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坂門

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宣言と祭り(フィエスタ)

大きな鍋

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「オーカは大昔、それこそまだオーカと名乗る前から、小人族ホビット達がそこに平和に暮らしていた。だが、静かに平和に暮らす小人族ホビット達に突然不幸が訪れる。小人族ホビット達の土地に豊富な資源が眠っている事を嗅ぎ付けたヒューマンが、口八丁手八丁で、その資源を奪って行くんだ。やがてその動向は平和裏だったものから、暴力を厭わない物へと変わって行った。非力な小人族ホビット達は、逃げるように故郷を追われ、隠れて暮らす事となった」
「あのよ、あのよ。それが何でヒューマンに化ける事になるんだ?」
「ユラ、まだ終わってないですよ。ちゃんと最後まで聞きましょうです」

 ユラさんとフェインさんのやり取りに、ヤクロウさんは柔らかな笑みを向けますが、すぐにまた表情を固くして行きます。

「ハハ。ま、ちょっと待ってくれ、すぐに分かるから。隠れて暮らす小人族ホビット達は、ある素材を掛け合わせた物を偶然口にした。すると驚いた事に、食ったヤツらが急激な成長をしたんだ。効能が切れたあとの副作用は酷く、なかなか辛い物だったらしい。だがこれで、オーカに潜入出来ると諸手を上げるヤツらが出て来た。もちろん、このまま静かに暮らせばいいと言うヤツもいる。だが、強行派のヤツらは、秘密裡にオーカに潜り込んだ。資源の横流しを盾にして、近隣諸国の有力者に近づき、力を蓄え、国の中心からヒューマンの排除に成功した。ま、大昔の話だけどな」
「それでおまえさんは、その成長する薬の研究に就いていた。しかし、何でそんなに化ける事にこだわるんだ? もう力は持っているんだ、こだわる理由は無いんじゃないのか?」

 マッシュさんの問い掛けに軽く肩をすくめて見せるヤクロウさん。

「分からん。多分だが、虐げられた歴史からじゃないか。小人族ホビットとバレた途端、またその歴史が繰り返されてしまうと、くだらん妄想に憑りつかれているんだと思う。だから、ヒューマンが力を持たないようにと必死に抑えつけ、自らの力を常に誇示し続けているんじゃないか」
「じゃあさ、何で同族を隠すの? その力で何とでもなるんじゃない?」

 ハルさんの言葉にヤクロウさんはゆっくりと首を横に振ります。

「それは、穏健派の小人族ホビット達は、静かな暮らしを望んでいるだけだからだ。力を誇示したり、人を虐げたりする行為を良しとしなかった。そんな者達が、ひっそりと隠され続けているんだよ。己の力を保持し続ける為にな。オレは無知だったんだ。虐げられているヒューマン達も、静かな思いを胸に生きている小人族ホビット達の存在も、何も知らなかった。ニウダから話を聞いて、何とかならないかと模索し続け、何とか道を見つけた。そしてこの道にその小人族ホビット達も、何とか乗れないか模索していた所のこれだ。正直、一気に振り出しに戻された気分だよ」

 難しい顔のヤクロウさんとは正反対に、【スミテマアルバレギオ】の皆さんは笑みを浮かべ合っていました。マッシュさんなんか、声を出して笑っています。

「ハハハハ、そうかい。今の話をウチの団長にもしてやるといい。今回のこの件、上手く行けば、小人族ホビット達にも朗報になるに違いない」
「まぁ、そうなるよね。アイツの事だからふたつ返事でオーカに乗り込むわよ」
「あのよ、あのよ、小人族ホビット達を助けに行くのか?」
「キルロさんが、そう言ったら行くですよ」
「そうか」

 余りの温度差にヤクロウさんは戸惑いを隠せません。きっと今まで、ひとりでいろいろと頑張り続けていたのでしょう。ひとりで重い荷物を背負っていたヤクロウさんの肩の荷が、少しでも軽くなってくれればと思います。いえ、きっと軽くなりますね。【スミテマアルバレギオ】の皆さんは優秀ですから。

「ヤクロウさん、きっと大丈夫ですよ」
「お嬢⋯⋯ま、オレも前を向かないとか」
「そうですよ」
「で、小僧が見当たらないが、一体やつは何をしているんだ?」
「それはですね⋯⋯」

 私の説明にヤクロウさんは、目を丸くして本気で驚いていました。

「そんな事出来るのか? 明日だぞ?」
「きっと大丈夫です。ウチの団長ですから」
「いや、あいつだぞ⋯⋯そう言っても⋯⋯ま、そうか。グダグダ言っても始まらんか」
「はい」

