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第一章
第六話 黄金の出会い(強制) 前編
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あれから一週間、フォルティシモはクエストを細々とこなしながら色々なことを試してみた。
アクロシア周辺のモンスターを狩ってみたり、自分で自分を攻撃して回復してみたり、アイテムをいくつも精製してみたり、フィールドを歩き回ってみたり、食事を大量に食べてみたり、酒を吐くまで飲んでみたり、食べられないアイテムを食べてみたり、ゲーム時代では壊せなかった場所を壊そうとしてみたり、感じられなかった魔力という感覚を探ってみたり。
そうして分かったことは、フォルティシモはこの世界で暮らしていける、戦闘システムはゲームの頃を踏襲しながらもVR空間以上に現実である、アクロシア周辺でのフォルティシモはゲームと変わりないほど強い、ということだ。
インベントリを使って一度に大量のアイテムを運べるフォルティシモは、冒険者ギルドからの依頼は納品を主にすることで所持金をかなり増やすことができた。ゲームには無かったガルという単位の通貨があり、一ファリス百ガルと言ったところだ。
大まかな感覚だが、およそ百ガルで一杯の飲み物を買える物価で、魔法アイテムは割高で時価だと考えておけば、ずれた金銭感覚にはならないことも学んだ。フォルティシモの生産スキルは専用スキルが使えないものの、作ったアイテムはそこそこの値段で売れる。
「従者の仕様を確認しておかないとな」
フォルティシモはずっと目を逸らしていた仕様と向かうことにした。フォルティシモが最強であることに次いで大切にしていたのが従者たちだったので、それが失われてしまったらしいことに中々向き合えなかったのだ。
「奴隷がそれにあたるのか」
従者というシステム名称ではあったが、やらせていることは絶対服従の奴隷だった。このアクロシアには奴隷という身分が存在し、堂々と売買をしている。国の主義主張はフォルティシモには関係がない。関係あるのは、この奴隷構造が従者システムとイコールなのかどうかだ。
やはり実際に奴隷を買ってみるのが早いだろう。個人的にも欲しい、という気持ちには目を瞑って、足早に奴隷屋へ向かって行く。
近衛翔が住んでいた国を考えると、奴隷売買は裏世界の商売であり、一般人は知ることもできないような世界での話に思える。それに対して、この国ではまるでペットショップか何かのように平然と奴隷屋が営業をしていた。三階建ての大きな建物を建てており、新築なのか見るからに清潔感があって小綺麗な看板まで掲げている。さすがに表通りの一等地に建っているわけではないが、少し歩けば見つかるような場所だ。
まだ日が高い内に奴隷屋へ入ると、モノクルを掛けた紳士然とした男が声を掛けて来た。皺のある顔で柔和な笑みを浮かべている。
「いらっしゃいませ」
「奴隷について聞きたい」
「奴隷についてとおっしゃいますと? 少々ご質問が漠然としており、意図を測りかねますが、概要についての説明をお求めでしょうか?」
何について聞けばいいのだろうかと考える。従者の設定や性格なんて聞いても無駄だろうし、ステータスボーナスなんて聞いても分からないだろう。フォルティシモが何を聞こうか迷ったのは一瞬だったはずだが、それだけでモノクルの男はフォルティシモの心理を読んだかのように話し始めた。
「我が国では奴隷に対して【隷従】の魔術を施しております。【隷従】の魔術を受けた生物は、術を掛けた主人が許可した以外の行動をすることができなくなります。ただし、生物が自身の生命活動に必要な行動、呼吸や排泄を始めとする生存欲求を元にした最低限の行動は、主人に禁止を命令されない限りは行えます」
モノクルの男はフォルティシモが口を挟まないのを確認しつつ続ける。
「奴隷の種類は大きく分けて、労働奴隷、戦闘奴隷、愛玩奴隷となります。お求めの奴隷の種類にもよりますが、それぞれの分野で優秀だと判断されたものは高額となります。また、事前調査はしておりますが、購入後に発生しました問題につきましては、当商店は一切関知しないとさせて頂いております」
