鍛冶師と調教師ときどき勇者と

花

罠（トラップ）

「罠だな」
「罠だ」
「罠ね」
「罠よ」
「え？！　罠ですか？」
　
　フェインだけが今にも殴りに行きそうに構えを見せた。
　甘い匂いの先へキノを先頭に伝って行く、しばらくも歩かないうちに確かに甘いニオイが漂ってくる。
　キノとマッシュが右前方の何かの気配を捉えた。
　鬱蒼と生い茂る草木の間、黒犬ブラックドッグの三匹ほどの小さい群れが視界に入る。
　こちらには目もくれず、真っ直ぐに甘いニオイへと誘われていた。
　距離を保ちながら黒犬ブラックドッグの後を追う。何も気にする事なく後ろをついて行く。
　森の中に現れた少し開けた空間に黒犬ブラックドッグは吸い込まれるように入った。

「あそこだな」

　マッシュが小声で声を掛ける。
　パーティーは静かな木々に囲まれたその空間に向かった。

「なんだ？　ありゃあ……」

　キルロから漏れた言葉が皆の言葉を代弁した。

　あまりに赤。
　あまりに緑。
　
　鬱蒼と生い茂る瑞々しい緑色の木々に囲まれ、より一層の違和感が際立つ極彩色。
　真っ赤な花びらに、黄緑色の太い茎。
　大きな葉が左右対象に伸び存続感を後押しする。
　花芯の黄色が赤色に囲まれても美しいとは思えない。
　怪。
　一言で言えばそんな雰囲気だ。
　３Ｍｉ程はありそうな花。
　決して樹木ではない。
　花部の真下に茎と同じ黄緑色をした大きな袋がついている。
　甘い匂い。
　確かに鼻腔を微かにくすぐる。

「スピラ！　プロトン！　ステイ！」

　異形を目の前にして、ハルヲは経験則から警鐘を鳴らした。
　静かに叫び二頭にハンドサインを送る。

「キノ、この仔達お願いね」
「あいあーい」

　黒犬ブラックドッグは匂いの元を求め、探す。
　近づく黒犬ブラックドッグに花は丁寧にお辞儀をした。
　まるで来訪を歓迎するかのように茎を折る。
　黒犬ブラックドッグは求める物を探し当てた。目の前に差し出された黄緑色の大きな袋。
　差し出されたのは甘い匂いのご褒美たるものなのか。
　少しだけ警戒をみせたが魅惑的に香る甘い匂いが心も惑わす。
　自ら進んで袋の中へ入っていく。
　
　！！

　茎が弾かれたように元の態勢へと戻る。
　ハルヲが叫びを漏らしそうなフェインの口を咄嗟に塞ぐ。
　袋がボコボコと動く様を茂みの奥から見つめていた。
　やがて袋は沈黙する。
　毒？
　あの袋はマズい。
　一連の様子を見ながら漠然と違和感をキルロは覚えた。
　なんだ？　この気持ち悪さ？　心がざわつき落ち着かない。
　だが、その理由がはっきりしない。

「食獣花ってとこか？」
「そんなところよね」
「シルもそう思う。やっぱり火かな？」
「火山石ウルカニスラピスならあるぞ」

　マッシュ達が茂みから覗き込む。
　そんな単純か？
　いいのか？
　気持ちの悪いコントラストの強い赤や緑。
　何かが違う。
　逡巡するパーティーをよそに食獣花が二度目の来訪を、両手（葉）を広げ歓迎する。
　丁寧なお辞儀で迎え入れると弾かれたようにまた花を高々と掲げた。
　暴れる袋はすぐに沈黙し、三度目の来訪を待ちわびている。
　さあ、早くと甘い香りは風に乗って漂う。
　風。
　木々のざわめき、草葉の揺れ、花の揺らぎ………揺らぎがない。
　何故？　
　しかも袋の中に飲み込まれどこに消えた？
　まるでなかったかのようだ。
　溶けて消えた？

「なあ、あれのおかげでエンカウントないなら、ほっといて探索しないか？」
「それもそうね。近付かなければいいんだものね」

　キルロの言葉にハルヲが頷く。
　植物なら放っておこう。
　危険地帯として地図に書き込めばいい。
　そう、植物ならば。
　だが、まとわりつく違和感の答えは出せていない。

「なあ、そもそもあれ花か？」
『？？』

　キルロの言葉にパーティーは困惑の色を濃くさせた。
　立ち去ろうと花を一瞥する、根元の茂みが揺れた。
　風も吹いてないのに？　根元が揺れる？
　根元を見つめる。
　？？
　節？
　竹？
　ガサッと茂みの揺れをそれは起こしていた。
　いや、脚だ！

「おい！　根元見ろ！　脚あるぞ！」

　パーティーの視線が根元に固まる。
　何かヤバイ、背中にイヤな汗が流れ落ちて行く。
　残された黒犬ブラックドッグは躊躇していた。
　二頭が消えた事に明らかな異変を感じている。
　花は佇む。
　いつでも歓迎するのに。
　花は佇むのを止めた。
　能動的に迎え入れる。
　我慢出来ないので、こっちから迎えに行きますよと押さえらない衝動に本性を現す。
　それはもう植物ではない。
　カサカサと動く節で出来た脚。
　近づく花に犬は思考が混乱する。
　お辞儀をする。
　人工色の黄色い花芯が犬の眼前で止まる。
　
　ブシュ

　何か液状のものが吐き出されると犬は高い断末魔を上げる。
　顔面が溶けていく。
　苦しく地面でのた打ちまわる。
　
　ブシュ、ブシュ

　次々と吐き出されるそれに全身がただれ、のた打ちまわることも出来ず全身をひきつらせた。
　左右に伸びた葉が動けない犬を、ゆっくりと袋へと招き入れる。
　袋の膨らみがすぐに小さくなっていく。
　ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい。
　酸だ。
　
「ヤバい！　退くぞ！」

　花はパーティーを迎え入れたいと根元をキシキシと鳴らす。
　
「スピラ！　プロトン！　バック！　キノお願い！」

　ハルヲの叫びにキノが二頭を引き連れ下がる。
　
「フェイン！　拳闘士ピュージリストはダメだ！　下がれ！」

　キルロは叫び前に出た。
　こっちだ、来い！
　キシキシと足元を鳴らし、花芯から酸を吐く。
　地面の草が一瞬焼かれる音を放ち溶けていった。
　掠るだけでもダメだ、ひたすら避けろ。

「散れー！」

　花に見下ろされ肌が粟立つ。
　目の前のご馳走によだれを垂らすかのように酸を吐く。
　早く喰わせろ。
　そう言わんばかりに吐き出す酸がキルロを狙う。

「これ！　シルに！」

　ハルヲがロングボウをマッシュに手渡し、自らショートボウを構えた。
　ハルヲは左、シルは右へと展開していく。

「シル！　花芯か袋狙って！　マッシュ、茎の裏！」
「わかった！」

　シルはすぐに弓を構える。シルの瞳が一点を睨む。
　マッシュはキルロの動きに合わせて裏へと跳ねた。
　
「酸のルートを断つわよ！　マッシュの茎の裏に酸のルートがないか確実して！」
「了解だ」
「目はひきつける！　頼むぞ！」
　
　キルロは極彩色の花の前に立ち塞がった。
　ハルヲの指示でパーティーが動き始める。
　極彩色の花から表情は読み取れない。
　吼える事も爆ぜる事もなく淡々と追い詰め餌食を求めた。