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第一章

第十八話 運命の出会い

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 キュウは主人から買い物リストを手渡され、市場で品物を見ていた。買い物リストには、主人が魔法道具を精製するために必要な素材が書かれており、どれも軽くてキュウでも簡単に持ち運べるものだ。奴隷の自分が重くて嵩張る物を担当するべきだと思う一方で、主人のスキルであるインベントリのことを考えるとどちらが効率的かなど考えるまでもないから、自分がやると言い出すことができなかった。

 市場はいつもよりも人通りが少ない。歩きやすいのは助かっても開いている商店や露店まで少ないのは困ってしまう。

「お、キュウちゃんも買い物?」

 声を掛けられて振り向くと、主人とよく話している冒険者のカイルという青年が居た。一緒に居るのはデニスという大柄の男性と、エイダという大人の女性。カイルのパーティは七人なので、他のメンバーもどこかで買い物しているかも知れない。

「こんにちは、カイルさん、デニスさん、エイダさん」
「おう」
「こんにちは、キュウさん」

 年上の女性にさん付けされて呼ばれるとむず痒い気持ちになるのだが、主人によれば「それが普通だ」ということだ。

「私はリーダーに頼まれた買い物を。皆さんは?」
「装備を新調しようと思ってな」
「私たちは、まだ早いって言ったんだけどね」
「俺の武器は頑丈だから壊れてもねぇしな」
「それに関しては話し合っただろ? 生息地が分かってる魔物との戦いとは違うんだ。備えをしてし過ぎることはない」

 戦争が始まる。戦争自体はずっと起きていたらしいが、本格的な殺し合いが始まる。キュウは戦争を体験したことはないし、歴史や戦術の勉強をしたこともないので想像でしかなくても人と人が大勢殺し合う光景は、嫌だ。

 もしも、その中にキュウの主人が居て、あの人が戦争で死んでしまったりしたら。

「あ、いや、キュウちゃんはレベル高いから心配するほどじゃないと思うよ」

 キュウの様子を見てカイルがフォローをしてくれたことに気付いて、考えていたことを振り切る。

「私よりも、リーダーのレベルが高いので安心しています」
「あいつ、かなりの高レベルだよな。騎士にだってなれるんじゃない?」

 キュウは主人のレベルを聞いていない。どれほど知りたいと思ったとしても、信頼して教えて欲しいと思うことは奴隷には過ぎた感情なので聞いていない。

 以前のキュウだったら王国騎士にもなれます、と肯定していたけれど、王国騎士になれるかどうかなんて、“低すぎて”肯定して良いのか分からない。キュウの主人が王国騎士よりも遙かに強くて魔法道具や魔物に詳しいことは確信している。

「レベルはパーティの秘密です」

 パーティリーダーのレベルを聞いていないというのは、パーティに不和があるように見えると気付いたので誤魔化しておく。主人とキュウのパーティには不和などない。主人という絶対的な人が変わらず居てくれる。ふとレベルの話になった際に主人が言っていた言葉を思い出した。

「カイルさん、かんすと、って何か知っていますか?」
「かすんと? 聞いたことないけど、お前らは知ってる? エイダ、同じ女だろ?」
「フォルティシモさんが言った言葉じゃないの?」
「はい。リーダーが口にしていたので何かなと思いまして」

 キュウは帰った後に主人に尋ねてみようと思う。他の冒険者でも知らない単語の意味であれば、主人に聞いても幻滅されないはずだ。

「そういう時はすぐに聞いてみるといいぞ。冒険者にとって情報は大切だ。同じパーティなら尚更ね」
「はい。ありがとうござ―――」

 キュウは驚きによって言葉を止めた。空気が変わった。これまで居た日常から突然戦場へ連れ出されたような空気。上手くは言えないけれど、キュウの耳は確かにそれに気付くことができた。

 思わずキュウはカイルを突き飛ばした。

「てっ!?」

 カイルが立っていた場所へ、大きな剣が振り下ろされていた。剣を持っているのはカイルのパーティのデニス。カイルは転んだ体勢で驚いた顔をしていたが、すぐにデニスが剣を抜いていることに気付いて大声をあげる。

