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鍛冶師と調教師ときどき勇者
幕引きと幕開け
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あぁ⋯⋯⋯⋯マッシュの言っていた通り、最悪のシナリオは書くのは簡単なのだな。
『オレ達の目になってくれ。おまえさんにしか頼めない』
硬直する体と思考。ドルチェナの頭に過るのはマッシュの言葉。
その言葉の意味を理解し、ドルチェナは我に帰る。
(ピッポ!)
ドルチェナが小声で叫ぶと、ピッポはすぐに腰からメモを取り出しドルチェナの横に並んだ。
「小型モンスター多数、ゴブ(リン)の亜種か? 中型のオークも。その後ろに⋯⋯⋯⋯超特大種が2、青⋯⋯黒か? 黒い龍と赤い龍⋯⋯⋯⋯」
その言葉にロクも、シモーネも、筆を取るピッポも、驚愕の表情を見せた。
ドルチェナの目にしか映っていない絶望的な状況。
ドルチェナは目を凝らしさらに。先を睨む。
「あれはなんだ? 龍の後ろに馬車の荷台に馬鹿でかい板が積んである。それが1、2、3⋯⋯4台。板になんかびっしりとくっついて、まるで巨大な壁が動いているようだ。見た事がない⋯⋯⋯? あれは魔具か?! びっしりと魔具に覆われたデカイ壁を馬車で動かしている」
「何それ? わけわかんなーい!?」
「ほれ、シモーネ邪魔するな」
言っている張本人のドルチェナさえ、意味を理解出来ていない。
シモーネの言葉はもっともだ。
「魔具の壁の後ろ、武装した人間が多数。その後ろ馬車2。御者台には犬人とエルフ。エルフの馬車はセルバ、犬人の馬車、あれはセロか? とするとアッシモとクック、アントワーヌももしかしたら⋯⋯」
ドルチェナの口の動きが止まる。しばらく先を睨んでいたが、視線を外した。
「戻るぞ」
「何だか、ヤバイな」
メモを覗きながらピッポが呟く。
考えるのは後。
今は、見たものを伝えなければ、その為に自分達がここに送られたのは分かっている。
「急ぐぞ」
ドルチェナの言葉に黙って頷き。曲者のパーティーは、レグレクィエス(王の休養)の入口へと疾走する。
「槍! 飛竜はしっかり引きつけろ! 浅いと食われるぞ!」
槍を握り締めるウォルコットが叫び続けていた。
どれだけ落とせばいいんだ。
空を睨み、同時に迫り来る激流に備える。
疲弊し、心をすり減らす味方の姿。
無傷の者などおらず、多かれ少なかれ、体から、顔から、血を流していた。
「ウォルコット! 援護して!」
「エーシャ、デカイの頼む!」
「まかせて! 【氷壊】」
ヘッグの上でエーシャの体が硬直する。
詠唱完了までの永遠と思える数秒。
ヘッグは前線から距離を置くように絶妙な距離を測り、鞍上のエーシャを守った。
ウォルコット達がエーシャに向く牙を折り、極大の爆発を待った。
まだか。
その槍は激流の流れを薙ぎ払い、降り注ぐ矢の軌道を真っ直ぐ地面へと強引なまでの軌道修正を行う。
怒号と悲鳴が鳴り止まない。
まだか。
「いっけーー!」
エーシャの咆哮にヘッグが前へ駆け出した。
前方へとかざすエーシャの手が放つ眩しいばかりの青い閃光が視界を覆う。
ぐんぐんと大きくなる真っ青な光の外側からキラキラと氷の結晶がこぼれて行く。
キラキラと輝く美しい光に一瞬、見惚れてしまいそうになった。
その刹那、空を優雅に舞っていた飛竜が、飲み込もうと迫るリザードマンの激流が一瞬で氷ついた。
凍り付いた翼は羽ばたきを止め地面に自らを次々に叩きつけ砕け散り、凍てつく激流はその流れを止める。
「こいつはすげえ。エーシャもう一発行けるか?」
「これが一番効くね。何発でも行けるよ」
「よし。魔術師を護衛しろ! 氷漬けにする!」
『オオオー!』
目の前に広がる凍てつくモンスターの姿に、現場の士気が一気に上がる。
終わりのみえなかった戦いに光が差し込み始めた。
隻眼のウィッチの一撃が戦場に勇気を与え、勝利の息吹を与える。
激流の流れは堰き止められ、勢いが一気に落ちていった。
覆っていた飛竜の黒雲から黒素が遮る薄い陽光が差し込み始めた。
その薄い光が戦場に希望をもたらす。
剣を握る手に力が入った。
槍の切っ先が確実に眉間を貫いていく。
降り注ぐ矢を上回り、放つ矢が空を圧倒し黒雲に穴を開けて行った。
魔術師の詠唱が流れを吹き飛ばし、激流は穏やかな流れへと変化していく。