他にも自分の店のアピールをしているようだが、フォルティシモが気になっているのはそこではない。
「このように大変好評を頂いており」
「奴隷は、主人を補佐できるのか?」
「冒険者の方ですから戦闘奴隷をお求めでしょうか? もちろん、彼らは命令すれば死をいとわずにスキルを使い続けます。これは生存欲求に該当する命令のため、事前に命令内容を確認しておくことをオススメいたします」
「そうじゃない。奴隷を持っているだけで、ステータスが上がるか?」
ファーアースオンラインは従者の中で指定した一名に限り、その従者のステータスの半分が主人に加算され、スキルも半分の数値で使うことができたのだ。フォルティシモはフォロースキルと表現したが、実際にはパッシブスキルに分類される。
「………ステータスでございますか? ああ、社会的ステータスを上げるためには、今はエルフの奴隷をオススメいたします。ただしご存じの通り、エルフの奴隷は手に入りにくいため、高額になる傾向があります」
通じていないということは、分かっていないのだ。やはり自分で調べるしかない。
「相場は?」
「エルフであれば最低百万ほどで」
「エルフ以外を聞きたい」
「ご予算を伺ってもよろしいでしょうか?」
「五十万程度だとどうなる?」
エルフの最低が百万ファリスと言われたため、それの半額を提示してみた。これでもリアルの金額に換算すれば五千万ほどの金銭的価値がある。数十年間は余裕で暮らせる額だし、低ランクの冒険者が依頼で稼ぐには難しい金額だ。若干だが見栄を張ってしまった。
「そのご予算ですと優秀な戦闘奴隷は難しいお値段となります」
フォルティシモの現在ステータスを確認する限り、従者の設定はリセットされている。とにかく、ステータスボーナスを得るためには戦闘奴隷を手に入れて強い奴隷を手に入れるのが良いのかも知れない。
しかし、フォルティシモには男を育成する趣味はない。何が悲しくて、男の自分が男のために何十万何百万も貢がなければならないのか。ステータスに違いがあるならば男も選ぶだろうが、従者の能力に男女差はなかった。ならば、探すのは女の子だ。【拠点】がリセットされていた場合、従者として育てて設定してもいいと思えて、かつこの世界に来て初めて手に入れた従者となる子だ。
「予算オーバーしてもいいし奴隷の種類なんて拘らない。ケモミミで美少女で処女で」
今まで我慢していた本音が思わず漏れた。本来秘めなければならない、わりと最低な本音が。
モノクルの男は、なおも予算を配慮した奴隷を薦めようとしていたので、インベントリからM級のポーションとエリクシールを一個ずつ出した。
「ここで買取はしているか?」
魔法アイテムが物価に対して高額になるのは調査済みだ。M級のポーションはHPを完全回復、エリクシールはHPMPSP状態異常に至るまでのすべてを完全回復する効果がある。売っているところを見たことがないので値段は分からないが、売ればかなりの高額になるはずだ。しかも、これらはインベントリの中に九十九個ずつ入っている。
命に関わるものだったので、【拠点】に戻るまでは使いたくなかったが、可愛い女の子を手に入れるためならば惜しくはない。
「黄色のポーション………。こちらは、まさか」
モノクルの男は一瞬にして目の色を変える。心なしか姿勢も変わっている。
「大変失礼いたしました。ご希望に添えるよう、最大限努力させて頂きます」
男は恭しい態度で、写真の掲載されたカタログを差し出してきた。実際、写真ではないのだろうが、フォルティシモからすれば写真だ。
「こちらの中より御覧になりたい奴隷がおりましたら、ご案内させて頂きます」
カタログを捲っていく。カタログと言ってもバインダーのようなものに、一枚一枚プロフィールが書かれた紙が挟まっているだけだ。プロフィールには写真の他にはレベルやスキルを始めとした所謂ステータスと身長体重のような数字が並んでいる。
従者は入手時のレベルは一でスキル何も覚えていない、というのは常識だったので、レベルやスキルの欄は無視して写真の見た目だけで探す。
一人の少女の写真で手が止まった。
狐人族、レベル一のスキルも何も持っていない少女。写真の中の感情の無い瞳がこちらを見ている。カタログを最後まで見ずに、モノクルの男に声を掛ける。
「この子が欲しい」
