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第一章

第四話 基本の冒険者

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 ファーアースオンライン時代のアクロシア国の王都にあたる都市は、巨大な王宮を中心として初期クラス取得やチュートリアルクエストのための施設が建ち並ぶ、ファーアースオンライン最大の都市だ。初心者プレイヤーが最初に降り立つ場所のため、大半のイベントの開催場所だし、大型アップデートの度に施設が追加され、船着き場、飛空挺乗り場、カジノ、レジャー施設、天界へのゲートなどまであった。街中の探索もやり込み要素の一つという運営の方針で「君たちは自分の住んでる街で迷うの? 外出たら?」とゲームディレクターが呟きで発言して炎上したことがある程の広さ、具体的には五万四千ヘクタールの広さを持つ大都市となる。

 その都市は明らかに狭くなり、城壁に囲まれていた。リアルの世界遺産に登録されているカルカソンヌにありそうな高さ十メートルほどの城壁だ。城壁には関所がいくつも設置されていて、そこからしか出入りできないらしい。関所の数が多いので一カ所に何千人も並んでいるということはないが、最も空いている場所を選んだとしても一、二時間は待つだろう。

 ただ待つのも勿体ないので、商人っぽい男に話しかけてみる。

「よう、おたく薬草とか扱ってるか?」
「なんだ冒険者か?」

 商人は変な顔をしたが、フォルティシモの装備を見て商売人の顔をした。

「うちには良いものあるぞ」

 今装備しているのは、アクロシア周辺で採れる素材から作れるアイテムだ。低レベルの装備なら、どんなプレイヤーでも使える【アイテム精製】というスキルによって作ることができる。初心者装備に毛の生えた程度の効果しかないが、初心者に見えるので情報収集には都合が良いと判断して作ってみた。

 それでも冒険者と侮っていた商人が、フォルティシモの装備を見て態度を軟化させた理由が分からない。この差はゲームで言えば『仕様』ではなく『環境』だと考えておく。

 ゲーマーが言う『環境』とは流行のことだ。多くの場合は流行している装備やスキル、戦術のことを指す。たとえば対人で火属性のスキルが流行していたとすると、火属性ダメージを軽減させる防具の価値が元々の数値以上に跳ね上がる。そして、それらの防具がみなに行き渡ると、火属性のスキルの価値が落ちて流行ではなくなり、今度はそれらの防具に対して有効なスキルが流行となるのだ。

 こういった流動的な価値の部分を『環境』と言い、『環境』を予測できなければ対人戦で勝つことはできない。もっとも、ファーアースオンラインの事情は特殊なので一概にそうは言えないが。

 商人は商品の薬草を鉢に植えられているものから、乾燥しているものまで見せてくれて、フォルティシモはそれぞれ値段を聞いていく。ほとんどがアクロシア周辺で採取できる薬草だったので、採取した薬草をまとめて売りに来ているのだろう。

「こういう精製済みのは?」

 装備と同じように先ほど作成したポーションを見せる。回復量も微々たるC級ポーションで、ゲームでは同じものが店売りされており、値段も五十ファリスと初心者プレイヤーに優しい価格設定だった。

「あるぞ。知ってるかも知れないが、この間からポーションの値段が少し上がってる。精製済みだと売値は六十ファリスになる。買うか? だが、ポーションくらい自分で精製できるようになっておかないと一人前の冒険者になれないぞ」

 現実には相場というものがある。ゲームだといつも一定なので、これは注意しておかなければならない。特にフォルティシモは課金ガチャで手に入れたアイテムを売るだけで、ほとんど無限に所持金が増えていったので、金策なんて初期の頃しかしたことがない。リアルの仕事も相場を読むようなものではない。

「いや、生産は」

 生産専用の従者に任せるつもりだと言いかけてやめる。この世界において従者システムがどのように機能しているか確かめる前に余計なことは言わないことにした。

「忠告は聞いておく。素材の買取とかしてくれるのか?」

 見せるのはスライムの破片だ。アイテム精製すると魔法水という汎用的に薬品系アイテムの素材に使えるアイテムが作れる。魔法水はその使い道の広さから、初心者からベテランまで幅広く世話になるアイテムだ。ゲーム時代はNPCの店売り品にもあったので無制限に購入することができ、数の確保に困ることはなかったが、これからは足りなくなる可能性がある。