もう終わる。
誰もがそう思った。
ごく一部の人間を覗いて。
「マッシュ!」
「ミルバ」
「ウォルコット!」
レグレクィエス(王の休養)の入口へと最速で駆けた。
【ルプスコナレギオ(王の王冠)】のメンバーはすぐに主要な人間の元へと向かう。
マッシュにはドルチェナ、ミルバにはシモーネ、ウォルコットにはロク。
ある者は黙って頷き、ある者は驚き目を剥く、ある者は一瞬逡巡しすぐに納得した。
今はとりあえず、目の前に集中しよう。
これで終わりではない事ははっきりした。
「ハル。ここはもう大丈夫だ。おまえさんは団長の所に行ってくれ。予想通りもうひと仕事あると」
「マッシュの予想通りね」
「いや、ドルチェナの話だと予想の斜め上だ。これよりヤバイ、シルにも伝えに行く」
止まり始めたリザードマンの流れを指差した。
肩をすくめておどけて見せるマッシュの姿が強がりだと分かり、ハルヲは頷いて奥に控えるテントへと駆け出そうとし、一瞬足を止める。
「【ブルンタウロスレギオ(鉛の雄牛)】のみんな! あとは宜しくね!」
『オオ! まかせてよ! ハルちゃんも気を付けて!』
ハルヲは必死に守ってくれた三人に満面の笑顔を送った。
元気な言葉と笑顔を返して貰ったハルヲが、再び走り始める。
怒号や悲鳴が止んだ気がした。
空気が変わった? キルロは閉めっぱなしのテントの入口を見つめる。
「勇者のパーティーはここか?」
息を切らす猫人が飛び込んで来た。
「ピッポ! もう見てきたのか?」
息を整えながら、キルロに黙って頷いた。
その切羽詰まる姿から芳しくない状況は容易に想像出来る。
肩で息するピッポにタントが水を差しだした。
一気に飲み干し、大きく息を吐き出した。
「マッシュにこっちに行けって言われたのだけど⋯⋯」
剣呑な雰囲気に遠慮しがちにハルヲが入口から覗いていた。
その姿にアルフェンが少し大仰に招き入れる。
キルロの横に並ぶと耳打ちした。
「どうなっているの?」
「これからだ」
ハルヲはひとつ頷き黙ってピッポの方へと向いた。
ピッポは軽く見渡し、メモを取り出す。
読み上げる内容にテントの中は一気に重い雰囲気となっていく。
誰もが口を閉じ、ピッポの言葉を飲み込んでいった。
「ピッポありがとう。ドルチェナ達にも宜しく伝えて欲しい」
「ああ、わかった。とりあえずオレは前線に戻る」
アステルスにそれだけ言い残し、ピッポはテントをあとにした。
押し黙るテント内、誰もが北で目にした状況について精査している。
今よりヤバイ、どう対処すればいい。
想像すらつかない状況にキルロは嘆息した。
「ハルヲンスイーバ、外の状況はどうなっているのかな?」
「ハルでいいわよ。大勢はついたって感じね。もう時間の問題よ。ただ、被害と疲労は相当来ているわ。これが最後と思って踏ん張っているからまだ終わりじゃないって知ったら、集中は切れてしまいそう」
ハルヲの言葉にアルフェンも嘆息し、テントの中を見渡した。
その視線を感じた者達がやる気に満ちた視線を返していく。
アルフェンのパーティーもアステルスのパーティーもこの時を待っていた。
もどかしさを感じていたのはキルロだけではない。
爆発させる時を静かに滾らせ待っていた。
「キルロ・ヴィトーロイン。頼むぞ。我々が道を作る。ハルヲンスイーバと共に【最果て】を目指して欲しい」
「随分と大仰だな」
「クエイサーとキノも一緒なのよねぇ?」
アルフェンの言葉にキルロは肩をすくめ、ハルヲは視線を落としキノを見つめる。
キルロの足元で足を投げ出しているキノは、緊張感なく大あくびをしていた。
「何だか、まだピンとこないんだよな」
「私、詳しい事聞いてないのだけど」
「そっか、ハルヲは【最果て】に行けとしか聞いてないのか」
「そうそう」
「何だか、嘘っぽい話だぞ」
「でも、勇者の言葉でしょう? あんたの言葉より信憑性高いわ」
「いや、聞いたら嘘だと思うね」
「いいから、教えなさいよ!」
ハルヲがキルロの裏腿を蹴り飛ばす。
「いてえな! 本気か!? 泣くぞ!」
キルロは涙目で裏腿を愛でる。
「おまえ達は、本当に相変わらずだな」
タントは肩をすくめ、緊張感の欠けたふたりに呆れ声で言い放った。
『オレ達の目になってくれ。おまえさんにしか頼めない』
硬直する体と思考。ドルチェナの頭に過るのはマッシュの言葉。
その言葉の意味を理解し、ドルチェナは我に帰る。
(ピッポ!)