「こちらですか? 狐人族であればレベルが高く、スキルを持った者もおりますが」
「それは次の機会に見せて貰う。最初はこの子がいい。値段は書いてある通りでいいのか?」
値段はフォルティシモが見栄を張った金額どころか、エルフの最低金額を上回っていた。ここでポーションなどを引き取って貰えないようならば、予約だけでして荒稼ぎをすることになるだろう。予約ができないようであれば仕方がない。この男を抹殺して奪い取る覚悟をする。
モノクルの男は思案顔を見せた。
「………今後、ご贔屓にして頂くということで、無料でお譲りするというのはいかがでしょうか?」
「本気か?」
宝くじに当たったような額を請求しないと言うモノクルの男に、思わず疑いの目を向けた。エルフの奴隷も扱っているようだし、かなりの額を動かしている店であっても無料などにしたらかなり痛手なのではないだろうかと、心の中の舌の根も乾かぬ内に心配になる。
「ええ、本気です」
「商売人として失格じゃないのか?」
「そうでもないですよ。私はこの投資に自信がある。私の勘が告げています。あなたは、今この場で御代を頂く以上の利をもたらしてくれると」
「借りにするつもりはないが、贔屓にはする」
「ええ、どうぞよろしくお願いいたします」
モノクルの男が優雅に会釈する。
「大きな損失無しにあなたのような方と出会えたことを幸運といたしましょう。こちらの奴隷はすぐにお連れいたしますので、少々お待ち下さいませ」
男が席を立ってから、フォルティシモは反省する。この世界の仕様を理解し、フォルティシモの相対的な強さを測るまでは、身勝手な行動は避けようと思っていたのだが、思わず本音が出てしまった。
奴隷、それも自分の言うことを何でも聞かせられる他人を持つというのは、ある意味で一つの夢だ。それが美少女ともなれば、妄想は留まることを知らない。
「落ち着けフォルティシモ。お前は最強だ。従者を全部女キャラで作って、「魔王様は童貞www」と煽られても動じないはずだ」
訳の分からない独り言が飛び出したが、落ち着いている。なお、そのセリフを言った奴はその場でPKした。
落ち着かない気分で待っていると、やがてモノクルの男が狐耳の少女を連れて来た。
黄金色の耳と尻尾は弱々しく垂れてしまっているが、その色は失われておらず綺麗だ。耳や尻尾と同じ黄金の髪は整えられていないのか、無造作に伸びてしまっている。整った顔立ちの中心には愛くるしい瞳が何も映さず虚空を見つめていた。服もボロ切れとまでは言わないが、見窄らしい衣服を着ている。
少女は部屋に連れてこられてフォルティシモを見ても、何の反応も示さずにただ立っていた。
「お名前はいかがしますか? 記憶処理が必要であればさせて頂きますが」
「名前? 俺が決めるのか?」
従者の名前を決めるのはプレイヤーだったが、奴隷というのは本当に従者システムなのだろうかと首を傾げる。
「“これ”はあなた様の所有物です。名前は所有者が決めるものですよ。記憶処理は、記憶が邪魔だと考える所有者の方がおりますため、書換や消去を有償で承っております。特に愛玩奴隷の場合は、書換をお求めになるお客様が多くいらっしゃいます。何度も書換を行うお客様もいらっしゃり、ご好評頂いておりますよ」
なんだ、それ。思わず唖然とする。フォルティシモが口を出すことではないし、現在進行形で奴隷を買おうとしているフォルティシモが言えた義理ではないが、この国滅びたほうが良いんじゃないだろうかと思う。
「それでは」
モノクルの男が次の言葉を言う前に、フォルティシモは情報ウィンドウを表示した。情報ウィンドウに何らかの更新があった場合に表示される通知項目が、新着の通知を主張している。新しい従者の登録の旨が表示されており、名前の入力項目がある。名前の入力を無視し、対象を従者に設定。真っ白な光のラインがフォルティシモと少女の間に浮かび上がり、少しして見えなくなった。
「これでいい。本当に料金は良いんだな?」
「ええ、かまいません」
初めて奴隷を購入した客のため、最初の命令設定を行う一室を借してくれた。分からないことがあれば教えてくれるし、意図通りの命令がされているか店が確認してくれるのだそうだ。
高級そうなソファにフォルティシモが座り、狐人の少女がその傍に立っている。
「俺はフォルティシモだ。お前を購入した」
