鍛冶師と調教師ときどき勇者と

ソシエタス

鍛冶師と調教師と狼

　こない……。
　次の日も、誰もこない……。
　そのまた次の日も⋯⋯早くも逆境？

　マッシュが加入してから数日誰一人としてキルロ達の元を訪れる者はいなかった。
　マッシュはたまに顔を出すも進展なしを確認すると”じゃあ”といい笑顔だけを残し帰ってしまう。
　クエスト受けたいんだけど、相談する隙さえ与えてくれない。

　猶予はくれるとアルフェンは言っていたが、いつまで貰えるのだろか？
　こっちも確認しないとだな。槌を振りながら思案する。
　ゴーグル越しに真っ赤な火花が飛び散る様を見つめ続けていた。

　数日後マッシュがいつもの確認の為に現れた。
　今日こそ！
　今日は帰る前に先手を打つ。　

「マッシュちょっといいか？」
「ん？　どうした？」

　いつもと違う展開に少し戸惑いを見せる。

「やっぱりクエストを受けたいんだが、どうかな？　入団希望者を待っていてもこないしさ。実績が少しでもあった方がいいんじゃないかと思うんだけど、どう思う？」

　２０万ミルドの為にとは言わない。決してそういう訳ではない。

「まあね、確かに一理ある」
「だろだろ、じゃあ……」

　言いかけているキルロをマッシュは遮った。

「ハルに相談してからだな。彼女もやるって言えばいいんじゃないか」

　キルロはふたつ返事で頷くと、すぐにハルヲの元へ向かった。
　この機会を逃してはいけない。


「ハルヲー！　相談、相談！　ハルヲー」

　いつものように厳しい顔のハルヲが顔を見せた。

「で、今日は何？　あら、珍しいマッシュと一緒なの？　なんか進展あった？」
　
　マッシュは軽く手を上げ挨拶をする。

「進展が無さ過ぎるんで、クエスト受けよう。実績作って人を呼び込もう！」
「ぇえー、アンタ借金返したいだけでしょ？」

　図星です。

「おまえさん借金あるのか？」

　マッシュが驚いたように尋ねた。
　キルロは分かりやすく視線を外して見せる。

「いやなんつうか借金じゃないとは言えなくもないが、いわゆる借金とも違うって言うの？　なんか、そんな感じのはあるような気もしないでもなくはない……」

　マッシュがハルヲに“何言っているんだ？”　とキルロを指差した。

「こいつ、ソシエタスの設立金、個人名義で分割手続きしたのよ、バカでしょう」

　ハルヲが飽きれ口調でマッシュに答えた。
　だから言うなよ！　キルロがハルヲを睨む。

「アハハハハハ、相変わらず面白いな。普通はソシエタス名義にするんだけどな。なるほどそりゃあクエスト受注したいやな」

　マッシュは大笑いしながら事情を理解した。
　そんなに笑わなくてもいいのに。

「それじゃあ、助っ人を入れてクエストを受注するってのはどうだい？　もしも、いい人材だったらスカウトするとか。待っているだけじゃ、なかなか人材も集まらないってのは確かにあるやな」
「それ！　いい！　そうしよう」

　キルロはマッシュの提案にすぐさま乗った。

「まあ、それが現実的かもね。ただ、まだお互いの事良く分かってないから討伐系じゃないのにしましょう」

　確かにハルヲともそれなりのつき合いになるが、パーティーを組んだ事はない。
　どうなんだろ？
　ちょっと楽しみかも。
　早速明日ギルドへ行く事にしよう。


　翌朝、早速ギルドへと足を運んだ。
　個人向けの掲示板と違い人もまばらで、掲示板も豪華な装飾が施されている。受注票も指差せば職員が手元に届けてくれる。

「こちらをどうぞ」

　職員がお茶まで出してくれる気の利きよう。
　“すげー”と心の中で感嘆する。
　討伐系と大量の採取系が大半で、人海戦術の使えない弱小ソシエタスには今の所は残念ながら縁のない話ばかりだ。
　報酬がデカいだけに口惜しい。
　何かないかなと隅から隅まで見渡した。
　見落としあったら泣くぞ、自分が。
　お？！
　ひとつ目を引くクエストがあった。