「おいおい、仕入れて今から街で売ろうって時に買取を頼むか?」

 商人は苦笑しながら答えてくれる。

「買取はしてるが、スライムの破片は在庫過多だ。二ファリスだな」

 安い。所詮は最弱の雑魚モンスターからドロップするドロップ品だ。

「なら、在庫が不足している時に売るとしよう」
「ははっ、それがいいぞ」
「あと、こういうのも拾ったんだが、いくらになる?」

 悪魔蜘蛛の糸、デモンスパイダーの通常ドロップ品だ。糸系アイテムは防具の精製によく使う。通常ドロップ品ではあるが、これも使い道の多いアイテムだ。

「こいつは………」

 商人はアイテムを確認すると、フォルティシモの頭からつま先まで何度も確認した。

「お前が討伐したのか?」
「そうだ」
「まさか一人でか?」
「俺一人じゃなかった。十人は居たな」

 男たちが八人、女の子が三人、自分。嘘ではない。

「………そうだな。鑑定してみないと何とも言えないな。………千五百ファリスでどうだ?」
「安いんだな」

 ゲーム時代の店売り価格は二千ファリスくらいはあった気がしたが、需要がないのだろう。フォルティシモは糸を懐へ仕舞う。

「まてまて!」
「なんだ?」
「今の値段は、あんたの装備でこいつを手に入れたとは思えない。偽物であることを考慮しての値段だ」
「相場よりも、大分安く言ったってことでいいか?」

 偽物、ファーアースオンラインのゲーム内アイテムでは絶対にない概念だ。現実となったことによる困難さにフォルティシモは思わず顔を顰めてしまう。商人は勘違いしたように慌てる。

「ああそうだ。だが、あんたも悪いぜ? デモンスパイダー相手に十人で戦ったってな。あんたに分け前が来るってことは、五十人は居たんじゃないか? どうだ?」

 五十人で戦うボスは、レイドボスの中でも破格の強さを誇る最果ての黄金竜くらいなものだ。フォルティシモは「俺はソロでも勝てるけどな」と満足気に呟く。

 しかし、十人以上で討伐したとフォルティシモが嘘をついたことを見抜かれるとは思わなかった。自分は商人の提示した言葉をあっさり信じてしまった。ここまでの僅かなやりとりだけで自分にはこの異世界で商売は難しいと分かる。

「確かに俺も嘘をついた。人数は想像に任せるから手打ちにしよう。本物だった場合の値段を教えてくれ」
「………何人だったのか気になるな。悪魔蜘蛛の糸、普通なら二千ファリスってとこだが、魔力の籠もった素材の値段が高騰してるし、今の詫びも兼ねて二千二百ファリスで買い取らせて欲しい。どうだ?」

 手持ちの所持金が十万ファリスしかないので、二千二百ファリスはそこそこ魅力的に感じる。しかし悪魔蜘蛛の糸などフォルティシモがちょっと本気で乱獲すれば、軽く数百個は手に入れることができる。それよりは今のやりとりで手に入れた情報のが遙かに価値があった。

「売りたいが、千五百ファリスで良い」
「はぁ? 何言ってんだよ。んなことしたら、足下を見られるぞ」
「逆だ。お前のお陰で今後騙されないで済む。授業料と謝礼だ」

 フォルティシモは商人に悪魔蜘蛛の糸を押し付けた。

「ところで、アクロシアでおすすめの宿はあるか? 値段は安いほうがありがたい。情報料はスライムの破片も含めたこの辺りで取れた素材をやる。在庫過多でも情報と交換なら仕入れるだろ」

 宿屋は確認しておかなければならない。ファーアースオンラインにおいて、宿屋は見せかけだけの施設で、宿泊できるが何の意味もないものだった。お金を払って雰囲気を楽しむ場所だ。しかし現実となれば身体を休める場所であり、ゆっくり眠る場所としてこれほど重要な施設もない。