相変わらず狐人の少女から感情は見られない。
「もしかして、俺が出して良いと許可しないと感情も出せないのか………?」
情報ウィンドウのどこかに許可の項目があるのか考えてみて、そうであれば奴隷屋が何か言うはずだと思い直す。
「………何も制限しないから好きにしていいぞ」
フォルティシモがそう言葉にすると、反応は劇的だった。
「あ、あ………ああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁっ」
狐人の少女は大声で泣き叫んだ。蹲って言葉にならない叫び声をあげている。
フォルティシモが「泣くな」と命令すれば、彼女の感情を無視して泣かなくなるのだろう。
なんとも残酷なシステムだ。デモンスパイダーに冒険者の男たちが喰われた時にも思ったことだが、こんなものは誰も求めていない。この世界を作った神様は、近衛翔が生きていた世界を作った神様と同じレベルのクソらしい。ファーアースオンラインの運営も大概だったが、こいつらから比べれば神運営だ。
称賛や尊敬は気分が良くなる。敵意も嫉妬も正面から受けられる。だけど悲嘆はよくない。どれほど酷い運営でも、悲嘆に溢れた世界を作ることはない。それを作る奴は、近衛翔が生きていた世界の神様とこの世界の神様だけだろう。
フォルティシモは狐人の少女の泣き声を聞きながら、俺はこの世界で本当に生きていけるのだろうか、不安になるのだった。
アクロシア周辺のモンスターを狩ってみたり、自分で自分を攻撃して回復してみたり、アイテムをいくつも精製してみたり、フィールドを歩き回ってみたり、食事を大量に食べてみたり、酒を吐くまで飲んでみたり、食べられないアイテムを食べてみたり、ゲーム時代では壊せなかった場所を壊そうとしてみたり、感じられなかった魔力という感覚を探ってみたり。
そうして分かったことは、フォルティシモはこの世界で暮らしていける、戦闘システムはゲームの頃を踏襲しながらもVR空間以上に現実である、アクロシア周辺でのフォルティシモはゲームと変わりないほど強い、ということだ。
インベントリを使って一度に大量のアイテムを運べるフォルティシモは、冒険者ギルドからの依頼は納品を主にすることで所持金をかなり増やすことができた。ゲームには無かったガルという単位の通貨があり、一ファリス百ガルと言ったところだ。
大まかな感覚だが、およそ百ガルで一杯の飲み物を買える物価で、魔法アイテムは割高で時価だと考えておけば、ずれた金銭感覚にはならないことも学んだ。フォルティシモの生産スキルは専用スキルが使えないものの、作ったアイテムはそこそこの値段で売れる。
「従者の仕様を確認しておかないとな」
フォルティシモはずっと目を逸らしていた仕様と向かうことにした。フォルティシモが最強であることに次いで大切にしていたのが従者たちだったので、それが失われてしまったらしいことに中々向き合えなかったのだ。
「奴隷がそれにあたるのか」
従者というシステム名称ではあったが、やらせていることは絶対服従の奴隷だった。このアクロシアには奴隷という身分が存在し、堂々と売買をしている。国の主義主張はフォルティシモには関係がない。関係あるのは、この奴隷構造が従者システムとイコールなのかどうかだ。
やはり実際に奴隷を買ってみるのが早いだろう。個人的にも欲しい、という気持ちには目を瞑って、足早に奴隷屋へ向かって行く。
近衛翔が住んでいた国を考えると、奴隷売買は裏世界の商売であり、一般人は知ることもできないような世界での話に思える。それに対して、この国ではまるでペットショップか何かのように平然と奴隷屋が営業をしていた。三階建ての大きな建物を建てており、新築なのか見るからに清潔感があって小綺麗な看板まで掲げている。さすがに表通りの一等地に建っているわけではないが、少し歩けば見つかるような場所だ。
まだ日が高い内に奴隷屋へ入ると、モノクルを掛けた紳士然とした男が声を掛けて来た。皺のある顔で柔和な笑みを浮かべている。
「いらっしゃいませ」
「奴隷について聞きたい」
「奴隷についてとおっしゃいますと? 少々ご質問が漠然としており、意図を測りかねますが、概要についての説明をお求めでしょうか?」
