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追跡
逃亡の代償
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ハルヲンテイムの裏口が一気に慌ただしくなっていく。
猫人が手綱を引く一台の馬車が到着した。
中から出てきたのは泥だらけの男と女。
頼りない足取りで店の中へと消えて行く。
駆け寄るキルロやハルヲが目を剥いた。
マッシュやドルチェナ達の余りのボロボロな姿に、ハルヲは直ぐにエーシャとマーラを呼びに駆け出し、キルロは直ぐにヒールを掛けていく。
うな垂れ、しゃがみ込むその消耗した姿に、苦しい闘いがあった事は一目瞭然。
どことなく覇気の見えない一同に、うまく事が運ばなかったのだと悟る。
「すまんな」
マッシュが力なくキルロを見上げる。
アッシモ達を逃してしまった後処理は、【ブラウブラッタレギオ(青い蛾)】にまかせ、マッシュ達はミドラスへと急いで帰還した。
逃がしてしまった事を伝えなくてはいけない、次に向けてすぐに動かなくてはいけない。
無傷のピッポに手綱をまかし、夜通し走った。
「みんなが無事で良かった」
キルロが微笑み返す。
裏口でへたり込むマッシュやドルチェナ達に肩を貸し、大部屋へと長い廊下を歩いていく。
ゆっくりとしか進めぬその姿に、消耗の激しさを改めて感じた。
ハルヲが音頭を取り、体を拭くためのお湯に部屋着、温かなスープを手際よく準備していく。
しばらくも立たず、オーカからの帰還組に少しずつ生気が戻ってきた。
バタバタしているとシルやユトも扉から中を覗く。
真っ白なベッドに体を投げているマッシュ達の姿が見えた。
「あら、マッシュ。お揃いね」
「その様子だとおまえさん達も大変だったのか?」
「まあね」
同じ部屋着を纏う、シルの姿にマッシュは眉をひそめる。
キルロが部屋を見渡し、パンパンと軽く手を叩いた。
「みんな、お疲れ様。今回はどこも大変だった。疲れているところ申し訳ないが主要な人間が全員集まっている。各々報告して、次の展開について考えたいんだけど、どうかな?」
「異議なしだ。そのために急いで帰って来た」
マッシュの言葉にみんなが頷く、各々がベッドや椅子に腰掛け中央に集まっていく。
シルが早速キルロの横を陣取ると、それを見たドルチェナがマッシュの横にちょこんと座る。
マッシュはその姿をイヤな顔で一瞥したが、諦めて前を向く。
キルロもシルを一瞥したが、そのまま手を軽く上げていった。
「じゃあ、オレから。リブロとふたりでヤクロウの手を借りて、ヤルバから話を聞いてきた。短い時間しか聴取出来なかったが、アッシモ、【アウルカウケウスレギオ(金の靴)】と【ノクスニンファレギオ(夜の妖精)】の副団長、セルバが繋がっている事が判明した」
「【ノクスニンファレギオ】が繋がっているのかシル?」
マッシュの厳しい口調にシルは首を横に振る。
キルロはそれを横目に見て続けた。
「【ノクスニンファレギオ】自体はシロだ。それは間違いない。シル、すまん。伝えるのが遅くなったが、【ノクスニンファレギオ】団長のメイレルが何者かに殺害された。細い剣か何かで一突き。エーシャとハースは間に合わなかった」
「ごめんなさい! 私のせいです! 私があの時、目を離さなければ⋯⋯」
絶句するシル、ユト、マーラにフェインが深々と頭を下げた。
オーカから帰還したマッシュ達も言葉を失う。
ドルチェナの目つきが少し変わった。
「おい、なぜおまえが謝る? メイレルを殺したヤツと接触があったという事か?」
頭を下げるフェインに代わり、ハルヲが口を開く。
「事の発端は、シルが掴んだダミー情報。情報を元に獣人街の捜索を始めたけど、それが罠で、シルのパーティーは壊滅的ダメージを受けてしまった。残念ながら犠牲者も出してしまったわ。それを仕組んだと思われるのが、シルのパーティーにいたカイナ。ここで身柄を拘束したのだけど一瞬の隙をついて逃げられてしまったの。そして、その足で団長を殺しに行ったと思う」