「もちろん貰えるもんは貰うぜ? そのくらいの情報で良ければいくらでも出す。あんたの予算は?」

 さていくらと言うか。所持金は十万ファリスしかないが、この金額の価値が分からない。
 リアルでは温泉旅館でも一、二万もあれば一泊できるものの、カプセルホテルであれば三千程度。ひとまずはカプセルホテル程度で済ませるつもりで、それでも見栄を張って相場よりも少し高めを言ってみる。

「五千ファリスくらいであるか?」
「おっと悪い、何日泊まるつもりだったんだ? 一ヶ月五千ファリスなら、それなりのところを紹介できるぞ」

 五千ファリスあれば一ヶ月は住む場所に困らないことは分かった。

「一ヶ月で。食事やベッドは期待できるか?」
「ああ、食事は美味いし、保安の問題もない」

 つまり、五千ファリスは一ヶ月の間外泊をし続けても問題のない価値があるということだ。適当に倍額にして、リアルでは五十万ほどの価値だろうか。

 今の所持金では二年保たず底をつくらしいことも理解した。しかも元の世界で住んでいた国と違って治安の問題がある。カプセルホテル程度でいいと思っていたが、寝てる間に襲われるなんて溜まったものではない。寝る時は全力で寝たい。

 商人からおすすめの宿の場所を聞いてから、フォルティシモは関所へと入っていった。


 関所内ではリアルの感覚からすれば、杜撰も良いところだと思うチェックをしていた。通行証を持った者はほぼ素通り、持っていない者も台帳に記録して通行料を払って通るだけだ。これでも厳しいチェックだと言うのだから感覚が分からない。

 アクロシアの中へ入ると、そこそこの人通りとゲームで見た事のある年季の入った建物が目に映る。

 リアルで開催されていたイベントには比べることもできないが、近所のコンビニへ行くよりも人影はあるし活気もある。それでも人が少ないなと感じてしまうのは、ゲーム時代ではプレイヤーがログインしていない時でも働く従者が、所狭しとアクロシアを闊歩していたせいだろう。

 ファーアースオンラインにおいて、従者はいくつかの設定をすることで自動行動をさせておける専用NPCになる。露店や買い付け、スキル上げや生産だけでなく、モンスター狩りや採取などを設定しておけば、プレイヤーがログアウトしていたり、何もしなくてもやっておいてくれるものだ。VRMMO以前からよくある放置システム拡大発展版であり、VRMMOでやるとプレイヤーの人口が何倍にも膨れ上がったように見えた。

 従者システムはファーアースオンラインの最大のセールスポイントと言っても良いものであり、所持枠からAI性能など様々な課金要素があった。フォルティシモは戦闘スキル以外は課金に物を言わせた従者に頼っていたと言って過言ではない。

 まずは宿屋だ。
 商人から勧められた宿屋へ行くと、恰幅の良いおばさんが出迎えてくれた。
 一週間分の前金を払い、先に食事をさせてもらう。

 ゲームではお腹が減る、栄養補給がいる、という要素はなかった。料理アイテムは回復アイテムである場合がほとんどで、あとは納品系クエストや従魔、モンスターテイムなどに使われている。言ってみれば、あまり重要なアイテムではない。
 しかしながらリアルではその重要度が跳ね上がる、どころか最重要アイテムになる。フォルティシモは空腹を感じているし、森の中でわき水を飲んだり、果物を囓ったりもした。もし何も食べなければ、どんな超高レベルプレイヤーでも死んでしまうことになる、はずだ。何も食べなければ餓死するのかどうかなど試したくもない。


 食事を済ませてから冒険者ギルドへ向かう。

 ギルドで冒険者として登録するのはチュートリアルの範囲内で、冒険者登録をするとクエストが受注できるようになり、多くのプレイヤーはギルドからのクエストをこなしてゲームを進めていく。

 森で出会った三人組の女の子たちはGランクの冒険者だと言い、男たちはCランクだと言う。ギルドのクエストはレベル制限はあっても、ランクなんてシステムはなかったので、その辺りから確認していくのがいいだろう。

 冒険者ギルドは地上六階建ての作りで、内部構造は初心者が最初に挑戦する迷宮ダンジョンだと言われる。ここはチュートリアルのために、初期から転職可能なクラスのNPCがほぼ全員配置されており、彼ら全員に話しかけないとチュートリアルが進まないのだ。全員探すのだけでも一苦労で、攻略WIKIが充実していなかった初期組はギルドの外まで探し回ったものだ。ちなみにそいつらはギルド内を歩き回っており、希にパターンに無いルートを通るクソ仕様だった。

