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第二章

第六十一話 勝利で得るもの

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 ラナリア・フォン・デア・プファルツ・アクロシアの目の前で、神話の戦いが展開されていた。
 彼の君は、雷と暴風を操り、空を自在に飛行し、巨竜を打ち払う巨大な剣を振り回していた。誰が信じるだろうか。児童書や歌劇で語られるより圧倒的で現実的な巨竜を前に、たった一人で立ち向かい撃退してしまう英雄の存在を。

 その黄金色に輝く神々しい竜を見た時、数々の国家の総力を結集しても対抗できるかどうか、そう思った。過剰な表現かも知れないが、人類存亡の危機であるとまで思ったのだ。

 その体積を物ともしない速度、城さえもたやすく破壊できる巨大な爪や翼、全身に纏う人類では考えられない魔力。そして実際に、その顎より放たれるブレスは大地を穿ち抉った。あれが都市に向けて放たれれば、半壊どころでは済まない被害が出るだろう。人ではどうしようもない天災と呼ばれる力を見た気がした。

 しかし、彼の君は違った。

 とても残念なことに自分へ向けてではないけれど、彼の君は彼の君が大切にしている少女へ向けて、竜“ごとき”に負けるかと言い放ち一人で立ち向かい勝利してみせた。

 さすがの彼の君でも無傷とはいかず、戻って来た時には血を流して疲れた顔色をしていた。それでも傍から見れば軽傷に過ぎず、あれほどの竜と戦って負った傷とは思えないものだった。彼を慕う狐人の少女が彼の血と汗をタオルで拭うと、もう血も止まっていた。

 その姿を見て、心からの震えを覚える。
 たぶんこの瞬間から、ラナリアにとっての彼は利用するべき強者ではなく、本当に想い慕う人となったのだ。



 ◇



「居なくなったか。しかしフォルティシモ、何があったんだ? キュウちゃんの話だと最果ての黄金竜から話し掛けられたって言うし、お前も普通にしゃべってるし、ついでに光るし」
「なんか強いプレイヤーが居て、そいつを探してるらしい」
「特定の人物を探してるってことか。最果ての黄金竜にそんな設定あったか?」
「さぁな。あと黄金竜とフレ録した」
「はぁ? なんだそれ」
「フレ録したら音声チャットができるようになった。聞きたいことがあれば聞いてやる」
「あとで冷静になったら、まとめて教えてくれ」
「………了解」

 冷静でないことは自覚できたので、大人しく引き下がる。フォルティシモはコミュ障と呼ばれるだけあり対面で説明するのが苦手だが、状況をまとめて文章に記すのは得意だ。メッセージで送れば良いだろう。

「それからフォルティシモ、今日の借りは必ず返す」
「ああ、どっかで返して貰う」

 特に取り立てるつもりもなかったので、笑い半分で言うと、ピアノもそれに応じて笑みを見せた。

「キュウ、これ、洗濯したら落ちるか?」

 フォルティシモは最果ての黄金竜の返り血を浴びた自分の服を見下ろしキュウに尋ねた。フォルティシモの着ている服は戦闘用のもので、莫大な課金とレア素材によって強化されていて代えられるものではない。ファーアースオンライン時代は返り血や汚れは、戦闘が終わるとすっかり綺麗になったので気にする必要もなかったが、異世界ではそうもいかなくなってしまった。

「わ、分かりません………で、でも、頑張ります」
「戻ったら脱ぐから洗っておいてくれるか? 洗剤はいくらでも使って良い」
「はい」

 フォルティシモは神戯の敗北者との話の途中だったのを思い出し、何気なく関係者であるエルミアの様子を窺った。エルミアは天烏の上にへたり込んで唇を震わせていて、何かを言葉にしたいのに声にならないらしい。

 御神木の頼みは最果ての黄金竜の討伐だった。一度は撃退したものの課金アイテムによって復活されてしまい、結局は逃がしている。これで約束を果たしたことになるか。まだアイテムをトレードする前だったのだから、取引が成立していないとも言えるが。

 だがピアノ、御神木、最果ての黄金竜の三人 (?)と話して、神戯に最も詳しそうなのは最果ての黄金竜だった。フォルティシモが気になっている情報も持っているし、あの話を聞かない竜から少しずつでも情報を引き出したいので、今は討伐できない。それが済んだらキュウとのエルディンデート計画を潰された恨みと言って、討伐してやるつもりだが。

