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第二章

第二十九話 懐中時計の行方 フォルティシモ編

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 フォルティシモが目を覚ますと、隣のベッドでキュウがすやすやと穏やかな寝息を立てていた。最近はフォルティシモよりも早く目を覚まして洗濯やスキル上げをしていたけれども、キュウも昨日は疲れたのだろう。

 フォルティシモは昨夜見た夢とも言えない現実を思い出して、気分が悪くなる。己の祖父と神々の遊戯、神戯の話。詳しいことを尋ねてみたが、はぐらかされているのか何一つ有益な情報は得られなかった。

 キュウを起こさないように気をつけて洗面所へ出て、スキルで水を出して顔を洗った。この宿の洗面所には湧水石が備え付けられているものの有料なので使ったことはない。MPを消費してでもスキルで水を出せば無料だ。井戸水を汲みに行くという選択肢は考慮するまでもなく却下している。

 一晩経って色々な実感が湧いて来る。あの両手槍の男はこの異世界に来て初めて出会ったプレイヤーだったが、フォルティシモからすれば相容れない相手だったので殺したことに後悔はない。人殺しをしたという感覚も乏しい。それが神戯とやらのライバルの一人を蹴落としたと思えば尚更だ。

 またラナリアから【隷従】を解放して欲しいという依頼が真夜中でも来るかと思って待ち構えていたのに、それも無かった。連絡が無いということで問題ないとは言えない。この異世界では遠隔での通信手段を見たことがなく、朝になって使者なり何なりが呼びに来る可能性もある。

 部屋に戻るとキュウはまだ寝ていたので、近づいて尻尾を触る。まるで最高級の獣毛繊維を触っているかのような手触り、ファーアースオンライン時代でキュウと同じ種族の尻尾を触った時には感じられなかった質感に何度触っても感動する。毛の一本一本が滑らかで、手に吸い込まれるように柔らかく流れに逆らわないしなやかさだ。さすがにキュウが起きている時にはできなかった、頬ずりをしてみる。手よりも敏感な頬に滑らかな感触が伝わり心地よい。

「ん………」
「ふっ!」

 フォルティシモはキュウの寝言を聞いて瞬時に身を離した。キュウのベッドから最も遠い場所へと移動し、自分は何もしていなかったとばかりに両手にはポーションを掲げている。

 しばらくしてもキュウが起きないことに安堵し、ポーションをインベントリに戻した。

 この異世界では好き勝手にして行こうと思っているが、それは世界に対してであって、キュウに対してではない。キュウには嫌われたくないのではなく好かれたい。包み隠さずに言えば、自分から「身も心もご主人様に捧げます」なんて言って尽くして欲しい。

 フォルティシモはキュウを再び起こさないように部屋を出て、宿の主人の下へ向かう。この宿の主人は冒険者を寝泊まりさせているとは思えないほど気弱そうな男で、食堂の掃除を自ら行っていた。

「これは、おはようございます」
「ああ。俺たちが泊まっていた部屋は?」

 元々フォルティシモとキュウが寝泊まりしていた宿の部屋は、ギルドマスターの【爆魔術】で内装はメチャクチャになってしまい、加えてフォルティシモがギルドマスターを殴り飛ばしてドアが壊れてしまっている。

「はい、ガルバロス様から修繕に掛かる費用を補償して頂けると言われておりますので、ご心配には及びません」

 あのギルドマスターは【隷従】を掛けられて操られてしまった点に目を瞑れば、かなり気も利くし他人の心情を慮ることができる人間なので、組織の上に立つ者に向いている気がする。フォルティシモは組織の運営などしたことがないので、想像でしかないが。

「そうか。食堂はまだ開けてないようだが、コーヒーだけでも貰いたいんだが」
「すぐにご用意します。少々お待ち下さいませ」

 出された薄いコーヒーを飲みながら、ふと疑問に思ったことを宿の主人に問いかけてみる。

「昨日の騒ぎについて、ギルドマスターから何か聞いているか?」
「いいえ、詳しくは何も。王城があんな状態になってしまっていますし、エルディンとの戦争でしょうか?」
「そんなところなんだが、王都から逃げようとか考えないのか?」