「おい、デニス! 何しやがる!?」

 デニスは無表情で何も答えず、剣を構え直した。魔物とは比べるものではなくても身長二メートル近い筋骨隆々の男が大剣を構えると、かなりの迫力がある。男の目が虚ろで焦点が合っていなければ余計に恐怖を感じる。

「冗談もいい加減にしろよ!」
「ファイヤーボール!」

 カイルがデニスへ叫んでいると、真横から直径十五センチほどの炎の球が発生し、カイルの右腕に直撃した。エイダがカイルへ向けて魔術を使ったのだ。

「あつっ!」
「エイダさん!?」

 飛び退いて右腕を抑えるカイル。キュウは突然の事態に混乱した。キュウから見ればパーティメンバーであるデニスとエイダが、パーティリーダーであるカイルを殺そうとしているとしか思えない。あまりにも突然であることを除いても、おかしな事態だ。

「デニス、エイダ、どうしたんだ突然!?」

 カイルは火傷の痛みからか、目尻に涙を溜めていた。デニスとエイダはカイルの言葉を聞いても無表情を崩さず、どう見ても普通の状態ではない。二人はカイルへ向けて、それぞれ魔技と魔術を放つ。

「カイル、さん!」

 キュウのレベルなら、二人を簡単に無力化できる。けれども、キュウの身体は動かなかった。

 今のキュウはたしかにここに居る三人よりも遙かに高いレベルであり、キュウがその気になれば全員を簡単に倒すこともできるだろう。
 しかしキュウにとって戦いとは、キュウでは想像もできない強者である主人が後ろに居る安心があって行われるもので、魔物の弱点や強さはすべて主人が事前に教えてくれるもので、少しでも傷つけばすぐさまポーションか回復魔術が使われるものだ。

 そうではない戦いを前にして、動くことなんかできない。デニスとエイダの攻撃を受けて血塗れになって倒れたカイルを見ても、それは変わらない。ただ驚き恐怖して硬直することしかできない。主人が居れば彼の後ろに隠れてしまっただろう。いや、主人が居れば友人の冒険者カイルを助けたはずなので、こんな光景にはならない。それは意味のない仮定だ。

 キュウはカイルが倒れるところを見ていることしかできなかった。何が起きているのか考えることすらできない。それでも周囲の違和感に気付けたのは、必死に誰かが助けに来てくれないかと周囲の音を集めていたからだ。

 周囲から人の声が消えていた。市場の冒険者や商人たちが、一斉にキュウと倒れたカイルを見つめている。その表情は人間というよりは人形のそれだった。ぞわり、と尻尾の毛が逆立つ。

「主の歓迎をせねば」
「真の王の帰還である」
「忠誠を捧げよ」

 デニスやエイダだけではない、市場に居る者たちが口々に言葉にする。キュウは恐怖に身体を震えさせる。

「キュウちゃん、こっちだ………!」

 カイルは血だらけになりながらも、キュウを促した。二人は追ってくる様子を見せない。傍から見るとカイルは致命傷で、放っておいても死ぬからと判断したからかも知れない。


 市場の裏路地はいつにも増して人通りが減っており、しばらく進むとキュウとカイルは二人だけになった。そうしてカイルは力尽きたように倒れ込む。

「か、カイルさん、大丈夫、ですか?」

 カイルは普段の軽口が出ないほどに疲弊しており、流れ出る血を見てもすぐに医者へ見せなければいけない状態だ。いや、それでも手遅れだろう。

 キュウは思わずポーチの中に手を入れた。キュウが買い物などへ行く場合に持っていくポーチで、主人に買って貰った物の一つ。小さいので物はそれほど入らないが、お金や小物を入れて歩く分には十分な大きさがある。そのポーチの中に、主人が入れてくれたものがある。それは黄色いポーションだ。ポーションと言えば白が一般的で、緑、水色と値段が上がっていく。しかし主人から渡されたポーションは黄色だった。

 これはキュウが傷付いたらすぐに使えと言われている。それは主人がキュウのために渡してくれたもので、あの主人が渡してくれたものということは相当な価値のあるものだろう。そんなポーションをキュウのために渡してくれたのは、嬉しい。だからこれはキュウの自分の命のために使うべきものだ。キュウの命はキュウのものではなく、主人のものなのだから勝手に死ぬわけにはいかない。

