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ヴィトリア
裏通り
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ハルヲの言葉に水を打ったように部屋の中が静まり返った。
言葉を放ったハルヲ自身もバツの悪さから俯く。
言いたくも思いたくもないが、目を逸らす事の出来ない事実だという事に間違いはない。
誰かが言わなくてはいけない事実をハルヲは言ったまでだった。
「それって……」
キルロは絶句して言葉を詰まらす。
皆もハルヲの思いを否定出来るだけの材料を持ち合わせていなかった。
「あ、あのだとしてもです、近い方がキルロさんを襲う理由がわかりませんです」
「まあね。賊の侵入だけを考えると、そうだってだけでね。理由がねえ⋯⋯ないのよ」
フェインの言葉に皆の思考が、また堂々巡りを始めてしまう。
キルロを始め全員が思考の沼へとはまっていく。ズブズブと抜け出せない思考の沼、もがけばもがく程その深みから抜け出せなかった。
「可能性としては残しておこう。ハルヲが言っていた事に合点はいく。それはそれとして資金の流れと襲撃を同一と見なさず、別々に考えてみないか?」
「なるほど。そうしよう。オレは引き続き資金の流れを追うよ」
「私たちは警備の名目で襲撃犯を追いましょう」
キルロの言葉にマッシュとハルヲが賛同すると一同に頷く。
キルロは普段見せない思い詰めた表情を見せ、思考の渦に飲み込まれているのが分かった。
マッシュは単独で行動で事務長の動きと共に資金の流れについて動く。
ハルヲとネイン、キノは施設及び家の警備という名目で施設や家の周辺を洗う。
キルロはおとりとして街中を適当に歩く。
うまく行けば襲撃犯と接触出来るかもしれない危険性も考慮してフェインとユラを護衛につけた。
ハルヲは家の警備に当たるという名目で警備状況と施設をくまなく見て回る。
話を聞く限り思っていた以上の警備体制だった。蟻の子一匹通さぬという程ではないが一般的な賊が易々と侵入できるとは思えない。
壁も高く乗り越えるのにはひと苦労どころでは利かない。
入口は表の玄関と裏口と搬入口の三カ所搬入口は夕方には締めてしまうので夜の出入りは表と裏口の二カ所しかない。
侵入経路に使えそうな穴がないか見て回ったがそれらしいものは見当たらなかった。
「こんにちは」
治療院への連絡路を歩いていると唐突に後ろから声が掛かる。
ハルヲ達が振り返ると事務次長の犬人、クックが口元に笑みを浮かべ挨拶してきた。
「いやぁ、怖いですね。賊が侵入してあなた方が退治してくれたとか」
「退治はしてないわよ。逃がしちゃったからね」
「追い払ってくれた事には違いありませんよ、ご出発のご予定はいつですか? みなさまがいなくなるとまた襲われないか怖いですね」
「ちょっとクエストがキャンセルになっちゃったので、しばらく時間が出来たのよ。とりあえずは警備しながら襲撃犯探しね」
クックは一瞬考える仕草をみせたが、すぐに笑顔を見せる。
「そうですか。強い方々なので安心ですね」
「期待に沿えるように頑張るわ」
「宜しくお願いします。では」
頭を下げようとしたクックに、ハルヲが声を掛ける。
「あ、ちょっと、アナタここ来る前は何をしていたの?」
キルロがいなくなってからやって来たということはそんな大昔ではない。
古くからいる人が多い中で異彩を放っている。
ここに来る以前に何をしていたのか気になる所だ。
唐突なハルヲの質問に一瞬躊躇する表情を見せたが、すぐに口元に笑みを湛え答えた。
「私ですか? 私は学者の真似事をしていました。その伝手でここを紹介して頂けたのですよ」
「伝手って?」
「事務長が元々学者だったのですよ」
「なるほどね」
“では”とクックは丁寧に頭を下げて去って行った。
キルロ達は街を散策している。
これと言ってあてがあるわけでもないので、フェインとユラをキルロが案内していた。
「なんかミドラスと比べて落ち着いていますね」
フェインが中央通りを歩きながら周りを見回す。
