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第二章
第四十七話 主人の御技を知る 前編
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キュウはトーラスブルスの最高級リゾートホテルの一室で、ラナリアの支度が終わるのを待っていた。
主人は今朝早くピアノという旧知の女性との約束のために出掛けており、今日はキュウの自由に過ごして良いと言われている。ギルドの仕事をこなした報酬を受け取っているため、キュウが好きに使えるお金もそこそこあるので観光地だという街に出掛ければ楽しめることだろう。
ラナリアを待っているのは一緒に街を回ろうと誘われたからで、初めての街を独りで観て回るのは地理的にも心情的にも辛いものがあったので誘って貰えて助かった。
「お待たせしました、キュウさん」
王女様の支度というので凄い格好をしてくるのかと思ったが、ラナリアの服装は花柄をあしらったブラウスにベージュのスカートというラフなものだった。背後を見るとシャルロットも鎧を脱いだ私服姿で、こちらは見るからに動きやすさを重視している。
「今の私たちのレベルを考えると護衛にほとんど意味はないのですが、万が一がありますのでシャルロットも同道しますが、よろしいでしょうか?」
言われたシャルロットは頭を下げる。口を挟まないのは邪魔はしないという意思表示なのだろう。
「は、はい」
ラナリアの言う万が一、それはあのヴォーダンのような男と出会ってしまった時、ラナリアを逃がすために犠牲になる役割だ。しかし、それはほとんど有り得ない可能性と言って良いだろう。何せ歩いて行ける距離にキュウの主人と、その友人のピアノが居るのだから。
「さて行きましょう。私は朝食がまだなので、何か買って歩きながら食べても宜しいでしょうか?」
「え、い、良いんですか?」
このリゾートホテルで準備される食事は、その辺りで買って食べるものよりも遙かに高級な料理が出されるのに、ラナリアがさっさと出掛けようとするのでキュウは驚いた声を出した。
「キュウさん、どんな料理でも楽しく食べることには勝れないのですよ」
ラナリアに連れられてやって来たのは、数々の露店の並ぶ広場だった。広さ百メートル以上はありそうな円形の広場の中央に噴水があり、それを囲むように露店が出されている。所々にベンチも設置されていて、子供連れや恋人同士と思われる観光客が露店で買った食事を楽しんでいた。
街は朝から活気に包まれている。昨日の夜に主人に連れられてやって来た街は、夜なのにこんなに賑やかなのかと感心したものだったので、日中はどのくらい人が居るのだろうかと思っていた。その答えが目の前に広がっている。
キュウが住んでいた里を基準にすると、お祭りでもしてるのかと思うほどに人が多いとは言え、夕方のアクロシアのギルド受付ほどではない。なので怖いという感情は浮かんで来なかった。キュウが主人に出会ったばかりの頃は冒険者ギルドの傍の市場に入ることさえ怖かったけれど、今は慣れて大丈夫になったのだ。純粋に自分のレベルが上がったお陰で、襲われたりしても逃げられるはずだと思えることも大きい。
「キュウさんは何を食べますか? こちらはどんな料理なのでしょう?」
ラナリアは早速近くの露店の品物を覗き込んでいる。今見ている店はトウモロコシを焼いたものを売っていて、懐かしい匂いがキュウの鼻孔をくすぐる。
じゃあ私はそれを買います、と言いかけて値段を見て驚く。高い。里に戻って自分で焼けば無料同然のものだ。よく考えて見れば昨日宿泊したホテルも異常な値段だと言える。観光地の値段というのはどこも高いのだろう、だから主人はいつもよりも多めに冒険の分配をキュウにくれたのだ、と自分を納得させた。
「私は、それ食べます」
「では私も」
ラナリアはシャルロットの分も買って、食べるの食べないのをやっている。
キュウが手元のとうもろこしを食べると、ほのかに甘い味が口に広がった。以前はご馳走だったのに、今ではこれよりも美味しいものを色々食べているため感動はなく、焼きトウモロコシを料理として主人に出すのはダメだろうなという感想が浮かんでくるだけだ。
「お前ら」