「探索系か」

　報酬も悪くない。
　ただ【吹き溜まり】の探索と現地調査報告か……。
　【吹き溜まり】ってのが気になるが、背に腹は変えられない。
　職員に頼み受注票を持ってきて貰う。
　【スミテマアルバレギオ】初仕事ゲットだ。
　興奮に少し胸躍る。
　受注票を握り締め、ギルドを後にした。

　そんなキルロの姿をひとりの女が遠くから見つめていた。キルロはそんな視線に気づく事なく帰路に着く。




「どうだろう？　つか、もう受けてきちゃったけど」
　
　キルロが二人を前にして受注票を見せた。
　
「もちろん、相談しようと思っていたよ。でも、ギルドで探していたら手頃なのがこれしかなくてさ。取られたらいやじゃん。【吹き溜まり】ってのが引っかかったけど……」

　黙っている二人を前にしてキルロの言葉は尻つぼみになっていく。

「ま、こんなもんじゃないのか？」
「そうね……」

　二人揃って諸手を上げて賛成というより渋々賛成と言った感じの答えだ。
　“ふぅ～”とキルロも安堵の息を吐いた。

「そうなるとヘルプでマッパーは必須だな」
「そうね、火力は落ちても今後の事も考えるとマッパーは欲しいわね」
「そうだな」

　キルロも相槌をうっておく。

「アンタ絶対わかってないでしょう」
「そ、そうだな」

　キルロは視線を逸らした。
　マッシュが“おまえさん達面白いな～”と腹を抱えて笑った。
　ハルヲは盛大な溜め息をつきながら続けた。

「アルフェンからの依頼内容を考えると今後【吹き溜まり】での探索ってのは、この先、おおいにありえるでしょう。もしかしたら今回のクエストの【吹き溜まり】が対象の依頼ってのも少なからずありえるんだから、その時に地図があるのとないのとじゃ雲泥の差でしょうが」

　“おお～”とキルロは感嘆した。
　なるほど、さすが副団長。

「報酬があればヘルプの問い合わせは結構くると思うぞ。後は信用出来る人間を選べるかどうかだな。そこはおまえさん、団長の仕事だぞ」

　マッシュの言葉に頷く。
　責任重大だな、いい人が来てくれるといいな。

「出来れば探索系なんでスカウトとかシーフ系の人がいいけど、贅沢は言えないわね」
「マッパー。後はスカウト、シーフ系か。分かった」

　ハルヲの言葉確認して深く頷いた。


　

　あくる日、キルロは店舗兼事務所の居間に鎮座し次から次へと来る面接希望に相対していた。

「どうだい、オレを使わないか？　役立つぜ～」

　パス

「団長さん、オレ一人いりゃあ他のヤツラなんていらないぜ」

　パス

「私、料理が得意です」

　え？！　ちょっといいか……パス！

　応募を出した途端次ぎから次へと応募が殺到し、対応に追われる日々が続く。
　応募は多いのだが、ピンとくる人がいない。
　埒が明かない様にハルヲとマッシュにも同席をお願いした。

「今の人マジメそうじゃない？　どう？」

　ハルヲの言葉に難しい顔を返す。

「アイツ出来るぞ、以前一緒に仕事したことがある」

　綺麗に描かれた地図も見せてくれた。
　見やすく綺麗だ。
　ただ綺麗な地図を持ってきた人なら他にもいたしな、決め手に欠ける。
　スカウト、シーフ系はやはり一筋縄で行かないヤツラが多く、難儀していた。

