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坂門

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ラーサ・ティアンの選択

ラーサ・ティアンの挫折

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(すごい! すごい! ラーサちゃん、ヒール落とせるの!)
(すげぇー!!)

 獣人の子供達が、幼いラーサの手の平に現れた小さな白玉に感嘆の声を上げていた。淡く光るその小さな玉を、ラーサは静かに握り消す。子供達は尊敬の眼差しを向け、ラーサはそんなみんなの姿に笑みをこぼした。
 ラーサに取っての小さな成功体験。体が小さく、体力の無い幼女に取って、唯一胸を張って自慢出来る事だった。
 でも、そんな小さな成功体験も、年齢を重ねれば些細な事でしか無い事を理解する。魔力量を莫大に持つエルフや、豊富な魔力を有するヒューマンの前では、本当に子供のお遊び程度でしか無い事を———。

◇◇

「ラーサ! ラーサ・ティアン!」

 顔を見れば呼び止める壮年の猫人キャットピープルに、辟易しながら振り返った。

「どうかしましたか⋯⋯ボグネール先生」
「明後日、内科医の試験がある。どうだ、受けてみないか。君の実力なら合格は間違い無いぞ。なんなら来週の外科医でもいい。その気になったら声を掛けてくれ。いいな」
「はい、はい」

 ラーサはスタスタとその場を後にした。
 鬱陶しいやつ。
 今は次の治療師ヒーラーの試験に向けて魔力を増加させる方法を模索しなくちゃ。
 もう少しなんだ。

「⋯⋯あと一回詠うだけでいいんだ」

 悔しい思いは口から零れて行く。幼き頃の成功体験がラーサ自身を縛っているのにこの時はまだ気が付いていなかった。
 次がラストチャンス。
 その足は、知識を求め大図書館へと向いて行った。
 もし今、魔力が増えるなら悪魔に魂を売ったって構いやしないのに。
 それらしい文字を見つけると、すぐに手に取りパラパラとめくっていった。
 鬼気迫るほどの集中を見せる姿。その姿に館内からは冷ややかな視線が向けられていた。

(うわぁ。モモ、あれ見て見て。さすが内科首席。勉強に余念が無いわね)
(え? どこ? 誰?)
(知らないの? 二年のラーサ・ティアン。知り合いの後輩から聞いたんだけど、獣人なのに治療師ヒーラー目指しているんだってさ)
(えー、知らない。内科で首席を獲っているのに何で? 変人?)
(相変わらずモモは、厳しい物言いするのね)
(そう? 目指すって事は、まだ合格していないんだ)
(獣人じゃ無理でしょう)
(それもそうね)

 分厚い本を一心不乱に見つめるラーサ。周りの雑音ノイズなど、気にする素振りは一切無く、ひたすらに本をめくっていた。その変わり者の姿が、モモの第一印象だった。

◇◇

 【不合格ファイルド

 右手に握り潰された紙片に書かれた文字。見るまでも無く、分かっていた。それでももしかしたら⋯⋯なんて淡い淡い期待が無かったとは言わない。しかし、現実は非情で、淡々と結果を突きつける。
 治療師ヒーラーの道は閉ざされた。小さな頃からの夢⋯⋯いや、そんな感じでは無い。憧憬の眼差しを浴びたあの日の思い、それをまた味わいたかっただけ。動機は自分でもイヤになるくらい不純だ。
 でも⋯⋯。
 涙が止まらない。完全に閉ざされた道を思い、今までそこにつぎ込んだ時間と努力、全てが無駄で泡となり弾けた。悔しくて、やり切れない思い。
 ああ、そうか。不純だと思っていたが、私は憧れていたんだ。成れもしないものに憧れを抱いてしまっていたんだ。

「⋯⋯終わったなぁ」

 誰もいない廊下にラーサの悔しさが溢れて行った。

◇◇◇◇

「ラーサさん、頑張ったのに⋯⋯」
「まぁ、仕方が無いよね。こればかりは、生まれ持っての資質もあるからね」
「それで仕方なく、内科医になったのですか?」
「厳密に言うと内科医にはなっていないわ。試験には合格して、資格は持っていたけどね。治療師ヒーラーへの道を閉ざされたあとは、世捨て人みたくなっちゃって、他人と接する機会は激減、研究に没頭して行ったってわけよ」
「そこからどうやって、ここへと繋がるのですか?」
「ちょっとした偶然? 神様の悪戯かもね」

 フフと軽く笑って見せるモモさん。
 私も今ここにいるのはちょっとした偶然の積み重ね。そしてラーサさんも⋯⋯。モモさんが遠くを見つめ、何かを思い出すかのように話を続けてくれます。ちょっと懐かしく、忘れていた記憶の断片を思い出すかのように———。

