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第一章

第十七話 戦端

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 今日はキュウと一緒にアクロシア湖に来ていた。アクロシア湖はおよそ三百平方キロメートルというひょうたん型の巨大な湖であり、くびれ部分には橋が架かっているマップとなる。こちらが攻撃しなくても襲って来るアクティブモンスターの数が多いものの、周囲は草原で見晴らしが良いため奇襲を受けることはない。

 ここの水辺にはウォーターロックが数多く出現し、このモンスターのドロップ品が、フォルティシモが市場で売っていた飲み水が確保できるアイテム湧水石だ。この世界では需要の高いアイテムのため、ぱっと見ただけでもウォーターロックと戦っている冒険者たちの数は多い。

 フォルティシモたちは売る分を仕入れるためではなく、遠出する可能性があるため湧水石を多く確保しておこうという考えで来ている。アクロシアとエルディンの戦争が本格化しそうで、そんなものに関わるくらいであればフォルティシモは両国から距離を置くつもりである。

「キュウが倒して、俺が湧水石を拾う。ある程度溜まったら見つからないようにインベントリに入れる」
「はい」

 慣れてきたのか、キュウにも緊張の表情は見られない。

「一応注意しておくが、あっちは王国の管理区画らしいから入らないようにな」
「騎士の方々もウォーターロックと戦っているんですね」
「水源確保とレベル上げが同時に出来るから、都合が良いんだろうな」

 ウォーターロックのレベルは八十、岩型のモンスターに有りがちな特徴として、物理防御力が同レベル帯モンスターに比べて高い。低レベルの頃だと、一匹倒すのに手間取っている間に周囲のウォーターロックが集まってきてしまい危険な場所だが、フォルティシモが居れば危険などない。

「俺たちは【剣術】のレベル上げを兼ねるから、マジックポーションを使いまくるぞ」
「フィールドボス、という強い魔物はいますか?」
「こっち側には出現しないから考えなくていい。万が一出てもすぐに俺が助ける」
「ありがとうございます」

 フォルティシモはサンタクロースのように大きな袋を肩に掛ける。

「行くぞ」
「はい!」

 キュウが手近に居たウォーターロックへ向かって剣を振るう。

「雷迅剣!」

 【剣術】と【雷魔術】の【コード設定】スキル、雷迅剣。スキルの【コード設定】が【デフォルト設定】、【アドバンス設定】に対して一線を画しているのは、多数のスキルを同時発動させる複合スキルを設定ができることだろう。この場合、【剣術】だけでは効果の薄いウォーターロックに対して、弱点である【雷魔術】を組み合わせて、ダメージが出るように設定している。

 複合スキルということもあり、キュウのMPではすぐに枯渇してしまうが、それはマジックポーションの連続使用でカバーしており何も問題は無い。フォルティシモがこのスキルを作った際、トルエノ・エスパーダというフォルティシモが使うスキルと同系統の名前にしていたのだが、スキルが増えるにつれてキュウが覚えられなくなってしまい、こういう名前に落ち着いた。

「よし、どんどん行け」
「はい!」

 キュウが倒し、フォルティシモがドロップ品を拾う。ウォーターロックはキュウの雷迅剣を使うと一撃で倒せるので、そこそこの速度で湧水石が集まっていく。湧水石だけが目的であればフォルティシモが範囲魔法で一掃したほうが早くても、キュウのスキルレベル上げも重要なのでこのような狩りにすることにした。

 良い調子だなと思っていると、キュウが足を止め、困った顔でフォルティシモを振り返る。

「どうした、何かあったか?」
「あの、その」
「遠慮するな、ハッキリ言っていいぞ」

 最近は、遠慮はあるものの必要なことは言ってくれていたが、今のキュウは口にしない。調子が悪いようなら、すぐに戻らなければならないし、キュウのためならパナシーアだろうがエリクシールだろうが使っても惜しくない。

「つ、冷たい水場で、ポーションをいっぱい、飲んで」

 把握した。我慢していたキュウはちょっと涙目になっていて可愛い。この辺りにトイレはない。

「それは………悪かった」

 マジックポーションがぶ飲み作戦は、大きな問題ありと発覚した。


 昼休憩として弁当を食べていると、同じように湧水石のためにウォーターロック狩りをしていた冒険者が近づいて来た。男五人のパーティで、装備から察すると前衛三、回復一、魔法一というメンバー構成になっている。怒っている様子ではないが、友好的な雰囲気ではない。それを敏感に察してか、キュウはフォルティシモの傍に寄る。頼られている感が嬉しい。