ドルチェナが小声で叫ぶと、ピッポはすぐに腰からメモを取り出しドルチェナの横に並んだ。
「小型モンスター多数、ゴブ(リン)の亜種か? 中型のオークも。その後ろに⋯⋯⋯⋯超特大種が2、青⋯⋯黒か? 黒い龍と赤い龍⋯⋯⋯⋯」
その言葉にロクも、シモーネも、筆を取るピッポも、驚愕の表情を見せた。
ドルチェナの目にしか映っていない絶望的な状況。
ドルチェナは目を凝らしさらに。先を睨む。
「あれはなんだ? 龍の後ろに馬車の荷台に馬鹿でかい板が積んである。それが1、2、3⋯⋯4台。板になんかびっしりとくっついて、まるで巨大な壁が動いているようだ。見た事がない⋯⋯⋯? あれは魔具か?! びっしりと魔具に覆われたデカイ壁を馬車で動かしている」
「何それ? わけわかんなーい!?」
「ほれ、シモーネ邪魔するな」
言っている張本人のドルチェナさえ、意味を理解出来ていない。
シモーネの言葉はもっともだ。
「魔具の壁の後ろ、武装した人間が多数。その後ろ馬車2。御者台には犬人とエルフ。エルフの馬車はセルバ、犬人の馬車、あれはセロか? とするとアッシモとクック、アントワーヌももしかしたら⋯⋯」
ドルチェナの口の動きが止まる。しばらく先を睨んでいたが、視線を外した。
「戻るぞ」
「何だか、ヤバイな」
メモを覗きながらピッポが呟く。
考えるのは後。
今は、見たものを伝えなければ、その為に自分達がここに送られたのは分かっている。
「急ぐぞ」
ドルチェナの言葉に黙って頷き。曲者のパーティーは、レグレクィエス(王の休養)の入口へと疾走する。
「槍! 飛竜はしっかり引きつけろ! 浅いと食われるぞ!」
槍を握り締めるウォルコットが叫び続けていた。
どれだけ落とせばいいんだ。
空を睨み、同時に迫り来る激流に備える。
疲弊し、心をすり減らす味方の姿。
無傷の者などおらず、多かれ少なかれ、体から、顔から、血を流していた。
「ウォルコット! 援護して!」
「エーシャ、デカイの頼む!」
「まかせて! 【氷壊】」
ヘッグの上でエーシャの体が硬直する。
詠唱完了までの永遠と思える数秒。
ヘッグは前線から距離を置くように絶妙な距離を測り、鞍上のエーシャを守った。
ウォルコット達がエーシャに向く牙を折り、極大の爆発を待った。
まだか。
その槍は激流の流れを薙ぎ払い、降り注ぐ矢の軌道を真っ直ぐ地面へと強引なまでの軌道修正を行う。
怒号と悲鳴が鳴り止まない。
まだか。
「いっけーー!」
エーシャの咆哮にヘッグが前へ駆け出した。
前方へとかざすエーシャの手が放つ眩しいばかりの青い閃光が視界を覆う。
ぐんぐんと大きくなる真っ青な光の外側からキラキラと氷の結晶がこぼれて行く。
キラキラと輝く美しい光に一瞬、見惚れてしまいそうになった。
その刹那、空を優雅に舞っていた飛竜が、飲み込もうと迫るリザードマンの激流が一瞬で氷ついた。
凍り付いた翼は羽ばたきを止め地面に自らを次々に叩きつけ砕け散り、凍てつく激流はその流れを止める。
「こいつはすげえ。エーシャもう一発行けるか?」
「これが一番効くね。何発でも行けるよ」
「よし。魔術師を護衛しろ! 氷漬けにする!」
『オオオー!』
目の前に広がる凍てつくモンスターの姿に、現場の士気が一気に上がる。
終わりのみえなかった戦いに光が差し込み始めた。
隻眼のウィッチの一撃が戦場に勇気を与え、勝利の息吹を与える。
激流の流れは堰き止められ、勢いが一気に落ちていった。
覆っていた飛竜の黒雲から黒素が遮る薄い陽光が差し込み始めた。
その薄い光が戦場に希望をもたらす。
剣を握る手に力が入った。
槍の切っ先が確実に眉間を貫いていく。
降り注ぐ矢を上回り、放つ矢が空を圧倒し黒雲に穴を開けて行った。
魔術師の詠唱が流れを吹き飛ばし、激流は穏やかな流れへと変化していく。
もう終わる。
誰もがそう思った。
ごく一部の人間を覗いて。
「マッシュ!」
「ミルバ」
「ウォルコット!」
レグレクィエス(王の休養)の入口へと最速で駆けた。
【ルプスコナレギオ(王の王冠)】のメンバーはすぐに主要な人間の元へと向かう。