警戒心を隠そうとしない男性の声がして、キュウとラナリアは振り返った。シャルロットは瞬時にラナリアと声の方向の間へ自分の身体を滑り込ませる。
そこに立っているのはピアノのパーティメンバーとして『修練の迷宮』で出会った、眼鏡を掛けたウィザードの男性、名前はオーギュスト=エマニュエル。街中であるためか、ウィザードの人たちがよく装備している杖やマントの類は身に着けておらず、Tシャツにズボンという格好だった。
「あら、お一人ですか?」
見るからにキュウたちに隔意を持っているオーギュストに対して何の躊躇いも無く話し掛けたラナリアを少し心配しながら、キュウもあからさまにならないように様子を窺う。
キュウの主人とピアノがすぐ傍で会っているはずなので、近くにピアノの仲間が居るのは当然のことだ。心構えをしていなかった自分を責めておく。相手は主人の友人の仲間なので、失礼な態度は取りたくない。
「おはようございます」
キュウはまずはお辞儀をする。右手にトウモロコシ、左手に飲み物を持っていたので不格好なお辞儀になってしまった。
「いや、まあ、おはよう、だな」
オーギュストは困ったように眼鏡の位置を調整しながら挨拶を返してきた。
「女性慣れしていないのですか?」
「そんな訳ないだろ。言い寄ってくる女にはウンザリしてる」
自意識過剰な発言に聞こえるが、確かにオーギュストの容姿は演劇の主役に抜擢されてもおかしくないほどだ。今だってオシャレも何もしていないのに、トーラスブルスという街を背景に絵になると思える。キュウが出会った中では、主人とヴォーダンの次に美形の男性と言って過言ではない。
「キュウさんのような子が好みとか?」
「そんなわけあるか。それよりお前、よくあいつを街中に連れて来れたな」
オーギュストの言葉はラナリアに向けられている。これがキュウまたはシャルロットに向けた言葉であれば、少ない護衛だけで王女を連れて歩いていることを指摘したのだろうと納得できるが、ラナリアに向けた言葉だった。
「と、言いますと?」
「味方の被害も考えずに、天使の軍団を千体以上虐殺した戦闘狂なんだろ」
「え?」
天使、というのは教会の絵画やレリーフでよく描かれている真っ白な翼を持った人のことだろう。そんなものが存在するだけでも驚きなのに、“軍団”という穏やかで無い単語が聞こえてくる。
オーギュストは至極真面目な顔でラナリアを睨み付けていた。
ラナリアはキュウの顔を見て、不思議そうな表情をする。
「キュウさんは知らないようですが? どなたから聞いたのですか?」
「フレアさんだ」
キュウの頭に『修練の迷宮』でたった一人で巨大な骸骨を相手にし、ピアノの合図で一撃の下に消滅させた筋骨隆々の鬼の姿が浮かび上がる。彼はキュウの主人に挨拶をした後、見るからにキュウに話し掛けるべきか迷っていた。
もちろんキュウが彼に会ったのはあの時が初めてだったし、身体の大きさ、鬼人族という強大な力を持つと噂される種族、骸骨を一撃で倒す強さを見て、正直に言えば怖かった。
しかし怖がってばかりでは居られない。フレアはキュウの主人に対して「お久しぶりです」と挨拶をした。ピアノの仲間に加えてキュウよりもずっと前からの知り合いなのだから、今後は何度も会うことになるかも知れない。
「オーギュストさん」
「な、なんだ」
オーギュストはキュウの言動に明らかに怯えていた。
「フレア、さんは、なんて言ってたんですか?」
「なんてって」
さすがにおかしいと思い始めたのか、オーギュストはじぃとキュウの顔を見る。
「基礎能力だけならピアノさんやお前たちのリーダーに次ぐ、装備もよく分からないが神話クラスを最高まで強化してるんだろ。ピアノさんたちとパーティを組んでいた頃は、死んでも問題ないから最前衛の一番槍、どんな相手だろうが誰が戦っていようがお構いなく攻撃を仕掛けたって聞いた」
「その方は確実に別人です」
キュウの代わりにラナリアが答えてくれた。
主人やピアノとパーティを組みその前衛を担当し、同レベルの強さを持ち、神話クラスの装備に身を包み、死んでも問題ない。頭の中に描かれているのは、不死身になった主人が凶暴に暴れ回る姿だ。キュウだったら姿を見た瞬間に全力で逃げるか、うずくまって死を待つだろう。
「そう、みたいだな」