何について聞けばいいのだろうかと考える。従者の設定や性格なんて聞いても無駄だろうし、ステータスボーナスなんて聞いても分からないだろう。フォルティシモが何を聞こうか迷ったのは一瞬だったはずだが、それだけでモノクルの男はフォルティシモの心理を読んだかのように話し始めた。
「我が国では奴隷に対して【隷従】の魔術を施しております。【隷従】の魔術を受けた生物は、術を掛けた主人が許可した以外の行動をすることができなくなります。ただし、生物が自身の生命活動に必要な行動、呼吸や排泄を始めとする生存欲求を元にした最低限の行動は、主人に禁止を命令されない限りは行えます」
モノクルの男はフォルティシモが口を挟まないのを確認しつつ続ける。
「奴隷の種類は大きく分けて、労働奴隷、戦闘奴隷、愛玩奴隷となります。お求めの奴隷の種類にもよりますが、それぞれの分野で優秀だと判断されたものは高額となります。また、事前調査はしておりますが、購入後に発生しました問題につきましては、当商店は一切関知しないとさせて頂いております」
他にも自分の店のアピールをしているようだが、フォルティシモが気になっているのはそこではない。
「このように大変好評を頂いており」
「奴隷は、主人を補佐できるのか?」
「冒険者の方ですから戦闘奴隷をお求めでしょうか? もちろん、彼らは命令すれば死をいとわずにスキルを使い続けます。これは生存欲求に該当する命令のため、事前に命令内容を確認しておくことをオススメいたします」
「そうじゃない。奴隷を持っているだけで、ステータスが上がるか?」
ファーアースオンラインは従者の中で指定した一名に限り、その従者のステータスの半分が主人に加算され、スキルも半分の数値で使うことができたのだ。フォルティシモはフォロースキルと表現したが、実際にはパッシブスキルに分類される。
「………ステータスでございますか? ああ、社会的ステータスを上げるためには、今はエルフの奴隷をオススメいたします。ただしご存じの通り、エルフの奴隷は手に入りにくいため、高額になる傾向があります」
通じていないということは、分かっていないのだ。やはり自分で調べるしかない。
「相場は?」
「エルフであれば最低百万ほどで」
「エルフ以外を聞きたい」
「ご予算を伺ってもよろしいでしょうか?」
「五十万程度だとどうなる?」
エルフの最低が百万ファリスと言われたため、それの半額を提示してみた。これでもリアルの金額に換算すれば五千万ほどの金銭的価値がある。数十年間は余裕で暮らせる額だし、低ランクの冒険者が依頼で稼ぐには難しい金額だ。若干だが見栄を張ってしまった。
「そのご予算ですと優秀な戦闘奴隷は難しいお値段となります」
フォルティシモの現在ステータスを確認する限り、従者の設定はリセットされている。とにかく、ステータスボーナスを得るためには戦闘奴隷を手に入れて強い奴隷を手に入れるのが良いのかも知れない。
しかし、フォルティシモには男を育成する趣味はない。何が悲しくて、男の自分が男のために何十万何百万も貢がなければならないのか。ステータスに違いがあるならば男も選ぶだろうが、従者の能力に男女差はなかった。ならば、探すのは女の子だ。【拠点】がリセットされていた場合、従者として育てて設定してもいいと思えて、かつこの世界に来て初めて手に入れた従者となる子だ。
「予算オーバーしてもいいし奴隷の種類なんて拘らない。ケモミミで美少女で処女で」
今まで我慢していた本音が思わず漏れた。本来秘めなければならない、わりと最低な本音が。
モノクルの男は、なおも予算を配慮した奴隷を薦めようとしていたので、インベントリからM級のポーションとエリクシールを一個ずつ出した。
「ここで買取はしているか?」
魔法アイテムが物価に対して高額になるのは調査済みだ。M級のポーションはHPを完全回復、エリクシールはHPMPSP状態異常に至るまでのすべてを完全回復する効果がある。売っているところを見たことがないので値段は分からないが、売ればかなりの高額になるはずだ。しかも、これらはインベントリの中に九十九個ずつ入っている。
命に関わるものだったので、【拠点】に戻るまでは使いたくなかったが、可愛い女の子を手に入れるためならば惜しくはない。
「黄色のポーション………。こちらは、まさか」
モノクルの男は一瞬にして目の色を変える。心なしか姿勢も変わっている。