これにはオーカ帰還組が絶句した。
身内からの裏切り、しかも犠牲者が出るほどの罠。
マッシュがシルに溜め息まじりに顔を向けた。
「シル、難儀だったな」
「⋯⋯そうね。フェインも顔上げて、あなたのせいではないわ。私の勘違い、私のせいよ」
「はい、はい、はい。その話はもう終わり、シルでもフェインのせいでもない。カイナが狡猾だったってだけよ」
ハルヲの言葉にフェインも顔を上げた。
シルとふたり顔を合わせ、やるせない気持ちに嘆息する。
「ま、こちらも同じ感じだ。オーカにアッシモが現れる情報を掴んで接触したが、こっちも逃げられた。アッシモとクックが繋がっている事が確認出来たって事だけだな。クックの右腕のセロも結局取り逃がしたし、いろいろとうまくいかなかった。アッシモとクックの関係性も詳しくは分からん。ただ、クックはアッシモの右腕的な存在なのかも知れん」
「まあ、追い込んではいるんだ、焦らず行こうや」
リブロが俯きかけた部屋の空気に言葉を放つ。
「そうだな。情報はこんな所かな。いろいろと一気に動いた。それを踏まえてどう動くか考えよう」
「あんたはどう考えているのよ」
リブロの言葉にキルロは顔を上げ、ハルヲは鋭い視線をキルロに投げる。
ここで仕切り直し次こそ逃さない。
キルロは一同の顔を見回していく。
みんなが厳しい目つきで、悔しさとやる気を滲ませていた。
「【スミテマアルバレギオ】は北に行き、セルバの愚行を前線に伝え、ヤツを止める」
ハルヲもマッシュもフェインもユラもカズナもエーシャもすぐに北へと思いを決めた。
ハルヲはみんなの覚悟を受けて口を開く。
「シルと【ルプスコナ】はどう動く?」
「そうね、私達も一緒に北について行こうかしら。カイナを追いたい気持ちもあるけどメイレルのパーティーがすぐに追っているし、ハースがいれば向こうは大丈夫でしょう。セルバにはちょっとお痛が過ぎたから、お灸をすえないとね」
シルの瞳に鋭さが戻った、剣呑な表情を浮かべるユトとマーラも同じだった。
「【ルプスコナレギオ】も北に行こう」
「おまえ、マッシュについて行きたいだけじゃねえのか」
「リブロ! バ、バカ言うな。ちゃんと考えてだ。アッシモはオット達【ブラウブラッタレギオ】が追っている。わたし達は【スミテマアルバレギオ】に手を貸すべきだ」
「ほう。考えなしって分けじゃねえのか。ま、元々オレはひとりでも北に行く気だったけどな」
【ルプスコナレギオ】の面々も妖しく瞳をギラつかせていく。
今度こそ一泡吹かせる、そんな気概が伝わってきた。
「よし、決まりだ。この面子でまずは最北を目指す、シル達とオーカ組はまず体を整える事。準備はこちらでしておくから、その間はゆっくり養生してくれ。それとハルヲ、申し訳ないが誰か、中央にこの事を伝える書状を届けて欲しいんだが頼めるか?」
「いいわよ。エレナにお願いしておく」
「頼む。北かぁ、ミルバ達は大丈夫かな?」
「パーティー同士が、【レグレレクィエス(王の休養)】ではち合わせる事は、ほぼないけどセルバの話を知ってしまうとイヤな感じはするわよね」
シルもキルロの隣で北にいるパーティーを慮る。
「そういえば、なんでカイナが怪しいって分かったんだ? なかなか想像つかんぞ」
「ヤルバ達が使っていた小屋で、怪しい動きをするカイナとセルバらしき人物の目撃情報があったのよ。あ、アルタスとクレアどうしよう? しばらくウチに置いていてもいいけど、ずっとって分けにはいかないわ」
マッシュは納得した様子を見せた。
キルロは少しだけ逡巡する。
アルタスとクレアねえ、まあ、いつもの通りかな。
「アルバにお願いしよう。この世界を救ったふたりになるかもしれないんだから、イヤとは言わせない」
「まあ、それが無難よね。それでは領主様、書状をお願いしまーす」