「………これ、飲んで下さい!」

 けれど、あの主人ならきっと、同じようにするはずだと思う。自分が怒られるだけで主人の友人が救えるのならば、その行動をしない理由はない。それに仮に怒られても、主人は罰なのかよく分からないようなことをキュウに要求してくるに違いないのだ。不謹慎だが、罰としてでも主人に何かを要求して貰えたら、少し嬉しい。

 黄色いポーションの効果は劇的だった。腕が炎の魔術で焼けただれ、大剣で斬られた傷跡があっという間に塞がり、悪かった顔色は元に戻っていた。黄色いポーションの効果は瞬時にカイルの傷を塞いだようだった。

 カイルの身体の傷は塞がり弱々しい表情でキュウにお礼を言ったが、そこから動こうとはしなかった。

「ちく、しょう………! なんだってんだよ!」

 冒険者パーティのリーダーとして仲間のことを第一に考えて行動し、無愛想なキュウの主人にも頻繁に話しかけていた気さくな青年はそこに居ない。ひとまず安全になったからこそ、こみ上げてくるものがあるのだろう。

 キュウはカイルの様子を黙って見つめる。とにかく主人の所まで戻ろうと考えていると、キュウの耳に喧噪が飛び込んできた。誰かがこちらへ近づいて来る。

「カイルさん、一緒にリーダーの居る宿まで戻りましょう」

 カイルを気遣っているような言葉だったが、本音はキュウ自身が主人の所へ戻りたくて仕方が無かった。早く戻って、主人の服を掴んで「どうしたらいいでしょうか」と問いかけたい。

 カイルはキュウの言葉にも反応を示さず、さらに言葉を掛けようとしていると喧噪の正体がやってきた。プラチナブロンドの、キュウから見ても街で振り返りそうな美少女が男たちに追い立てられていた。男たちは五、六人で身なりは冒険者という感じではない。プラチナブロンドの少女はキュウたちを見て驚き、すぐに魔術を発動させる体勢に入った。

「アシッドミスト!」

 これに驚いたのはキュウのほうだ。プラチナブロンドの少女の発動させた魔術の狙いはキュウたちで、威力は低くてもその場に留まることで痛みを感じる霧の魔術だった。目眩ましとしても効果があり、逃走にも役に立つし、近接型にとっては戦いづらくなる効果もある。だから主人から言われていた。

「解呪!」

 相手の魔術を無効化するスキルをすぐに使えと。

「あ、あなた!?」
「す、すいません!」

 プラチナブロンドの少女はキュウの背後に回り込んだ。当然、少女を追い掛けていた男たちはキュウに向かって来る。身を守らなければという思考が働く。

「全周障壁!」

 キュウを中心として半透明のドームが出現する。男たちがドームを攻撃するが、ドームは揺らぎさえも起きない。

「これは………プロテクションウォールでは、ない?」

 プロテクションウォールは半透明な板の盾を出現させる魔術で、レベルによって強度は異なるものの大きさは一メートル程度だ。
 それに対してキュウの使った全周障壁は、キュウを中心にした半径二メートルにドーム状の盾を出現させる魔術となる。魔術大全にも掲載されていない主人が作った魔術で、プロテクションウォールに比べて防御範囲が格段に広いのに障壁の強度は変わらない。主人は「強度はMAG依存だしな。効果範囲を広げただけだし、あんま感心するものじゃないぞ」と言っていた。

「うおぉっ!」

 キュウが男たちの攻撃を防いだ瞬間、カイルが横からタックルを行った。男一人を昏倒させ、剣を抜く。

「バッシュ!」

 カイルが魔技を発動させて、さらに一人を倒した。

 つい先ほどまでパーティの仲間たちに殺され掛け、実際キュウが主人から貰ったポーションを使わなければ死んでいたのに、彼はたまに話すだけの知人のために立ち上がった。もしもキュウが同じ状況だったら、とても真似できないだろう。

「なんなんだお前らはっ! 俺は、今………!」

 男たちはカイルを見向きもせずに、キュウの障壁を攻撃している。その男たちの行動にキュウも怖くなってくるし、そろそろ全周障壁の効果時間が終わってしまう。元々、一撃でもいいから防いで、すぐに主人にフォローして貰うための魔術だ。