「あんたたち、調子が良さそうだな」
「まあな」
「二人で大変だろう? 俺たちとパーティ組まないか?」

 こういう輩はゲームだろうがリアルだろうが多い。

「お前らのパーティは全員がウォーターロックを一撃で倒せるか? 倒せないなら効率が落ちるから断らせてくれ」
「お前は居なくてもいいよ。そっちの女の子だけいれば」
「ざけんな。てめぇらPKするわ」

 フォルティシモはキュウに厭らしい視線を送る男を全力で抹殺するべく弁当を横に置いて立ち上がった。

「ご主人様っ、人がいっぱい居ますので」
「なに? この子奴隷? つまり、てめぇぶっ殺せば、この子自由にしちゃっていいわけ? 魔物狩り以外に夜も役に立ちそうじゃねぇの」

 男たちが武器を引き抜く。

瞬間アクシオン氷結コンヘラル

 男たちの周囲を一瞬にして氷漬けにし、虚空から黒剣を抜く。男たちは氷に囲まれて大慌てだ。

 以前、フィーナたちを襲っていたCランク冒険者たちが居て気になったことだが、街の外で冒険者同士の諍いが起きた場合、どのように処理されるか。あの状況であれば、もしCランクの冒険者たちがフィーナたちを強姦して殺したとして、それがどうなるか確認しておいた。

 答えは、ペナルティ無しだ。冒険者は全て自己責任。だから冒険者同士で殺し合いを行っても、ギルドとしても一般人やギルドに迷惑が掛からない限りは関知しない。もちろん恨みを買うようなことを続けていれば、冒険者として以前に社会で生きづらくなるので実行に移す者は少ないが、居ないわけではない。ここでフォルティシモが男たちを殺しても何も問題はない。

「ご主人様………」
「冗談だ。解放リベラシオン

 フォルティシモの言葉で、男たちの周囲の氷が消える。氷が消えて力が抜けたのか男たちは尻餅をつき、怯えの視線でフォルティシモを見ている。フォルティシモはPvPを返り討ちにした際にはいつも言っていた台詞、「喧嘩を売る相手は選ぶんだな。俺は最強だぞ」と言おうとして。

「キュウに手を出そうとする奴はぶっ殺すぞ」

 まったく違うことを言っていた。


 おそらくアクロシア王国が大陸最強である理由の一つは、ウォーターロックが大量出現するアクロシア湖を持っていることもあるはずだ。

 綺麗な水を大量に確保して国中に配布できるアクロシア湖の存在は、国力の増強に一役買っていることは想像に難くない。だからひょうたん型のアクロシア湖の大きい部分は王国の騎士団が独占しており、小さい部分を冒険者などに向けて開放する方策を執っている。大きな部分の方には砦や兵舎まで設置されているほどだ。

 フォルティシモとキュウが昼食後のウォーターロック狩りを始めてからしばらく経った後、大勢の王国騎士たちがアクロシア湖に現れた。

「今から湖は騎士団が使う! 即時退去せよ!」

 一方的に告げられる命令にフォルティシモも苛立ちは感じるものの、騎士団に突っかかるほどのことではない。ゲームでの狩場独占とは意味が違うのだ。この土地は国が管理しているのだから、国が使う場合はそれなりの事情もあるだろう。リアルに例えるなら、水道工事をしているのに、この道を通りたいなんて騒ぐ奴はまず居ない。

「どうなさいますか?」
「充分溜まったしな。近くのダンジョンへ寄って帰るか」
「はい」

 向かうのはアクロシア地底湖というダンジョンだ。階層が一階層しかない一本道の洞窟型ダンジョンで、出入り口は東西に有りどちらからでも入れる。適正レベルのパーティが慎重に攻略しても、三時間程度で踏破できる難易度。今のキュウであれば半分以下の時間で踏破できて、ドロップアイテムもギルドの依頼に使える。
 名前にもある地底湖はなかなかに美しいのでデートの気分だったが、真剣に剣を振るうキュウを見て邪な感情を封じておいた。


 ◇


 フォルティシモはいつもの宿で、情報ウィンドウのワールドマップを見つめていた。このアクロシアを出て、どこへ行くかを考えているのだ。なぜ今になって急いで動きだそうとしているかと言うと、フォルティシモの予想よりも遙かに早くアクロシアとエルディンの武力衝突が始まりそうだからである。