ふざけた口調のハルヲを睨む。
大部屋の空気が変わっていく、俯いている人間はもういなかった。
猫人が手綱を引く一台の馬車が到着した。
中から出てきたのは泥だらけの男と女。
頼りない足取りで店の中へと消えて行く。
駆け寄るキルロやハルヲが目を剥いた。
マッシュやドルチェナ達の余りのボロボロな姿に、ハルヲは直ぐにエーシャとマーラを呼びに駆け出し、キルロは直ぐにヒールを掛けていく。
うな垂れ、しゃがみ込むその消耗した姿に、苦しい闘いがあった事は一目瞭然。
どことなく覇気の見えない一同に、うまく事が運ばなかったのだと悟る。
「すまんな」
マッシュが力なくキルロを見上げる。
アッシモ達を逃してしまった後処理は、【ブラウブラッタレギオ(青い蛾)】にまかせ、マッシュ達はミドラスへと急いで帰還した。
逃がしてしまった事を伝えなくてはいけない、次に向けてすぐに動かなくてはいけない。
無傷のピッポに手綱をまかし、夜通し走った。
「みんなが無事で良かった」
キルロが微笑み返す。
裏口でへたり込むマッシュやドルチェナ達に肩を貸し、大部屋へと長い廊下を歩いていく。
ゆっくりとしか進めぬその姿に、消耗の激しさを改めて感じた。
ハルヲが音頭を取り、体を拭くためのお湯に部屋着、温かなスープを手際よく準備していく。
しばらくも立たず、オーカからの帰還組に少しずつ生気が戻ってきた。
バタバタしているとシルやユトも扉から中を覗く。
真っ白なベッドに体を投げているマッシュ達の姿が見えた。
「あら、マッシュ。お揃いね」
「その様子だとおまえさん達も大変だったのか?」
「まあね」
同じ部屋着を纏う、シルの姿にマッシュは眉をひそめる。
キルロが部屋を見渡し、パンパンと軽く手を叩いた。
「みんな、お疲れ様。今回はどこも大変だった。疲れているところ申し訳ないが主要な人間が全員集まっている。各々報告して、次の展開について考えたいんだけど、どうかな?」
「異議なしだ。そのために急いで帰って来た」
マッシュの言葉にみんなが頷く、各々がベッドや椅子に腰掛け中央に集まっていく。
シルが早速キルロの横を陣取ると、それを見たドルチェナがマッシュの横にちょこんと座る。
マッシュはその姿をイヤな顔で一瞥したが、諦めて前を向く。
キルロもシルを一瞥したが、そのまま手を軽く上げていった。
「じゃあ、オレから。リブロとふたりでヤクロウの手を借りて、ヤルバから話を聞いてきた。短い時間しか聴取出来なかったが、アッシモ、【アウルカウケウスレギオ(金の靴)】と【ノクスニンファレギオ(夜の妖精)】の副団長、セルバが繋がっている事が判明した」
「【ノクスニンファレギオ】が繋がっているのかシル?」
マッシュの厳しい口調にシルは首を横に振る。
キルロはそれを横目に見て続けた。
「【ノクスニンファレギオ】自体はシロだ。それは間違いない。シル、すまん。伝えるのが遅くなったが、【ノクスニンファレギオ】団長のメイレルが何者かに殺害された。細い剣か何かで一突き。エーシャとハースは間に合わなかった」
「ごめんなさい! 私のせいです! 私があの時、目を離さなければ⋯⋯」
絶句するシル、ユト、マーラにフェインが深々と頭を下げた。
オーカから帰還したマッシュ達も言葉を失う。
ドルチェナの目つきが少し変わった。
「おい、なぜおまえが謝る? メイレルを殺したヤツと接触があったという事か?」
頭を下げるフェインに代わり、ハルヲが口を開く。
「事の発端は、シルが掴んだダミー情報。情報を元に獣人街の捜索を始めたけど、それが罠で、シルのパーティーは壊滅的ダメージを受けてしまった。残念ながら犠牲者も出してしまったわ。それを仕組んだと思われるのが、シルのパーティーにいたカイナ。ここで身柄を拘束したのだけど一瞬の隙をついて逃げられてしまったの。そして、その足で団長を殺しに行ったと思う」
これにはオーカ帰還組が絶句した。
身内からの裏切り、しかも犠牲者が出るほどの罠。
