとした少女の希望であれば同道する以外の選択肢はない。
ギルバートのパーティメンバーはギルバートと中心にしたAランク冒険者十人に、新米と荷物持ちを加えた十五人だった。そこにカイル、デニス、エイダ、狐人族の少女を加えた合計十九人で街道を進んでいく。
整備された道ではなくてもギルバートたちは手慣れたもので、新米冒険者たちに様々な含蓄を教えながらも順調に進む。途中の行く手を阻む魔物の中で危険の少ないものはカイルたちに譲ってくれて、そこでも魔物の特徴などを教えて貰う。
狐人族の少女はと言うと、マウロという新米冒険者の少年に頻繁に話し掛けられて鬱陶しそうにしていた。
「こらマウロ! せっかく先輩が戦ってんだから、真面目に見ておけよ!」
「はーい、分かってますよ、ギルバートさん」
マウロはこの年齢で冒険者になったとは思えない軽い少年で、ギルバートに何度も注意されても懲りることなく狐人族の少女に話し掛けていた。
日も落ちて馬車を止めてテントを張り、焚き火を中心にして食事を取る。カイルたち三人はギルバートから教えられたこともあり、ギルバートが野宿する際の準備や注意点は心得たものだ。
カイルは食事に手を付けていない狐人族の少女の元へ向かった。
狐人族の少女は未だにレベルやクラスは疎か名前すら名乗っていない。その態度はさすがにギルバートのパーティメンバーからよく思われていない。なので彼女に話し掛けるのは、マウロという少年とカイルくらいなもので、そのことが連れてきてしまった手前心苦しかった。
「えっと、食べないの?」
「何用じゃ?」
狐人族の少女の横に座る。彼女はつまらなさそうにカイルを見つめるだけだ。
「余計なこと、しちゃったかな、って思ってさ」
「どういう意味かの?」
「君は、たぶんかなり強いんだろ? だから、俺たちの付き合いなんかせず、もっと別の方法もあったと思って」
「気にしておらん。むしろ感謝しよう。妾も頭が冷えたのじゃ」
狐人族の少女の態度は、ギルドに現れた時に比べれば落ち着いている。
「ねえねえ! そろそろ名前教えてよ! あ、全然食べてないね? 僕が食べさせてあげようか?」
食事を終えたマウロが狐人族の少女に話しかける。
「興味ないのじゃ」
「興味ないとかそういう問題?」
「お前に興味ないのじゃ」
「酷いなぁ!」
マウロは何を言われてもへこたれずに話しかけ続けていた。
カイルはそっと狐人族の少女の元を離れ、ギルバートの元へ行く。焚き火の炎がギルバートの厳つい顔をさらに怖くさせている。
「ちょっと、相談しても良いですか?」
「そんな殊勝なこと言い出すとは、なんかあったか?」
ギルバートは横の地面を叩いたので、カイルは黙って横に座った。
「ギルバートさん、エルディンが攻めて来た時の話は聞きましたか?」
「………ああ。聞いてるぜ」
一瞬の間をおいて、ギルバートは肯定した。彼はそのことを話題にしたくないのか、声音は低いものになっていた。しかし相談があると言い出してしまった手前、ここで終わらせるわけにもいかない。
「俺は東の方に居た。話を聞いた時は、終わった後だ。お前はどっちの被害者だ?」
あの日、大きく分ければ二種類の被害者が生まれた。それは戦争という直接的な被害によって命を落とした者たち。もう一つは【隷従】という力を用いて人の尊厳を奪われた者だ。後者によって何をしてたのか、何をされたのかは人によって異なるが、少なくない数が今も苦しんでいると言う。
「デニスとエイダは、受けてたみたいです。俺は、何もできなかっただけです」
あの場にキュウという高レベルの冒険者が居なければ、カイルも二人に殺されていた。
「お前のせいじゃねぇ。お前が何もできなかったと言うなら、俺はなんだよ。新米なんだから命を拾っただけでも神様に感謝しとけ」
「それは、その………」
「俺も友人が何人かやられた。あいつらも、いつ魔物に殺されるかも分からねぇ冒険者やってたんだ。覚悟はしてただろう」
「仲間に殺されるなんて、考えなかったでしょうけど」
二人共無言になる。視線は自然とデニスとエイダへ向かう。デニスは定期的に焚き火に薪をくべており、エイダはギルバートの仲間と談笑している。
ギルバートはカイルを見ていない。けれども、焚き火に照らされた横顔は強い決意を宿らせたものだった。ギルバートほどの強い冒険者でも己の力不足に悩んでいることが、ほんの少しだけれどカイルの焦燥感にも似た気持ちを和らげてくれた。
「先ほど、神様に感謝って言いましたけど………俺は感謝しません。もしこんな酷い世界を作った神様が目の前に現れたら、思いっきり殴ってやります」
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