 私の満面の笑みにヤクロウさんも笑みを返してくれました。


「ほら! ご飯持って来てやったよ! 食ってないやつはサッサとお食べ!」

 いきなり扉が開き、大きな寸胴鍋を抱えたおばちゃん達が、飛び込んで来ました。
 いい香り、シチューかな。
 その香りを嗅いだ途端にお腹がぐぅぐぅ鳴って、ちょっと恥ずかしいです。

「うわ! 助かる! ありがとう! みんな頂こう」

 ハルさんが鍋を受け取り、おばちゃん達と一緒に皿に盛りつけて行きます。
 具沢山の乳白色に、またお腹はぐぅぐぅと鳴ってしまいました。ユラさんとキノはもうすでに半分平らげ、お代わりを虎視眈々と狙っています。

「たっぷりあるから、心配しなくていいよ!」

 おばちゃんの掛け声にみんな元気を取り戻し、明日への英気を養いました。

◇◇◇◇

 裏通りスラムは静かな朝を迎えます。朝日の当たる待合で仮眠を取っていた私達は、瞼の上から感じる陽光に目を擦って行きました。まんじりとしない一夜を越え、いよいよです。


 人気の無い通りに気配を感じると、待合の空気が緊張して行きます。私はハルさんと頷き合い、ヤクロウさんとキノと一緒に二階に上がって行きました。二階の窓から外を覗くと、赤いマントの男が一昨日と同じく、10名程の獣人と騎馬に跨る30名程のくたびれた兵士を引き連れ、治療院メディシナを取り囲みます。

◇◇

「いやぁ、随分と早いな。まだ一日は始まったばかりだぞ、随分と早いお出ましだな」
「一日などあっという間ではないか。それに約束した時間に遅れては失礼だからな、当然の事をしたまでだ」

 マッシュの飄々とした態度にも、イラつきを見せない姿は自分達の優位を信じて疑わない。
 そのまま余裕をかましていてくれよ。
 マッシュもまた口元に静かに笑みを湛え、強がって見せた。

「おまえさん達が早く来ちまったもんだから、こっちはまだ準備が整っていないんだ。もう少し時間をくれよ。約束は今日中。なんせ大人数だ、なぁ、構わんだろう?」
「さすがにまだ早いのは分かる。ただ、急げよ。いいな」
「はいはい。茶でも啜りながら、待っていてくれよ」

 マッシュがカップを口に運ぶ仕草を見せると、赤いマントの男はお付きの獣人を顎で指した。馬車の荷台からテーブルセットを取り出すと、待合の真正面に陣取り、なんとお茶の準備を始める。
 本当に茶の準備をしてやがった。
 感心を通り越して、呆れて見せるマッシュに鋭い眼光を飛ばす。

「下手な動きをするなよ。ここで見ているからな」
「用意周到だな。ま、ゆっくり待っていてくれ」

 マッシュは赤マントに背を向け、待合へと一度戻る。
 さて、どうするか⋯⋯団長に時間を伸ばせと言われてはいるが、悠長に構えている雰囲気では無いな。最悪を想定するとあの人数を相手にするのは、ちとキツイ。

「ニウダ、向こうの兵隊とやる気はあるのか? オレ達は邪魔になるなら躊躇無く排除する。その覚悟は出来ているか?」
「⋯⋯は、はい⋯⋯いや、正直分かりません。出来る事なら、同胞と傷つけ合うのは避けたいです」

 ま、そうだよな。
 待てよ。て、事は向こうの兵隊達も同じように思っているんじゃないのか? そこに付け入る隙があるはずだ。

「ねえ、マッシュ。用紙はまだあるのでしょう? そこに名前を書かせてしまえばいいんじゃないの?」

 ハルの言葉に大きく頷き納得を見せる。

「だな。あとはどうやって、向こうの意志を確認するかだ⋯⋯」

 マッシュは再び赤マントの男と対峙するべく外へ。赤マントのカップを持つ手が止まる。

「終わったか?」
「あ、いやいや、その逆だ。思ったより時間が掛かっちまいそうなんだ、後ろの兵隊さんに手伝って貰えないかな? 同族だし、いいと思うんだが、どうだ?」

 赤マントは軽く頷き、後方を顎で指した。

「好きにしろ。下手な動きはするなよ」
「おまえさんがそこで睨みを利かせているんだ、やりようが無い。打ち合わせをしたい、取り敢えず代表者一名、貸してくれ」

 赤マントの面倒くさそうな指の動きに合わせ、ひとりの兵士が前に出た。
 どんよりと濁った瞳。全てを諦めたかのような覇気の無い姿に、マッシュですら一瞬苦い顔をしてしまう。くたびれた装備は、今にも壊れてしまいそうで、これを戦力として計算しているのが、甚だ疑問でしか無かった。

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