「基本、金持ちが治療や療養として訪れるだけだからな。冒険者なんかは、ほとんどいないんで、雑多な感じが薄いのかもな」
「オレはミドラスの方がいいな、ここは食いもん屋が少なすぎるぞ」
「裏の方行ってみるか? 雰囲気変わるぞ」
キルロの提案に二人は頷き裏通りへと入っていく。
言っていた通りに雰囲気が一変した。
身なりは急にヨレ始め、煤けた顔の子供達が通りを走り抜けていく。
建物の店はないが、住人の寄り集まりが市場を形成していた。
いろいろなものが並び、人々が品物を物色し、活気のある声と笑い声が飛び交っている。
「オレはこっちの方が好きだな」
「もっと暗いイメージを創造していましたが、思っていたより皆さん元気なんですね」
「だろう。元気があってオレもこっちの方が性に合うんだ」
市場の中、人を掻き分け進んでいるとユラが何かに気がついた。
「ユラ、どうした?」
「あそこの頬に傷当てしているヤツ、この間のヤツかもしれんぞ」
「本気か? でも目しか見えなかったんだろう? 分かるのか」
「良し、聞いてくる!」
「え?! ちょっ!!」
キルロの制止を聞かずユラはヅカヅカと足早に近付いて行った。
キルロとフェインも顔を見合わせユラの後を追う。
「よお! オマエ顔面大丈夫か?」
後ろから頬を盛大に腫らした男に声を掛けると“ああん?”と不機嫌そうに振り返る。
ユラは小首を傾げながら男に視線を送ると、振り返った男と視線が絡み合う。
見る見る男の顔色が変わっていく。
悟られまいと必死に取り繕う感じが、小物ぶりをひけらかしていた。
「な、なんだ? お前?」
「聞こえんかったか? その顔面は大丈夫かって聞いたんよ。随分と腫れとるわぁ、大丈夫か?」
「お前に関係ないだろが」
「ハァ~!? 大丈夫か聞いてやっているのに、なんだその言い草。オレの優しさ溢れる質問にも答えられないんか」
“知るか”と吐き捨て立ち去ろうとする。
ユラは男の肩をグッと力を込め掴み離さない。
「大丈夫か、大丈夫じゃないかくらい、答えられるだろう?」
「うるせえな、ほっとけよ」
男は肩の手を振り解き走り出した。
キルロとフェインは顔見合わせ男のあとを追う。
キルロが目で合図を出し、脇へと逸れていく。
キルロの合図を見て、フェインは真っ直ぐに男を追う。
男はひたすら走りT字路へ飛び込もうとすると目の前に男が現れ肩を押さえられた。
「はい、ご苦労様」
「なんだてめぇは?」
剣呑な表情を浮かべる男にフェインも追いつくと、男の退路を仁王立ちして塞いでしまう。
ゆっくりと走ってきたユラも追いついた。
「なあ、顔面は大丈夫か?」
キルロはあえて舐めた口調で男に見下すように言い放つ。
男の顔が見る見る青ざめていく。
ユラが男の目の前に立つと手で男の口を塞ぐ仕草をする。
「こいつだな。間違いない」
「だからなんなんだよ、てめえらは!」
「はいはい、わかった、わかった。で誰に頼まれた?」
男は横を向き視線を逸らす。
すかさずユラ腫れていない方の頬に拳をめり込ませた。
「ぐぁはっ!」
呻きを上げ横へすっ飛んで行く。
「ヌシ、これでバランス良くなったな」
「間髪入れずに行くなあー、オレら悪役みたいだぞ」
「そうですね。でも、手っ取り早いと思いますです」
尻餅ついている男へ三人はにじり寄る。
「言いたくないならいいよ。言いたくなるようにするだけだから」
キルロは薄ら笑いを浮かべ、ゆっくりと男へ言葉を投げかける。
フェインが脚を振り上げかかと落としを見舞おうと振り落とす。
「わかった! 言う! 言う! 女だ! 知らねえ女が袋いっぱいの金を持って来て、部屋の中にいる男を痛めつけろって。言われるがまま、やろうとしただけだ」
女……?
誰だ。
「女ってどんなヤツだ?」
「頭から足のつま先まで隠れていたからわかんねえよ、暗がりで良く見えなかったし。そ、それなりに年は食ってそうだった。それしかわかんねえよ」
コイツが嘘をついている可能性は限りなく低い。
ここまで来て隠すメリットはこいつにない。
「もういいや、じゃあな」
男を解放すると一目散に逃げて行った。
「殺そうとしていたわけでは、ないのですね」
「ますますわかんねえな」
「暴れて腹減ったな」
妙齢の女⋯⋯?