「難しいなー、決めちゃおうかな」

　キルロの口から弱音が漏れる。後ろ手に組んで背もたれに体を預けた。
　ここまできて妥協したくないのだが、時間も無制限にあるわけではない。

「あの～、すいませんです」

　ヒューマンの女性が二枚の紙を差し出した。
　丸い大きめの眼鏡をかけ、背中まで伸びる髪はふたつにきっちりと結わかれ黒に近い濃紺はまるで闇夜のような色合い見せる。
　眼鏡の奥から覗く瞳は大きく鼻筋は通っているが、唇は薄めで小さい。　
　口調と優等生みたいな顔立ちから大人しいそうな印象を受ける。
　ただ、身長はキルロをはるかに凌いでいた。デカイな。
　
　渡された紙を広げ、目を通すと二人にも回す。
　紙には地図が描かれ、同じ地図が二種類。

「アンタ名前は？」
「はい、すいませんです。フェイン・ブルッカと申します」
「マッパーはフェイン、アンタに頼むよ。よろしく」
「はい、よろしくお願いしますです！」

　フェインは勢い良く、深々と頭を下げた。
　ハルヲとマッシュは一瞬呆気にとられたが、すぐに取り繕った。

「ハルヲンスイーバ・カラログース、ハルって呼んで⋯⋯」
「⋯⋯マッシュ・クライカだ、マッシュでかまわない。よろしく」

　二人も呆気に取られながら、挨拶を交わした。




「とりあえずマッパーが決まって良かったな」

　今日の面接が終わり、キルロは大きな伸びをしながら二人に言った。

「良かったなー。じゃないわよ、いきなり決めちゃって。大人しそうな女の子ってのが、決め手なの！？」

　ちょっとスネた感じのハルヲが視線を横にプイっと向けた。

「ハハハ、でもホントになんで彼女したんだ」

　“うーん”とキルロは腕を頭の後ろに回しながら答えた。

「二人も見ただろう。フェインだけだった、現地で描いた地図を持ってきたのは。清書されたもの見せられてもどうにでもなる。現地の地図は清書に比べれば荒かったけど、分かりやすく描いてあった。他のヤツラは現場での力量を計れる材料がなかったんだよね。ま、それだけなんだけど」

　とキルロは笑顔を向けた。

「なるほどね」
「考えなしって訳じゃなかったのね」

　マッシュもハルヲも意外そうな表情を見せ同意した。


　キルロはマッパーが決定したので募集要項の変更をするためにギルドに向かう。
　ハルヲやマッシュ達と一緒に店をあとにして、中心街を三人で歩いた。
　くだらない事を語り合う様は旧知の仲に見えるだろう。
　キノを預けていたので、ハルヲの店経由でギルドへ向かう。
　マッシュとは獣人街に帰るため途中で別れる。
　どうでもいい話をしながら歩いていると、美しいエルフの女性が近づいてきた。
　明らかにこちらへと向かって来ている。その様にハルヲが露骨にイヤな顔して見せた。

「そんなにイヤな顔しないでよ、ハーフちゃん」

　微笑みを浮かべ、こちらに話しかけてきた。
　ハルヲはより一層険しい顔つきなり、“チッ”と聞こえるように大きな舌打ちをした。

「なんかようかな？　今忙しいんだ」

　断りの定型句をキルロは告げる。
　エルフだよな？
　そう疑いたくなるような雰囲気を醸し出している、なんとも油断出来ない相手……。

「あらあら、お邪魔だったかしら。ごめんなさいね」

　わざとなのか、天然なのか全く読めない人を食ったような口調。

「じゃ、もういいだろう」

キルロは足早に離れようと先を急いだ。

「あ、ちょっと待って下さらない。私をアナタのクエストパーティーに入れて貰えないかしら？　面接時間に間に合わなくて。そこのハーフちゃんみたいなパワーは無いけど、役立てると思うわ」

　微笑みを浮かべ二人の行く手をやんわりと阻んだ。