「エルディンへ戻るぞ。あの御神木に聞きたいことが増えた」
「待って!」
「待ってくれ」

 エルミアとピアノが次々に制止して来た。ピアノが遠慮するように手を振ったので、エルミアが続きを口にする。

「あなたが、アクロシアで捕まったエルフを解放してくれたんでしょ? 他のみんなも解放して! それから、アクロシアに捕まって牢に入れられてるみんなを外に出して!」

 事が終わったため、フォルティシモは呆然と天烏を見上げているエルフたちを見渡した。その容姿は皆整っていて、かつてセクハラ行為をしていたエルディンの美女美少女NPCを思い出す。

「何人くれる?」
「くれる?」
「………断る」
「は、ちょっと、何で!? アクロシア王国の人間は助けたんでしょ!?」
「代わりにラナリアを貰ったから助けたんだ」
「貰ったって、はぁ!? 最低っ!」

 罵詈雑言に慣れているフォルティシモにとっては、最低なんて言われても何も心に響かない。せいぜいがラナリアから言い出したんだから、自分に責任のあるような言い方をされるのが、ほんの少しばかり腹立つくらいだ。充分に響いているのは気のせいである。

「ああ、なら下のエルフたちは私が解放しておくよ。フォルティシモ、アクロシアで使ったって言うコードをコピーさせてくれ」
「あなたは良い人なのね! こいつと違って!」

 今ならエルフを救った対価としてエルミアに【隷従】をかけて催眠プレイをしても許される気がしてきて、本気で検討している間、今度はピアノが引き留めた理由を話してくれた。

「あー、あれだ。ラナリア王女殿下様、できたら、その、私と一緒に来て欲しいんですが」
「ラナリア王女殿下………? ちょ、ちょっとぉ! あなた! アクロシアの王女じゃないの!? 貰ったって大丈夫なの!?」

 ピアノに話し掛けられたラナリアから返答がないのを不思議に思うと同時に、フォルティシモの腕を掴んでいる手があることに気が付いた。
 キュウの両手はポーションの瓶とフォルティシモの血を拭った布で塞がっているので、腕を掴んでいるのは別の人物である。

 振り返ってみると、熱に浮かされたような紅潮した顔でフォルティシモを見つめているラナリアと目が合った。

「どうした?」
「え?」
「いや、腕掴んでるだろ?」
「掴んで………? っ、し、失礼いたしましたっ」

 慌てて手を引っ込めるラナリア。
 フォルティシモはその姿に感心を隠せない。つい先日、「顔を赤らめて恥ずかしがってくれるか」と尋ねたため、それをこうも早く実践して見せた。あれが無かったら、ラナリアは心からフォルティシモに惚れたと勘違いしてしまっただろう。

 これが本物のコミュニケーション強者かと思うと、フォルティシモでは一生辿り着ける気がしない。

「あ、はい、ラナリアで結構ですよ、ピアノ様」
「いや、王女様を呼びつけって言うのはちょっと」
「遠慮する必要はありませんよ? 何せピアノ様はフォルティシモ様のご親友なのですから」
「これから色々頼みたいのに、失礼な態度は取れませんので」
「本当に必要はないのですが。フォルティシモ様、どういたしましょうか?」

 ピアノがラナリアに頭を下げている理由は、きっと下のエルフたちを助けたいのだと思われた。トーラスブルスはアクロシアの属国らしいので、アクロシアの王女であるラナリアの協力を得られたら、どんなに心強いことか。

 しかしフォルティシモは渋い顔をする。ピアノであれば無償で多少の損害があっても助けるつもりだが、ピアノが助けたいものまで助けるつもりはなかった。特にピアノのパーティメンバーだと言うイケメンエルフ。ピアノの行動の大半が彼のためだと思うと気に食わない。フォルティシモのほうが、ピアノと幾度となく死線を潜り抜けてきたのだ。ファーアースオンライン時代の話だが。

「ラナリアの好きにすれば良い」

 ラナリアがやたらとニコニコしているのに、どこか無理しているのが印象的だった。何かに焦っているような気がする。

「それではフォルティシモ様のご許可を頂きましたので、トーラスブルスへ戻った後のことをご相談させてください。まずはエルフたちの処遇ですが」
「大丈夫なのよね? あれはみんなの意思じゃなくて………」

 フォルティシモは彼女たちの話をBGMにしながら、その後のこと、神戯の敗北者御神木に今回の件を説明し、最果ての黄金竜から如何にして話を聞き出すかを考えていた。

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