キルロはますます混迷の色を濃くしていく。
言葉を放ったハルヲ自身もバツの悪さから俯く。
言いたくも思いたくもないが、目を逸らす事の出来ない事実だという事に間違いはない。
誰かが言わなくてはいけない事実をハルヲは言ったまでだった。
「それって……」
キルロは絶句して言葉を詰まらす。
皆もハルヲの思いを否定出来るだけの材料を持ち合わせていなかった。
「あ、あのだとしてもです、近い方がキルロさんを襲う理由がわかりませんです」
「まあね。賊の侵入だけを考えると、そうだってだけでね。理由がねえ⋯⋯ないのよ」
フェインの言葉に皆の思考が、また堂々巡りを始めてしまう。
キルロを始め全員が思考の沼へとはまっていく。ズブズブと抜け出せない思考の沼、もがけばもがく程その深みから抜け出せなかった。
「可能性としては残しておこう。ハルヲが言っていた事に合点はいく。それはそれとして資金の流れと襲撃を同一と見なさず、別々に考えてみないか?」
「なるほど。そうしよう。オレは引き続き資金の流れを追うよ」
「私たちは警備の名目で襲撃犯を追いましょう」
キルロの言葉にマッシュとハルヲが賛同すると一同に頷く。
キルロは普段見せない思い詰めた表情を見せ、思考の渦に飲み込まれているのが分かった。
マッシュは単独で行動で事務長の動きと共に資金の流れについて動く。
ハルヲとネイン、キノは施設及び家の警備という名目で施設や家の周辺を洗う。
キルロはおとりとして街中を適当に歩く。
うまく行けば襲撃犯と接触出来るかもしれない危険性も考慮してフェインとユラを護衛につけた。
ハルヲは家の警備に当たるという名目で警備状況と施設をくまなく見て回る。
話を聞く限り思っていた以上の警備体制だった。蟻の子一匹通さぬという程ではないが一般的な賊が易々と侵入できるとは思えない。
壁も高く乗り越えるのにはひと苦労どころでは利かない。
入口は表の玄関と裏口と搬入口の三カ所搬入口は夕方には締めてしまうので夜の出入りは表と裏口の二カ所しかない。
侵入経路に使えそうな穴がないか見て回ったがそれらしいものは見当たらなかった。
「こんにちは」
治療院への連絡路を歩いていると唐突に後ろから声が掛かる。
ハルヲ達が振り返ると事務次長の犬人、クックが口元に笑みを浮かべ挨拶してきた。
「いやぁ、怖いですね。賊が侵入してあなた方が退治してくれたとか」
「退治はしてないわよ。逃がしちゃったからね」
「追い払ってくれた事には違いありませんよ、ご出発のご予定はいつですか? みなさまがいなくなるとまた襲われないか怖いですね」
「ちょっとクエストがキャンセルになっちゃったので、しばらく時間が出来たのよ。とりあえずは警備しながら襲撃犯探しね」
クックは一瞬考える仕草をみせたが、すぐに笑顔を見せる。
「そうですか。強い方々なので安心ですね」
「期待に沿えるように頑張るわ」
「宜しくお願いします。では」
頭を下げようとしたクックに、ハルヲが声を掛ける。
「あ、ちょっと、アナタここ来る前は何をしていたの?」
キルロがいなくなってからやって来たということはそんな大昔ではない。
古くからいる人が多い中で異彩を放っている。
ここに来る以前に何をしていたのか気になる所だ。
唐突なハルヲの質問に一瞬躊躇する表情を見せたが、すぐに口元に笑みを湛え答えた。
「私ですか? 私は学者の真似事をしていました。その伝手でここを紹介して頂けたのですよ」
「伝手って?」
「事務長が元々学者だったのですよ」
「なるほどね」
“では”とクックは丁寧に頭を下げて去って行った。
キルロ達は街を散策している。
これと言ってあてがあるわけでもないので、フェインとユラをキルロが案内していた。
「なんかミドラスと比べて落ち着いていますね」
フェインが中央通りを歩きながら周りを見回す。
「基本、金持ちが治療や療養として訪れるだけだからな。冒険者なんかは、ほとんどいないんで、雑多な感じが薄いのかもな」
「オレはミドラスの方がいいな、ここは食いもん屋が少なすぎるぞ」
「裏の方行ってみるか? 雰囲気変わるぞ」