「でも、フォルティシモ様やピアノ様のパーティの前衛を務めた方ですか。とても興味がありますね」
「おかしいな。フレアさんは冗談を言うタイプじゃないんだが。狐人族で黄金の毛並み、特徴は合ってるはずだし」
どくん、とキュウの心臓が大きく鳴った。
主人のパーティの前衛は、狐人族だった。それは耳と尻尾の毛が逆立つくらいの衝撃で、詳しく聞きたいという気持ちが爆発的に沸いてきて、頭がその事実だけでいっぱいになる。
「あ、あの!」
「なんだよ」
「その狐人族の方、どんな方だったのかとか知りませんか?」
キュウの質問に対してオーギュストは呆れた声音で返答する。
「知るか。お前たちのリーダーに聞けよ」
オーギュストの言う通りで、聞いただけの彼よりもキュウの主人のが詳しく知っているのは間違いない。しかし、“主人”であってリーダーではないので聞き辛いこともある。
「キュウさん、街を回る約束なのですが、後日としてもよろしいでしょうか」
「え? はい、それは、もちろん」
「オーギュストさん、よろしければフレアさんがどちらにいらっしゃるか教えて頂けませんか? キュウさんも聞きたいことがあるようですし、少し会って話をしたいのです」
ラナリアはキュウに声を掛けた後、オーギュストに向き直ってそんな要求をした。顔は微笑んでいるのだが、楽しそうという印象は受けない。
「ラナリア様、念のためフォルティシモ様にお伝えしてからのが」
「大丈夫よ、シャルロット。フレアさんはか弱い女性へ手を挙げる方ではないはずだから」
「あの人がそんなことするはずないだろ。大体、お前らはあそこの二層で戦えるんだ。お前らがか弱いなら、ほとんどの冒険者は赤ん坊か何かか」
主人に守られながら魔物を攻撃しているだけなので戦えるという段階にまで到達していないのだが、レベルは一二七八という数字になっており、これはアクロシアのギルドマスターよりも上で、キュウが知る限り自分よりレベルの高い冒険者は主人だけだ。
「まあいい。フレアさんは、たぶん近くの浜辺に居る。いくつか探せばどこかに居るだろ」
オーギュストはそれ以上付き合うつもりはないという態度で、さっさと広場を出て行ってしまった。
キュウとラナリアは顔を見合わせて、お互い得心して浜辺を探すことにした。
主人は今朝早くピアノという旧知の女性との約束のために出掛けており、今日はキュウの自由に過ごして良いと言われている。ギルドの仕事をこなした報酬を受け取っているため、キュウが好きに使えるお金もそこそこあるので観光地だという街に出掛ければ楽しめることだろう。
ラナリアを待っているのは一緒に街を回ろうと誘われたからで、初めての街を独りで観て回るのは地理的にも心情的にも辛いものがあったので誘って貰えて助かった。
「お待たせしました、キュウさん」
王女様の支度というので凄い格好をしてくるのかと思ったが、ラナリアの服装は花柄をあしらったブラウスにベージュのスカートというラフなものだった。背後を見るとシャルロットも鎧を脱いだ私服姿で、こちらは見るからに動きやすさを重視している。
「今の私たちのレベルを考えると護衛にほとんど意味はないのですが、万が一がありますのでシャルロットも同道しますが、よろしいでしょうか?」
言われたシャルロットは頭を下げる。口を挟まないのは邪魔はしないという意思表示なのだろう。
「は、はい」
ラナリアの言う万が一、それはあのヴォーダンのような男と出会ってしまった時、ラナリアを逃がすために犠牲になる役割だ。しかし、それはほとんど有り得ない可能性と言って良いだろう。何せ歩いて行ける距離にキュウの主人と、その友人のピアノが居るのだから。
「さて行きましょう。私は朝食がまだなので、何か買って歩きながら食べても宜しいでしょうか?」
「え、い、良いんですか?」
このリゾートホテルで準備される食事は、その辺りで買って食べるものよりも遙かに高級な料理が出されるのに、ラナリアがさっさと出掛けようとするのでキュウは驚いた声を出した。
「キュウさん、どんな料理でも楽しく食べることには勝れないのですよ」
ラナリアに連れられてやって来たのは、数々の露店の並ぶ広場だった。広さ百メートル以上はありそうな円形の広場の中央に噴水があり、それを囲むように露店が出されている。所々にベンチも設置されていて、子供連れや恋人同士と思われる観光客が露店で買った食事を楽しんでいた。