 考えてみるとつまらない質問で、自分の生まれた国だからという在り来たりの答えが返ってくるだろうと思っていた。しかし予想が裏切られ、気弱そうな宿の主人の答えは違っていた。

「アクロシア以上に安全な国は、ありませんから」
「安全?」

 フォルティシモのイメージでは大陸最強の国家とは名ばかりで、一人のプレイヤーによって陥落寸前まで追い込まれた脆弱な国である。

「はい。特に王都ではあの壁のお陰で、魔物の脅威に怯えずに暮らせています」

 そう言われて、この世界に来て初めて来た時に感じた違和感が解消される。ゲーム時代には無かった王都を囲む壁の存在と、チェックがザルだった関所の理由だ。どちらも人間を対象にしていないのであれば納得できる。

 現代のフォルティシモからすれば国対国の戦争こそが最大の脅威であって心配事であるが、この世界においては魔物の脅威こそが警戒しなければならないもので、それに対して有効な対策を打っているアクロシアは安全な国であると考えられているのだ。

 エルディンだってあの両手槍の男が居なければ他国に攻め入ろうなんて思わなかったはずで、これは現代人の感覚と大きな隔たりがあるのだろう。フォルティシモの住んでいた世界だって、自然がまだまだ脅威だった頃は人間同士の血で血を洗う争いは今よりもずっと少なかったはずだ。

「なるほどな。それは納得だ」

 そして逆を言えば、他国への戦争を仕掛けようと考えるのはフォルティシモと同じようにファーアースオンラインのプレイヤーである可能性が高く、祖父が言っていたゲームに勝つためであれば、大規模な戦争だって厭わないプレイヤーがいる証明でもある。色んな意味でキュウのレベルを早く上げておくべきだと心に誓う。

 主人はそのまま食堂の支度に戻っていったので、残ったコーヒーを飲み干してから部屋に戻った。



「お帰りなさいませ、ご主人様」

 フォルティシモが部屋に戻ると、キュウは丁寧に頭を下げた。キュウと初めて会った時に部屋を留守にしていたら、大慌てだったことを思うとキュウも慣れて来たのか、以前よりは落ち着いていた。

「申し訳ございません。このような遅い時間に」

 遅いと言っているが、ようやく宿の食堂が開こうという時間だ。昨日のことで疲れているだろうから、昼まで寝ていたって構わない。

「約束してない時は好きにして良いって言っただろ。罰が欲しいなら今すぐ尻尾を差し出すんだ。キュウが嫌だと言っても思う存分モフらせて貰おう」

「い、いえ、罰が欲しいという、訳では。ですが、モフなら、ご主人様が望まれるのでしたらいくらでも」

 構わないと思っただけのはずなのに、変なことを口走っていた。何とか挽回の言葉を探していると、キュウの首とベッド近くにある物が無いことに気が付いた。

「ん? キュウ、刻限の懐中時計はどうした?」
「あ………」

 キュウは毎晩寝る前に刻限の懐中時計の目覚まし機能を設定していたはずだ。昨夜は疲れて設定するのを忘れていたのかも知れないが、手元にないのはおかしい。

「あ、あれ………! 私、奪われてっ!」
「ああ、あの男に奪われたのか。まあ、消耗品だしな。仕方ないだろ」
「仕方なく、なんて………」

 キュウがフォルティシモの言葉を明確に否定して、泣きそうな表情を作る。

「………ご主人様、重ねて申し訳ありません。どうか、私に時計を探す時間をください」
「刻限の懐中時計ならまだあるし、わざわざ探すこともないだろ」

 刻限の懐中時計はHPがゼロになった際に完全回復して復活するアイテムで、ガチャ産消費アイテムの癖にSSRというレア度を持っている。デスペナを回避できるアイテムと考えれば有用だったので、この異世界に来る前に【拠点】の倉庫から五千個ほど出してインベントリへ入れて来たが、普段はほとんど使い道のない外れアイテムだ。

「あの時計は、ご主人様が初めて私に下さった物なのです………。だから、私っ」
「よし俺も探してやる。いつまで有ったか覚えてるか?」

 なんて嬉しいことを言ってくれるのだろうか。あのアイテムはフォルティシモ的レア度が急上昇だ。
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