キルロの提案に二人は頷き裏通りへと入っていく。
言っていた通りに雰囲気が一変した。
身なりは急にヨレ始め、煤けた顔の子供達が通りを走り抜けていく。
建物の店はないが、住人の寄り集まりが市場を形成していた。
いろいろなものが並び、人々が品物を物色し、活気のある声と笑い声が飛び交っている。
「オレはこっちの方が好きだな」
「もっと暗いイメージを創造していましたが、思っていたより皆さん元気なんですね」
「だろう。元気があってオレもこっちの方が性に合うんだ」
市場の中、人を掻き分け進んでいるとユラが何かに気がついた。
「ユラ、どうした?」
「あそこの頬に傷当てしているヤツ、この間のヤツかもしれんぞ」
「本気か? でも目しか見えなかったんだろう? 分かるのか」
「良し、聞いてくる!」
「え?! ちょっ!!」
キルロの制止を聞かずユラはヅカヅカと足早に近付いて行った。
キルロとフェインも顔を見合わせユラの後を追う。
「よお! オマエ顔面大丈夫か?」
後ろから頬を盛大に腫らした男に声を掛けると“ああん?”と不機嫌そうに振り返る。
ユラは小首を傾げながら男に視線を送ると、振り返った男と視線が絡み合う。
見る見る男の顔色が変わっていく。
悟られまいと必死に取り繕う感じが、小物ぶりをひけらかしていた。
「な、なんだ? お前?」
「聞こえんかったか? その顔面は大丈夫かって聞いたんよ。随分と腫れとるわぁ、大丈夫か?」
「お前に関係ないだろが」
「ハァ~!? 大丈夫か聞いてやっているのに、なんだその言い草。オレの優しさ溢れる質問にも答えられないんか」
“知るか”と吐き捨て立ち去ろうとする。
ユラは男の肩をグッと力を込め掴み離さない。
「大丈夫か、大丈夫じゃないかくらい、答えられるだろう?」
「うるせえな、ほっとけよ」
男は肩の手を振り解き走り出した。
キルロとフェインは顔見合わせ男のあとを追う。
キルロが目で合図を出し、脇へと逸れていく。
キルロの合図を見て、フェインは真っ直ぐに男を追う。
男はひたすら走りT字路へ飛び込もうとすると目の前に男が現れ肩を押さえられた。
「はい、ご苦労様」
「なんだてめぇは?」
剣呑な表情を浮かべる男にフェインも追いつくと、男の退路を仁王立ちして塞いでしまう。
ゆっくりと走ってきたユラも追いついた。
「なあ、顔面は大丈夫か?」
キルロはあえて舐めた口調で男に見下すように言い放つ。
男の顔が見る見る青ざめていく。
ユラが男の目の前に立つと手で男の口を塞ぐ仕草をする。
「こいつだな。間違いない」
「だからなんなんだよ、てめえらは!」
「はいはい、わかった、わかった。で誰に頼まれた?」
男は横を向き視線を逸らす。
すかさずユラ腫れていない方の頬に拳をめり込ませた。
「ぐぁはっ!」
呻きを上げ横へすっ飛んで行く。
「ヌシ、これでバランス良くなったな」
「間髪入れずに行くなあー、オレら悪役みたいだぞ」
「そうですね。でも、手っ取り早いと思いますです」
尻餅ついている男へ三人はにじり寄る。
「言いたくないならいいよ。言いたくなるようにするだけだから」
キルロは薄ら笑いを浮かべ、ゆっくりと男へ言葉を投げかける。
フェインが脚を振り上げかかと落としを見舞おうと振り落とす。
「わかった! 言う! 言う! 女だ! 知らねえ女が袋いっぱいの金を持って来て、部屋の中にいる男を痛めつけろって。言われるがまま、やろうとしただけだ」
女……?
誰だ。
「女ってどんなヤツだ?」
「頭から足のつま先まで隠れていたからわかんねえよ、暗がりで良く見えなかったし。そ、それなりに年は食ってそうだった。それしかわかんねえよ」
コイツが嘘をついている可能性は限りなく低い。
ここまで来て隠すメリットはこいつにない。
「もういいや、じゃあな」
男を解放すると一目散に逃げて行った。
「殺そうとしていたわけでは、ないのですね」
「ますますわかんねえな」
「暴れて腹減ったな」
妙齢の女⋯⋯?
キルロはますます混迷の色を濃くしていく。
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