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ヴィトリア

ヴィトーロイン家

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「ハ、ハルさん、これどうやって食べるのですか?」
「わ、わからないわよ」

 フェインとハルヲが顔を動かさず、視線だけ交わし小声で囁きあう。
 目の前にはニッコリと微笑む母イリアが、二人を見つめていた。
 とりあえず口元だけの笑顔を返しておく。
 どうしよう。ハルヲは冒険の時とは違う緊張感と若干の眩暈に襲われ、目が凄い勢いで泳いでいた。
 指先がフォークの上を、所在なくなぞっていく。
 テーブルに用意された、いくつものナイフとフォーク。
 綺麗に盛り付けされた豪華な料理に、二人は翻弄されていた。

「どうした? 食わないのか?」
(食べられないのよ、バカ! 気がつけ!)

 イリアに微笑みを浮かべながら、キルロに心の中で毒づく。
 ハルヲは鋭い視線だけキルロに送ると、どうやら気がついてくれた。

「適当でいいんだぞ、あそこの二人を見てみろ」

 “うまーっ、なんだ! これ!”と感嘆の声を上げながら、フォークを握り締めているユラとなぜかフォークを両手に持ち、口の周りをソースだらけにしているキノを指差した。
 イリアの目前でそんな事出来るか! と怒りに近い感情をハルヲはキルロに抱く。
 アイツ、後で覚えていろよ。
 表情には出さず心の中で炎を燃やす。

「そうよ、美味しく食べればいいのよ。とりあえずナイフとフォークは外から順番に使って行けばいいわ。私もちゃんとした事は知らないからアナタ達と一緒よ」

 イリアはそう言って二人にウインクして見せた。
 ハルヲとフェインは顔を見合わせ安堵の表情を浮かべていく。
 ちょっとだけ肩の荷が下りた。安堵の溜め息と共に二人は言われた通りに食べ始めた。

(ハ、ハルさん、こ、これ何ですか? 美味し過ぎなのです!)

 フェインの囁きにハルヲも口に運ぶ。
 とろけるような味に目を剥き、そのままフェインと視線を交わす。
 二人は“はぁ~”と、とろけるような溜め息を吐くと黙々と食を進めた。

 家族はさかんにキルロの暮らしぶりを聞いてきた。なんでも家を出てから初めての里帰りらしい。
 手紙では伝わらない事も多いのだろう。
 スミテマアルバのメンバーが、家族からの質問攻めににこやかに答えていく。
 その度に“もう止めろって!”と、キルロが口を挟みふてくされる。
 嫌がるキルロの姿に、笑いが絶えない明るい雰囲気の夕食となった。

 コンコン。

 ドアを軽くノックする音が鳴り響いた。
 一同がドアに注目すると、一礼をして小太りなヒューマンが入ってきた。
 身なりは小綺麗にしているが、禿上がった頭を無理やり分けて作った髪型がどことなくいやらしさを醸し出している。
 ずんぐりとした体型に垂れ目ぎみの容貌が、さらにいやらしさを後押ししているのかもしれない。

「ご会食中失礼、院長ちょっとよろしいですかな」

 失礼などとはみじん思っていない、誠実さの欠片も感じられなかった。
 なかなかいないわね、ここまで慇懃無礼いんぎんぶれいな人は。
 ハルヲは少し驚きを持って、その人物を眺めていた。

 チッ!

