ハルヲンテイムへようこそ

坂門

文字の大きさ
上 下
159 / 180
宣言と祭り(フィエスタ)

言い出せない言葉

しおりを挟む
 冷めない熱気に業を煮やし、キルロは腰を上げた。破壊された長椅子の残骸に手を掛け、取り急ぎ待合を機能させようと手を動かして行く。
 野郎、絶対弁償させてやるからな。
 砕けた長椅子の破片を手にしながら、キルロは悶々と怒りを溜め込んで行く。
 その姿を見たニウダは、慌てた姿でキルロへと手を伸ばして行った。
 
「あ! やります、やります。休んでいて下さい」
「いいよ、こんくらいやるって」
「いや、休んでいて下さい。私達でやりますから」

 うん? 私達? そんなキャラだったっけ??
 聞いた事の無いニウダの口調に、キルロは首を傾げる。
 ま、いいか。
 入口から中を覗き込んでいる住人達に、笑顔を向けキルロは両手を広げて見せた。

「よし。調子の悪いやついるかぁ? ゴタゴタして悪かったな。すぐに診るぞ。さぁ! ささっと片付けて、仕事に戻ろう!」

 キルロはパンパンと軽く手を打って、日常を取り戻して行く。従業員スタッフ一同、キルロの掛け声に答え、業務へと戻って行った。
 
 少しばかりの違和感を残し、日々は進んで行く。壊れた長椅子と、いるはずの大柄な猫人《キャットピープル》の姿が無い事に、触れる従業員スタッフも住人もいなかった。そこにあった触れる事の許されない空気感に、キルロも触れる事無く、日々の業務をいつものようにこなすだけ。

「お疲れさん! 何とか終わったな」

 夕暮れを前にしてキルロの魔力切れと共に、【キルロメディシナ】は閉院となった。少しばかり歪んでしまった日常を、何とか平穏に終える。

「はい! お疲れ様でした!」

 妙にハキハキと答えるニウダを、キルロは怪訝な表情で見つめて行く。

「ニウダ~。お前、そんなキャラじゃないだろう。何だってんだ一体」
「いやぁ⋯⋯」

 口ごもるニウダの姿をキルロはさらに怪訝な表情で見つめた。
 何を口ごもる? アイツらを追い返してからニウダの態度が豹変した。
 何かを知っている⋯⋯何かを隠す?
 回りくどいのは苦手だ。ここは単刀直入、真っ直ぐに訊くしかあるまい。

「なぁ、ニウダ。言いにくい事なのかも知れないが、知っているのなら教えてくれ。アイツらは何だ? 誰だ?」

 ニウダは真っ直ぐに見つめるキルロの視線から、逃れる様に視線を外した。その姿は、アイツらを知っているという同意に他ならない。キルロはひとつ嘆息し、ニウダが口を開くのを黙って待った。
 一瞬の間。
 でも、キルロが待ったのはその一瞬だけ。ニウダはすぐにキルロに向き直し、口を開いて行く。

「彼らの名は知りません。ただ、オーカで高い地位についている人間であるのは、間違いありません」
「オーカ⋯⋯」

 ニウダのしっかりとした口調。
 キルロの心に引っ掛かった単語。オーカ。
 ここヴィトリアからさらに西へと進んだ所にある資源の豊富な国。そして、先日マッシュの口からキナ臭い動きがあると聞いた国⋯⋯。
 先日の【ヴィトーロインメディシナ】事務長死亡事件にまつわるゴタゴタ時に、クビを切った事務方のナンバー2、犬人シアンスロープのクック。その影がちらつく国オーカ。
 これって偶然? 出来過ぎな話か?
 昨日のカズナの言葉を思い出す。
 ここは中央セントラルの息が掛かっている。裏に潜んでいたいヤツらが、率先して絡むとは思えない。マッシュの話と今のニウダの話は、とりあえず別として考えるべきか⋯⋯。
 こういうのは苦手なんだよな。マッシュ来てくんねえかな。
 ひとり大きく嘆息して、ニウダに向き直す。

「ヤクロウ様は⋯⋯」

 言葉を紡ぎ始めたニウダに、キルロは驚愕の表情でニウダを見つめる。
 ヤ、ヤクロウ様??!!
 何を言っているのかキルロの理解を越えた物言いに、思考が思わず停止し掛けてしまった。

◇◇◇◇

 コンコンと軽いノックの音に、ふたりは同時に顔を上げて行った。
 客間を覗くハルの目に映ったのは、思いがけないふたりの姿。ただ、疲労は色濃く、何か良くない事が起こったのはすぐに理解した。



 扉が開くと、ハルさんは少し困った笑顔で立っていました。
 いきなり何事って話ですよね。

「ハルさん、すいません。何も思いつかなくて⋯⋯その⋯⋯」
「あ、いいわよ。どうせまたあいつが、何か首を突っ込んだのでしょう」

 ポンとハルさんは私の肩に手を置き、腰を下ろして行きます。一瞬見ただけで、そこまで分かるって凄いですよねって、感心している場合では無かったです。
 ハルさんの青い瞳が優しく、私達を見つめます。その瞳に、私はようやくホッと安堵を覚えました。