 ギルドで仕入れた情報によれば、既に王国軍の大部隊がエルディン制圧に向けて出立しており、数日中にはエルディン軍と戦うことになるという。義勇兵は元より補給物資の関係もありギルドは大忙しだ。

 エルディンに居るプレイヤーのことは気になる。それでもギルドマスターとの話で国と国の事情に首を突っ込むべきではなかったと反省している。プレイヤーの誰かがエルディンに協力していたとしても、会うのはアクロシアとエルディンの関係に決着がついた後でいい。エルディンに拘らなくても他の場所へ行けば、他のプレイヤーに会えるかもしれない。

「ユニティバベルがどうなってるのか調べとくか。いや、キュウのレベルをもっと上げてからだな」

 キュウはまだ買い物から帰って来ていない。分担して買い物をしていても、フォルティシモの方が随分早く終わってしまった。しばらくの間マップと睨めっこを続け、せっかくなのでキュウと相談しながら行き先を決めようと思い、情報ウィンドウを閉じた。ベッドに寝転がり、夕食は何にしようか考えながらうとうとする。

 何気なく窓をの外を見ると、遠くで煙りが上がっているのが見える。この世界の火事は魔法で簡単に消火できそうなので、消防の仕事も楽で良いだろうと他人事な感想が浮かんだが、次々に上がっていく煙を見て思った以上に大きな火事なのだと想像する。

 加えて煙の上がっている方向から騒ぎが押し寄せて来ていた。立ち上がって外の様子を伺う。

 子供の手を引く母親、大きな荷物を抱える男、まるで逃げてきた様子の親子を皮切りに、王都アクロシアに住んでいる住民だろう人々が大勢走っている。その流れに逆らうように王国騎士たちが煙の方向へ急いでいた。ただの火事にしては大袈裟に思える雰囲気に、フォルティシモの胸中に嫌な予感が広がっていく。

 フォルティシモはすぐに宿の部屋を出ると、同じように部屋から飛び出す者と目が合った。フォルティシモと同じように何が起こっているのか理解できずに戸惑っている者と、焦った顔をしている者と数は半々くらいの割合だろう。隣室の男に見覚えがあったので話しかける。

「どうした、何があった?」
「エルディンが王都に攻めて来やがった」

 男はフォルティシモと言葉を交わしている間にも、自分の部屋の荷物を袋に詰めていく。

「なに? 王国軍はエルディンに向かったんじゃないのか? いや、それよりも、あの立派な壁は意味なかったのか?」
「知るかよ。俺は行く。知りたきゃ自分で調べな」

 隣室の男は大きな袋を抱えて行ってしまった。口調はぞんざいでも急いでるだろうにフォルティシモの質問に答えてくれたことは感謝しておく。

 フォルティシモも部屋に戻り、散らばっているアイテムやキュウの着替えをインベントリへ入れて行く。下着もあったのでちょっと悪い気もしたが、キュウが帰って来たらすぐに街を出るつもりなので仕方がない。

「こんな簡単に王都へ攻撃がくるもんなのか? 歴史の授業で首都大空襲とかやったな。あれは警報が間に合わなかったんだったか?」

 武力による戦争が始まったら、ハーフエルフとして登録してしまったことによりアクロシアでの活動は肩身が狭くなると考えていたのに、そんなことを言っている場合ではなくなった。この場所は戦争中の国ではなく、紛争地帯になってしまった。

「キュウ、まだか」

 こんな事なら一緒に行くべきだった。今から迎えに行くか、しかし連絡が取れないので入れ違いになってしまうかも知れない。あまりに遅いと怪我でもしたのではないかと心配になる。

 フォルティシモが動いてもキュウが早く帰ってくるわけではない。それでも荷物をインベントリに仕舞い終わり、手持ち無沙汰になったフォルティシモは窓と出入り口のドアを往復する。

 焦っても仕方が無い。ほんの数時間前までは平穏な街だったのだ。大陸最強国家らしいアクロシア王国が、数時間で制圧されるなど有り得ない。大きく深呼吸をしていると、廊下から大きな足音が聞こえて来た。フォルティシモの部屋のドアがノックもなしに開かれる。

「キュウか!?」

 そこに立っている者はキュウではなかった。
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