◇◇◇◇

 日常は繰り返され、学校時代など過去となったある日。同級生との偶然の再会が、モモとラーサを細く繋ぐ。

「モモ! おひさ、元気! 今は実家手伝っているんだって」
「そうよ。毎日毎日、手術オペの繰り返し」
「優秀な人は違うわね」
「アイーダは何しているの?」
「私? 私は実家の内科を手伝っている。子供を見る事が多いわね」
「へぇ~。でも、アイーダぽいわ」
「へぇ~って、大して興味も無いくせに。あ! そう言えばさぁ、二年下にいた変わり者の首席を覚えている?」
「誰?」
「ほら、獣人なのに治療師ヒーラー目指していた彼女」
「ああ! いたね。そんな子」

 モモは大図書館で見かけた、変わり者の猫人キャットピープルの姿をおぼろげに思い出した。

「彼女、引く手あまただったのに全部蹴って、今、何しているか分からないんだって。噂じゃ、どっかの屋台かなんかで働いているって話だけど、もったいないわよね」
「そうなんだ」
「もう、相変わらず他人に興味が無いわね」
「そう? せっかく学校行ったのにもったいないとは思うわよ」
「でしょう~。モモのところで雇えば」
「どうかしら? 人が足りなくなったら聞いてみるわ」
「雇う気無しね」
「だって、経営には関わっていないもの」
「あ、行かなきゃ。じゃあね、モモ。今度、ゆっくり呑もう」
「分かった」

 手を振り合い別れると、ふと変わり者の姿を思い描く。
 彼女なんて言ったかしら? ラ⋯⋯ラーア? ラーニャ? あ! ラーサか。
 すっきりした。

◇◇

 そんな出来事があった事すら忘れる程、日々が過ぎ去ったある日。屋台で肉を焼いている背の低い猫人キャットピープルの姿が、出勤途中のモモの目に映った。
 やる気も、覇気も全く無く、ただただ淡々と不機嫌に鉄板の上で肉を焼いている。
 どっかで見た事のある子⋯⋯誰だっけ?
 そんな心の引っ掛かりだけを残し、【ハルヲンテイム】へと急いだ。

 そんな心の引っ掛かりなど当の昔に置いてきぼりにして、日々を過ごしていた。増えて行くお客さんの数に、忙殺されて行く日々。


「ハルさんどうしたの?」
「あ、モモ。この仔なんだけど、ずっと不調が続いているんだって」
「どれどれ」

 処置室のベッドにうずくまるミドシュパード。凛々しい顔立ちと頭の良さが人気の高級中型犬。
 聴診器ステートからモモの耳に届く心音、肺音共に異常は見られない。

「嘔吐と下痢の症状があったんだけど、違うお店で薬を処方して貰って、両症状とも治まった。だけど、元気が無いままなんだってさ」
「それで、埒が明かずウチに連れて来たと。薬は?」
「抗生剤と吐き気止め、それと下痢止めのクロラッシュ」
「割と強めの薬をいれたのね。でも、効いたのよね? 症状はなくなったのだもの」
「どこか別に原因があるのかな? 倦怠感を伴う病名があり過ぎて⋯⋯薬を変えるとか?」
「薬が強過ぎる? あるかしら? アウロさんは何て?」
「症状が治まったって事は、違う原因じゃないかって。ただ、違う原因と言われても、もっともな症状が見当たらないのが、頭の痛いところよね」

 上目でまるで助けを求めるように見つめる力の無い中型犬。ハルは優しく頭を撫で慈しむ。

「可哀そうね」
「外科的じゃない気はするんだけど、モモどう?」
「さすがにこの状況だけで判断はつかないわ。原因がはっきりしないと、外科的な処置には移れない。まずは内科的にアプローチして、原因を特定したいわ⋯⋯内科的⋯⋯あ!!」

 モモの頭に浮かんだ、知識を持て余している猫人キャットピープル。何故、今、彼女の顔が浮かんだのか、モモ自身も分からない。だが、試す価値は大いにあると感じた。

「何? いきなり!?」
「ひとりヒマそうな内科医に思い当たる節がある」
「それって大丈夫なの??」
「優秀な人間よ。ただ、来てくれるかだね⋯⋯」
「頼める? 専門の判断を仰げると助かる」
「まぁ、やるだけやってみますよ」

 モモはやる気の無い猫人キャットピープルの屋台を記憶の引き出しから探して行く。


「⋯⋯確か、この辺りだったはずなのだけど」

 モモは広場に並ぶ屋台を見渡して行った。
 どこにいるの?
 モモはキョロキョロとその猫人キャットピープルの姿を求めた。
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