「彼らは【隷従】を受けています!」

 プラチナブロンドの少女がキュウの背後から声を掛ける。

「れ、【隷従】だって? じゃあ、こいつら奴隷なのか!?」

 奴隷と聞いてキュウの身体もびくりと反応するが、カイルと少女に気付いた様子はない。

「いえ、奴隷ではありません。ですが………ウィンドカッター!」

 少女から放たれた風の魔術が男たちの足を切り裂いていく。一つの魔術で男たち全員を無力化したところから、少女のレベルが高いことは窺える。逃げ回っていたので、前衛なしでは辛い純粋な後衛クラスなのだろう。

「助かりました。っと、先に謝罪ですね。申し訳ありません、囲まれたかと思いまして」

 キュウにはとても真似できない優雅な仕草で頭を下げる少女。自分もこんな風に主人に対してお辞儀をしたい。

「すまないが、俺も今は余裕がないんだ。だから女の子に対して失礼をするかも知れない。こいつら奴隷じゃないって話だったけど、なんなんだ?」

 カイルの声が低くなるのが分かる。男たちの表情や非人間的な行動が、デニスとエイダの行動に似ていたから関係があるかも知れないと思ったのだろう。

 少女はキュウの顔を見て、男たちを見た後、またキュウの顔を見た。なんだか分からないが、そんなに見られると隠れたくなる。居ないと分かっていながらも周囲に主人の姿を探してしまった。

「………彼らは、貴族です」
「貴族だって? 貴族が【隷従】を受けて、君を襲っていたってことか?」
「そうです」

 少女の顔には悔しさが滲み出ていた。

「なぁ、これは邪推だし、俺の願望が入ってる。誰かが大量の人間に【隷従】を掛けて、周りの人間を殺すように命令した、ってことはないか?」

 デニスとエイダがカイルを襲ったのは、彼らの意思ではなくて、何者かに【隷従】で命令されたから。カイルは裏切られたのではないと分かれば、その何者かに【隷従】を掛けられた仲間を助けるために全力で走って行ける。

「あなたも被害者のようですね」
「やっぱりかっ!」

 カイルは大声をあげていた。

「誰がやりやがったんだ!? いや、解放する方法は!?」

 【隷従】を解放する方法。それはキュウが考えもしないことだった。
 キュウも【隷従】を受けてすべての自由を奪われたものの、今の主人はキュウへ一切の制限を与えていない。なので解放する方法があるのであれば、そのために行動することもできるのだ。けれどもキュウはそれをしようとも思わなかった。逆に【隷従】を失ってしまえば、主人との縁が切れてしまうような気持ちさえ感じてしまう。無意識に首から掛けた時計を握りしめる。

「分かりません。エルディンの手の者だとは思いますが」

 少女は首を横に振った。

「解放の方法は、ご存知の通り主人となる者を殺すしかありません」

 なんとなくほっとする。あの超高レベルの主人がキュウよりも先に死ぬことは有り得ない。解放される可能性が潰えたというのに可笑しな話でも、キュウは主人に捨てられない限りは大丈夫だと分かって安心したのだ。

 少女はキュウを見据えた。

「初めまして、私はラナリアです。あなたは?」

 突然自己紹介されてキュウは焦ってしまう。

「わ、私はキュウです」
「キュウさん、この事態を乗り越えるために、あなたに協力して欲しいのです」

 その前に主人に聞いてからで良いでしょうか、と喉まで出掛かった。いや表向きの立場でも主人はパーティリーダーなのだから、依頼されたらパーティリーダーに確認を取るのは普通のことのはずだ。ラナリアと名乗る少女が何を頼むか知らないが、パーティリーダーと一緒に聞くと言えば文句は言わないだろう。言おう。

「待ってくれ! ラナリアだって? まさか」
「失礼しました。先ほどの自己紹介を訂正します。私はラナリア・フォン・デア・プファルツ・アクロシアです」

 ほとんど知らない名前でも最後の名だけはキュウでさえ知っている。アクロシア、この国の名前、それが人の名前に入っているということはアクロシア王国の王族である証明。アクロシア王国王女ラナリア・フォン・デア・プファルツ・アクロシアは、年の頃がキュウとそう変わらない少女だったが王族としての気品、枝毛一つなく整ったプラチナブロンドの髪、染み一つ無い白い肌、優雅な所作、どれ一つとってもキュウと住む世界が違うと感じさせた。