「大変失礼いたしました。ご希望に添えるよう、最大限努力させて頂きます」
男は恭しい態度で、写真の掲載されたカタログを差し出してきた。実際、写真ではないのだろうが、フォルティシモからすれば写真だ。
「こちらの中より御覧になりたい奴隷がおりましたら、ご案内させて頂きます」
カタログを捲っていく。カタログと言ってもバインダーのようなものに、一枚一枚プロフィールが書かれた紙が挟まっているだけだ。プロフィールには写真の他にはレベルやスキルを始めとした所謂ステータスと身長体重のような数字が並んでいる。
従者は入手時のレベルは一でスキル何も覚えていない、というのは常識だったので、レベルやスキルの欄は無視して写真の見た目だけで探す。
一人の少女の写真で手が止まった。
狐人族、レベル一のスキルも何も持っていない少女。写真の中の感情の無い瞳がこちらを見ている。カタログを最後まで見ずに、モノクルの男に声を掛ける。
「この子が欲しい」
「こちらですか? 狐人族であればレベルが高く、スキルを持った者もおりますが」
「それは次の機会に見せて貰う。最初はこの子がいい。値段は書いてある通りでいいのか?」
値段はフォルティシモが見栄を張った金額どころか、エルフの最低金額を上回っていた。ここでポーションなどを引き取って貰えないようならば、予約だけでして荒稼ぎをすることになるだろう。予約ができないようであれば仕方がない。この男を抹殺して奪い取る覚悟をする。
モノクルの男は思案顔を見せた。
「………今後、ご贔屓にして頂くということで、無料でお譲りするというのはいかがでしょうか?」
「本気か?」
宝くじに当たったような額を請求しないと言うモノクルの男に、思わず疑いの目を向けた。エルフの奴隷も扱っているようだし、かなりの額を動かしている店であっても無料などにしたらかなり痛手なのではないだろうかと、心の中の舌の根も乾かぬ内に心配になる。
「ええ、本気です」
「商売人として失格じゃないのか?」
「そうでもないですよ。私はこの投資に自信がある。私の勘が告げています。あなたは、今この場で御代を頂く以上の利をもたらしてくれると」
「借りにするつもりはないが、贔屓にはする」
「ええ、どうぞよろしくお願いいたします」
モノクルの男が優雅に会釈する。
「大きな損失無しにあなたのような方と出会えたことを幸運といたしましょう。こちらの奴隷はすぐにお連れいたしますので、少々お待ち下さいませ」
男が席を立ってから、フォルティシモは反省する。この世界の仕様を理解し、フォルティシモの相対的な強さを測るまでは、身勝手な行動は避けようと思っていたのだが、思わず本音が出てしまった。
奴隷、それも自分の言うことを何でも聞かせられる他人を持つというのは、ある意味で一つの夢だ。それが美少女ともなれば、妄想は留まることを知らない。
「落ち着けフォルティシモ。お前は最強だ。従者を全部女キャラで作って、「魔王様は童貞www」と煽られても動じないはずだ」
訳の分からない独り言が飛び出したが、落ち着いている。なお、そのセリフを言った奴はその場でPKした。
落ち着かない気分で待っていると、やがてモノクルの男が狐耳の少女を連れて来た。
黄金色の耳と尻尾は弱々しく垂れてしまっているが、その色は失われておらず綺麗だ。耳や尻尾と同じ黄金の髪は整えられていないのか、無造作に伸びてしまっている。整った顔立ちの中心には愛くるしい瞳が何も映さず虚空を見つめていた。服もボロ切れとまでは言わないが、見窄らしい衣服を着ている。
少女は部屋に連れてこられてフォルティシモを見ても、何の反応も示さずにただ立っていた。
「お名前はいかがしますか? 記憶処理が必要であればさせて頂きますが」
「名前? 俺が決めるのか?」
従者の名前を決めるのはプレイヤーだったが、奴隷というのは本当に従者システムなのだろうかと首を傾げる。
「“これ”はあなた様の所有物です。名前は所有者が決めるものですよ。記憶処理は、記憶が邪魔だと考える所有者の方がおりますため、書換や消去を有償で承っております。特に愛玩奴隷の場合は、書換をお求めになるお客様が多くいらっしゃいます。何度も書換を行うお客様もいらっしゃり、ご好評頂いておりますよ」