街は朝から活気に包まれている。昨日の夜に主人に連れられてやって来た街は、夜なのにこんなに賑やかなのかと感心したものだったので、日中はどのくらい人が居るのだろうかと思っていた。その答えが目の前に広がっている。
キュウが住んでいた里を基準にすると、お祭りでもしてるのかと思うほどに人が多いとは言え、夕方のアクロシアのギルド受付ほどではない。なので怖いという感情は浮かんで来なかった。キュウが主人に出会ったばかりの頃は冒険者ギルドの傍の市場に入ることさえ怖かったけれど、今は慣れて大丈夫になったのだ。純粋に自分のレベルが上がったお陰で、襲われたりしても逃げられるはずだと思えることも大きい。
「キュウさんは何を食べますか? こちらはどんな料理なのでしょう?」
ラナリアは早速近くの露店の品物を覗き込んでいる。今見ている店はトウモロコシを焼いたものを売っていて、懐かしい匂いがキュウの鼻孔をくすぐる。
じゃあ私はそれを買います、と言いかけて値段を見て驚く。高い。里に戻って自分で焼けば無料同然のものだ。よく考えて見れば昨日宿泊したホテルも異常な値段だと言える。観光地の値段というのはどこも高いのだろう、だから主人はいつもよりも多めに冒険の分配をキュウにくれたのだ、と自分を納得させた。
「私は、それ食べます」
「では私も」
ラナリアはシャルロットの分も買って、食べるの食べないのをやっている。
キュウが手元のとうもろこしを食べると、ほのかに甘い味が口に広がった。以前はご馳走だったのに、今ではこれよりも美味しいものを色々食べているため感動はなく、焼きトウモロコシを料理として主人に出すのはダメだろうなという感想が浮かんでくるだけだ。
「お前ら」
警戒心を隠そうとしない男性の声がして、キュウとラナリアは振り返った。シャルロットは瞬時にラナリアと声の方向の間へ自分の身体を滑り込ませる。
そこに立っているのはピアノのパーティメンバーとして『修練の迷宮』で出会った、眼鏡を掛けたウィザードの男性、名前はオーギュスト=エマニュエル。街中であるためか、ウィザードの人たちがよく装備している杖やマントの類は身に着けておらず、Tシャツにズボンという格好だった。
「あら、お一人ですか?」
見るからにキュウたちに隔意を持っているオーギュストに対して何の躊躇いも無く話し掛けたラナリアを少し心配しながら、キュウもあからさまにならないように様子を窺う。
キュウの主人とピアノがすぐ傍で会っているはずなので、近くにピアノの仲間が居るのは当然のことだ。心構えをしていなかった自分を責めておく。相手は主人の友人の仲間なので、失礼な態度は取りたくない。
「おはようございます」
キュウはまずはお辞儀をする。右手にトウモロコシ、左手に飲み物を持っていたので不格好なお辞儀になってしまった。
「いや、まあ、おはよう、だな」
オーギュストは困ったように眼鏡の位置を調整しながら挨拶を返してきた。
「女性慣れしていないのですか?」
「そんな訳ないだろ。言い寄ってくる女にはウンザリしてる」
自意識過剰な発言に聞こえるが、確かにオーギュストの容姿は演劇の主役に抜擢されてもおかしくないほどだ。今だってオシャレも何もしていないのに、トーラスブルスという街を背景に絵になると思える。キュウが出会った中では、主人とヴォーダンの次に美形の男性と言って過言ではない。
「キュウさんのような子が好みとか?」
「そんなわけあるか。それよりお前、よくあいつを街中に連れて来れたな」
オーギュストの言葉はラナリアに向けられている。これがキュウまたはシャルロットに向けた言葉であれば、少ない護衛だけで王女を連れて歩いていることを指摘したのだろうと納得できるが、ラナリアに向けた言葉だった。
「と、言いますと?」
「味方の被害も考えずに、天使の軍団を千体以上虐殺した戦闘狂なんだろ」
「え?」
天使、というのは教会の絵画やレリーフでよく描かれている真っ白な翼を持った人のことだろう。そんなものが存在するだけでも驚きなのに、“軍団”という穏やかで無い単語が聞こえてくる。
オーギュストは至極真面目な顔でラナリアを睨み付けていた。
