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モアルカコタン(小さな箱村)

語り部

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 喧騒の夜が過ぎ、村に落ち着きが生まれると真っ黒な空が紫紺へと染まり始め、いくばくかの明るさを感じ始める。
 マッシュが村の入口に辿り着くと、村の落ち着きに違和感を覚えた。
 あれだけの人間が突然戻ってパニックになってない?
 リン達が辿り着いてないとか?
 村の様子を伺いながら治療院へとゆっくりと足を向ける。
 見覚えのある馬車が目に入りひとまず安堵した。
 中へ入ると良く見知った顔が指示を飛ばし、動き回っている姿に村が落ち着いている理由わけが分かった。
 ハルヲやフェインがバタバタしてはいるが、パニックになっている素振りはない。
 この感じならユラも大丈夫だったんだな。
 間に合ったか、良かった。
 マッシュは安堵の溜め息を漏らした。


「ユラ、キノお疲れ様。助かったよ。マッシュもお疲れさん」

 ユラのベッドの回りにメンバーが集まった。
 ユラの回復を待ってと思っていたが、頑なにもう大丈夫と言い張る。
 変なところドワーフぽいんだよ。
 “飯食えば治る”そう言って早急のミーティングをユラ自身が切望した。
 ハルヲやフェインも、もちろん躊躇したが、ユラが断固として譲らない。
 早急に訴えたい事でもあるのか?
 ユラは真っ白で清潔なベッドの上で上半身を起こし、自分の見て来たものを伝える。
 敵の数や雰囲気、小屋の中の人が生活出来るとは思えない環境にさらされていた事。 
 どれを取っても胸くそ悪い、ユラは何度ももう少し早く行ければと悔やむ言葉をこぼす。
 そうだ、もう少し早く動いていれば救えたかもしれない命はあった。
 目の当たりにしたユラにはなおさら酷か。


「そのエルフなんだが……」
「あんな野郎はエルフじゃねえ! ただのクソ野郎だ!」
「まあまあ、病み上がりなんだから落ち着けって」

 マッシュがエルフの話しをしようとすると、ユラの血圧が上がり過ぎる。
 病み上がりには明らかに毒な単語だ。
 毎度なだめるキルロも溜め息をつく。

「お話中失礼します、こちらどうぞ。エーシャさんからです」

 リンが温かいお茶を皆に配ってくれた。
 ユラがすぐにリンに気がつき笑顔になる。

「リン! ありがとな! 助かったぞ」

 ユラの言葉にリンは明るい表情になり首を横に振った。
 清潔なエプロンと頭に頭巾を被り治療院の従業員の姿になっている。
 顔色もだいぶ良くなっているし、元気に動けるくらいまで回復したんだな。

「ユラさんこそ元気になられて、ホント良かったです。ユラさんに比べたら私のしたことなんて、たいしたことありませんから」
「そんな事ないよ、リン助けてくれた」

 キノがリンに向かって笑顔を向けた、リンは少しはにかみ俯いた。
 キノもか、小屋ではいったい何が起こっていたのだろう?

「キノも助けて貰ったのか? そらあ、ますますウチらは頭上がらないや。ちなみにキノを助けた時ってどんな感じだったんだ?」
 
 キルロの言葉にリンは“いえいえ”と手のひらをブンブン振る。
 リンは顔を上げると皆の視線が自分に向いている恥ずかしさから顔を赤らめた。

「あの時は獣人の女性が、人質を取ってキノちゃんに武器を捨てるように言ったんです。一本は獣人の目の前に、もう一本は投げるのを失敗したフリして私の目の前に投げました。獣人がキノちゃんに迫ると、キノちゃんが私に目で合図したので無我夢中に目の前のナイフを握って獣人に……って感じです」
「なかなかハードな状況ね。良く咄嗟に出来たわね」

 リンがワタワタと身振り手振りをつけて話すとハルヲが目を剥いた。
 確かに手練れの連中でも下手したら躊躇するよな。

「ユラさんに喝入れられていたので」

 リンははにかんだ笑顔を見せる。
 何かと今回はユラが大活躍だな。

「それと、お時間出来たら今回の出来事をお話ししたいので教えて下さい。エーシャさんに皆さんが些細な事でも情報を必要とされているよ、とお聞きしましたので。お役に立てるか分かりませんが、いつでもおしゃって下さいね」
「大丈夫か? 昨日の今日だ、そんなに焦らないでいいんだぞ」