マッシュがシルに溜め息まじりに顔を向けた。
「シル、難儀だったな」
「⋯⋯そうね。フェインも顔上げて、あなたのせいではないわ。私の勘違い、私のせいよ」
「はい、はい、はい。その話はもう終わり、シルでもフェインのせいでもない。カイナが狡猾だったってだけよ」
ハルヲの言葉にフェインも顔を上げた。
シルとふたり顔を合わせ、やるせない気持ちに嘆息する。
「ま、こちらも同じ感じだ。オーカにアッシモが現れる情報を掴んで接触したが、こっちも逃げられた。アッシモとクックが繋がっている事が確認出来たって事だけだな。クックの右腕のセロも結局取り逃がしたし、いろいろとうまくいかなかった。アッシモとクックの関係性も詳しくは分からん。ただ、クックはアッシモの右腕的な存在なのかも知れん」
「まあ、追い込んではいるんだ、焦らず行こうや」
リブロが俯きかけた部屋の空気に言葉を放つ。
「そうだな。情報はこんな所かな。いろいろと一気に動いた。それを踏まえてどう動くか考えよう」
「あんたはどう考えているのよ」
リブロの言葉にキルロは顔を上げ、ハルヲは鋭い視線をキルロに投げる。
ここで仕切り直し次こそ逃さない。
キルロは一同の顔を見回していく。
みんなが厳しい目つきで、悔しさとやる気を滲ませていた。
「【スミテマアルバレギオ】は北に行き、セルバの愚行を前線に伝え、ヤツを止める」
ハルヲもマッシュもフェインもユラもカズナもエーシャもすぐに北へと思いを決めた。
ハルヲはみんなの覚悟を受けて口を開く。
「シルと【ルプスコナ】はどう動く?」
「そうね、私達も一緒に北について行こうかしら。カイナを追いたい気持ちもあるけどメイレルのパーティーがすぐに追っているし、ハースがいれば向こうは大丈夫でしょう。セルバにはちょっとお痛が過ぎたから、お灸をすえないとね」
シルの瞳に鋭さが戻った、剣呑な表情を浮かべるユトとマーラも同じだった。
「【ルプスコナレギオ】も北に行こう」
「おまえ、マッシュについて行きたいだけじゃねえのか」
「リブロ! バ、バカ言うな。ちゃんと考えてだ。アッシモはオット達【ブラウブラッタレギオ】が追っている。わたし達は【スミテマアルバレギオ】に手を貸すべきだ」
「ほう。考えなしって分けじゃねえのか。ま、元々オレはひとりでも北に行く気だったけどな」
【ルプスコナレギオ】の面々も妖しく瞳をギラつかせていく。
今度こそ一泡吹かせる、そんな気概が伝わってきた。
「よし、決まりだ。この面子でまずは最北を目指す、シル達とオーカ組はまず体を整える事。準備はこちらでしておくから、その間はゆっくり養生してくれ。それとハルヲ、申し訳ないが誰か、中央にこの事を伝える書状を届けて欲しいんだが頼めるか?」
「いいわよ。エレナにお願いしておく」
「頼む。北かぁ、ミルバ達は大丈夫かな?」
「パーティー同士が、【レグレレクィエス(王の休養)】ではち合わせる事は、ほぼないけどセルバの話を知ってしまうとイヤな感じはするわよね」
シルもキルロの隣で北にいるパーティーを慮る。
「そういえば、なんでカイナが怪しいって分かったんだ? なかなか想像つかんぞ」
「ヤルバ達が使っていた小屋で、怪しい動きをするカイナとセルバらしき人物の目撃情報があったのよ。あ、アルタスとクレアどうしよう? しばらくウチに置いていてもいいけど、ずっとって分けにはいかないわ」
マッシュは納得した様子を見せた。
キルロは少しだけ逡巡する。
アルタスとクレアねえ、まあ、いつもの通りかな。
「アルバにお願いしよう。この世界を救ったふたりになるかもしれないんだから、イヤとは言わせない」
「まあ、それが無難よね。それでは領主様、書状をお願いしまーす」
ふざけた口調のハルヲを睨む。
大部屋の空気が変わっていく、俯いている人間はもういなかった。
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