ラナリアはキュウの顔を見て、不思議そうな表情をする。
「キュウさんは知らないようですが? どなたから聞いたのですか?」
「フレアさんだ」
キュウの頭に『修練の迷宮』でたった一人で巨大な骸骨を相手にし、ピアノの合図で一撃の下に消滅させた筋骨隆々の鬼の姿が浮かび上がる。彼はキュウの主人に挨拶をした後、見るからにキュウに話し掛けるべきか迷っていた。
もちろんキュウが彼に会ったのはあの時が初めてだったし、身体の大きさ、鬼人族という強大な力を持つと噂される種族、骸骨を一撃で倒す強さを見て、正直に言えば怖かった。
しかし怖がってばかりでは居られない。フレアはキュウの主人に対して「お久しぶりです」と挨拶をした。ピアノの仲間に加えてキュウよりもずっと前からの知り合いなのだから、今後は何度も会うことになるかも知れない。
「オーギュストさん」
「な、なんだ」
オーギュストはキュウの言動に明らかに怯えていた。
「フレア、さんは、なんて言ってたんですか?」
「なんてって」
さすがにおかしいと思い始めたのか、オーギュストはじぃとキュウの顔を見る。
「基礎能力だけならピアノさんやお前たちのリーダーに次ぐ、装備もよく分からないが神話クラスを最高まで強化してるんだろ。ピアノさんたちとパーティを組んでいた頃は、死んでも問題ないから最前衛の一番槍、どんな相手だろうが誰が戦っていようがお構いなく攻撃を仕掛けたって聞いた」
「その方は確実に別人です」
キュウの代わりにラナリアが答えてくれた。
主人やピアノとパーティを組みその前衛を担当し、同レベルの強さを持ち、神話クラスの装備に身を包み、死んでも問題ない。頭の中に描かれているのは、不死身になった主人が凶暴に暴れ回る姿だ。キュウだったら姿を見た瞬間に全力で逃げるか、うずくまって死を待つだろう。
「そう、みたいだな」
「でも、フォルティシモ様やピアノ様のパーティの前衛を務めた方ですか。とても興味がありますね」
「おかしいな。フレアさんは冗談を言うタイプじゃないんだが。狐人族で黄金の毛並み、特徴は合ってるはずだし」
どくん、とキュウの心臓が大きく鳴った。
主人のパーティの前衛は、狐人族だった。それは耳と尻尾の毛が逆立つくらいの衝撃で、詳しく聞きたいという気持ちが爆発的に沸いてきて、頭がその事実だけでいっぱいになる。
「あ、あの!」
「なんだよ」
「その狐人族の方、どんな方だったのかとか知りませんか?」
キュウの質問に対してオーギュストは呆れた声音で返答する。
「知るか。お前たちのリーダーに聞けよ」
オーギュストの言う通りで、聞いただけの彼よりもキュウの主人のが詳しく知っているのは間違いない。しかし、“主人”であってリーダーではないので聞き辛いこともある。
「キュウさん、街を回る約束なのですが、後日としてもよろしいでしょうか」
「え? はい、それは、もちろん」
「オーギュストさん、よろしければフレアさんがどちらにいらっしゃるか教えて頂けませんか? キュウさんも聞きたいことがあるようですし、少し会って話をしたいのです」
ラナリアはキュウに声を掛けた後、オーギュストに向き直ってそんな要求をした。顔は微笑んでいるのだが、楽しそうという印象は受けない。
「ラナリア様、念のためフォルティシモ様にお伝えしてからのが」
「大丈夫よ、シャルロット。フレアさんはか弱い女性へ手を挙げる方ではないはずだから」
「あの人がそんなことするはずないだろ。大体、お前らはあそこの二層で戦えるんだ。お前らがか弱いなら、ほとんどの冒険者は赤ん坊か何かか」
主人に守られながら魔物を攻撃しているだけなので戦えるという段階にまで到達していないのだが、レベルは一二七八という数字になっており、これはアクロシアのギルドマスターよりも上で、キュウが知る限り自分よりレベルの高い冒険者は主人だけだ。
「まあいい。フレアさんは、たぶん近くの浜辺に居る。いくつか探せばどこかに居るだろ」
オーギュストはそれ以上付き合うつもりはないという態度で、さっさと広場を出て行ってしまった。
キュウとラナリアは顔を見合わせて、お互い得心して浜辺を探すことにした。
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