「どうして王女様がここに居るんだ? 護衛も付けずに」
「それだけ危機的状況だと言うことです。キュウさん、先ほどの素晴らしい防御魔術、あと何回使えますか?」

 試したことがない。残り魔力を気にするのも主人がしてくれていたので、少なくなるとマジックポーションを渡されていた。

「試したことがないので、分かりません………」

 王女の前で話しているという緊張からか、後半の言葉が小さくなってしまった。

「プロテクションウォールに比べてかなりの広範囲をカバーしていましたが、少なくとも数回程度で魔力枯渇するものではないのですね?」
「それは、はい」
「今からガルバロスに会いに行きたいのです。それまでの護衛を引き受けて頂けませんか?」

 ギルドマスターのガルバロスはこの騒ぎで忙しくしているとしても、ギルドの建物の中に居るだろう。キュウが居た市場はギルドに隣接しており、急いで逃げてきたとは言えここからなら徒歩でそれほど掛からない。

「それくらいなら」
「待てキュウちゃん、この距離で護衛を頼むって言うのはおかしい。貴族が【隷従】を受けたって言ったな。数名の貴族がそうなっただけで、ここまで逃げてくるのもおかしい。それに………」

 カイルは血が出るほどに歯を食いしばっていた。

「俺たちみたいな低ランク冒険者にまで、【隷従】を使った奴が居たってことは、王女の周囲のほとんどが【隷従】を掛けられたってことだ。それだけ大勢に掛けたんだから何年も掛かったはずだ。その犯人が王女でないって保証はどこにもない」
「落ち着いてください。私が犯人であれば、こんな方法は取らずガルバロスを王宮へ呼びつけます。また、あなた方の前に一人で身を晒す意味もありません」
「っ………。今のは俺の八つ当たりだった。すまない。だが、キュウちゃんは俺の友達のパーティメンバーだ。王女だろうが事情も説明せず危険な場所へ連れて行こうというなら見過ごせない!」

 その言葉に王女は不思議そうに問いかける。

「あなたがパーティメンバーではないのですか?」
「違う。フォルティシモという男だ」
「フォルティシモ、聞いたことがありません。信頼でき………いえ、キュウさんと同じ魔術が扱えるのですか?」
「使えると言うか、あれはリーダーが作ったものです」
「作、った?」

 王女が言葉を詰まらせるほど驚いたことに、主人の凄さが認められたようで少しだけ嬉しくなる。

「はい。私の使う魔術も魔技も、リーダーが作ったものを使っています」
「そんな、馬鹿な話が。あ、いえ、キュウさんのリーダーが非常に興味深い人物であることは理解しました。しかし、今はギルドへ行きたい。キュウさん、どうかお願いできませんか?」

 この国の王女に主人が評価されたことと、キュウが主人以外から頼み事をされたことで、キュウはお願いを聞こうと思った。こんな話をしている時間が勿体ないくらいギルドは近いし、王女を送り届けて来たと言えば、主人に褒めて貰えるかも知れないという期待があった。

「分かりました。ギルドまでお送りします」
「キュウちゃん、いいのか? 【隷従】を受けた貴族から逃げてる理由もよく分からないんだぞ」
「送ったら、すぐにリーダーの所へ帰りますから」
「なら俺も一緒行かせてくれ」
「カイルさんは、いいんですか?」

 すぐにでもデニスやエイダを助けるために動きたいのではないだろうか。

「キュウちゃんのがレベルは高いけど、見たところキュウちゃんは戦闘に慣れてない。って言うのは言い訳かな。フォルティシモなら【隷従】に対して何か知っているかも知れない。フォルティシモに俺の仲間を助けて欲しいって頼むのに、自分はキュウちゃんを置いて行くってのは、違うからな」
「キュウさん、ありがとうございます。事情は落ち着きましたら必ず」

 自分ではなく主人に説明して欲しいが、それもその時に頼むことにする。

「誰かと遭遇した場合、私が合図をしたら、先ほどの障壁を張って下さい。その後、私が無力化します。カイルさんでよろしかったですか? あなたには前衛を頼んでも?」
「はい」
「お任せくださいお姫様、ってところかな」

 カイルが先頭になり周囲を警戒しながら、キュウ、ラナリアの順番に進んでいく。改めて主人が居ない戦闘になるかも知れないと聞かされて、早くも後悔が滲み出てきた。
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