 キルロは聞こえるように盛大な舌打ちを打つ。
 男は眉をひとつ動かし薄ら笑いを浮かべると、キルロに振り向いた。

「これはキルロ様。いつお帰りで?」

 粘着質な声色で言い放つ、キルロの顔はますます険しくなっていく。

「心配すんな、すぐにいなくなる」
「何をおしゃいます。久々のご実家、ゆっくりされて下さい」

 “ハッ!”と軽薄な笑みを浮かべ、キルロはそっぽを向いた。
 何これ? 誰? アイツがここまで毛嫌いするなんて珍しいわね。
 ハルヲはキルロの普段余り見ない様子に少し驚いた。
 他のメンバー達も一触即発の雰囲気に目を見開く。
 ワタワタとするスミテマアルバの面子をよそに、家族は“やれやれ”という表情を浮かべ黙って二人のやりとりを見つめていた。

「ありゃ誰だい?」

 背もたれに体を預け、マッシュは男に視線を向けながらキルロに尋ねた。
 キルロは険しい顔を崩さず、男に睨みを利かす。

「事務長のシバトフっていうクソ野郎だ」
「その後ろの犬人シアンスロープは?」

 マッシュは立て続けに尋ねる。
 後ろには気がつかなかった。
 知らない顔だ。

「うん? 後ろの奴は知らないなぁ。兄貴あの犬人シアンスロープは誰?」
「クックだ。優秀な事務方なので、事務次長かな? 最近なったばかりじゃなかったかな」

 次兄のクルガは犬人シアンスロープの方を向き、キルロの耳元で答えた。
 綺麗に整ったグレーの髪はきっちり分けられ、鋭い目つきで口元だけに笑みを浮かべている。
 確かに賢そうな感じだ。
 マッシュは聞き耳をたてるように耳をそばだて、クルガの言葉を聞くとシバトフとクックを見つめた。

「こんな楽しい夕食は久方ぶりだったよ。【スミテマアルバレギオ】の皆さんありがとう」
「本当だよ、これだけ笑ったのは、久しぶりだ」

 父ヒルガと長兄のアルタが揃って満面の笑みで言った。
 嬉しそうな家族の姿に、ハルヲも安堵を漏らす。
 良かった、明るい雰囲気の会食となった夕食は一同が笑顔で解散となった。


 優雅な暮らしの金持ちと構えていたが、キルロが言っていたように普通、いや普通以上に明るくていい家族だった。
 優しかった自分の父と母の事を思い出す。
 なんでここを出たのかしら?
 家族ともいい関係なのに?
 機会があれば聞いてみよう。
 あてがわれた客室でひとり、ふかふかのベッドに横たわり夢想する。

 コンコン。

 静かに叩かれるドアに、心地よく揺らいでいた意識が呼び起こされる。
 ハルヲはドアを静かに開けるとフェインが立っていた。

「どうしたの?」
「寝ていました? ご、ごめんなさいです、戻りますです」

 ドアを閉め帰ろうとするフェインの肩に手をやる。

「大丈夫よ、さあ入って」
「すいませんです。大した話ではないと思うのですがいいですか?」
「構わないわよ」

 ハルヲは自分より大きなフェインの両肩に、そっと手を置いた。




 月明かりだけがぼんやりと照らす長い廊下、敷き詰められた長毛の絨毯は、足音ひとつ立てない。
 ひとつの人影が屋敷と治療院を繋げる連絡路へ消えていく。
 闇から闇へ、周りへの警戒を怠る事はしない。
 治療院へたどり着くと最上階を目指し、慎重に上っていく。
 入院患者がいるのでここからは従業員が必ず常駐しているはずだ。
 人の目に触れぬよう細心の注意を払う。


 ひとつの扉の前に立った。
 いとも簡単に鍵を開けると、そっと扉を開け静かに部屋の中へ消えて行く。
 目当てのものがないか月明かりの中、素早く部屋を漁る。
 痕跡を残さぬように注意を払いながら、慣れた手つきを見せた。
 一心不乱に書類に目を通す。
 目当てのものではない。あった場所へそっと置き、また次へと手を延ばしていく。
 背中のドアが静かに開いた。
 咄嗟にデスクの下へと潜り込む。
 息を潜め、身を隠しやり過ごそうとした。

(マッシュ!)

 囁くように放たれた声色に聞き覚えがある。

(ハル……)

 月明かりに仁王立ちしているハルヲの姿があった。
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