「オレからもすまん。ヤクロウ・アキ、薬剤師だ」
「あなたが⋯⋯治療院メディシナの代表って話は聞いているわ。ハルヲンスイーバ・カラログース。ハルでいいわ。宜しく、ヤクロウ」

 ハルさんは、困惑の笑顔で続けます。

「で、何がどうなっているの?」
「はい。突然【キルロメディシナ】に怪しい男達が現れて、ヤクロウさんを返せと。それを聞いたキルロさんは、彼らを追い返し、ヤクロウさんに隠れているようにと言われて⋯⋯いろいろ考えて⋯⋯みたのですけど⋯⋯何も思いつかなくて⋯⋯結局⋯⋯ここに⋯⋯」
「⋯⋯まったく」

 ハルさんは苦笑いしながら、隣に座る私の頭をわしゃわしゃして来ました。怒ってはいないようなので、ひと安心です。

「あいつが、ここに連れて行けって言ったの?」
「い、いえ。す、すいません、私の独断で⋯⋯す」
「もう!」
 
 ハルさんは、さらにわしゃわしゃして来ます。何だかちょっと嬉しそうなのは、何ででしょう?

「すまん。オレもその言葉に甘えた」
「何度も言うけど構わないわ。むしろ、状況を聞く限り最善だったんじゃない。で、ヤクロウは何で追われているの?」

 ハルさんテーブルの上で指をトントンとし始めると、表情が鋭くなっていました。
 その視線にヤクロウさんは頭を掻きながら、視線を逸らします。大きく溜め息をついて、諦めた様に口を開いて行きました。

「オーカって国は知っているだろう。裏通りスラムのやつらは、ほとんどがオーカの人間だ。オレが手引きをして、あそこに連れ出している。オレを探しているヤツらは、そいつが面白くないのかも知らんな」
「オーカ⋯⋯ね。あいつもそれを知って、あなたを逃がしたって事?」
「あいつ? ああ、小僧か。いや、小僧は知らない」
「小僧? ああ、あいつの事か。また勘だけで動いたの!? まったく⋯⋯」

 呆れ顔のハルさんは、ヤクロウさんの言葉をゆっくりと噛み締めていました。
 オーカって場所から皆さんやって来たのですね。でも、あの人数をヤクロウさんがひとりで手引きしたって事でしょうか? だとしたら、凄いですよね。でも、何でわざわざ裏通りスラムに引っ越したのでしょう?

「オレを突き出して終わるなら、それでいいんじゃねえのか? 迷惑なのは分かっているんだ」

 諦めにも似た言葉にハルさんは睨んで見せました。

「別にあんたをひとり匿うのなんて迷惑でも何でも無いわよ。あんたはエレナの提案に乗った。それは、ここに来るのが今の段階では最善と考えたからでしょう。隠れる様に指示したあいつも、ここに連れて来たエレナも、きっと今の段階で最適解なのよ。でもさ、オーカって貧しい国だっけ? ウチのお客さんにも何人かいるけど、貧しいイメージって無いのよね」
「そうだな。油や石が取れるんで、国は潤っている。ただし、その富はある一定の層までしか恩恵に預かっていない。恩恵に預かれない層の生活は酷いもんだ」
「なるほどね。オーカには、そんな一面があるのね。あれ? でも待って、国にお金があるなら、物が無いって事は無い分けでしょう? 恩恵に預かれないってどういう事? 裏通りスラムなんて物すら無いじゃない。裏通りスラムに移ったら、オーカ以上に飢える可能性もあったんじゃないの?」

 ハルさんの言葉にヤクロウさんは何だかやり辛そうに、頭を掻いていました。

「あいつらにとって、あそこでの暮らしは、オーカよりマシなんだよ」
裏通りスラムの方がマシ? 貧乏な場所なのに? 何だかピンと来ないわね。それに何であんたの家がバレなかったの? 真っ先にバレそうじゃない」
余所者よそものには、冷たいんだよ」

 ヤクロウさんは溜め息混じりに私にも言った適当な言葉でやり過ごそうとします。ハルさんの青い瞳がヤクロウさんを射抜くと、バツが悪いのかヤクロウさんは視線を分かりやすく逸らしました。

 パン!

 ハルさんが手を鳴らすと、突然の破裂音にびっくりしたヤクロウさんが、ハルさんに向きます。

「腹の探り合いなんて意味無いわ。私達はあなたの味方。だからちゃんと話して。情報は多ければ多いほど武器になる。対処も出来る。でしょう? 話しなさいよ、隠す必要なんて無いのだから」

 ハルさんの真剣な眼差しに、ヤクロウさんは逡巡する姿を見せています。私はテーブルの上に置かれていたヤクロウさんの手に、自身の手を重ねます。

「大丈夫ですよ、心配しないで下さい。ハルさんとキルロさんが、必ず良い解決方法をみつけますから、ヤクロウさんも協力して下さい」
「だぁ! クソ」

 ヤクロウさんはまた頭をガシガシと搔きむしり、諦めの溜め息をついて見せました。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

番だからと攫っておいて、番だと認めないと言われても。

七辻ゆゆ
ファンタジー
特に同情できないので、ルナは手段を選ばず帰国をめざすことにした。

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

処理中です...