なんだ、それ。思わず唖然とする。フォルティシモが口を出すことではないし、現在進行形で奴隷を買おうとしているフォルティシモが言えた義理ではないが、この国滅びたほうが良いんじゃないだろうかと思う。
「それでは」
モノクルの男が次の言葉を言う前に、フォルティシモは情報ウィンドウを表示した。情報ウィンドウに何らかの更新があった場合に表示される通知項目が、新着の通知を主張している。新しい従者の登録の旨が表示されており、名前の入力項目がある。名前の入力を無視し、対象を従者に設定。真っ白な光のラインがフォルティシモと少女の間に浮かび上がり、少しして見えなくなった。
「これでいい。本当に料金は良いんだな?」
「ええ、かまいません」
初めて奴隷を購入した客のため、最初の命令設定を行う一室を借してくれた。分からないことがあれば教えてくれるし、意図通りの命令がされているか店が確認してくれるのだそうだ。
高級そうなソファにフォルティシモが座り、狐人の少女がその傍に立っている。
「俺はフォルティシモだ。お前を購入した」
相変わらず狐人の少女から感情は見られない。
「もしかして、俺が出して良いと許可しないと感情も出せないのか………?」
情報ウィンドウのどこかに許可の項目があるのか考えてみて、そうであれば奴隷屋が何か言うはずだと思い直す。
「………何も制限しないから好きにしていいぞ」
フォルティシモがそう言葉にすると、反応は劇的だった。
「あ、あ………ああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁっ」
狐人の少女は大声で泣き叫んだ。蹲って言葉にならない叫び声をあげている。
フォルティシモが「泣くな」と命令すれば、彼女の感情を無視して泣かなくなるのだろう。
なんとも残酷なシステムだ。デモンスパイダーに冒険者の男たちが喰われた時にも思ったことだが、こんなものは誰も求めていない。この世界を作った神様は、近衛翔が生きていた世界を作った神様と同じレベルのクソらしい。ファーアースオンラインの運営も大概だったが、こいつらから比べれば神運営だ。
称賛や尊敬は気分が良くなる。敵意も嫉妬も正面から受けられる。だけど悲嘆はよくない。どれほど酷い運営でも、悲嘆に溢れた世界を作ることはない。それを作る奴は、近衛翔が生きていた世界の神様とこの世界の神様だけだろう。
フォルティシモは狐人の少女の泣き声を聞きながら、俺はこの世界で本当に生きていけるのだろうか、不安になるのだった。
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ギルドから追放された実は究極の治癒魔法使い。それに気付いたギルドが崩壊仕掛かってるが、もう知らん。僕は美少女エルフと旅することにしたから。
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僕は治癒魔法使い。
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そんな僕をギルドマスターが拾ってくれた。
だから、僕は自分に誓ったんだ。
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「クビ」
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一人。
その日からギルドの崩壊が始まった。
僕の治癒魔法は地味だから、皆、僕がどれだけ役に立ったか知らなかったみたい。
だけど、もう遅いよ。
僕は僕なりの旅を始めたから。
無能なので辞めさせていただきます!
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ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
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自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
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