 記憶を頼りに三階受付までやってくる。
 美人の受付嬢が営業スマイルで出迎えだ。リアルでは受付嬢なんて職業はすっかりAIに取って代わられていて、物語の中にしか登場しない。

「いかがなさいましたか?」
「冒険者になりたいんだ。ここで間違いないか?」
「お間違いございません。ギルドに登録した冒険者の説明をさせて頂きますがよろしいですか?」
「ああ」
「冒険者とはギルドが仲介した仕事を請け負う職業となります」

 仕事やら報酬などの話を丁寧に説明してくれる。ファーアースオンラインでは、クエストを受注するのは情報ウィンドウから選択するだけで良かったので、よく説明を聞いておく。

「知り合いにGランクの冒険者がいるんだが、ランクの意味はなんなんだ?」
「ランクは信頼度と危険度の高い依頼をこなせるかどうかの指標となります。ギルドへ登録されたばかりの冒険者をGランク、それからF、E、D、C、B、Aと高ランクになるほど重要な依頼をこなせると見なされます。また、ランクが高いほど報酬が高額になる傾向になります」

 レベルの代わりにランクを使っているらしい。ランクがあると言われると、無性に最高ランクを取得したくなる。

「早くランクを上げたいな。ランクを上げる方法は?」
「依頼の達成状況や実績、実力を総合的に考慮してギルドで決定させて頂いております」

 説明が終わると、受付嬢は魔方陣が描かれたA4ほどの大きさの紙を手渡してきた。

「この紙に書いてある魔術を発動させますと、小さなカードが精製されます。それにはあなたの情報が記載され、これ以上ないあなたの身分証明書となります。紛失されました場合には再発行手数料が掛かりますのでご注意ください」

 受付嬢から渡された紙はスペルスクロールというアイテムで、これを使えば取得していないアクティブスキルを使うことができる。
 アイテムを発動させると旅行用パスポートの本人確認欄のようなカードが手元に現れた。これは神官の子がフォルティシモに渡そうとしていたカードと同じだ。

 情報ウィンドウの一部を可視化する魔術らしい。こんなものはゲーム時代になかった。カードをじっくり眺める。

 名前、種族、クラスのような情報ウィンドウに載っている情報に加え、ランクG、依頼達成数ゼロ、依頼失敗数ゼロ、作成場所アクロシアギルド、作成日******。裏面はギルドの紋章がプリントされていて意味のある情報はない。

 もう一度表面を見て、ようやく思い至る。

 レベルかクラス。デモンスパイダーにCランクの冒険者がやられたことを考えれば、フォルティシモのレベルは異常に感じるだろう。クラスに至っては、人類の敵だなんて言われたら堪らない。
 今はまだ、目立ちたくない。少なくともフォルティシモの強さはどの程度なのかが分かるまでは。

 フォルティシモは後ろ手に回した指で情報ウィンドウを立ち上げる。見なくてもどこに何があるかは分かっている。
 【偽装】スキルの設定を打ち込んで実行。

 名前フォルティシモ、レベル九九、種族混血人間エルフ、クラス【マジシャン】、ランクG、依頼達成数ゼロ、依頼失敗数ゼロ、作成場所アクロシアギルド、作成日******。

 カードの情報が書き換わったことに満足する。

「できた。これで合っているか?」
「拝見いたします。これは、大変素晴らしいレベルです。ギルドはあなたを歓迎いたします」
「期待しておいてくれ。あと、俺は見ての通りのレベルなんだが、ランク以上の依頼は受注できるのか?」
「それは依頼の内容によります。失敗することよる損失が大きい場合や依頼人が指定する場合はできません。しかし、極端に言えば失敗が冒険者一人の死で済むような依頼であれば、受注をすることができます。もちろん、ギルドとしましては受注前にお引き留めしております」

 クエストと言えば、ただモンスターを討伐したり、アイテムを納品するのがほとんどだったが、現実ではそうではないということだ。
 まずは依頼を確認しようと思い、受付嬢に礼を言ってクエストの受注できる階へ足を向けた。
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