マッシュにはドルチェナ、ミルバにはシモーネ、ウォルコットにはロク。
ある者は黙って頷き、ある者は驚き目を剥く、ある者は一瞬逡巡しすぐに納得した。
今はとりあえず、目の前に集中しよう。
これで終わりではない事ははっきりした。
「ハル。ここはもう大丈夫だ。おまえさんは団長の所に行ってくれ。予想通りもうひと仕事あると」
「マッシュの予想通りね」
「いや、ドルチェナの話だと予想の斜め上だ。これよりヤバイ、シルにも伝えに行く」
止まり始めたリザードマンの流れを指差した。
肩をすくめておどけて見せるマッシュの姿が強がりだと分かり、ハルヲは頷いて奥に控えるテントへと駆け出そうとし、一瞬足を止める。
「【ブルンタウロスレギオ(鉛の雄牛)】のみんな! あとは宜しくね!」
『オオ! まかせてよ! ハルちゃんも気を付けて!』
ハルヲは必死に守ってくれた三人に満面の笑顔を送った。
元気な言葉と笑顔を返して貰ったハルヲが、再び走り始める。
怒号や悲鳴が止んだ気がした。
空気が変わった? キルロは閉めっぱなしのテントの入口を見つめる。
「勇者のパーティーはここか?」
息を切らす猫人が飛び込んで来た。
「ピッポ! もう見てきたのか?」
息を整えながら、キルロに黙って頷いた。
その切羽詰まる姿から芳しくない状況は容易に想像出来る。
肩で息するピッポにタントが水を差しだした。
一気に飲み干し、大きく息を吐き出した。
「マッシュにこっちに行けって言われたのだけど⋯⋯」
剣呑な雰囲気に遠慮しがちにハルヲが入口から覗いていた。
その姿にアルフェンが少し大仰に招き入れる。
キルロの横に並ぶと耳打ちした。
「どうなっているの?」
「これからだ」
ハルヲはひとつ頷き黙ってピッポの方へと向いた。
ピッポは軽く見渡し、メモを取り出す。
読み上げる内容にテントの中は一気に重い雰囲気となっていく。
誰もが口を閉じ、ピッポの言葉を飲み込んでいった。
「ピッポありがとう。ドルチェナ達にも宜しく伝えて欲しい」
「ああ、わかった。とりあえずオレは前線に戻る」
アステルスにそれだけ言い残し、ピッポはテントをあとにした。
押し黙るテント内、誰もが北で目にした状況について精査している。
今よりヤバイ、どう対処すればいい。
想像すらつかない状況にキルロは嘆息した。
「ハルヲンスイーバ、外の状況はどうなっているのかな?」
「ハルでいいわよ。大勢はついたって感じね。もう時間の問題よ。ただ、被害と疲労は相当来ているわ。これが最後と思って踏ん張っているからまだ終わりじゃないって知ったら、集中は切れてしまいそう」
ハルヲの言葉にアルフェンも嘆息し、テントの中を見渡した。
その視線を感じた者達がやる気に満ちた視線を返していく。
アルフェンのパーティーもアステルスのパーティーもこの時を待っていた。
もどかしさを感じていたのはキルロだけではない。
爆発させる時を静かに滾らせ待っていた。
「キルロ・ヴィトーロイン。頼むぞ。我々が道を作る。ハルヲンスイーバと共に【最果て】を目指して欲しい」
「随分と大仰だな」
「クエイサーとキノも一緒なのよねぇ?」
アルフェンの言葉にキルロは肩をすくめ、ハルヲは視線を落としキノを見つめる。
キルロの足元で足を投げ出しているキノは、緊張感なく大あくびをしていた。
「何だか、まだピンとこないんだよな」
「私、詳しい事聞いてないのだけど」
「そっか、ハルヲは【最果て】に行けとしか聞いてないのか」
「そうそう」
「何だか、嘘っぽい話だぞ」
「でも、勇者の言葉でしょう? あんたの言葉より信憑性高いわ」
「いや、聞いたら嘘だと思うね」
「いいから、教えなさいよ!」
ハルヲがキルロの裏腿を蹴り飛ばす。
「いてえな! 本気か!? 泣くぞ!」
キルロは涙目で裏腿を愛でる。
「おまえ達は、本当に相変わらずだな」
タントは肩をすくめ、緊張感の欠けたふたりに呆れ声で言い放った。
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