 リンは首を横に振る。
 その目には強い意志を感じた、願ってもない申し出だがメンバー一同躊躇する。

「大丈夫です。ユラさんのお役に立てるなら」
「そうか、わりいな。なんだったら皆いるし、今聞いてもいいか?」
 
 ユラがリンに微笑み掛ける。
 リンはそれにしっかりとした目で頷いた。

「リン、すまんな。それじゃ早速、ヤツらが初めて接触してきた時の事から教えて貰えるかい?」

 マッシュの問い掛けに頷くと深呼吸を何回かして意を決し話し始めた。


~最初は食べ物が欲しい、売って欲しいとひとりのエルフが現れました。
 私達はたいしたものはありませんがと、いくばくかの食料を売りました。
 しばらくするとまたエルフが現れました。
 今度は仲間を引き連れやってきました。
 住人を一人血祭りにあげ食料を寄越せと。
 まだそれだけでした。
 しばらくしてまた来ました。
 今度は女性を寄越せと。
 その次は子供を寄越せと。
 食べ物も人も奪って行きました。
 村は沈黙する事しか出来ません。
 恐怖という呪縛を持って住人の心も縛りつけてしまいました。
  
 私達は薄暗い小屋に閉じこめられました。
 最初は皆で声を出し励ましあったり、慰めあったりもしました。
 でも最初だけです。
 小屋から連れ出され戻ってくる女性は身も心も見るも無惨な状態です。
 時には変な色の実を渡され飲まされました。
 激しい頭痛と吐き気に襲われるだけならまだしも、絶命してしまう子供も一人や二人ではありません。
 動かなくなってもそのまま放置されて悪臭を放ちます。
 何も出来ない無力感が自分を覆うと、思考が停止していきます。
 何も感じなくなりました。
 
 ただそこにある。
 自分が。
 何かが。
追いつめられるという感覚すらありません。
 
扉が開いて小さな女の子が二人入って来ました。
 それは希望でした。
 すぐに気が付く事は出来なかったけど、気が付かせてくれました。
 私達の止まっていた時間が動き始めます。
 彼女達が真っ暗闇の中にいた私達に希望の光を灯し、道標となってくれました~ 

 
「村で起きていた今回の出来事です。こんな事しかお話し出来ずにすいません」

 ハルヲとフェインは話を聞いている間リンの肩にずっと手を添えていた。
 人を人として扱わない所業の数々か。
 怒りは勿論だが悲しい、虚しいそんな感情も沸いてくる。

「ヤツらは何話していた? なんでもいいんだ、覚えている事教えてくれないか?」
「正直あんまり覚えてないのですが⋯⋯。うーん。ちょと前から、ケチとかショボイとかそんな単語を耳にする事がありました」
「なるほど。それと実って、赤ぽい感じだったかい?」
「ごめんなさい、暗くて良く見えなかったのです。でも赤ではなかったと思います」
「そうかい、十分だ。ありがとう」

 マッシュはリンの答えに頷き感謝を述べた。
 イヤな事を思い出させてしまったという思いが後ろめたく感じる。

「リン、いろいろありがとう。アンタには感謝してもしきれないよ」

 キルロはリンに真っ直ぐ向いて感謝を伝えると皆も続けて感謝を伝えた。
 リンは少し照れたようにはにかむ。

「あのよ、リンの分もぶっ飛ばしてきてやるからよ、まかせろよな」
「はい!」

 ユラの言葉にリンは笑顔で答えた。
 “失礼します”とリンは部屋から出て行った。救われたのはこちらかもしれない。
 皆の目つきが変わった。リンの出て行った扉を眺め、キルロはそう感じた。

「人体で実際になんか試していたんだ。胸くそ悪い話だが、なんかしら仕掛けようとしているのは分かった。それだけでも十分な収穫だ」

 マッシュが吐き捨てるように言い放つ。
 全員が厳しい表情を浮かべ決意を新たにする、ヤツらはそれだけの事をしてくれた。
 潰す、それだけだ。

「やはり反勇者ドゥアルーカですか?」
「断言は出来ないが十中八九、ドゥアルーカかそれに類する類いだろう。ただのチンピラ連中じゃない。タントかシルかどちらかが追っている連中だろうな」

 険しい顔のネインが問い掛けると、同じく厳しい顔のマッシュが答える。
 マッシュは、実際に相対している。肌で感じた部分も多分にあるのだろう。

「リン達がいた所が拠点だと思っていたが違いそうだ。逃げたエルフが吹き溜まりに消えて行った。ご丁寧に偽装した縄梯子まで準備してある。あそこに間違いなくなんかしらあるな」
「でも、吹き溜まりで生活出来るのですか? 厳しいと思いますです」

 マッシュの言葉にフェインが疑問を投げた。
 確かに、厄介なモンスターが多い所で安全に暮らせるとは思えない。
 おもむろにハルヲが顔を上げた。

「洞窟」
「へ?」
「アンタがぶっ倒れていた洞窟よ。白精石アルバナオスラピスに覆われていて、モンスターが寄りつかない。消えた吹き溜まりにそれに近い場所があれば、隠れるのは意外と容易よね」

 薄ぼんやりとしか記憶にないが、確かにそんな場所があれば食料と水さえ確保出来れば隠れ家としてうってつけだ。

「とりあえずよ、ぶっ飛ばしてにいこうぜ」
「だな、考えていても仕方ない」
「よし、潜るぞ」

 キルロの一言で全員にスイッチが入った。
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